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● 三度目の正直 ●

◆六月四日 凪坂陽平の始まり◆

《あなたのブルマは僕が大切に使わせていただきます 凪坂陽平》

 昼休み。本を読んでいた僕の視界を遮った紙にはそんな文字が書かれていた。
「見損なったわ凪坂君。あなた、変態だったのね」
 頭から降って来た嫌悪と侮蔑をにじませた言葉に、僕は眼鏡の位置を直しながら顔を上げた。
「え……?」
 訳が分からず、とりあえず顔に疑問符を浮かべてみる。
 僕の机の前に仁王立ちの構えで、こちらを見下ろしているのは同じクラスの女子だった。
学級委員長を務める彼女は、普段の知的な顔からは想像出来ないほどの怒りの形相で僕の方を睨み付けている。
「早く返しなさいよ」
 語調は穏やかで、声もそんなに大きくはない。しかし、わずかに震えている言葉が、溢れんばかりの怒気を何とか制御しようとしていることを雄弁に物語っていた。
「何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど」
 僕が思ったことを素直に言うと、委員長の目は大きく見開かれ、殺気に満ち満ちた鋭い視線で僕を射抜いた。
 な……なんなんだいったい。この感じはただ事じゃないぞ。僕が何をしたって言うんだ。
「あなたねっ……!」
 委員長は何かを叫ぼうとして、その言葉を呑み込んだ。そして何度か深呼吸をする。どうやら理性で激情をなんとかコントロールしようとしてるみたいだ。
 最後に大きく息を吐くと、彼女はさっきまでとはうって変わって静かな表情で僕の方を見ていた。
 うーん、凄いな。さすがは委員長。あっという間にクールダウンだ。
「葉山さん。ちょっと、いい?」
 委員長は僕から視線を外す事無く、手だけで他の女子を呼びつけた。その声に応えるようにして、呼ばれた女子がオドオドと僕の方に近づいてくる。
 彼女は、後ろで三つ編みにした長い黒髪を指先でいじりながら、どこか申し訳なさそうに委員長の横に立った。いつも伏せ目がちな双眸と、小柄で華奢な体つきからは、小動物の様な弱々しさを感じさせる。
 葉山鈴音――中学時代の同級生だ。
「凪坂君。葉山さんの体操服、どこにやったの?」
「はぁ?」
 思わず声が裏返る。
 僕が盗んだ? 葉山の体操服を?
 僕の思考はあっという間に混乱の渦中に突き落とされ、目の前に出されたさっきの紙と、葉山の顔を交互に見比べた。
「凪坂君……どうしてこんな事……」
 葉山は半分泣きそうな顔になりながら僕の方を見ている。
「ちょ、ちょっと待て。なんですでに犯人が僕になっているんだ? 根拠は? 証拠は?」
 ずり落ちた眼鏡の位置をなおしながら、僕は必死になって弁明した。
「ソレが何よりの証拠よ」
 強い口調で言って委員長は、僕に机の上に置いた紙を指さす。
 おいおい……マジかよ……。
「コレは僕の字じゃない。第一、僕が犯人だったらどうしてわざわざこんな文章を残すんだ? おかしいだろ? 明らかに、誰かが僕に罪を着せようとしてるんじゃないか」
「誰がよ」
「そんなの知らない」
「凪坂君って、誰かに恨まれるような覚えでもあるの?」
「それは……」
 『覚えがありすぎて、すぐには思いつきません』なんて口が裂けても言えない。
 せっかく高校デビューしたのに、こんな所でふいにしてたまるか。まだ目標も達成できていないのに。
「と、とにかくだ。僕はやってない。無実だ。潔白だ。事実無根だ」
「そんなどっかの政治家みたいなこと言っちゃって。後になって『出来心でした』じゃ済まされないわよ。今の内に白状して楽になった方がいいんじゃないの?」
 ダ、ダメだ……。この女、完全に僕のことを犯人だと決めつけている。推理ドラマとかだったら真っ先に死んでくれるキャラなんだが……。
「凪坂君……私、信じてるから……」
 葉山は消え去りそうな声で言うと目尻に涙をため、何かに耐えかねたように小走りに自分の席に戻った。弱々しいその姿は悲哀に満ち、否が応でも同情を誘う。
 ちょっと待てー! 泣きたいのはこっちだ! だいたい信じてるって何をだ! 僕がやってないって事をか!? それとも、僕が君の体操服を返してくれることをか!?
「凪坂君。あなたって意外と自己顕示欲、強かったのね」
 だーから違うっつってんだろーが!
 胸中で中指をおっ立てながら、ありったけ不満を込めて叫ぶことが僕に残された唯一の抵抗だった。
 委員長は哀れみの視線で僕を一瞥した後、葉山をなぐさめに行った。そして委員長に共感した周りの生徒も事情を聞き始める。
 最悪の展開だ。
 そして、僕はたった一日で『優等生』から転落し、『変態』のレッテルを貼られることとなった。

「やっほー! きーたよ、陽平。アンタ変態になったんだってー?」
 次の日。学校に来て最初に聞いたのは、その心臓をえぐるような言葉だった。朝の眠気の覚めないところに、唐突に突き刺された焼け火箸は、ただでさえ低い僕の沸点を軽く上回った。
 この……クソアマ……。
 コメカミを痙攣させながら、ぎこちなく顔を動かし、辛辣な言葉を容赦なく浴びせた本人に顔を向ける。
「まーまー。人生色々あるって。何事も経験よ、ケーケン!」
 品のない笑い声を上げながら僕の肩をばしばしと叩いてくる女は、やはり予想した通りの人物だった。
「那々美……僕は今、非常に機嫌が悪いんだ……」
 低い声で吐き捨てるように言う。しかしその女――藍沢那々美はまるで気にした様子もなく、ポニーテールにまとめ上げた栗色の髪を尻尾のように揺らしながら僕の前に立った。
「そんなウジウジしてるとー、いつまでたっても汚名挽回出来ないわよー?」
 これ以上僕にどんな汚名を挽回させる気だコイツは……。汚名は返上するもんだろうが。
「ほーら、授業なんてサボって気晴らしに外でも行こーよ! 外はいい天気だよ!」
 ああ、お前の頭と同じくらいにな。
「あ、ひょっとしてお腹減ってるの? ちょっとあげよーか? あたしのお弁当」
 そんなモンで僕の渇望が……。
「満たせるかー!」
 ダン! と木製の机に右の掌を叩き付け、僕は勢いよく立ち上がった。
 那々美は僕のとった突然の行動に口を半分開けながら、ただ呆然とこちらを見つめている。その顔を見て僕は後悔した。
 しまった……また悪い癖が……。
 周囲を見回す。さっきまで他愛のない会話で賑わっていた朝礼前の教室は、耳が痛くなるほどに静まりかえり、皆の視線は当然のごとく僕達の方に集中していた。
「陽平……やっぱり鈴音の言ったこと本当だったんだ……」
 さっきまでは快活で愛嬌のあった大きめの目を失意の色に染め、那々美は声のトーンを落として呟いた。そして薄くリップクリームを塗った桃色の唇から、はぁと溜息が漏れる。
 だ、だめだ……このままだと僕の目標が……。ようやく大切な人への告白のキップを手に入れたのに。
 僕の中で何かが音を立てて崩れていくような気がした。
「陽平。お昼ご飯、一緒に食べようね」
「あ、ああ……」
 作り笑いを浮かべて僕にそう言う那々美に、僕は気のない返事をすることしか出来なかった。
 とにかく今は冷静になる時だ。感情を理性で押さえ込め。一刻も早く僕を陥れた奴を捜してボコボコに……ああ、いかん。そう言う発想は自粛しなければ。僕は大人しい優等生なんだ。とにかく、冷静に、冷静に。事を可能な限り穏便に運ぶんだ。
 僕は自分に強く言い聞かせ、眼鏡のレンズを拭いた。

 そして昼休み。事態に進展はない。
 ソレもコレもあの那々美のせいだ。
 部活の最中に怪我をしたとかで昨日休んでいた那々美は、ノートを僕からふんだくるとそのままどこかへ消えてしまった。おかけで校内中を探し回るハメになり、午前中は那々美に振り回されっぱなしだった。
 しかも今度は気晴らしに外で昼ご飯を食べようとかで、わざわざ学校裏の花壇に呼び出すし……。まぁ、僕を元気付けてくれているのかもしれないけれど。実際、僕にまともに話しかけてくる奴はアイツだけだしな。
「はぁ……」
 自然と溜息が漏れる。何回目かなんて馬鹿馬鹿しすぎて数えていない。肩を落としながら、上履きを履き替えるため、僕はシューズボックスを開けた。
「ん?」
 中には僕の運動靴以外に一通の封筒があった。そこには『凪坂陽平へ』と記されている。
 ラブレター? まさかね。こんな時代錯誤な真似する奴がいたら天然記念物モノだ。 
 大した期待はせず、僕は封筒を開け手紙の内容に目を通す。そこには短い文章でこう書かれてあった。

《体操服を返して欲しかったら校門前まで来い。この変態ヤロウ》

 体に一瞬震えが走った。間違いなく罠だろう。しかし少なからずコレで事態は進展する。場合によっては解決するかもしれない。
 稚拙な文字で書かれたこの手紙に一条の光を見いだした僕は、喜び勇んで校門前に向かった。

 校門前にいたのは三人の男子生徒だった。眉無し、ソリ込み、逆モヒ、といずれも厳つい顔立ちで、『私は社会不適合者です』と強い自己主張をしている。哀れな連中だ。
 しかしこいつらどこかで見たことがあるような……。
「で、君たちが葉山の体操服を盗んだの?」
 僕は眼鏡の位置を直しながら、不良三人組に声をかけた。
 彼らは意外そうにお互いに顔を見合わせ、「ひゃはは!」と下品な声で大笑いする。
「盗んだのはお前だろーが。この変態」
 逆モヒが唾を吐きながらそう言った。期待はしていなかったが、やはり罠だったようだ。
「前から気に入らなかったんだよ。テメーのその名前がよ」
 眉無しが拳をボキボキと鳴らしながら凄んで見せた。
 名前? ああ、そうか。思い出した。こいつら僕と同じ中学に居た奴らだ。勿論名前など覚えていない。所詮はその他大勢だ。
「お前をボコれる絶好の機会だからな。覚悟しろよ」
 と、ソリ込み。
 なるほど、変態を殴っても悪者にはならないって訳か。まぁいい。それならそれで僕の方にも考えがある。
「なぁ、ココじゃ目立つだろ。場所を変えないか?」
 僕の言葉に三人は再び顔を見合わせ、「ゲラゲラゲラ!」と頭の悪そうな笑い声を上げた。
「お前が呼び出したんだろーが! ボケ!」
 怒気を孕んだ声で叫び、眉無しはいきなり僕に殴りかかってきた。
 まずい。ここでモメるのは非常にまずい。
「ちょ、ちょっと待てよっ」
 慌てて身を引き、右の拳をかわすと僕は両手を前に出して制止を求めた。
「待てるか!」
 眉無しは空を切った右の拳を戻すことなく、そのままの体勢で更に一歩踏みだしタックルをかけてくる。
「ぐっ」
 肺を強く圧迫され、軽くせき込んだ僕の下から、眉無しの肘が僕の顎を捕らえた。ガツン、と上顎と下顎が激しく衝突し、顔面が跳ね上げられる。そして、一瞬で視界が空へと切り替わった。
 ――ブチ
 そして、『俺』の中でも何かが切り替わる音がした。
「へっ! この変態ヤローが!」
 投げかけられた罵声の位置と、さっきまでの眉無しの体勢を、おおざっぱに頭の中に描くと、俺は仰け反り返る姿勢に逆らうことなく、自然な形で右足を垂直に蹴り上げた。
「がっ……!」
 視界の下で、苦悶の声が聞こえる。
「やってくれんじゃねーか。この三下」
 眉無しの股間を綺麗に捕らえた右足を戻して踏ん張ると、俺は顎の下をさすった。
 痛い……。痛いが……どこか心地よい感触だ。
「一発で気ぃ失うんじゃねーぞ」
 自分の急所を押さえ、うずくまる眉無しの顔面の位置に高さを合わせて俺は腰を沈めた。左足で地面を強く踏みしめ、右足のバネを最大限に活用させて腰を前に突き出す。腰の回転を上半身へと伝え、肩、肘、拳へと力を伝達させて行った。そして、ターゲッティングしていた左手と入れ替わるようにして、右の拳を腕が一直線に伸びるように突きだす。
「うぶっ!」
 俺の正拳突きは、鼻と上唇の間、いわゆる人中という人体急所の一つに見事に突き刺さった。ここを思い切り殴られた時の痛みは想像を絶する。案の定、眉無しの意識はあっけなく抵抗をやめた。
「おい。お前らは?」
 俺はダテ眼鏡をポケットにしまうと、気絶して無様にうずくまった眉無しを足蹴にした。
「テ、テメー!」
 我に返ったようにして、ソリ込みと、逆モヒが右と左から突っ込んでくる。
 さすがに二人一度に相手にするのは面倒か……。
 俺はすっと目を細めると、隙の多そうな方を見定める。
「おおらぁ!」
 先に大振りなパンチで仕掛けてきたのは逆モヒだった。俺は逆モヒの方向、左側に飛び込んみ、間合いを一瞬で詰める。そして身を低くして逆モヒの拳を空振りさせると、更に左側に飛んだ。
 俺から見ると丁度二人が一直線に並んだ形になる。
「この!」
 空振りさせられたことの羞恥と、仲間を一人やられたことに対する激怒に顔を赤くし、逆モヒは再び俺に拳を振りかぶった。今度はソレを両手で受け止める。
「なっ!」
 また、かわされると思っていたのだろう。ありありと狼狽の色を浮かべながら、逆モヒは拳を引こうとした。しかし、ガッチリとグリップした俺の両手がソレを許さない。
「ほらよ」
 軽い声でそう言い、受け止めた拳を外側にひねった。
「うぁっ」
 腕を無理な方向にねじ曲げられ、逆モヒは苦悶の声を上げる。その苦痛から逃れるために身をよじり、肘の関節がピンと伸びきった。
「そぉら!」
 その瞬間を狙って、俺は逆モヒの拳を思い切り奥に押し込む。
 ゴグッ、という低く、くぐもった音を立てて逆モヒの肩の関節が外れた。多分、手首の骨もタダでは済まないだろう。
「ギ……ァアアァァァァァ!」
 自分の身に降りかかった突然の惨事に一瞬我を忘れていたのか、一呼吸置いた後、逆モヒは激痛にのたうち始めた。
 狂葬曲の調べを背中に受けながら、俺は逆モヒの影から残ったソリ込みの横へと飛び出す。
「え……う、あ……」
 ソリ込みの頭はすでに現実逃避を始めているようだった。もう焦点が定まっていない。
「ケンカ中に夢見てんなよ!」
 嘲るような口調で叫びながら俺は、携帯を握り込んだ右拳をソリ込みの肝臓へとめり込ませた。骨が無く、筋肉も弱い。急所が集まる正中線からは外れるが、俺が飛び出した体勢からは最もダメージを与えられる場所だ。
「げぁ!」
 今にも血反吐を吐きそうな声を上げながら、ソリ込みの体は打撃の反動で反対側へと流れていく。俺は拳を九十度回転させ、その反動に負けない早さで、さらに数ミリめり込ませた。
「ッぅぁ!」
 わずか数ミリたが、限界まで押し込まれた内蔵が更に数ミリ圧迫されるのだ。悶絶は必至である。
「さぁて」
 俺は唯一気を失っていない逆モヒにゆっくりと歩み寄った。
「いいストレス解消になってくれたが……」
「たっ、助けてくれっ」
 右腕を体全体で庇いながら、逆モヒは校門の方へと後ずさった。
「面白いことを言ってたな。『俺がお前らを呼び出した』ってのはどういう意味だ?」
 そう、眉無しが確かにそう言っていた。
「お、俺達は手紙を貰ったんだ」
「誰から?」
「し、知らない。鞄の中に入ってたんだ」
「今、持ってるか? 見せろよ」
「あ、ああ、コレだ……」
 逆モヒは左手をポケットに突っ込み、苦しそうな表情で取り出した。俺はソレをひったくるようにして取り上げる。

《お前が犯人だってことは分かってる。バラされたくなかったら昼休みに校門前に来い。 凪坂陽平》

「ほぅ」
 俺は面白そうに目を細めた。そして俺に送られてきた手紙を取り出して見比べる。
 同じ筆跡だ。逆モヒが持っていた手紙の文字は筆跡を変えようとしたのか、いびつに歪んでいるが、文字の書くときの止めや払いのクセが俺の持っている手紙と同じだ。どうやらこの手紙の差し出し主が犯人であることは間違いなさそうだ。
「コラー! お前ら何やってるー!」
 校舎の方から聞こえてきた怒鳴り声で『僕』は我に返った。声のした方に振り向くと、体育教師が激昂しながらこちらに走ってきている。
 し……しまったぁ! やってしまったぁ!
 胸中で後悔の叫び声を上げながら、僕は天を見上げて顔を手で覆った。

「やれやれ……」
 放課後。僕は自分の机に突っ伏しながら溜息をついた。
 長い、実に長い一日だった。
 昼間の件は、僕が優等生で、相手が不良と言うこともあり、反省文を原稿用紙五枚に渡って書かされたくらいで済んだが……ケンカしたくらいで五枚も書けるわけねーだろ! 途中から、『現代社会に生きる若者が持つ心の闇』にテーマをすり替えたから何とかなったものの……。
「くそっ」
 悪態を付きながら僕はポケットから二枚の手紙を取り出した。
 いったい、誰の字なんだ……これは。
 他の奴らが下校する中、僕は一人で二枚の手紙とにらめっこしていた。しかし、そんなことをしていて書いた人間が分かるならFBIはいらない。
「あ、ホントだー。やっぱり付き合ってたんだー」
 僕も帰ろうと席を立った時、後ろから声をかけられた。首だけ動かして声の主を見やる。
「君は確か……」
 後ろを振り向いたそこには、艶のある黒髪をボブカットにした女子がいた。相手に不思議な安心感をもたらす柔和な笑みを浮かべながら、彼女は目を輝かせている。視線の先には僕が今持っている封筒があった。
「千早?」
「何で疑問形なのよ」
 不満そうに言って彼女は頬を膨らませる。元々童顔なせいもあるだろうが、こういう子供っぽい仕草をすると余計に幼く見える。
「ちゃんとフルネームで覚えてよねー。朋華よ。ち・は・や・と・も・か」
 千早朋華は派手なリアクションで僕の方を指さしながら、自分の名前を一文字ずつ区切って教えた。
 ああ、そうだ。思い出した。那々美の側にいつもいるうるさい奴だ。占いとかに凝っているせいか、やたらと人に不幸を押し売りに来る。『今日のラッキーアイテムは制服ー、ラッキーカラーは赤ー』とか言いながら彫刻刀を持ち歩いていた日にはどうしようかと思った。
 幸い被害者は出なかったようだが……。
「ま、いいわ。それより二人の門出を祝して、わたしが今後の運勢を占ってあげる」
 嬉しそうに笑いながら取り出しのは、安全ピンとワラ人形。彼女が何を考えているのかは大体予測できた。
「髪」
「嫌だ」
 極めて短い会話の後に、殺伐とした雰囲気が残る。相手は一歩も引くつもりはないらしい。久しぶりだ。これ程の殺気を目に込めた奴を見たのは。
 しばらく睨み合い、僕の方から目線を逸らせた。このままだと、また変な気を起こしかねない。
「で、さっきから何を勘違いしている? 僕が誰と付き合ってるって?」
 好きな人はいる。だが、まだその人とは殆ど進展がない。彼女の勘違いだろう。
「那々美ちゃん」
 ほら来た。アイツはいつも僕につきまとうからな。そう言う目で見られてもしょうがないが、アイツとは何もない。
「根拠は?」
 僕は冷めた視線を千早に向け、鼻を小さく鳴らして言った。本命のためにもこういう噂は潰しておくに限る。
「えーっと、委員長も言ってたしー」
 人差し指を額に当てながら、千早は渋い顔で何かを思い出すように言った。
 委員長? あの女が? そんなことをするタイプには見えなかったが……。
「それにほら。二人、手紙でやり取りしてるし」
「何?」
 意外な言葉に目が点なる。
「僕が那々美と? いったい何を証拠にそんなことを」
「だって、その封筒……」
 目を輝かせて言いながら、千早は僕が握りしめている手紙の入っていた封筒を指す。
「その字、那々美ちゃんの字でしょ?」
 点になっていた目は完全に消失した。




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