アシェリー様のお通りだ!

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第七章

 地下牢を無事脱出したアシェリーは、城の中心分である大広間で苦戦を強いられているヴォルファング達と合流した。これまで善戦し続けてきた彼らだったが、狭い通路での戦いならばという条件付きだ。数を活かせる広い場所での戦いとなると話は少し違ってくる。さらに疲労もかなり蓄積していた。長期戦になれば押されるのも無理はない。
「囲まれたねぇ……」
 舌打ちをして五節棍を構えながらアシェリーは毒づいた。
 アシェリー達の周りにはゆうに五百を越える『満月』『双月』『深月』の兵が、それぞれの武器を手に睨みを利かせている。アシェリー、ヴォルファング、リュアルの三人は互いに背中を向けて円陣を組み、その中心でエフィナを守るように展開していた。
 意図的にこの場所に追い込まれたのは明白だった。通路に配備された兵達はアシェリーが背中を向けて逃げ出すと追ってこなくなった。そうやってコチラの進路をコントロールしていたのだ。
「ガルシア、アンタの素晴らしいオツムで奇策ってヤツを閃いてくれないかい?」
 ヴォルファングから自分の肩の上に乗り換えたガルシアに目配せし、アシェリーは小声で言った。
「諦めんな。今言えるのはそんだけだ」
「良いこと言うじゃないか。アタシもその作戦に大賛成だよ」
「で、具体的にこの場をどうやって切り抜けるつもりだ?」
 右後ろからのヴォルファングの声に、アシェリーは笑みすら浮かべながら返す。
「アンタお得意の真っ向勝負ってヤツしかないだろ」
「……ソレって作戦じゃないヨ。でもソレしかないヨね。死ぬくらい頑張って、片腕無くなるくらいの覚悟があって、それでもってモノ凄く運が良ければ、逃げるくらいは出来るかもネ」
 左後ろでリュアルが渋々と言った様子で賛同した。
 騎士団もコチラの出方を警戒してか、包囲したまま向かって来ない。彼らだって当然学習する。最初の奇襲じみた戦いのように楽なモノにはならないだろう。なにより今のアシェリーには力が殆ど残っていない。気力を振り絞ってようやく立っていられる程度だ。
(けどまさかコイツらと一緒に戦うことになるとはねぇ。人生何があるか分からないもんだよ)
 この件が片付いたら、どういう心境の変化か聞いてみたいものだ。そのために何としても生き延びなければならない。そう思うと少しだけ力が湧いてきた。
「アシェリー=シーザー。さすがに万事休すだな」
 上から低い声が響いた。
 三階まで吹き抜けとなった大広間の二階部分。一階で行われる舞踏会などを楽しむために作られた観客席に、いつの間にかゼイレスグ王が座っていた。
「だが、ワシは貴様らの力を過小評価しないし、これ以上我が騎士団を傷付けられるのは望ましくない」
 目の前で組んだ両手に顎を乗せ、ゼイレスグ王は目を細める。
「貴様がこれ程強力な手駒を隠し持っていたとはな。正直驚いたよ。是非我が騎士団に欲しいものだ」
 ゼイレスグ王は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、虫けらでも見下ろすような視線を向けて来た。
「逸材をこんな所で終わらせるのは惜しい。貴様らのことは色々調べさせて貰った。ヴォルファング=グリーディオ。お前は我が王家騎士団に入団を希望しているそうだな。ここでアシェリー=シーザーを斬り捨て、ゼイレスグに忠誠を誓え。そうすれば無条件で『満月』の団長にしてやろう」
(そう言うことかい……)
 騎士団を傷付けず、確実にアシェリーを殺す一番の方法。犯罪者から英雄への転身。誰だって目の前に甘い果実をぶら下げられれば飛びつきたくなる。特にこのような極限の状況では。
 相変わらずやり方が汚い。だが、ゼイレスグ王はアシェリーを殺せばヴォルファングを助けてやると言っている。生き延びるためには、ここで勝つ見込みの薄い戦いをするより、そちらを選択した方が賢明だ。
「……よかったじゃないかヴォル。死ななくてすむよ。しかも騎士団の団長に就任だってさ、おめでとう」
 今の自分には戦う力は殆ど残っていない。騎士団に殺されるくらいなら、ヴォルファングの命を救って死んだ方が浮かばれるというモノだ。
「憎ったらしいアタシも殺せて一石三鳥ってところだね」
 どんな気まぐれでココに来たのかは知らないが、少なくともヴォルファングはアシェリーを倒すことを目標にしてきたはずだ。ならばこの話に乗って剣を向けてきても何の不思議もない。
「阿呆。俺様を見くびるな。騎士を目指す者がこんな愚劣な謀略に傅くとでも思うのか。それに、こんな形でお前に勝っても満足出来る訳ないだろう。元気になったら再戦だ」
 素直に嬉しいと思える言葉だった。だが、綺麗事を全面に押し出してのたれ死にするのは自分一人でいい。
「無理するんじゃないよ。命あっての物種さ。ここで死んだら騎士にだってなれないんだよ。こんな自己満足の塊みたいな女に付き合って死ぬこたないさ」
 しかしヴォルファングはアシェリーの言葉を嘲笑で一蹴すると、
「俺より弱いヤツがゴロゴロしてる騎士団になど、もう未練も興味もない。ハッキリ言って失望した。こんなザコ共の巣窟に身を沈めていては逆に剣の腕がなまるわ。それに、自己満足は大切だぞ」
 ゼイレスグ王に聞こえるくらい大きな声で、ぶっきらぼうに言い捨てた。取り囲んでいた騎士団にざわめきが広がり、殺気が膨れあがる。
「所詮は愚か者か」
 ソレを制するようにゼイレスグ王が落胆の声を発した。
「ならばリュアル=ロッドユール。貴様はアシェリー=シーザーに大金を取られたそうではないか。ソイツを殺せば一生遊んで暮らせるだけの金をやろう。長命なリュード族だ。こんなつまらないところで死んで、先の長い人生を棒に振りたくないだろう?」
 今度はリュアルに裏切るようそそのかす。
 アシェリーを追い続け、二言目には『金』、三言目には『躰』と言い続けて来た彼女。今、アシェリーを殺せば何の苦労もなく余生を謳歌できる。
「リュアル、正直に答えなよ。アンタはヴォルと違ってまともな頭してるだろうから」
 それはアシェリーなりにリュアルを思って言ったことだった。だがリュアルは小馬鹿にしたように鼻で笑い、迷うことなく答える。
「貸した金も自分で回収できないようじゃボクが納得できないんだヨ。お金はアシェリー本人から取る。もう決めたんダ」
「リュアル、今はそんな下らない意地張ってる時じゃ……」
「下らなくないヨ。ボクのプライドに関わる。それに、一生遊んで暮らすなんてどっかの偉そうな王様みたいなことしたくないしネー」
 明らかにゼイレスグ王を揶揄した言葉に、彼の顔つきが変わった。
「……そうか。愚か者の駒は愚か者という訳か」
「みたいだねぇ」
(本当に……バカばっかりだ……)
 だが何だろう、この昂揚感。なぜか目頭が熱くなってくる。さっきまで底を突いたと思っていた力が、得体の知れない興奮と共に体の奥から噴出して来た。
(絶対に、生き延びてみせる)
 そう堅く決意した時、ゼイレスグ王の隣りに黒衣を纏った男が現れた。彼の腕には良く知った銀髪の女性が抱きかかえられている。
「切り札の出番ですね、ゼイレスグ王」
「レグリッド!」
 長い黒髪を揺らし、レグリッドは気を失ったパルアを下ろして後ろから支えた。
「レグリッドか。何だその女は」
「彼女は私の駒。彼らと違って非常に優秀でしてね。本当に最後の最後まで私の役に立ってくれる」
 ゼイレスグ王に軽く会釈した後、レグリッドは長剣を抜きはなってパルアの喉元に突きつける。そして邪悪な笑みを浮かべて冷淡に言い放った。
「三人とも武器を捨てろ。この女の命が惜しければな」
「アンタ……!」
「悔しそうだなアシェリー=シーザー。まったくコイツも馬鹿な女だよ。私が自分の親を殺したとも知らずに、手足となってよく動いてくれた」


《王家騎士団がこんなところで油うってていいのかい? 単独行動はよっぽどの理由がなきゃ許されないはずだろ?》
《協力者がいるからな。貴様を殺すために私に力を貸してくれるている》


 協力者。廃洋館でパルアは協力者がいると言っていた。てっきり、『深月』の団長だとばかり思っていたが……。
「アンタ、だったのかい……」
 体が意思とは無関係に震えてくるのが分かる。目の前がチカチカと明滅し、喉がカラカラに渇いてくる。名状しがたい嫌悪感と、吐き気を催すような殺意。灼怒に染まった負の感情が、黒い奔流となって体内を駆けめぐった。
「コイツは私に恩義を感じていたようだ。滑稽だと思わないか? この女を絶望のどん底に突き落としたのも私なら、ソコから救い上げたのも私というわけだ」
「それ以上、喋るんじゃないよ……」
 きつく噛み締めた口の中に鉄錆の味が広がる。心の中に広がるのは、パルアの自分に対する思い、自分のパルアに対する思い、そして自分の自分に対する思い。
 命の尊さは知っている。だが同時に死んで当然の人間がいることも知っている。それ故に悩んでいた。しかし今だけは例外だ。
 悩む必要など無い。このレグリッド=ジャベリオンという男は間違いなく死んで当然の人間。命を奪ったところで誰も悲しみはしない。
「どうしたアシェリー=シーザー。早く武器を捨てろ。そうすればこの女の命がほんの少しだけ延びるぞ」
「アタシはねぇ……」
 視界が白く染まり狭窄していく。それに反して異常に研ぎ澄まされていく全神経。見ようと思えば音が観えたかも知れない。聞こうと思えば色を聴けたかもしけない。精神快楽に似てほど遠い、物理的な波動さえ伴う狂気的な激憤。
 漆黒の感情は殻を破って光を放ち、マグマの如き灼熱となってアシェリーを支配した。
「テメェの手は汚さずに、人の弱みにつけ込んで裏でコソコソやってるヤツが一番嫌いなんだよ!」
 目眩さえ感じる圧倒的な力の流れ。枯渇していたアシェリーのエネルギーが、以前よりも遙かに増して満たされていった。まるで全能にでもなったかのような錯覚。ソレが確信に変わる前に体は動いていた。
「はああぁぁぁぁぁぁ!」
 五節棍を力一杯床に叩き付ける。大理石が抉られ、石つぶてが周囲に撒き散らされる中、アシェリーはその反動を利用して大きく跳んだ。
「ほぅ、凄い力だな。コレで黒王の力は、ほぼお前の物になった訳だ」
「死ね!」
 腕を大きく伸ばし、五節棍をレグリッドのいる屋内テラスに叩き付ける。それだけでテラスは轟音と共に半壊し、瓦礫が下にいた兵士達に降り注いだ。悲鳴混じりの叫声が今更のように広がっていく。
(力、が……!)
 その悪夢のような光景は、頭で描いていたイメージと大きくかけ離れていた。五節棍ではレグリッドの頭を狙ったはずだった。しかし狙いは大きく外れ、危うくパルアに当たるところだった。
 自分の器に溢れんばかりに注がれた膨大な力を、コントロールしきれていなかった。
「星と星を繋ぐ力は黒王にしかない。亜邪界を何とかしなければ物質界の星喰いは止まらない。この意味をよく考えるんだな」
 早口で言い残し、レグリッドはパルアをアッサリ手放して身を引くと、屋内テラスの出入り口へと走る。
「逃げられると思ってんのかい!」
 だが追おうとするアシェリーの視界に、崩れ行くテラスに残されたままのパルアの姿が目に入る。
「……クソ!」
 考えるよりも早く足が動いていた。
 落下するパルアの体の下に腕を入れて抱きかかえると、アシェリーは瓦礫の降り積もる床に着地した。
 目の前には数名の兵士が、魔獣でも見るかのような顔つきで怯えた視線を向けてくる。
「どきなよ」
 鋭い眼光に乗せた重い一言。平常心を失った兵を退けさせるには十分すぎた。
「アタシの連れに手ぇ出したら、アンタら全員タダじゃすまないよ」
 明確な怒気を孕んだ低い声で言い残すと、アシェリーは大広間を後にした。


 ゼイレスグの近くにある森林地帯。昼間でも殆ど光の届かないその場所で、アシェリー達は身を隠すように集まっていた。ゼイレスグに真っ正面からケンカをふっかけた以上、完全なお尋ね者だ。これからは公的な施設の利用も難しくなる。
「ちったぁ頭冷えたか?」
 森の中にあった澄んだ湖。そこで水浴びをして戻って来たアシェリーに、ガルシアは呑気な声を掛けて来た。苔の生えた岩の上に寝そべり、枝葉の間から僅かに差し込む陽光に目を細めている。
「ぁあ、もう大丈夫だよ」
 濡れた黒髪を掻き上げながら、アシェリーは柔らかそうな草むらの上に腰を下ろした。側には所在なさ気に座っているエフィナ、退屈そうに欠伸を噛み殺しているヴォルファング、自分の方にいかがわしい視線を送ってくるリュアル。そして未だに目を覚まさないパルア。
「とは言っても、今すぐにでも飛んでってあのクソヤロウをぶっ殺してやりたいんだけどね」
 だが今はパルアを支えるのが先だ。目を覚ました時、彼女はいったい何と言うだろう。今まで信じ続けてきた者に裏切られた。心の傷は信じられないくらい深いはずだ。
「とりあえず聞かせておくれよ。あのレグリッドってヤツが何者なのか。どうしてアタシを殺したがってるのか。教えてくれるんだろ? 出来ればソイツをココにいるみんなに話して欲しいんだけどね」
「分かってるよ。コイツらは全員お前に関わっちまった奴らだからな。聞く権利はある。俺の声は聞こえるようになってるから心配すんな」
 どこか投げやりな口調で言って、ガルシアは岩の上にあぐらを掻いた。何度も思うが本当に猫らしくない。
「レグリッドが何者で、どうしてお前を殺したがっているのか。それだけ話しても訳分かんねーだろーから取りあえず順番に話すよ」
 吸い込まれそうな金色の瞳を見つめながら、アシェリーはガルシアの言葉に耳を傾けた。
「俺がいた亜邪界って星は死にかけてる星だった。原因は寿命。けど星は俺達を喰って少しでも長く生きようとする。星喰いの現象はこの物質界の比じゃなかったな。昨日生まれたばかりの赤子が次の日には跡形もなくなってる。そんな毎日が当然のように続いた」
 途中、ヴォルファングやリュアルにも分かるように星の仕組みやドレイニング・ポイントのことを挟みながら、ガルシアの説明は淡々と続く。
 亜邪界の住人は力の弱い者から喰われてしまい、このままでは星と共に行き倒れになるのは目に見えていた。この事態を収拾すべく、亜邪界の王――黒王が取った選択は他の星を喰うこと。内部だけのエネルギーでまかないきれないならば、外部から搾取するしかない。
 亜邪界をコントロールする制御核は黒王の資格を持つ者にのみ操れる。黒王はその力によって次々と星を喰い始めた。そして星を生き長らえさせた。
「けどな、黒王にも迷いはあったんだよ。こんなこと続けてていいのかって」
 自分の星と他の星。最初は勿論、自分の星の延命を優先した。だが同じことを繰り返すうちに空しさが生じ始めた。こんなことをしていても所詮は一時凌ぎにしかならない。そしていくつもの星の最期を見届け続けた黒王は、亜邪界と共に果てることを決意した。
「この物質界でな」
 キッカケは些細な偶然だった。
「アシェリー……俺はお前と出会わなけりゃ、多分今でも他の星を喰い続けてるぜ」
「……は?」
 今、ガルシアが言ったことがよく理解できなかった。
「ちょ……まさか……」
「今まで黙ってて悪かったな。俺が――黒王だ」



 ガルシアが黒王?


《じゃあまた全部、黒王のせいってわけかい。ソイツが下らないことしてなけりゃアタシも苦労しなくてすむんだけどねー、ガルシア》


 冗談にしては笑えない。


《ああもぅ、同じことゴチャゴチャうるさいねぇ。イザとなったらアンタの亜邪界って星に乗り込んで、黒王って奴をぶっ飛ばせば済む話だろ》


 今まで、どれだけの悪態を付いてきただろう。どれだけ黒王という存在を鬱陶しいと思い続けてきただろう。ソレこそ数え切れない。
「何ならどつき回しても良いぜ。お前にゃ信じられないくらい迷惑掛けたからな」
 確かに迷惑だと思った時もある。どうして自分だけがこんな苦労をと考えたこともあった。
 しかしソレは『黒王』に対してであり、『ガルシア』に対してではない。ガルシアには憎まれ口こそ叩けど、向こう見ずな自分を精一杯抑制してくれたことに感謝しかしていない。
「……は。なに下らないこと言ってんだい。いいから先を続けなよ。アンタを張っ倒すかどうかは話を全部聞いてから考えてあげるからさ。大体アンタが勝手に黒王だって言い張ってるだけで、アタシがソイツを信じてあげる理由はどこにもないんだ」
 ガルシアが亜邪界の住人だと言うことはある程度理解していた。この星の人間達が知り得ない知識を沢山持っていたから。だがまさか黒王だとは思ってもみなかった。
 しかし、もし仮にガルシアが黒王だったとしても、アシェリーのガルシアに対する感謝は変わらない。アシェリーは黒王を邪険にしていたが、それと同じ数だけ裏で感謝していたのだから。
 自分の生きる意味と目標を与えてくれたことに。
「ココまで来て嘘なんか言うかよ。まぁいきなり暴れられなくてコッチは大助かりだけどな」
 意外そうに目を大きくして笑いながら、ガルシアは話を続けた。
「物質界を亜邪界に喰わせ始め、俺はいつも通り物質界に渡ろうとした」
 ソレは黒王がいつも行っている供養の意味も込めた儀式。星が星を喰うエネルギーの流れを利用して一時的に星同士を繋ぎ、黒王が物質界に行こうとした時、レグリッドの用意した罠に掛かって力を封じられた。
「ゼイレスグ城でお前の力を吸い取った緑の鎖。あれは元々レグリッドが亜邪界で生み出した物なんだよ。まぁ完全な物になれば作り上げるのに何百年も掛かるから、あの程度ですんだんだけどよ」
 つまり、アシェリーが地下牢で味わった何十倍もの威力で、黒王は力を封じられたのだ。
「で、この姿って訳だ。本当は結構スタイルいい美女なんだぜ?」
「まぁアンタがメスだってのはこの前知ったけどさ。そんなちっちゃい格好でふんぞり返られても説得力ないねぇ……」
 ガルシアはアシェリーの言葉にムッ、と眉間に皺を寄せ、自分の体を見下ろす。しばらくそうしていたが、やがて何かに納得したのか、拗ねたような顔を上げた。
「と、とにかく、だ。レグリッドは俺の力を封じて殺そうとしたんだよ」
「何のために?」
「当然、俺に代わって黒王になるためにだ」
 現在の黒王が死ねば、星は次の候補を黒王にする。レグリッドは亜邪界で黒王の右腕としての役割を果たしていた。黒王の次期候補はレグリッドでまず間違いない。亜邪界の制御核はレグリッドに移行されるだろう。
 レグリッドは黒王を殺すため、共に物質界に来た。だが、黒王は最後の力を振り絞ってレグリッドを亜邪界に押し戻そうとした。
 せっかくのチャンスをふいにしてしまうと焦ったレグリッドが取った行動は、自分の右腕を切り落とすことだった。右腕をディヴァイドとして残し、更にその腕で物質界の住人にエネルギーを送り込んで自分の駒を生み出した。ソレがゼイレスグ王の隣にいた黒衣の男だ。
 このままではレグリッドのディヴァイドに殺される。力の封印を解く前に見つけられるのは分かっていた。黒王とレグリッドは離れていても互いに知覚出来るのだから。
「エフィナが自分のディヴァイド使ってドレイニング・ポイント見つけてたろ? まぁソレと似た様なモンさ」
 そこで黒王は自分の代役を立てることにした。
「その代役に選ばれたのがアタシって訳かい」
「そう」
 エフィナがドレイニング・ポイントの位置をおぼろ気にしか知覚できないように、レグリッドもまた、ディヴァイドを介してだと黒王の位置をおおよそでしか把握できない。そう考えた黒王はアシェリーの側に居続けることにした。
 幸い、黒猫になってしまったのは最後の力を振り絞った後だ。姿は見られていない。ならば時間稼ぎは出来る。
 まるで、アシェリーの体をすでに乗って取ってしまったかのように見せかければ。
「俺は最初、お前の体を乗っ取るつもりでいたんだ。この体の封印を解くよりも、自分のエネルギーを全部お前に与えて意識ごと支配した方が手っ取り早いからな。乗っ取って、亜邪界に帰るつもりだった。レグリッドのバカを締め上げるために」
「アタシの体を、乗っ取る……?」
 エネルギー、意識を乗っ取る。どこかで聞いたことのあるフレーズの並びだ。
「お前、そんなに戦闘センスがあるのにどうしてディヴァイドを生み出せないのか、疑問に思ったことはないのか?」
 ある。だが、他にも何か条件が必要なのかと深くは考えなかった。
「どうして喰われている人間に触れることで治せるのか。どうしてドレイニング・ポイントに自分のエネルギーを喰わせても生きられるのか。どうしてただの騎士団員でしかなかったお前が、短期間の内にそれだけ力を付けられたのか」
 ガルシアの言葉を完全に信じたわけではないが、自分は選ばれたのだと思っていた。星を救う者として。
「お前が俺のディヴァイドだからだよ」
 その言葉に、痺れを伴った寒気が走った。
 自分がガルシアのディヴァイド? だからディヴァイドを生み出せない?


《別に大したことじゃないよ。わざわざ眠ってる幽霊呼び起こすなんてまどろっこしいやり方してないで、あの子も自分のディヴァイド使えばいいのにって思ってただけさ》
《……ま、アイツにもアイツなりの事情があるんだろ》


 パルアがディヴァイドを生み出せないのは、パルア自身がディヴァイドだから?
「星の代謝の仕組みは話したよな。人は成人するまで星に育てられ、それからは星にエネルギーを分け与えて育てる側に回る。なら、この経路でディヴァイドの位置付けは何だと思う?」
 ディヴァイドとはエネルギーの集合体。物に自分のエネルギーを宿して操った存在。
「人間の体から派生したもう一つの代謝産物。そこには肉体という殻はない。剥き出しのエネルギー。星にとって普通よりも喰いやすい形。いわゆる二次代謝産物ってヤツだ」


《私はこのエルク・グリーンが大好物でな。肉と違って勝手に口の中で溶けてくれるから食いやすい。まぁ、誰でも好きな物、食べやすい物から食っていくだろう。お前の酒と同じだよ》


 獣人ゼドの言葉。あの時も少し考えた。
 喰われやすい者と、喰われにくい者。
 ゼドの娘、ヨルアはかなり喰われていた。だがゼドは殆ど喰われていなかった。体の頑強さが関係しているのだと思っていた。それは半分あたりで半分はずれ。
 戦闘センスがあり、ディヴァイドを使いこなせる者は肉体よりもまずディヴァイドから喰われていく。だから見た目には喰われていないように見える。体の小さいリュアルが喰われていないのはそのため。そう言えば火山でヴォルファングが生み出した岩のディヴァイドも、最後は何もすることなく力つきた。あれは近くにあったドレイニング・ポイントが岩のディヴァイドを優先的に喰ったため。
 アシェリーが喰われている者に触れることで癒せたのは、ディヴァイドである自分を優先的に星が喰ったため。
「そういう、ことかい……」
 喰いやすい物から喰う。それは人も星も同じ。
 強大な力を持った黒王のディヴァイド。これ程恰好のエサはない。
「俺は適当に話を合わせて、お前を利用した。お前は殆ど疑うことなく、世界を救うんだと言って意気揚々とドレイニング・ポイントを閉じ続けた。俺はその間もずっと封印を弱め、お前の意識を乗っ取るためにエネルギーを送っていた」
 人間をディヴァイドにした場合、意思を持たない物と違ってかなりのエネルギーを要求される。だからエフィナは自分のディヴァイドを制御できない。
「けど、結局支配できないままレグリッドのヤツに見つかった。退けることは出来たが疑問は解消されない。で、更に一年掛けて俺は封印を半分ほど解除できた。やろうと思えば亜邪界に戻ることも出来たかもしれない。けど、俺はソレをしなかった……」
「……ん? どうしてだい?」
 亜邪界に帰ることが黒王の一番の目的だったはず。
 ガルシアはなぜか気まずそうに視線を逸らし、どこか照れたような仕草で声を小さくして言った。
「もっとお前といたかったからだよ」
 しばしの沈黙。
「……は?」
 乾いた声でアシェリーは聞き返した。
「な、何だよ悪いかよ! 大体テメーなんざ俺がいねーとブレーキの壊れた高速魔導車みてーにズカズカ進むだけじゃねーか! 後先考えずによ!」
「な……! なんだいその言い草は! アンタなんてずーっとアタシの肩乗っかってて、一人じゃまともに旅も出来ないジャリ猫のクセしてさ!」
「だからソレには事情があったって今説明したばっかりだろーが! 人の話聞いてねーのか!」
「知らないよ、そんな言い訳じみた話! 大体ねぇ……!」
 これからヒートアップしようとするアシェリーとガルシアを、ヴォルファングとリュアルが後ろから冷静に押さえつける。
「お前らの仲が良いのはよく分かった」
「けど、話は最後まで聞かせてネ。ボク達も無関係じゃないんだから」
 何か言い返そうとしたアシェリーだったが、エフィナが戦闘ドレスの裾を引っ張って止めたので取りあえず大人しく聞くことにした。
「あー、どこまで話したっけかな」
「アンタがアタシにベタ惚れってトコまでだよ」
「この……!」
 ガルシアは更にいきり立とうとするが、すんでの所で自制し、胸に手を当てて何度か深呼吸をした後、悔しそうに口を開いた。
「ったく。何で俺はお前の馬鹿で、考え無しで、向こう見ずで、自分勝手で、我が儘で、一度言い出したら聞かない石頭なところが気にいっちまったんだろーな」
「……それって全部けなし言葉なんじゃないかい?」
 アシェリーの鋭いツッコミを無視してガルシアは続ける。
「とにかくお前から離れたくなかった。レグリッドの件とは別でだ。そんで失いたくなかった。古代魚に食われそうになった時、いきなり力が湧き出てきたろ。廃洋館でパルアに殺されそうになった時、いつもより素早く動けたろ。アレは俺がお前に限界までエネルギー注いでやったからだよ。ソレこそ絶対に意識を支配できるくらいのな」
「へぇ、そうだったのかい。そりゃわざわざご苦労なこったね。けどアタシはアンタに操られた覚えなんて、これっぽっちもないよ」
「分かってるよ、それくらい。だから不思議なんじゃねーか。レグリッドのヤツはアッサリ操って手駒作ってんのによ。ったく、つくづく訳分かんねー女だな、テメーは」
「アンタにセンスが無いだけじゃないのかい?」
 再び険悪な雰囲気になりかけた二人を、ヴォルファングとリュアルがなだめる。アシェリーは面倒臭そうに頭を掻き、大体のことは把握できたと言わんばかりに大きく伸びをした。
「それじゃあさっきゼイレスグ城で元気になったのも、アンタがエネルギー分けてくれたからなんだ。一応お礼言っとくよ。アリガトサン」
 取って付けたような礼の仕方にガルシアは一瞬不機嫌そうな顔になるが、首を振って否定する。
「いざとなりゃそうしようかと思ってたんだけどよ。アレは違う。アレはお前が勝手に『暴走』したんだよ」
 ――『暴走』。以前、ガルシアの口から聞いたことがある。ディヴァイドが人間のような意識体であり、その意識が無くなるほど感情の昂ぶりを見せた時、本体が近くにいる場合にのみエネルギーの流れを強めて意識を繋ぎ止める自己防衛反応。
 その時吸収されたエネルギーはディヴァイドの物となり、本体には戻らない。時間が経っても回復しない。パルアに奪われたエネルギーがエフィナに戻らないように。
「じゃあアンタの力、アタシが永遠に貰っちまったことになるんだ」
「そーゆーこった。具体的には八割以上。ついでに言うなら制御核もお前に移っちまったよ。新黒王ココに誕生って訳だな」
 茶化した様子で言ったガルシアの言葉に、アシェリーは冷たい閃きを覚えた。
「……それってつまり、アタシの意思で亜邪界に行けるってことかい?」


《星と星を繋ぐ力は黒王にしかない。亜邪界を何とかしなければ物質界の星喰いは止まらない。この意味をよく考えるんだな》


「言っとくけどな。間違いなくレグリッドの罠だぞ」
 顔つきでアシェリーの考えていることを読みとったのか、ガルシアは真剣な表情になって忠告した。
「多分、レグリッドは城の大広間でお前をわざと挑発した。お前が『暴走』を起こせば俺が黒王のままでも力が激減するか、お前に制御核が移行するかのどっちかが起こると踏んだんだろ。で、実際にはお前が黒王になった。だから最後にアイツはああ言ったんだ。お前を亜邪界に来させて、殺すためにな」
「挑発? アレが挑発だって?」
 大広間でのレグリッドとのやり取りを思い出し、アシェリーは強引に押さえつけていたはずの怒りが再び鎌首をもたげ始めたのを感じた。
「そうは思えないねぇ。アイツはあの時、本気でパルアを人質にしてアタシ達を殺そうとしてたんじゃないのかい」
 アシェリーの殺気に気圧されてか、ガルシアは一瞬面食らったように目を大きくした後、遠慮がちに呟く。
「……ソイツは本人に確認するのが一番だな」
「そーさせてもらうよ」
 もはや止めても無駄なことは十分理解しているようだ。
「すぐに行くのか?」
「当たり前だろ。何年アタシと一緒にいるんだい」
 ガルシアは溜息をつくと、軽快なステップでアシェリーの肩に飛び乗った。
「なんだい、アンタも行くのかい」
「見届けさせて貰うんだよ。それに、まだ力の使い方もろくに分かってねーだろ。どーやって亜邪界とココを繋げるつもりだよ」
 言われて少し考え込み、悔しそうな顔つきで頭に浮かんだイメージを述べる。
「そ、そりゃぁ、最初に気合い入れて、ばーっとやって、最後にドカーンって感じで行くに決まってんだろ」
 呆れを通り越して、憐憫の眼差しを向けてくるガルシアからアシェリーは堪らずに目を逸らした。
「お前らはどうすんだ? 別に定員なんざねーから一緒に行きたけりゃ連れてってやるぞ」
 勝ち誇ったように鼻で笑った後、ガルシアは黙って聞いていたヴォルファングとリュアルに声を掛ける。
「……アシェリーが打ちのめされるところを見るのも一興か」
 と、面倒臭そうにヴォルファング。
「何か未だに信じられない話だけど……ターゲットは地の果て星の果てまで追いかけないと、金貸しとしてのプライドが廃るからネ」
 リュアルも気乗りはしないが、といった様子で重そうに腰を上げる。
「アンタらもバカだね……」
 城にまで助けに来てくれたくらいだから、もしやとは思っていたが、本当に現実になると熱い想いで胸がいっぱいになる。やはり一人より二人、二人より四人の方が心強い。
「エフィナはどうする?」
 アシェリーはパルアを看ていたエフィナに声を掛けた。
 だが彼女は無言のまま首を横に振ってパルアに視線を戻す。自分のディヴァイドだった彼女のことが心配なのだろう。
「そう、かい……」
 来てくれると思っていただけに少し意外だったがしょうがない。コチラから強要できる権利も無い。これから行く場所から無事に帰ってこられる保証などどこにも無いのだ。
「別にいいじゃねーか。嬢ちゃんにはパルアの面倒見てて貰おうぜ」
 随分淡白なガルシアの態度にひっかかりを覚えたが、誰かがパルアの世話をしなければならないのも確かだ。
「分かったよ。それじゃエフィナ、後はよろしくね」
「……ん」
 エフィナはにっこりと微笑んで頷いた。
「じゃ、行こうか。ガルシア」
 胸元から取り出した紅い紐で黒髪をきつくしばり気合いを入れる。そしてガルシアの言葉に従って目を閉じ、精神を集中させていった。
 細く細く。どこまでも細く。あざなわれた縄を解きほぐし、元の紐に戻すように少しずつ、そして着実に。
 手を前に伸ばし、出来上がった精神の紐を虚空に向かって投げ放つ。紐は意識を持ったかのように真っ直ぐ伸び、何かに食いついた。そして僅かに重みを増した紐を、今度は丁寧に引き寄せる。切れないようにゆっくりと。触れれば壊れてしまいそうな薄氷を扱うように。
「目ぇ開けていいぞ」
 ガルシアに言われた通り目を開ける。アシェリーの前にあったのは不自然に歪んだ空間だった。周囲の景色を取り込んで、ソコだけ風景の連続性を欠いている。
「ドレイニング・ポイント?」
 ソックリだった。形も雰囲気も。
「星と星の繋がりって意味では同じだからな。あとはソイツに触れれば亜邪界に行ける。気ぃ抜く――」
 続けようとしたガルシアの声がそこで止まる。歪んだ空間が突然閃光を放ち始めた。
「なんなんだい、これは!」
 あまりに圧倒的な光量にアシェリーは反射的に両目を腕で庇う。細く開けられた視界から覗くのは、がっしりとした体つきの男。螺旋を描く黒い帯で体を覆われ、帯と帯の隙間からは液体金属のように流動的で光沢のある肌が見え隠れしている。
『わざわざ御足労頂くのは忍びなくてな』
 二重に聞こえる重低音に虚仮にしたような気配を孕ませ、目の前に現れた男は左右色の違う瞳でコチラを見下ろした。
『私の方から出向いた次第だ』
 金色に染まった長い髪の毛は風もないのに不気味に揺らめいている。ソレは男の顔と言わず体と言わず、黒い帯に巻き付いて全身に張り付いていた。
 ようやく光が収まり、改めて男の体を見る。男には右腕がなかった。
「アシェリー……コイツがレグリッド=ジャベリオンの本体だ」
 耳元でガルシアが声を震わせながら、悔しそうに呟いて舌打ちする。
「まさかお前から来るとはな。完全に予想外だったぜ」
『私にもコチラで色々やりたいことがあってな』
「やりたいこと? アシェリーを殺すこと以外にか?」
「いいじゃないか、そんなのどうだって……」
 押し殺したような声で二人のやり取りを遮り、アシェリーは不気味なほど静かに言った。
「アンタが……レグリッドとか言うヤツの本体かい」
 気が付けば五節棍を握りしめていた。持つ手が震えている。勿論、恐怖などではない。恐怖からはあまりにかけ離れた感情。身を焼き尽くすほどの激情。
 それは純粋に磨き上げられた――殺意。
「探す手間が省けたってもんさ!」
 近くにあった巨木に五節棍を力一杯叩き付ける。耳をつんざく破砕音と同時に、二節目までが直角に軌道を変え、狙い澄ましたようにレグリッドの眉間に飛来した。
『随分好戦的だな』
 涼しい顔で言いながら、岩盤さえも容易く砕くだろう一撃をレグリッドは手の甲ではじき飛ばす。
「ヴォル! リュアル!」
 アシェリーの掛け声に応えるように、ヴォルファングとリュアルが左右に散った。ヴォルファングは左の木に体を水平にして着地すると、しなりを利用して跳躍に加速を付ける。そして一気にスピードに乗り、長剣を前に突き出した。
「ちええぇぇぇぇすとおおおぉぉぉ!」
 だがレグリッドは後ろに身を引いてあっさり剣撃を流す。かわされることを読んでいたのかヴォルファングは空中で体を反転させ、アシェリーの打撃によって倒れ込んできた巨木に足をかけて再びレグリッドに追撃をかけた。
『ふん』
 クロスしたレグリッドの両腕に、体に巻き付いてきた黒い帯が集中する。ソレは四角い盾となってヴォルファングの剣をはじき飛ばした。
「どっち見てんだい!」
 ヴォルファングにレグリッドの視線が向いた一瞬を狙い、アシェリーは爆発的な脚力で間合いを詰める。五節棍に加える力にスピードを乗せ、顎先を狙って下からすくい上げるように棍撃を放った。
 レグリッドはソレを素手で受け止めると、下からの力の流れに逆らうことなく引き上げ、アシェリーの体を宙に浮かせる。
「――ッハ!」
 腹部に甚大な熱が走り、遅れて痛みを感じた時にはレグリッドの姿は小さくなっていた。背中に生じた圧迫感でようやく縮小化に歯止めが掛かる。無防備な腹を打ち抜かれ、木に叩き付けられたのだと理解したのは、自分の吐き出した鮮血を見た後だった。
「アシェリー大丈夫!?」
 レグリッドから目を離すことなくリュアルは魔弾を撃ち続けている。だが、それら全てを黒い帯が触手の様に伸びて絡め取っていた。
「アタシの心配なんてしなくいいんだよ! 今はソイツをブッ殺すことだけ考えな!」
「オ、オッケー……!」
 アシェリーの怒声にリュアルが怯えたような声を返す。それだけ鬼気迫るモノが今のアシェリーにあった。
(コイツだけは、絶対に許さない!)
 パルアの両親を殺し、その心の傷に入り込んで利用した。そして完全に信頼しきっていたパルアを最後には捨て駒にした。
 許すことは出来ない。絶対に。
(このクズヤローだけは……!)
 木に背中を預けて立ち上がり、五節棍を強く握りしめる。ヴォルファングの剣閃が舞い、リュアルの魔弾が無数に入り乱れるさなかにアシェリーは身を投げ出した。
「無茶するな!」
 悲鳴じみたヴォルファングの声。
 だが、怒りで沸騰する思考とは裏腹に、アシェリーの体は恐いほど冷静に安全地帯を縫い、レグリッドの懐へと入り込んでいた。
「はああぁぁぁぁ!」
 裂帛の気合いと共に、短く持った五節棍を居合いの要領で振り上げる。弧を描き、強固な魔導素材はレグリッドの側頭部に狙いを定めた。
『ちぃ!』
 三人同時の攻撃に初めてレグリッドの顔色が変わる。
 だが、五節棍の端は身を低くしたレグリッドの頭上を僅かに掠め、金髪を舞わせて虚空に投げ出された。
(まだ、だ!)
 手に力を込める。頭の中で描いたモノをそのまま五節棍へと塗り込めた。
 次の瞬間、五節棍は流される力に逆らい、あり得ない軌道を取ってレグリッドの脳天に命中した。
(やっぱり出来る……!)
 アシェリーは黒王の持っていた制御核を受け取り、新しい黒王となった。
 ならばもうディヴァイドではない。ディヴァイドにはディヴァイドを扱えないという制約に捕らわれることはない。
『くっ……』
 顔をしかめながら、レグリッドは大きく後ろに跳んで距離を取る。そして遠い位置から黒い帯を伸ばしてきた。帯は曲線的な軌道を取って途中の木々に潜り込み、太い幹を抉って急迫する。
「だわあああぁぁ!」
 出所の掴めない攻撃に、ヴォルファングが絶叫を上げた。それでも直撃だけはキッチリ避けている。
「アシェリー! コイツのディヴァイド面倒臭いよ!」
 黒い帯を魔弾ではじき飛ばしながら、リュアルが不満を大声で上げた。
 確かにこの鋭い動きを見切るのは難しい。だがそれだけ自分のエネルギーを注いでいると言うことだ。本体に残っている力は少ない。離れたのが何よりの証拠。
 近づくことが出来れば勝機はある。
「リュアル! 援護頼むよ!」
 短く言い捨て、アシェリーは重心を低く構えて突進した。
 目に力を込め、先程と同じように安全地帯を探し出す嗅覚を研ぎ澄ませる。
 直感に従って立ち止まった直後、左の木から現れた黒い帯が目の前を通り過ぎて行った。一歩踏み込んで体を捻り、引いた半身を掠めて地面から帯が突出する。五節棍を折り畳み、目の前に盾として出したのを見計らったかのように、真っ正面から帯の衝撃があった。
(行ける!)
 感じる。攻撃の出所を。ならば先手を打てる。
 後ろから来る帯はリュアルが全て弾いてくれている。
 勝利を直感し、アシェリーは地面を蹴る足に力を込めた。次々に迫り来る帯を紙一重でかわし、アシェリーは射程距離にレグリッドを捕らえた。
 五節棍を振り上げた視界の隅で、黒い帯が力を無くして失墜していく。レグリッドがエネルギーを戻し始めたのだ。だが攻撃を止めることは出来ない。止める気もない。
 それにレグリッドは木にもたれるようにして立っている。よほど帯にエネルギーを割いていたのだろう。あの体勢からではアシェリーの一撃をかわすことは愚か、受け止めることすら出来ない。
「死ね!」
 叫び声と共に五節棍はレグリッドの顔面に吸い込まれ、そして――
「や……」
 白銀の液体を巻き散らして――潰れた。
「やった……」
 ズルズルと木の幹を滑りながら、レグリッドの体が地面に吸い込まれていく。脱力し、呆然とその様子を見ているアシェリーの目に、レグリッドの左肩からも白銀の液体が流れ出ているのが映った。
 彼の左腕は、無くなっていた。
「な――」
 体内に直接手を這わされたような怖気。
「後ろだアシェリー!」
 ヴォルファングの声とほぼ同時に、右の肩口に熱い衝撃が走った。顔のすぐ側で吹き上げる自分の鮮血を浴びながら、アシェリーはとっさに振り向いて後ろに跳ぶ。
「やはり物質界ではこの体の方がなじむ」
 冷笑を浮かべて立っていたのは黒衣の男。背中まで流れる滝のような黒髪を揺らし、パルアの両親を殺した『張本人』は悠然と剣を構えていた。
「アンタに、バトンタッチってわけかい……」
 苦痛に顔を歪め、アシェリーは右肩を見る。骨にまで届きそうほど深い傷口からは止めどなく血が流れ出ていた。反射的に右へと避けなければ、頭がこうなっていただろう。
「さぁ、仕切り直しだ」
 言いながら光沢を放つ腕――本体の左腕を茂みへと投げ捨てる。
 レグリッドの本体は左腕に全エネルギーを込めてディヴァイドとし、切り離して黒衣の男に受け渡した。初めて物質界に来た時と同じように。だが今回は全てのエネルギーが受け渡されている。つまり体を完全に入れ替えたのだ。
「……ハッ」
 肩の傷口から流れ出る血を舌で舐め取り、アシェリーは左手だけで五節棍を構えた。不敵な笑みを口の端に張り付かせ、目を錐のように細めて身を沈める。
「その格好の方が気合いが入るってモンだよ!」
 低い位置からレグリッドとの間合いを詰める。それに合わせてヴォルファングとリュアルが、レグリッドの背後に走り込むのが見えた。
 ヴォルファングが頭部を狙って剣を横薙ぎに振るう。その剣撃をレグリッドは、振り向くことなく剣ではじき飛ばした。
「はあぁぁぁぁぁ!」
 開いた右胸を狙ってアシェリーが五節棍を突き出す。ディヴァイドと化した五節棍はジグザグの軌道を取り、レグリッドの体に達したところで真上に飛び上がった。そのまま直線的な指向を持ってレグリッドの右手を強打し、剣をはたき落とす。
「もらった!」
 得物がなければリュアルの魔弾を弾くことは出来ない。
 後頭部を狙って正確に打ち出された魔弾は吸い込まれるように飛来し――先程はじき飛ばした剣の腹で遮られた。
「ディヴァイドにするのは自分の武器が最も適している。使い始めたばかりなのにもうソレを悟ったか。さすがだな」
 空中で自発的に盾となった剣を、レグリッドは後ろ手に握り治す。
 レグリッドも自分の剣をディヴァイド化していた。だが、その位は予想の範疇だ。決定的な打撃を与えるよりも、この位置関係になることが最大の狙い。
「呑気に講釈たれてんじゃないよ!」
 叫んでアシェリーは五節棍の真ん中を持ち、片手で器用に回転させるとレグリッドに投げ付けた。高速で回転する五節棍は身を低くしたレグリッドにあっさりかわされ、後ろにいたヴォルファングに肉薄する。
「ぅのれアシェリー! どさくさに紛れて!」
 ヴォルファングは一端剣で弾いて回転を止めると、開いた手で五節棍を強く握りしめた。
「気でも狂ったか」
「さあね!」
 低い位置になったレグリッドの頭より更に身を低くして下に潜り込み、アシェリーは左肩でレグリッドの顎を跳ね上げる。大きく仰け反り、露出した喉に左肘をうち下ろし、その勢いに乗せて裏拳を鼻先に叩き付けた。
「……く!」
 さすがに体術で攻めて来るとは思っていなかったのか、レグリッドは意表を突かれて拳撃を全て浴びる。
「まだまだ!」
 滑るような足運びで更に半歩踏み込み、下から突き上げるように掌底を鳩尾に食い込ませた。苦悶の顔つきで後ろに下がったレグリッドを見て、アシェリーは反時計回りに体を捻り、右脚を軸にして左脚を遠心させる。狙い澄ましたかのような蹴撃は、レグリッドの脇腹に突き刺さった。
「さすが、黒王……! だが完全に力を使いこなせる訳ではないようだな!」
 口から唾液と一緒に血を吐き飛ばし、レグリッドは喜々とした表情で体勢を立て直す。そして居合いの構えから、鋭い剣閃を無数に繰り出して来た。あまりに早すぎて剣の残像すらもハッキリ見える。
「今までは様子見って訳かい!」
「貴様を殺せば私が黒王だ!」
 バックステップで辛うじてかわすが、だんだん脚が追いつかなくなってきている。肩からの出血が激しい上に、右腕も使えない。正攻法では勝てない。
「ヴォル!」
 横に大きく身を投げ出して転がりながら、アシェリーは声を上げる。その声を予測していたのか、ヴォルファングは動じることなく五節棍を投げてよこした。そして転がり終えた位置で自分の得物を掴む。
「アシェリー! 早く立って!」
 五節棍を構え直すための時間を稼ごうと、リュアルは魔弾を乱射した。
「小賢しい!」
 だが、それはレグリッドのスピードを僅かに削いだに過ぎなかった。剣の一振りで十以上の魔弾を叩き落とし、レグリッドは魔弾の弾幕の中を事も無げに渡りきる。一瞬でアシェリーとの間合いを詰め、剣を眉間めがけて振り下ろした。しかしソレを遮る形で、五節棍が間に割って入る。
「そんなナマクラじゃあ、アタシの得物は斬れないよ」
 五節棍は意思を持ったかのように浮遊し、一番端の一節だけでレグリッドの斬撃を受け止めた。そのまま蛇のように絡みつくと、レグリッドの手元めがけて這いだす。
「こんなモノ!」
 ソレを押し返そうとするが五節棍の力も強く、レグリッドの突進は完全に勢いを無くした。だが同時に勝利を確信したような笑みも浮かべる。そして自分の剣をディヴァイド化して、五節棍もろとも宙に放り出した。
「終わったぞ!」
 狂喜の声を上げ、高い位置で拳を握りしめる。
 強いディヴァイドを生み出せば、本体の力は弱くなる。手を介してしかエネルギーの授受は出来ない。
 レグリッドの突進を止めるほどのエネルギーを秘めた五節棍は、アシェリーの手から放れてしまっている。今、アシェリーに残された力は少なく、それを戻すことも出来ない。
 ――そう考えるだろう。
「な――」
 レグリッドの両目が驚愕に見開かれる。
 アシェリーは薄ら笑いすら浮かべながら、易々とレグリッドの拳を受け止めていた。
「言っとくけど、アレはアタシのディヴァイドじゃないよ」
 自分のディヴァイドであるかのように見せかけただけ。五節棍に込められたエネルギーはヴォルファングとリュアルのモノだ。そしてレグリッドは二人分のエネルギーを込めた五節棍を、宙に放り出すだけのエネルギーを自分の剣に分け与えた。
「終わったのはアンタの方だったねぇ」
 傷口が開くのも構わず、アシェリーは右腕でバックパックから一振りのナイフを取り出した。パルアが地下牢で返したナイフだ。
「死んであの子に詫びな」
 レグリッドの体を押し戻して一瞬だけ距離を開け、彼の拳を受け止めていた左手にナイフを持ち替える。
「利き腕が左で良かった」 
 躊躇いはない。アシェリーは腹でナイフを固定し、レグリッドめがけて突進した。
 コレで全てが終わる。
 パルアの両親の仇討ちも。星喰いも。
(コイツは死んで当然の奴さ)
 悔しそうに歪むレグリッドの顔。彼の人生を終わらせるために詰めなければならない距離が無限にすら感じた。
 ナイフの刃先がレグリッドの胸元に向かって伸びる。彼の視線がナイフに集中した。自分の心音すら聞き取れそうなほどの静寂。周囲から隔絶された時間と空間。
 ――ナイフにありったけのエネルギーを込め、気を抜けばもつれそうになる脚を何とか前に出して、獣じみた咆吼を上げながら、この一瞬に全てを掛けて、視界の隅で茂みが動き、
 そして――
「な……」
 重く、湿った感触が手元に伝わって来た。
「なんで……」
 アシェリーの持ったナイフは、パルアの胸に埋まっていた。
「パ……」
 掠れたレグリッドの声と同時に、彼を庇って茂みから飛び出してきたパルアの体が地面に沈んでいく。美しい銀髪が宝石のように舞い、透明感のある碧色の双眸がゆっくりと閉ざされて行った。
(どうして……)
 頭がクラクラする。考えが纏まらない。
(どうして!? どうしてどうしてどうしてどうして!)
 今何が起こった。なぜレグリッドは生きている。なぜナイフがパルアに刺さっているんだ。なぜ自分の手は紅く染まっている。なぜアタシはナイフを持っている。なぜアタシはココにいる。なぜ、なぜ、なぜ。
 分からない。何もかも。視界に映る物すべてが、出来の悪い合成写真のように思えてくる。
「パルア!」
 誰の声だ。これは自分の声なのか?
「なんでこんな奴を!」
 今パルアを抱きかかえているのは確かに自分の腕だ。なのに、自分の体ではないような違和感を感じる。
「……レグ、リッドさん、は……私、の大切な……」
 パルアは途切れ途切れの言葉を、苦しそうに絞り出す。そして何かを掴むように手を上に伸ばし、レグリッドの頬をそっと撫でた。
「あり……が、とう……」
 笑っていた。
 どこか満足そうに言ったパルアの顔は、微かに笑っていた。そして儚げな笑顔のまま、パルアの体から力が抜けていった。
「パルア……」
 自分の頬から滑り落ちる彼女の手をそっと握り、レグリッドは小さく呟く。その表情は弱々しく、少し前まで張り付いていた殺気が完全に抜け落ちたように優しい顔をしていた。
「なんで、こんな……」
 結局、パルアは最期まで両親の仇を協力者だと勘違いして死んでいった。
 この件にカタが付いたら全てを話すつもりだった。ようやく真犯人を、アンタの両親の仇を討ったと報告するはずだった。すぐには信じられないだろうが、受け入れてくれるまで付き合うつもりだった。
 なのに……。
「やれやれ。まさか、ここまで頭の悪い女だとは思わなかったよ」
 呆れたように笑いながら、レグリッドは立ち上がる。
「なん、だって?」
 レグリッドの言葉に触発されて、茫漠としていた意識が急速に鮮明になっていった。
 パルアの胸からナイフを抜き放ち、アシェリーは壮絶なモノを瞳に宿してレグリッドに叩き付ける。
「私が亜邪界を救うためにココに来たことはパルアも知っていた。大きな目的のために多少の犠牲は付き物だと言うことを、彼女は十分理解していたんだろう」
 気にくわない。
 自分の星を救うために他人の善意を利用し、あまつさえその死を当然のことと解釈する目の前の男が。
「私は貴様を殺して黒王になる。亜邪界はこれからも他の星を喰らい、生き続ける」
「ふざけんじゃ……」
 聴こえる。数多の悲鳴が。助けてくれと救いを求めている。
 コレは――
「ないよ!」
 星の悲鳴だ。
「ああああぁぁぁぁぁ!」
 大地を蹴る。レグリッドは動かない。構えもしない。ただ両腕を力無く垂らして、今の状況を漫然と受け入れている。
 ――何か考えている? そんなモノ関係ない。相手が何をしようとこのナイフだけは突き刺す。このナイフだけは、このナイフだけは、このナイ――
「新黒王アシェリー=シーザー、か。お前なら、亜邪界を何とか出来るかもな……」
 気が付けば、ナイフは根元までレグリッドの体に埋まっていた。
「どうやら、私もパルアに毒されたらしい……」
 レグリッドはアシェリーの手の上からナイフを握り、軽く捻って傷口を広げる。
「しっかり殺せ。私は、パルアの両親の仇、なのだから……」
 ごぽ、とくぐもった音を立て、レグリッドの胸から鮮血が流れ落ちた。
「言われなくても……」
 限界まで埋まったはずのナイフに力を込め、更にレグリッドの体内へと押し込んでいく。コレまでの怨嗟を、全てぶつけるように。
「パル、ア……すまな、かった……」
 レグリッドの体が後ろへと倒れる。刺さっていたナイフが抜け落ち、紅い線が弧を描いて大地へと吸い込まれて行った。
 それが、レグリッド=ジャベリオンのあっけなさ過ぎる最期だった。


 見晴らしの良い高台に二人分の墓を作り終え、アシェリーは髪を縛っていた紅い紐をほどいた。草原を駆ける涼やかな風に煽られて、セミロングの黒髪がうなじへと零れていく。
「それじゃあエフィナ。後は任せたよ」
 自分の腰くらいの位置にあるエフィナの頭を撫でながら、アシェリーは優しくを微笑みかけた。
「……ん」
 エフィナはいつも通り、柔和な笑みで返す。
「もういいのかよ。心の整理ってヤツは」
 ガルシアが肩の上から遠慮がちに話しかけてきた。
「ぁあ、星喰いは待ってくれないからねぇ。さっさと亜邪界ってトコに行って、喰うのを止めてこないと」
 そんなにすぐに心の整理が出来るほど器用な人間ではない。
 数時間前、二人もの命を奪ってしまったのだ。その時の感触が手に染みついて離れない。
 だが落ち込んでばかりはいられない。やるべきことがある。黒王としてではなく、アシェリー=シーザーとして。
 それに体を動かしていなければ、思考が際限なく悪い方向に行ってしまいそうだ。
「きっとさ、パルアもパルアなりの考えがあったんだよ」
 気を遣ってか、ガルシアは諭すような口調で言ってくる。
「わかってるさ……」
 レグリッドを救うために身を投げ出したパルア。彼女は本当にレグリッドが犯人だと知らなかったのだろうか。薄々気付いていたのではないだろうか。
 パルアが最期に見せた表情。アレは全てを知った上で死を受け入れた顔に見えた。
 だとすれば、憎しみよりも恩義の方が上回ったことになる。
(まぁ、ソレを確かめる方法はないけどねぇ……)
 知っているかもしれない二人は、もう喋らない。永遠に。
「で、ホントに行くんだね? ヴォル、リュアル。多分しばらく戻ってこれないよ?」
 何も言わずに話しかけられるのを待っていた二人に声を掛ける。
「亜邪界を止めるたらすぐに帰るんじゃないのか?」
 怪訝そうな顔つきで、ヴォルファングは眉を顰めた。
 今、亜邪界は物質界を喰っている。ソレは止めなければならない。だが、そうすれば亜邪界は死んでしまう。
「まぁ、最初はそれだけにしようと思ってたんだけどね。亜邪界ってのも救えるんなら、それに越したことはないだろ?」
「レグリッドってヤツの頼みを聞くの?」
 意外そうに眉を上げて、リュアルは聞き返した。
「まさか」
 レグリッドは憎むべき相手だ。だが同時に、パルアが命を懸けて守ろうとした者でもある。それでも殺すしかなかった。殺さなければ自分の星が喰われるという以前に、アシェリーにはあそこまでパルアを弄んだレグリッドを、どうしても許すことが出来なかった。
(けど……)
 パルアの死を見て、彼が変わったのも事実だ。
 自殺に等しい最期。あれは彼なりの罪償いなのだろうか。もしレグリッドがパルアを駒だとしか見ていなければ、あんな死に方はしなかっただろう。
 今となっては、その真意も分からないが。
「ま、星が二つとも生き延びられりゃ、単純に沢山の命を救えるだろ? それだけさ」
「で、具体的にどうやるんだよ」
 一応、といった様子でガルシアが聞いてくる。もう答えは分かっているという顔だ。
「さぁ。そんなこと向こうに着いてから考えるさ」
 そして予想通りの返答に深く溜息をついた。
「まー別に良いけどよ」
「大丈夫、きっと何とかなるさ」
 晴れやかな顔でカラカラと笑いながら、アシェリーはガルシアの頭を撫でる。
 今までだってそうだった。諦めずにやり続けていれば、きっといつか解決法は見つかる。
「それじゃあしばらくココともお別れだね。みんな忘れモンはないかい?」
「お前遠足に行くんじゃねーぞ……」
 呆れた声でツッコミを入れるガルシアを無視して、ココにいる一人一人の顔を確認する。
 ガルシア、ヴォルファング、リュアル、そしてエフィナ。
「じゃあね、エフィナ。帰ってきたらまた一緒に旅しようね」
「……ん」
 最後に、パルアとレグリッドの墓に目を向ける。
(行ってくるよ、パルア。あとレグリッド、しゃくだけどアタシが何とかしてやるよ)
 心の中でそう言い残し、アシェリーは目を閉じて意識を集中させた。
(どんなトコなんだろうねぇ)
 これから行く亜邪界に思いを馳せる。
 レグリッドの本体の姿から、ココとは全く違う人種が住んでいることは容易に想像できた。
(ま、考えて分かるものでもないか。なるようにしかならないしねぇ)
 なるようにしかならない。だが、必ず何とかする。
 強い思いを胸に、アシェリーは亜邪界への道を開いた。




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