貴方に捧げる死神の謳声 第三部 ―黄泉路からの慟哭―

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十『三番目の方法』


◆失踪と邂逅 ―嶋比良久里子―◆
 居ない。
 朋華が居ない。
 館のどこを探しても朋華の姿が見あたらない。
 昨日の夜、寝る前までは確かに居たはずなのに。
「クソッ!」
 肩で荒く息をしながら、久里子は廊下の壁に拳を打ち付けた。鈍い音がして肘近くまで深くめり込む。
 完全に自分のミスだ。
 朋華が冬摩を心の底から心配していた事は分かっていた。食事もろくに摂らず、口数も少なく、外を見つめながら落ち付きなくしていたのは分かっていた。だから彼女が冬摩を探す為に出て行ってしまう事は十分に予想出来た。なのに――
(甘かった……!)
 まさかこんなにも早く行動に出るとは思わなかった。
 もう少し理性で抑え込めるかと考えていた。せめてあと一日。
 冬摩が全く帰る気配を見せない事に、自分も少なからず焦りを覚えていた。多分、このまま待っていても冬摩が現れないだろうという事は薄々感じていた。
 何か別の作戦を考えなければならない。
 ソレはもう昨日から思っていた事だった。
 だが動けなかった。一度、魎に嵌められた事が心の傷になっているのか。また失敗してしまうかも知れないと臆病になっているのか。
 より安全で確実な方法に身を委ねてしまい、不測の事態からは目を逸らしていた。馬鹿騒ぎで自分を誤魔化していた。
(どうする……!)
 奥歯をきつく噛み締め、久里子は壁から引き抜いた手を顔に強く押し当てた。
 こうなってしまった以上全ては白紙だ。もう一度最初から考え直さなければ。
 どうすれば魎の先手を取れるのか。どうすれば魎の狙いが読めるのか。どうすれば誰も傷付かず、この戦いを終わらせられるのか。
(いや……)
 違う。そうじゃない。その考え方では駄目だ。そんな小綺麗な考え方をしていては簡単に魎に出し抜かれる。
 コレは戦い。命の奪い合いなんだ。その事をもっと深く自覚するんだ。
 安全性だとか確実性だとか、そういう低次元の思考は捨てなければならない。
 怯えて守っているだけでは進まない。もっとコチラからも攻めて、前に出ていかないと――
「あー! クリっちー! ダメー! コッチにも居ないー!」
 黒いカーペットの敷かれた長い廊下の向こうから、美柚梨が大声でまくし立てながら走ってくる。
(今おる戦力は……)
 自分、『獄閻』、『白虎』、『天冥』、『鬼蜘蛛』、そして美柚梨……。
 非情かも知れないが、多分彼女にも動いて貰う事になる。コチラが持ちうる火力を最大限に使って――
「ど、どうする? クリっち……。こーなったら……朋華チン、探しに行く? そうすれば……トーマ君にも……会えるだろうしさ」
 額に多量の汗を掻き、息を切らしながら美柚梨は途切れ途切れに言った。
 いや違う。ソレも違う。いくら召鬼の力があるからと言って、まるで戦闘経験の無い彼女を戦わせるなど論外だ。
 落ち着け。いいから落ち着け。
 自分は今焦っているんだ。だから冷静な思考が出来ていない。
 血の上った頭で考えた作戦など上手く行くはずがないんだ。もう一度最初からだ。
(守るより攻め……)
 ココは合っている。ココまでは正しい。今じっと守っていても事態は進展しない。美柚梨や夏那美まで朋華のようになってしまっては目も当てられない。
 だとすればどう攻めるかだ。相手の居場所が分からない以上、どうしても囮のような物でおびき出す形になってしまう。しかし囮だと見抜かれてしまえばソレまでだ。その裏を掻かれてまた最悪の展開になってしまう。
 だから囮となるのは意外な人物でなければならない。魎でも考えつかないような、およそ囮には向いていない人物……。自分達とはあまり深く関係が無く、だから囮にするなどと言う発想は普通は無く、それでいて相手にはそれなりに認知されている人物。見かければ取り合えず興味を持ちそうな……。例えば――
(あかん……)
 顔を左右に振って久里子は自分の考えを払い去った。
 コレ以上彼女を巻き込む訳には行かない。夏那美や美柚梨同様、本当にただの一般人なんだ。麻緒以上に気を遣って、日常に帰してやらなければならない。
 なら『白虎』の共鳴を使うというのはどうだ。『玄武』は麻緒が、『朱雀』は玖音が、そして『青龍』は玲寺が持っている。共鳴の効果範囲は半径一キロと狭いが、標的が三つもあればどれかは捕まるかも知れない。一昨日の夜、麻緒が玲寺と戦ったはずの港の倉庫街に行って『白虎』に吼えさせれば、二人のどちらかに反応する可能性だってある。
(まずはソレが一つ……)
 『白虎』の共鳴。コレは手段として使えそうだ。
 あとは……あとは他に何かないか。『獄閻』は……。アイツに掛けられた『閻縛封呪環』を逆探知……出来るはずがない。怨行術を使う事が出来ればそう言う方法もあるのかも知れないが、少なくとも自分は使えない。使えるのは玖音か、玲寺……。
 駄目だ。
 では『天冥』に冬摩の匂いを辿らせるか? 匂い自体はさすがに覚えているとは思うが、問題はどのくらいの範囲を嗅ぎ取れるかだ。『羅刹』が居てくれれば、彼ならかなり離れていても血の匂いを追えたんだろうが……。
 『鬼蜘蛛』は? コチラの言いつけ通り、御代が眠っている部屋の前で今も待機しているが……。彼は冬摩が最初から保持していた十鬼神。能力は攻撃範囲の拡大と回復能力の増強……。
 駄目だ。何も思いつかない。
 もっと無いのか。コレだ! と直感できるような閃きが。
 考え方が一辺倒過ぎるんだ。自分の立場だけではなく、他からの視点でも考えなければならない。
 もし自分が魎だったらどうする。
 魎は今、玖音に裏の裏を掻かれた形となった。だがあの男は失敗を即座に修正し、そしてその失敗を使って別の成果を上げる事が出来る。麻緒との戦いの跡を報道されるという失敗を犯したが、ソレを使って玖音と朋華の行動を読み、陣迂を病院に先回りさせた。更には麻緒に何か目印が付いているはずだと玖音に思い込ませ、冬摩達をバラバラにした。
 ソレを玖音が逆に利用して自分を助け出してくれたのだが、戦力を分散させられた事に変わりはない。
 だから今回も、きっと何かしらの益を得ているはずなんだ。
 陣迂と共に玖音の居場所に向かった魎は、裏を掻かれたと気付いて恐らくは陣迂を戻した。陣迂は玖音とすでに一度戦っている。だから少なくとも初戦よりは手こずるはず。それに魎は玖音の事を“一番厄介だ”と明言していた。
 陣迂は一応魎の側に立っているが仲間といった雰囲気ではない。どちらかというと仕方なく従っているという感じが強い。もしコレ以上失敗を重ねたくないのなら、最も厄介な相手を忠誠心の低い駒に任せるとは思えない。自ら手を下すはずだ。
 そして魎は玖音と対峙し、勝利した。
 もし玖音が勝っていれば、美柚梨が居るこの館に一度は立ち寄るはずだ。冬摩と違って理性を優先させるだろうから、精神的に追いつめられたとしてもおかしな行動を取るとは思えない。
 だから玖音は今、魎に捕らわれているか、最悪すでに殺された。
 ならその後はどうする。玖音との片をつけた魎は……例のビルに戻る。勿論、結果を確かめるために。そして自分がすでに居なくなったと知れば……次は、冬摩の所に行く。そして陣迂と一緒になって戦う……いや、あの男の性格からして不意を突いて横やりを入れる。多分、その時に冬摩に何かを言ったんだ。そのせいで冬摩は今苦しんでいる。
 だがもしそうだとすれば、なぜ冬摩を連れ去るなりトドメを刺すなりしない? 魎の目的は冬摩のはず。冬摩に何かをするために、色々と回りくどい攻めを続けてきた。そしてようやく巡ってきた絶好の機会なのに、なぜみすみす放棄する?
 魎も玖音同様、感情よりは理性が優先されるタイプだ。気持ちの起伏が原因で理にかなわない事をするとは思えない。だとすれば、今は放置する事に意味がある? 苦悩する冬摩に何もせず、ただ泳がせておく事が計画の一部だとでもいうのか? 一体何のために。
 分からない。さすがにそこまでは分からない。
 だが、何故魎が玲寺と陣迂を持ち駒として選んだのかは分かった。使う側としては明らかに操りづらいあの二人を。
 勿論、自分の力だけでは冬摩に敵わないというのもあるかも知れない。だがその他にも、冬摩に何か精神的な揺さぶりを掛けたかったんだ。
 玲寺はかつての仲間。昔の冬摩ならともかく、朋華に心を開いた今の冬摩なら、敵対する事に何かしらの葛藤や苦悩はあるはず。ソレは自分や麻緒、そして玖音の場合でも同じだ。程度の差はあるだろうが、気持ちが負の方に向かうのは間違いない。本人は認めたがらないだろうが。
 そして恐らくコレが、魎が自分達を連れ去ろうとした大きな理由。冬摩に精神的苦痛を植え付ける事が、計画の一部。
 だとすれば、陣迂は本当に冬摩の弟なのか?
 外見は勿論の事、性格、言動、喋り方のクセに至るまで確かにそっくりだった。
 陣迂が冬摩の弟だからこそ、魎は駒として選んだ? 唯一の肉親が相手となれば、普通とは全く別種の感情を抱く。当然、ソコから生まれる暗い感情もまた別物……。
「あソーレもみもみもみもみもみもみー!」
「ふにぁ!?」
 胸元に凄絶な違和感を覚え、久里子は素っ頓狂な声を上げた。
「おおー、スッゲー揉み応え……クセになりそう……」
「何しとんねん! このダァホ!」
 胸を庇うようにして両腕で隠し、久里子は感嘆の息をもらす美柚梨から体を離す。
「だーって話し掛けてもレス無いんだもん。だからこうするしか」
「他にも何かやり方あるやろ! ボケェ!」
「で? 考えは纏まった?」
「アンタのおかげで全部スッ飛んだわ!」
 肩を怒らせながら激しくまくし立て、久里子は鬼の形相で美柚梨を睨み付けた。
 ええい、クソ。それでどこまで考えたか……。
 ああそうそう。水鏡魎の目的が冬摩の苦悩で、少なくとも今は様子見の段階というところだ。だとすれば向こうからはなかなか出てこない。やはりコチラから仕掛けて行かなければ……。
「おー!」
「今度は何やねん!」
「夏那ミン」
「ホンマに〜?」
 猫なで声になって久里子は後ろを振り向く。確かに、袖を大きく捲り上げた黒のTシャツと、裾を半分に折ったジーンズを着た夏那美が、必死の形相でコチラに走って来ていた。
 一番最初の服装だが、やはりコレが一番似合っている。
「大変! 大変! 超たいへーん!」
 おさげを尻尾のように振りながら、夏那美は甲高い声を上げて小さな体で精一杯の主張をする。ソレがまた愛くるしくてたまらない。
「どした〜ん。何かあった〜?」
 久里子は小走りに近寄って夏那美を迎え、彼女を抱き留めようと両腕を広げる。
「あの人が! ツインテールの人が!」
「目ぇ覚めたんか!?」
「出て行った!」
「な……!?」
 そして全身が凍り付いた。
 出ていった? 御代が? どうして。どうやって。
「何でや! 『鬼蜘蛛』は!? 他の奴等は何しとんねん!」
「そ、ソレが……」
 はぁはぁ、と荒く呼吸しながら、夏那美は黒いカーペットの上に力無くへたり込んだ。
「ドアが、壊れてて……止めようとした……人、血が……いっぱい出てて……」
 途切れ途切れに紡いだ夏那美の言葉が終わらないウチに、久里子は窓を開けて外に飛び出していた。
 部屋の扉を壊した? 大の男をはねのけて大怪我をさせた?
 そんな馬鹿な。そんな力……。コレではまるで……。
(そんなはずない……!)
 誰かの召鬼になったような気配は御代から感じなかった。確かに昨日まで何も感じなかった。だが、今は確かに……! 魎は一体何を……!
「アレか!」
 外壁沿いに回り込んで館の正面に出た時、視界が御代の後ろ姿を捕らえた。フリル付きの黒いワンピースを翻し、頭の両サイドで纏めた長いツインテールを揺らしながら、木から木へと飛び移っている。明らかに常人の動きではない。
(どうする……!?)
 追うか? 今ならまだ間に合う。
 だがもし、コレが魎の罠だとすれば……。
 いや待て。むしろ好都合ではないか。もし魎が御代を使って自分をおびき出したいのだとすれば、逆に言えば彼女の行く所に魎が現れる事になる。
 つまり今、御代は相手にとってもコチラにとっても絶好の囮となった訳だ。
 何だか利用するようで少々心苦しいが、この際仕方ない。それにコチラが動かしたのではなく、魎が自分の持ち駒として操っているのなら、ある程度の安全は保証されている事になる。
 なら、彼女が発しているこの気配を覚えて、万全の戦力を持って『千里眼』で遠くから追えば……。
 『千里眼』……?
 そうだ! 忘れていた! 自分にはこんな便利な能力があるではないか! どれだけ離れていようとも、使役神や魔人の気配を知覚できる『天空』の力が!
 無様過ぎる失態にほぞを噛みつつも、両目に神経を集中させる。
 やはり全くもって冷静ではなかった。ひょっとするとまだ何か見落としがあるかも知れないが、この際もうどうでも良い。
 魎は……クソ、さすがに観えないか……。自分の気配も使役神の力も完全に消している。陣迂は……コッチも同じ。玲寺……駄目か……。なら玖音……コッチも感じられない。
「ええぃクソ!」
 じゃあ冬摩は……!
「オッ!」
 久里子は大声を上げて顔を右に向けた。
 観える! 冬摩特有の荒々しい気配が、彼の保持している沢山の使役神の気配が! かなり離れているが、この方向に行けば間違いなく冬摩と合流できる。そして恐らく朋華とも。
 冬摩の方から来てくれない以上コチラから行くしかない。今はハッキリと観えている気配でも、いつ感じられなくなるか分からない。
 冬摩と合流して、ソコから御代の後を追う。
 いや、麻緒の方が先か。彼は水鏡魎と戦う上で無くてはならない存在。だから会えるなら出来るだけ早いに越した事はない。麻緒の気配も都合よく観えてくれていれば……。
「――ッ!」  
 観える。間違いない。コレは『玄武』の気配だ。
 しかも近い。距離にして三十二――
「やぁ、久里子お姉ちゃん。久しぶり。生きてたんだね」
 センチぃ!?
「麻緒!?」
 自分の目の前で屈託無く笑う学生服の少年に、久里子は目を剥いて叫声を上げた。

◆告白 ―荒神冬摩―◆
 分からない。
 何一つとして分からない。
 魎の目的も、玖音があんなにもあっさり捕らえられていた事も、そして――左腕の力の正体も。
『ガアアアアァァァァァァ!』
 大気を激震させる獣吼を上げ、冬摩は固く握り込んだ左拳を太い樹木に打ち付けた。一瞬、左手が焼けるような熱を帯びたかと思うと、冬摩の拳を埋め込まれた樹は塵となって消失する。しかしソレだけでは力は収まりきらず、周囲の木々をへし折り、抉り取り、吹き飛ばしてようやく怒りを鎮めた。
「クソッタレがぁ!」
 右の拳を地面に突き下ろし、冬摩は足元に小さなクレーターを生み出す。そして土の中で拳に込めた力を解放し、更に深く大地を穿った。鈍い振動と共に体が下へと沈み込む。その動きが止まったのを確認して、冬摩はゆっくりと立ち上がった。
「クソ!」
 隣りに出来たクレーターの大きさと見比べ、冬摩は苛立たしげに舌打ちする。
 ソレは先程、左拳で作った巨大な穴。今自分が立っているクレーターを五、六個くらいは軽く丸呑みしてしまいそうな程、深く、大きい。
 肉体的な『痛み』の蓄積が無いためとは言え、この力の差は異常だ。 
 確かに、三年前に龍閃を倒した時、発揮された左腕の力は凄まじい物があった。紅月の光を浴び、大龍へと姿を変えた龍閃の力をあっさりと跳ね返し、肉を引き裂き、命を奪い去った。
 だがアレは心が壊れてしまう程の精神苦痛があったからこそ行使できた力だ。朋華をこの手で殺し、彼女の大切さと自分の無力さを痛感したからこそ、アレだけ絶大な力を引き出せた。
 しかし、今は――
「出てきやがれ魎! テメーの狙いは俺だろーが!」
 『痛み』はある。『左腕』の力の発生点である『精神的苦痛』は感じている。
 自分の身に宿る未知なる力への戸惑い、ソレをいつか朋華に振るってしまうのではないかという恐怖、そしてそれ故に朋華の元に行けない辛さ。
 そういった精神的な負の力は今も体に重くのし掛かっている。
 だが、あの時には遠く及ばない。質も大きさもまるで違う。
 あの時感じた“もう取り戻せない”という感情は無い。
 なのに、どうしてこれ程までの力を発揮できる? まるで、何か束縛から解放されたかのように――

『まぁ、こんな物か。どうやら私の仮説は正しかったらしい』

 仮説……。
 魎は去り際、確かにそう言っていた。
 ならば知っているはずなんだ。なぜ突然、左腕の力がこれ程までに強くなかったのかを。
 絶対に聞き出さなければならない。そうでなければ朋華に近寄れない。こんな制御の効かない危険な力を持ったままで……。
「どうやらお困りのようですね」
「――ッ!?」
 突然、目の前の茂みから声が聞こえた。
「魎! テメェ!」
 地面を蹴り、冬摩は左腕を振り上げて突進する。そして一気に間合いを詰めて力任せに叩き付けた。
 大地が爆ぜ、周囲の木々が蒸発するかのように消し飛んで行く。
 一瞬にして、森林地帯に無毛の区画が出来上がった。
「あんな品性の欠片も無い声と聞き間違えられるとは心外ですね。私の方がずっとダンディーでシブいでしょう?」
 今度は背後から低い音域で掛けられる。
 この声は……!
「テメェ……!」
「三年ぶり、ですね。冬摩」
「玲寺!」
 方々が破れ、赤黒く染まったスーツを纏い、その上に黒のオーバーコートを羽織った男が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「相変わらず元気そうで何よりです」
「はっ! そーかい! 魎の代わりにテメーが来たって訳か!」
 冬摩は身を低くして構え、敵愾心を剥き出しにして叫ぶ。
「いやですねぇ。そんな無粋な用事で貴方の前に出て来たりしませんよ」
「ケッ! 今までコソコソしてやがった魎の使いっパシリが!」
「うーん、ソレに関しては残念ながら否定できませんね。私が過去に残してしまった汚点です」
「過去、だぁ……?」
 やれやれ、と芝居掛かった仕草で肩をすくめてみせる玲寺に、冬摩は険しい顔付きになって聞き返した。
「少しだけ気持ちが晴れましてね。貴方の背中を見て育った少年は、大変力強く成長していますよ。色んな意味でね」
 自分の背中……麻緒の事か……?
「やりたい事をやればいい、頭より先に体を動かせ、ですか……。いやいや、幼いながらになかなか重みのある言葉でしたよ。彼が言うと特に説得力がある。多分、貴方が言うよりもね」
「魎の野郎はどこに居る」
 何か思い出すように視線を上げて静かに言う玲寺に、冬摩は乱暴な口調で聞く。
「教えてあげたいのは山々なんですが、正直なところ私にも分からないんですよ。召鬼と魔人は繋がっていると聞きますが、まだまだ意思疎通が上手くできてないんでしょうねぇ、あっはっは」
「召鬼……?」
「アレ? そういえばまだ言ってませんでしたね。ええ、私は水鏡魎の召鬼となりました。三年前、貴方に破れた直後にね」
 三年前に玲寺を倒した……。あの時、魎が近くに居た?
「彼が私の体で『実験』をしたいと言うので、付き合ってあげたんですよ。丁度、生きる意味というヤツを見失ってしまっていたのでね」
 冬摩は油断無く玲寺を睨み付けながら相手の出方を窺う。
 ココで玲寺を仕留めるのはそう難しい事ではない。必要とあらば躊躇わない。だが出来れば聞き出したい。魎の居場所と、何故こんな馬鹿げた事をしているのかを。
「使役神を受け渡す三つ目の方法。彼はソレを私の体で試しました。そして『実験』は見事に成功。今、私が保持している式神は『青龍』一体だけです」
 三番目の方法……。
「貴方もご存じでしょう。怨行術 壱の型『閻縛封呪環』。今は『獄閻』が掛けられているアレですよ。使役神の力を激的に弱め、強制的に術者の体から出してしまう術。まずは欲しい使役神にソレを施します」
 毛先の巻いた柔らかそうな黒髪を掻き上げ、玲寺は微笑しながら続ける。
「次にその使役神を保持している術者を自分の召鬼とする。そして『閻縛封呪環』の力を最大にまで強めると……」
 そこで言葉を止め、玲寺は意味ありげに口の端をつり上げた。
「魎が言うには、召鬼化する事で相手と自分の間に精神的な繋がりを生み出し、『閻縛封呪環』がもたらす引き剥がしの力を利用して取り込むらしいです。使役神とは術者に力を与えるだけではなく、記憶や技法を色褪せさせる事なく後世に受け継がせていく精神媒体ですから、もしかしたらそういう事が可能かも知れないと思ってやってみたそうです」
 召鬼化と『閻縛封呪環』の組合せ……。ソレで相手を殺す事なく使役神を……。
「そして私が聞いた話では、魎の目的は貴方の中の『死神』。多分、殺して全て奪い取るのが難しいと踏んで、一部だけでも自分の物に出来ないかと考えたんでしょうねぇ」
 殺すのが難しいから、だと……?
 ソレはおかしい。陣迂との戦いの後、自分は魎の『烈結界』によって束縛され、全く身動きの取れない状態だった。あの時なら殺す事は出来たはず。だがソレを見送った。

『あー、今日は機嫌が良い。だから見逃してやるよ、冬摩』

 違う。あんな物はデタラメだ。
 もし自分を殺す必要があるのなら、気分などに関わらず魎は殺す。アイツはそういう男だ。だから自分を殺さなかったのには何か他に理由があるはずなんだ。
「『死神』の『復元』、そして召鬼化を併用して龍閃を黄泉還らせ、貴方の左腕の力について詳しく聞き出したいそうです」
「左、腕……」
 玲寺の言葉を口の中で繰り返し、冬摩は自分の左手に目を落とした。そして力を込めて握り込み、出血する程に深く爪を食い込ませた後ゆっくりと広げる。
 まだ魎本人もハッキリした事は分かっていない? 自分の仮説とやらにに完全な自信が持てていない? あの言葉はただのハッタリ……?
 なら分からないというのか? 例え魎を見つけて問い詰めたところで、突然解放されたこの力の正体は……。
(龍閃……)
 アイツなら知っている。龍閃に聞けば左腕の事が分かる。
 召鬼化と、『復元』を組み合わせて……。
「この情報、少しは貴方のお役に立てましたか?」
 玲寺の言葉にハッとなり、冬摩は左手から視線を外して顔を上げる。
 自分は何を馬鹿な事を考えているんだ。龍閃を黄泉還らせるだと? ふざけるな。
 あの反吐が出るような面(つら)も、耳障りな声も、吐き気がするような考え方も、二度と御免だ。死んでも味わいたくない。
 だから魎の最終目的は絶対に阻止するし、半殺しにてこの左腕の事を聞き出す。
 ソレだけだ。
「何でンな事、俺に喋るんだよ」
 もう一度警戒心を持ち直し、冬摩は低い声で問う。
 そう、コイツは魎の仲間だ。つまり敵なんだ。勘違いするな。穂坂御代にまで手を出した卑劣な男なんだ。
 敵の言葉を鵜呑みにするほど愚かしくはない。コレは間違いなく罠だ。
「さぁ、ねぇ……。どうしてなんでしょうか」
「テメェ……いつまでもフザケテやがると寿命縮むぜ」
「ふざける? ふざけるって言うのは……」
 玲寺の言葉が途中で切れたかと思うと、羽織っていたオーバーコートの裾が突然伸びた。
「――ッ!」
 まばたき一回する間に大きく展開した黒い蜘蛛の巣に、冬摩は全身を緊張させる。だがすでに玲寺の姿はない。黒鎖が放たれたあの一瞬、僅かに注意が逸れた瞬間に消えていた。
「オラァ!」
 直感に身を任せ、冬摩は背後に左拳を打ち込む。だが拳撃は空気の断層を生み出しただけで、虚しく空を切った。そして――
「こーゆー事かしらぁん?」
 耳元で異質な声が聞こえ、
「と・お・ま・チャンっ」
 ぞわぞわぞわぁっ、と果てし無い悪寒が駆け抜けた。
「テメェ……!」
 息を吹きかけられた耳を片手で庇い、冬摩は振り向く回転に乗せて右肘を突き出す。
 が、すでに玲寺は大きく間合いを開けた後だった。
「あっははは。私相手にソレでは魎にはもっと苦戦しますよ。彼は狡猾で計算高く、そして何より陰湿ですからねぇ」
 朗らかな笑みを浮かべ、玲寺は柔らかそうな髪の毛を触りながら楽しそうに言う。
「ブッ飛ばすぞコラァ!」
「あーら、ダメよぉん。そんなコワい顔しちゃ。相手の思う、ツ・ボ。もっと頭冷やして行動しないと、まーた魎に嵌められるわ」
「ブッ飛ばす!」
 冬摩は地面を強く蹴り、妖しいシナを作って語る玲寺に突っ込んだ。
「残念ですが貴方と戦うつもりは今のところ無いんですよ。恥ずかしながら、まだ心の整理が出来ていないのでね」
「オラァ!」
 黒鎖を高く伸ばし、ソレを足場にして逃げようとする玲寺に、冬摩は大きく跳躍して追撃を放つ。が、玲寺の体がいきなり不自然に浮かんだかと思うと、突風に煽られるようにして後方に跳ね跳んだ。
「な――」
「そーれじゃーねー、とーまちゃーん! まーたお会いしましょー!」
 視界の中で急激に姿を小さくし、声をフェードアウトさせていく玲寺。
 声……そうか……。声はアイツの力の発生点。ソレを曲げて、『青龍』の『無刃烈風』を自分の体に……。
「ッの野郎!」
 逃がすと思ってんのか……!
 冬摩は歯を剥いて全身に力を込めると、『死神』の『飛翔』を発動させる。そして玲寺の消えて行った方向に高速で飛行しようとして、
「冬摩さん!」
 頭から――いや、全身から血の気が引いた。
 下を見る。玲寺が残した黒鎖の足場を伝い、今最も会いたくない女性が駆け上がって来ていた。
「く――」
 喉の奥で張り付いた言葉を必死になって絞り出し、
「来るな……!」
 冬摩は血を吐くようにして言い放った。
 だが彼女は栗色のセミロングを大きく揺らし、今にも泣き出しそうな表情で走り寄ってくる。
 駄目だ――来ては駄目だ――今は駄目なんだ――
 無くしてしまう――取り返しの付かない事をしてしまう――また、あの時のように、心が壊れて――
「冬摩さん!」
 来るな――来ないでくれ――頼むから近付かないでくれ――
 嫌だ――絶対に嫌だ――失いたくない――もう、大切な人を――大切な人を、この手で――
 どうすれば――どうすればいいんだ――どうすれば傷付けずに済む――どうすれば護る事が出来る――
 分からない――何も分からない――何も思い浮かばない――頭が、真っ白に――
 もう、いっその事、左腕をもぎ取って――!
「冬摩さん!」
 胸に触れる温もり。安堵をもたらす香り。そして、愛おしい容貌。
「とも……か……」
 擦れた声が自分の口から漏れる。ソレをどこか遠くの方で聞きながら、冬摩は彼女に身を預けた。
「逢いたかった、です……」
 朋華は冬摩の胸に顔を埋め、その感触を確かめるようにして頬をすり寄せる。宙で体を後ろに押され、無重力感に包まれながら、冬摩の両腕は無意識に朋華の背中へと回され――
「――ッ!」
 気が付くと抱き寄せていた。右手を朋華の頭に、左手を腰に当てて……。
 目の前が茫漠とした物になっていく。空気の一部が光を帯び始め、ソレが連鎖的に広くなり、冬摩の視界を白く染め上げていく。
 川沿いの土手の地形を変え、木々を抹消し、森の一部を干上がらせるほどの力を宿した左腕。しかも今は、朋華を想うが故の精神的な『痛み』が……。
 やはり起こってしまった。最も怖れていた事が、今、目の前で……。絶対に起こってはならない事を……自らの手で……。
「と、もか……」
 全身を脱力させ、冬摩は視線を下げる。そこには、血に染まった……。
「――っぁ!」
 背中を激しく圧迫され、冬摩は肺に溜まった息を吐き出した。
「だ、大丈夫ですか!? 冬摩さん!?」
 そして頭の上から、朋華の心配そうな声が――
 ――って。
「え……」
 間の抜けた声を上げ、冬摩は目の焦点を声がした方に合わせ直した。
 二重の大きな瞳をぱちぱちとさせ、ビックリしたような表情で朋華がコチラを見下ろしている。彼女の腰を見る。紅く染まっているどころか、外傷らしき物は何一つとしてない。
「え……?」
 冬摩はもう一度呟き、上体を起こした。
「朋華……?」
「わひゃっ」
 そして恐る恐る、もう一度朋華を抱き寄せる。左腕で。最初は軽く当てるだけ。そこから少しずつ力を込めて、徐々に徐々に強く抱き締めて……。
「あ、あの……」
 大丈夫だ。何ともない。自分のイメージ通りの力しか掛かってはいない。
 辺りを見回す。柔らかい地面の上だった。どうやら『飛翔』の制御を忘れて落下し、そのまま叩き付けられたようだ。朋華は自分の上に乗っていたおかげで怪我はない。
 冬摩は左拳を握り締め、下に強く打ち付けた。肘近くまでが地面にめり込む。が、ソレだけだった。爆発が起こる訳でも、巨大なクレーターが出来る訳でもない。
「何ともない……」
 冬摩は独り言のように言って同じ作業を繰り返す。しかし結果はどれも同じだった。
「いつも、通りだ……」
 今まで通り、自分が千年以上付き合い続けて来た左腕だった。
 どうして、急に……。
「だ、だって、私は……『冬摩さんの女』、ですから」
「はへ?」
 自分の体の上に尻餅を付いたような体勢のまま、朋華は顔を紅潮させて呟いた。
「あ、あの時、その……言って、くれましたよね……。あの時、私の事、『俺の女』……って」
 胸の前で指を組んだり解いたりしながら、朋華は俯いたまま躊躇いがちに言葉を並べる。
「あの、時……?」
 一体何の話をしているのか分からず、冬摩はうなじの辺りで纏めた長い黒髪を触りながら聞き返した。
「ほ、ほらっ。ですからっ……大学で、真田さんと……」
 大学……玖音……俺の女……。
「あ、ああーっ」
 ようやく思い当たる場面を記憶の中に見つけ、冬摩は間延びした声を上げた。
 確か三限目の講義が休講になって、カフェテリアでずっとダラダラ居座っていた時の事だ。久里子から電話が掛かってきて、保持者がどうのこうの言われて、その後で玖音が現れて。それで朋華が玖音に『会いたかったんですよー!』なんて言うものだから、つい……。
「あの時、私……その、上手く言えないんですけど……。ああそうか! っていう感動? みたいなのがあって……。それまでは何となく、本当に私で良いのかな、とか……ちょっと釣り合い取れてないよね、とか……やっぱり、未琴さんの代わりなのかな、とか……そんな事、色々と考えてて……」
 朋華はコチラの腹の上で『の』の字を書きながら、尻窄みに言葉を小さくしていったかと思うと、突然がばっ! と顔を上げてビックリしたような表情で続けた。
「だ、だって冬摩さんって凄い人じゃないですか! 凄く長く生きてるし! 凄く強いし! 凄く真っ直ぐで! 凄く頼もしくて! 凄く……格好良くて……だから、その……抱き締められたりすると、こんな事されちゃって良いのかなー? とか……周りの人にどう思われてるんだろー、とか……だ、だって冬摩さん、所構わずそういう事してくるから……ああ! いや! 別にソレが悪いとかそーゆーのじゃなくて、その……」
 両手をデタラメに振り回しながら朋華は視線を上げ、何か適当な言葉を探すように目をキョロキョロと忙しく動かす。そしてまたいきなり力のこもった表情をコチラに向けると、
「心の準備!」
 ビシィ! と人差し指を突きつけて大声で言い切った。
 思わず寄り目になって、朋華の指先を見つめてしまう。
「ほ、ホラ! 寝てる時に耳元で『ワッ!』とかされたら普通より断然ビックリしますよね!? パンの色と形したレンガをお皿に乗せられて『お食べ』とかって言われて、パンのつもりで食べたらエラい事になりますよね!? 巨大迷路に迷い込んで二時間くらいそのままで、やっと出口だーって思って突っ走ったら、出口じゃなくて出口そっくりに書かれた絵とかだったら出血モノですよね!?」
 何かよく分かるようなサッパリ分からないような例えを並べて、どんどんヒートアップしていく朋華。冬摩としてはもう頷きながら話を聞いているしかない。
「ソレと一緒! 全くもって同じ事なんです! だからみんなが見てる前でいきなり抱きつかれたり……! その、キス……とかされたりすると……頭が真っ白になっちゃって……。かといって二人きりの時だと、イツ来るんだろうイツ来るんだろうって、そんな事ばっかり気になっちゃって……。つい、よそよそしくなっちゃって……」
 そうか……。それじゃあ二人だけになった時、妙に他人行儀になるのは別に、『死神』とか『羅刹』とかが居なくて寂しいって訳じゃなかったんだな。
「でも! でもね! でもね! 私! なんか! ある一線を越えると! ふ、雰囲気に呑まれるって言うか! 何も考えられなくなるっていうか! そのまま、別にいいかなー? とか思っちゃうっていうか……。だから……その……露天風呂で……ほ……ほ……ほ、しぃ……と、か……あんなの、反則ですよぉ……」
 涙声になり、朋華は大きく顔を俯かせた。そして肩を小刻みに震わせ始める。
「お、おぃ……」
 その痛々しい姿に冬摩はたまらず朋華へと手を伸ばし、
「だから! 今まではずっとそーゆー不安定な感じだったんです!」
 くわっ! と開眼して怒声を放った朋華から、反射的に手を引いた。 
「だから……何となく、自信が無くて……。どっちが本当の自分なんだろうって……私はどうしたいんだろうって……冬摩さんにどうして欲しいんだろうって……ずっとずっと考えてて……。そしたらこの前、冬摩さんが私の事……『俺の女』って言ってくれて……。ソレを聞いて……ああそっかー……私って冬摩さんの女なんだーってはっきり分かって。ソレで何か、一気に吹っ切れました」
 落ち込み、放心し、そして安堵に包まれ。短い間に感情と表情を激しく入れ替えながら、朋華は満足げに言った。
「私の方から触れても良いんだって……こうしていても大丈夫なんだって、思えるようになって……」
 そして朋華は冬摩の胸板に体を預け、
「なんか、私って結構愛されてるのかなー、なんて。ちょっと自惚れてみたりして……。冬摩さんの女っていう肩書きが、凄く嬉しいって言うか、誇らしいって言うか……」
「愛してる」
 幸せそうに言葉を紡ぐ朋華を抱き返し、冬摩は満ち足りた口調で言う。
「全然、自惚れなんかじゃねーよ。それか、まだまだ自惚れ足りねーかのどっちかだ。俺はお前しか見てないから。もうお前一人だけだから。この先ずっと、お前だけを愛し続けるから。だから、絶対に離れんなよ。絶対に、俺の前から居なくなるんじゃねーぞ。分かったな」
 両腕を朋華の背中に回し直し、冬摩はまるで自分の言葉を彼女の身に刻むかのようにゆっくりと、そして丁寧に並べ終えた。
「はぃ……」
 少し鼻をすすらせながら朋華は返し、より強く、それでいてより優しく、冬摩の首筋に抱き付いてくる。まるで、不安に怯えていた子供が母親に助けを求めてすがるように。ようやく見つけた自分の居場所を、絶対に手放すまいと身を寄せるかのように。
 そして二人はそのまましばらく互いの温もりを確かめ合い、
『……っ!?』
 同時に体を放して周囲に目を向けた。
 そう、いつもならココで必ず『死神』か『羅刹』の邪魔が……。
『あ……』
 が、すぐ何かに思い当たって二人はまた同時に顔を見合わせる。
「そ、そーいや、具現化解いたんだったなー」
「そ、そーいえばそうでしたよねー」
『あははははははー』
 乾いた笑みが野鳥の声と合わさって森の中へと溶け込んでいった。
(クソッ……!)
 我ながら何たる失態だ。せっかくの素晴らしい雰囲気を自分で壊してしまうとは……!
 いかん。すっかり“クセ”になってしまっている。『死神』と『羅刹』の存在が当たり前になり過ぎている。居るはずもないのにドコかに潜んでいると、頭が勝手に思い込んでしまっている。
 ソレは朋華も同様に……。
(何て事だ……)
 知らぬ間に毒が全身に回りきって……。信じられない。どうてこんな……。
 朋華の『病気』がようやく治ったかと思ったら、今度は兇悪なウィルスが二人の体を蝕んで……。
『お主らが勝手に自爆したクセに、えらい言われようじゃのぅ』
 頭の中で『死神』の不満そうな声が聞こえる。
『おまけにコッチにまで邪魔者を送り込んで来おって。当てつけか、コレは。鬱陶しくてかなわんぞ。とっとと具現化し直さんか』
 ウッセーなぁ……。今まで大人しくしていたと思ったら、べらべらべらべらと……。
『大体、全部戻してしまって大丈夫なのかぁ? あの嶋比良久里子とかいう女だけで、他の者共を守り通せるとは思えんがのぅ』
「あぁん?」
 『死神』の言葉に冬摩は訝しげな声を上げた。
「どーゆーこった」
『そのままの意味じゃ愚か者。『鬼蜘蛛』も『天冥』も『白虎』も、みんなお主の体の中じゃ。おかげで窮屈でかなわんぞ。まぁ『獄閻』がおらんのが唯一の救いか。アイツは無駄に図体が――』
「オイ!」
 冬摩は声を荒げて立ち上がり、体の中に居る使役神の数を確認する。
(しまった……!)
 何て事だ! きっとあの時だ!
 朋華が自分の方に近付いて来て、頭の中も目の前も真っ白になって何も考えられなくなって……!
 あの時に具現化していた使役神の制御を放棄してしまったんだ。
「朋華! 久里子んトコに戻るぞ!」
 大丈夫。まだアレから殆ど時間は経っていない。今から館に引き返せば絶対に間に合うはずだ。
 魎がまた先手を打ってさえいなければ。
「朋華!」
「は、はぃ!」
「力抜いて大人しくしてろ!」
「は……! ……え? ヒぁィ!」
 胸の奥に嫌な痛みを感じながら、冬摩は朋華を両腕に抱いて土御門財閥の館の方へと駆け出した。出来る限り、自分と使役神の気配を消して。
 『獄閻』に掛けられた『閻縛封呪環』のせいで、魎からコチラの位置を把握出来ている事は分かってる。だが玖音はそれ程正確ではないとも言っていた。せいぜい居る方向と、おおよその距離感を掴む程度だと。
 だがさっきまではソレでは駄目だった。魎に見つけて貰うため、より正確なコチラの位置を知らせる必要があった。だから自分の気配も使役神の気配も全開にして、辺りをうろつき回っていた。
 しかし今は逆だ。見つかっては困る。自分が館にたどり着くまでは、ソチラに向かっているのだという事を悟らせてはいけない。館が今は手薄なのだという情報を与えてはならない。
 もしかしたら全く意味の無い行動かも知れないが、それでもやらないよりはマシだ。
(久里子……!)
 せっかく助け出したのに……! もし次に捕まれば……! 今度こそ……!

◆心の境界 ―嶋比良久里子―◆
 ――ッ!?
 大きく前のめりになりながら、久里子は両脚に力を込めて急停止した。もうもうと砂埃が舞う中、ウェイブ掛かったロングヘアーを激しく左右に振って辺りを見回す。
 使用途中で放置された重機、うずたかく積み上げられた土砂、固めて置かれている角材やコンクリートの粉袋。ココは灰色で殺風景な無人の建設現場。
(消えた……!?)
 土御門財閥の館から御代と冬摩の気配を追って来たが、突然冬摩の方が全く観えなくなった。『千里眼』の力を強めても結果は変わらない。
 考えられる原因は一つしかない。冬摩が隠してしまったのだ。自分と使役神の気配を。
 もう少し距離が近ければどれだけ完璧に隠したとしても見抜けるが、まだまだ遠い。おまけに朋華の気配まで消えている。
(クソッタレ……!)
 一体何が起こっているんだ。突然、三体の使役神が居なくなってしまった事といい、冬摩の感情が目まぐるしく変化した事といい。
 朋華と冬摩は無事接触できた。今、二人は一緒にいる。そこまでは間違いない。断言できる。
 なら、二人が一緒になった後に向かう場所はドコだ。自分達の気配を完全に絶ってまで。
「ヘーィ、ヘイヘィ。何やってんのさ、クリっち。まさか見失ったとか?」
 美柚梨が少し息を切らしながら聞いてきた。さっきまで夏那美と一緒に『白虎』の背中に乗っていたのだが、ソレが消えてしまったので自分の脚で走るハメとなった。夏那美を背負って。
 勿論、久里子は自分が抱くと申し出たのだが、夏那美本人から激しい抵抗にあってしまった。そして夏那美は麻緒に運んで貰いたかったようなのだが……。
「なーにしてんのさー。久里子お姉ちゃんが先頭に立たないと進まないよー」
 長く伸ばした黒髪を左腕でうなじの辺りに撫でつけ、麻緒は右手で『獄閻』をボールのように弄びながら言う。
 ――夏那美を持つくらいならコッチの方がマシ。
 そう、キッパリと言い切られてしまったのだ。
 少しでも戦力が欲しいからと、調子の悪い『獄閻』まで連れてきたのは間違いだったか……。まぁ硬度が落ちているとは言え、『金剛盾』は色々と使い道がありそうなのだが……。
「冬摩とはもう合流できんようになった。こっからはあの穂坂ゆー子だけに絞っていくで」
 眼鏡の位置を直しながら顔を上げ、久里子は苦々しい表情で言った。そしてまた地面を蹴って走り出す。
 冬摩は多分、土御門財閥の館に向かった。そう考えるのが最も自然だ。
 元々はその予定だったし、今までずっと冬摩が館に戻って来なかったのが、何らかの理由で魎を一人で探さざるを得なかったのだとすれば、朋華を連れた状態でその行為を続けるとは考えにくい。
 だとすれば、自分達も一旦館に戻るのが自然な行動なんだろう。
 だがそんな生ぬるい行動では魎の裏を取る事は出来ない。意外すぎるくらいで丁度良い。
 守るより攻めだ。
 それに今から館に戻っていたのでは恐らく間に合わない。御代の気配まで冬摩のように見失うかも知れないし、せっかく恰好の囮になってくれているのにソレを最大限に活かせなくなってしまう。
 何よりコチラには魎に対する最大の武器が居る。
 冬摩とは合流出来なくなってしまったが、麻緒が居てくれれば十分勝機はある。この戦いに置いて、麻緒の存在というのはそれ程大きい。
 麻緒は玲寺と戦った後、一旦冬摩の部屋に戻って待っていたらしい。しかし誰も現れず、彼が言うところの『遊び相手』が居ないので、取り合えず丸一日は自分の足で探し回ったと言うのだ。
 それでも結局見つからず、土御門財閥の館なら何か情報があるだろうと尋ねてきたらしいのだが……。

『え? ああ、コレ? 玲寺兄ちゃんとバトってる時に無くなっちゃった』

 麻緒の左腕は肘から先が無くなっていた。
 一体どれほど壮絶な戦いを繰り広げたのかは知らないが、麻緒は一応勝ったとは言っていた。そして玲寺を殺さないまま放って置いたとも。
 ――納得がいかない。
 麻緒はそう言っていた。
 自分で納得のいかない勝ち方をしてしまったから、玲寺を生かしておいたのだと。明らかに向こうが手を抜いていたから殺す気すら起きなかったのだと。
 つまり裏を返せば、もし全力を出しきった上での勝利なら殺していたという事だ。恐らく、何の躊躇いも無く。かつては共に戦った仲間などという事は微塵も気にしないで。
 前々からずっと思っていたが、麻緒は命という物を軽く扱いすぎる。自分の命も含めて。だからすぐに無茶な戦い方をしようとする。だから片腕の大半を失ってもああして飄々として居られる。そしてソレを見た夏那美が卒倒しかけても、何の気遣いも無く次の戦いを貪欲に求める。
 麻緒がああなった原因は冬摩だ。コレは間違いない。まだ朋華と出会う前の冬摩を真似続けた事によって、麻緒はこうなってしまった。
 だが、冬摩と麻緒は明らかに違う。今は勿論の事、かつての残虐で冷酷な冬摩とも、麻緒は全く異なる人格を形成してしまった。
 冬摩が人の死に無頓着になったのは、彼が過去に体験した惨事のせいだ。未琴を龍閃に殺され、その復讐のために冬摩は非情になった。ソレは未琴の事を想うが故。未琴の死を何百年間も重く受け止め続けてきたからこそ、冬摩は殺しの道を歩んだ。
 言ってみれば、冬摩の殺意は果てしない愛情の裏返し。
 しかし麻緒は冬摩の表面部分だけをコピーしたに過ぎない。優しさという物が心に定着する前に、殺戮の悦びを知ってしまった。相手の痛みを感じる前に、相手を殺す事を覚えてしまった。
 だがソレでも、久里子は一縷の望みを掛けていた。
 日常に戻り、少しずつでも麻緒の倫理観が改善されればと思っていた。しかし……。
(もぅ、アカンな……)
 完全に手遅れだ。麻緒はもう戻れない。もう普通の生活は出来ない。
 日常生活に戻したのはむしろ逆効果だったのかも知れない。甚大な鬱憤を蓄積させ、その爆発力によってコチラの世界に大きく引き戻してしまった。相手を殺す事の愉しさを、心の底から再確認させてしまった。
 だとすれば自分の責任だ。いきなり元の日常に戻すのではなく、徐々に帰していくという方法もあった。一足飛びに事を運ぼうとした自分のミスだ。
 だから麻緒の面倒は最後まで自分がみる。どこまで効果があるかは分からないが、自分が麻緒に良識という物を教え込む。
(けど……)
 ソレはこの件が片付いてからだ。
 麻緒はまだ取り合えずこのままでいい。水鏡魎を倒すには、冬摩や玖音が持っているような優しさは要らない。
 あの男は人間を、自分の道具か玩具のようにしか考えていない。上っ面はヘラヘラと軽薄そうにしているが、そうやって笑いながら遊び感覚で人を殺すタイプだ。そしてふざけた視線の奥に、酷薄で残忍な光を宿している。

『例えば、四肢を切り落として動きを封じる事だって出来たんだ』

 あの時。魎に連れて行かれた最初の日、コチラが浴びせた罵声に冷たく返した時。
 魎の目は本気だった。玲寺が止めていなければ、今頃自分は片腕を無くしていた。
 煩い蠅を叩き落とすのと同じ感覚で、人の命を奪う。そういう男なんだ。
 だから――
(鬼を狩るには、鬼や)
 魎との戦いに情けなど要らない。
 玖音もきっとその事を頭では理解している。冬摩だってその気になれば躊躇わないという覚悟はあるだろう。
 だが、実際その時になると体が拒否反応を示すかも知れない。例えソレがほんの僅かであったとしても、十分致命傷になる。 
 しかし麻緒なら――
「ね、ねーねークリっちー。トーマ君に会えないってどーゆー事ー?」
 美柚梨が隣りに並んで走りながら聞いてくる。その額には大粒の汗。いくら冬摩の召鬼になったからとはいえ、夏那美を背負いながら今のスピードで走り続けるのは少し無理があるようだ。
「ウチの眸で観えんよーになった。気配消されたんや」
 端的に返しながら、久里子は少しだけ走るペースを落とす。この程度のタイムロスなら大丈夫だろう。それよりも、焦りすぎて魎に裏を取られる事の方が恐い。
「……ねぇ、ソレって大丈夫なの? あの人って……凄く強いんでしょ?」
 夏那美が美柚梨の背中から聞いてくる。人の足では有り得ない速さで移動しているせいか、少し顔色が悪い。
「あぁ、大丈夫や。ウチに任せとき」
 そんな夏那美に笑顔で返し、久里子は彼女の頭を撫でようと手を伸ばす。だが嫌そうに振り払われてしまった。
 本当は途中で冬摩と合流し、その後で御代を追うというのがベストだった。純粋な力だけ見れば間違いなく冬摩が最強だろうし、『死神』の『復元』があれば麻緒の腕はすぐ元通りになる。
 だがソレが出来なくなった今、冬摩抜きで戦略を練らなければならない。
 もし御代が向かっているのが魎の元だとすれば、その近くに必ず玖音が居るはずなんだ。そして恐らくは玲寺と陣迂も。
 麻緒が魎と戦っている隙に玖音を解放して、二人で玲寺と陣迂を相手にするしかない。もし、玖音が殺されていた場合は……自分が一人で何とかする。必ず止めてみせる。
 戦いが始まってしまえば使役神の気配を抑えておく必要もないから全開にする。後はソレに冬摩が気付いてくれるかどうかだ。
 正直言って厳しい。だが泣き言を言っている場合ではない。
(借りは……返させて貰う……!)
 元を正せば自分の失態がキッカケで始まってしまったような戦いだ。
 なら、ケリを付けるのは、自分の手で――

 更に六時間ほど走り続けた先で、ようやく御代が動きを止めた。
 大分南の方まで来てしまったようだが……ここは伊豆の辺りだろうか。
 陽は殆ど西の空へと沈み、辺りは茜色に染め上げられている。近くに川があるのだろう。遠くの方からは水の音が聞こえてくる。
 風に揺られてざわめく茂み。そして地面には少し背の高くなった人工芝が、広く敷き詰められていた。
 どうやら避暑地のようだ。別荘がいくつか見えるが、まだ涼しいせいか使われている様子はない。
(ココか……)
 久里子は茂みの一つに隠れながら、身を低くして周囲を見回した。
 人の気配は……無い。しかし相手はあの水鏡魎だ。例え目の前に居たとしても、目では認識できないほど完全に気配を断てる。ソレは土御門財閥の館で実際に体験した。
 だが、今はあの時と違って『天空』の力を解放している。どれだけ完璧に気配を殺そうとも、『千里眼』の前では無駄となる。
 今、その『千里眼』には御代の気配と、あの陣迂という男の気配しか映っていない。玖音も玲寺も、そして魎も近くには居ない。
 だとすれば、何か罠を仕掛けてソレに掛かるのを待っている? 結界術は魎の得意技。ソレを応用したトラップは、久里子が知っているだけでもかなりの数がある。
 相手は御代を使って自分達を引っ張り出そうとしたはずなんだ。そしてその中に麻緒は含まれていないはず。だから魎は自分が手を下すまでもないと踏んだ? なら、まず一つは裏を掻けた事になる。陣迂一人だけが相手なら、自分達で十分なんとか出来る。出来るはずだ。
 もし魎が冬摩の所に行ったというならソレはソレでいい。
 多分、魎はまだ最終決戦を挑んではこない。だからこそ陣迂を置いて行った。まだ何か“下準備”をする段階だからこそ、一人でか、あるいは玲寺だけを連れて行った。つまり、少なくともあと一回は冬摩から離れる。
 もし、魎がその後の計画で陣迂を使う予定だとすれば、完全にコチラの勝ちだ。
 陣迂にはココで沈黙して貰うのだから。
「あのさ、久里子お姉ちゃん。ボク、そろそろ限界なんだけど」
 隣で一緒に隠れている麻緒が不満げに呟いた。
「居るんでしょ? 敵。この近くのドッカに。早く教えてよ。でなきゃもう自分で探しに行っちゃうよ?」
 口調は軽い。だが危うい何かを内包している。まるで、そうして自分を誤魔化していないと爆発してしまいそうだと言わんばかりに。
「麻緒君ダメよ。コレ以上ケガするのは」
 夏那美が小声で、しかしシッカリとした喋りで咎めた。
 左腕を半分無くしてしまった麻緒に最初は怯んでいたが、ココに来るまでの間に大分心の整理が出来たようだ。もしくは後で纏めて考える事にしたか。
 どちらにせよ強い心の持ち主だ。病院の八階から飛び降りてまで麻緒を追おうとしただけの事はある。昨日までの落ち込みようが嘘のようだ。
 まぁ、ずっと心配していた麻緒の顔を実際に見られて、少し安心したというのもあるのだろうが。
「うるさいな。キミは黙ってなよ」
 だが麻緒は冷たい声で切り捨てた。
「イヤっ。言うモン。あたしが見てる限りゼッタイ無茶させないんだからっ」
「じゃあ殺しちゃうよ?」
 あっさりと言った麻緒に夏那美は一瞬たじろぐ。が、
「ソレもイヤッ。痛いのイヤッ」
 すぐに強気な姿勢で言い返した。
 麻緒は鬱陶しそうに息を吐き、そっぽを向きながら立ち上がろうとして、
「麻緒、アンタの力、当てにしてんで。特に水鏡魎との戦い、ウチは正直アンタだけが頼りや思ーとる」
 その小さな肩を押さえつけ、もう一度座らせながら久里子は言った。
「へぇ……」
 そして麻緒が感心したような声を上げる。
「久里子お姉ちゃんからそんな言葉が聞けるなんてね。どーゆー風の吹き回し?」
「何事にも臨機応変に、や。ウチかていつまでも同じ考えにしがみ付いとる訳やない」
「わぁお、スゴイスゴイ。ボクかんどーしちゃった。リンキオーヘン、ね。良い言葉じゃん」
「せやろ? ほんならアンタもウチ見習ってそないしてくれたら、エライ助かるんやけどなぁ」
 意味ありげに言った自分の言葉に、麻緒は唇をとがらせて不満そうな表情になった。
「ま、別に今すぐにせーとは言わん」
 むしろして貰っては困る。
「コレにケリついたらまたゆっくり考えたってくれや」
「コレが終わったら、ね」
 そして麻緒はすぐにまた好戦的な顔付きに戻った。
 そう、ソレで良い。今はそのまま、独りよがりの考え方をするので丁度いい。今だけは――
「ええか、絶対に呪針がどっか埋まってるはずやねん。近付くんはソレ見極めてからや」
「見極めるって、どーやって?」
「仕掛ける側の立場になって考えるんや。こっからはまだ見えへんけど、五百メートルくらい離れたトコに陣迂とあの穂坂ゆー子がおる」
 人差し指で真っ直ぐに前を指し示しながら久里子は続ける。
「ほんで右にはログハウス、左には茂み、ど真ん中は芝生。普通に考えたら茂みを進むんが一番楽な道や。隠れ易いからな。けど魎にしてみたら、ソレがそのまま罠仕掛ける理由になる。せやからここはログハウスの方通っていく。けど当然、ソッチにも仕掛けてある可能がある。幸い陽ぃはまだ落ちきってへん。目ぇで呪針みたいなん探しながら進むしかない」
「呪針ってどんなの?」
「分からん。水鏡魎の話やと、念が込められたら何でもオッケーみたいやからな」
「じゃあダメじゃん」
「けど仕掛ける方は絶対見つかりにくいようにしとるはずや。ほんでソレを意識し過ぎたら、自然過ぎて不自然ゆー事になる。そーゆーのを避けて行くんや」
「例えば?」
「雑草に包まれた木の枝、とかやな」
「もし地面の中にあったら?」
「土イジった跡があるはずや。ソレ見つけるしかないな」
「メンドっくさー」
 久里子の説明に麻緒は心底怠そうに返した。そしておもむろに立ち上がり、
「アッチに居るんだよね。だったら最短距離行けばいいじゃん。勿論、ちゃんと確認してからさ」
 どこかイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「ちょ、麻緒、アンタ何……」
「あソーレ!」
 右手に持っていた『獄閻』をサッカーボールよろしく蹴り出した。
 直径二メートル程の黒い一つ目は地面で大きくバウンドし、高い位置にせり出していた木の枝にぶつかって方向を変える。そして左手の茂みへと姿を消した。
「ありゃりゃ」
 悪びれた様子も無く麻緒は呟き、『獄閻』が通っていった安全な道を大股で進んで行った。
「ホンマ……あの子は……」
 久里子は皺の深く寄った眉間に手を当て、沈痛な面もちで溜息を付く。
 そんな事で確認しても、相手にコチラの位置を知らせてしまっては何の意味もないではないか……。
(まぁ……)
 自分の提案した方法ではあまりに時間が掛かりすぎるのは確かだが……。
 とにかくもうやってしまった物はしょうがない、と久里子は辛うじて自分を納得させ、意気揚々と腕を振って歩く麻緒の後に続いた。茂みの方に行っているところを見ると、また『獄閻』を使うつもりの――
「麻緒!」
 『千里眼』が捕らえた気配の急激な変化に、久里子は反射的に叫んだ。
 直後、真っ正面の木陰から黒い影が飛び出して来たかと思うと、半呼吸のウチに麻緒との距離をゼロにする。そしてそのまま麻緒の体にのし掛かるように――
「……何だ、あん時の坊主か」
 落胆の声が漏れた。
 麻緒の顔面を狙って放たれた拳は、鼻先の数ミリ手前で止められていた。
「オイ、魎の野郎知らねーか。いい加減ムカツキ過ぎて吐きそうなんだけどよ」
 男は拳を引いて身を起こし、黒く焦げたレザーパンツのポケットに手を入れる。が、指先が外に突き出てしまったのを見て、舌打ちしながら手を抜いた。
(陣迂……)
 突然姿を現した陣迂に、久里子は警戒しながら後ろの夏那美と美柚梨を窺う。自分は二人の守りに専念して、陣迂は麻緒に任せるしかないか……。
 だがどうして急に。待ち伏せて居たのではないのか。ソレにあの格好は何なんだ。
 上半身は裸で所々が黒くすすけ、レザーパンツは方々が無惨に爛れている。まるで、超高温にでも晒されたかのような……。
「お兄ちゃん……の、ニセモノかぁ」
 麻緒は陣迂を見上げ、危ない笑みを浮かべながら唇に舌を這わす。ややこしい疑問などはどうでも良く、すでに戦う事で頭が一杯といった様子だ。
「学校じゃ不意打ちなんかキタナイマネしてくれちゃって、やりたい放題やってくれたじゃん。知ってる? こーゆーの因縁の対決って言うらしいよ」
 そして双眸に狂気的な輝きを灯し、麻緒は顔の前で右の爪を構えた。
「因縁の対決、ねぇ……なかなか良い言葉だ。嫌いじゃねぇ。だから出来れば付き合ってやりたいんだが……コッチも色々と訳アリでね。先にあの下衆野郎を何とかしねーと他の事やる気になんねーんだよ」
 鼻を鳴らして言いながら、陣迂はすっと目を細める。
「そんなのカンケー無いね。テメーだけ都合の良い事ヌカしてんじゃねーぞコラァ!」
 乱暴に叫んで麻緒は陣迂に飛びかかり、
「な……!?」
 間に割って入った人影に爪を止めた。
「っと、アブネェアブネェ。まだ俺を助けろって命令解いてなかったな。もーちょっとで魎の下衆野郎と同じ事するトコだったぜ」
 麻緒の前に立った女性を陣迂は両腕で庇い、彼女を抱いて大きく後ろに跳ぶ。
「ハッ、そーかい。不意打ちの次は女の人質って訳かい。さすがは水鏡魎の駒、やる事のスケールが大きいや。ホント、ボクには考えらんない事平気でしてくれるよ」
 挑発的な口調でいう麻緒に、陣迂は不愉快そうに顔を歪め、
「オイ、勘違いすんなよ坊主。俺をあんな奴と一緒にすんな」
 吐き捨てるように言った。
「一緒じゃん。その穂坂ってお姉ちゃん自分の召鬼にして、おもっきり利用してんじゃん。下衆以下だね」
 だが麻緒はその言葉に重ねるようにして更に罵倒する。忌々しそうに響く陣迂の舌打ち。後ろから抱き締める形で束縛していた御代を解放し、陣迂は殺気を込めた視線で麻緒を射抜いた。
 そう。麻緒の言うとおり、御代はどういう訳か陣迂の召鬼となっている。昨日の夜までは何も感じなかったのに、今日の昼過ぎに突然召鬼の力を発揮した。そして陣迂の操り人形となった。
 恐らくは、水鏡魎が仕掛けた何らかの術によって。
「いや、坊主。確かにテメーの言う通りだ」
 陣迂はしばらく剣呑な表情で麻緒を睨んでいたが、いきなり薄ら笑いを浮かべたかと思うと体の力を抜いて続ける。
「テメーの言う通り、俺はこの女を利用した下衆野郎だ。情けない事に、クソウザい呪針を抜いて貰わねーと全く身動きが取れなかったんでね」
 手首から滴る血を舐め取りながら、陣迂は自嘲めいた笑みを浮かべた。
 そして御代の背中を軽く押し、彼女をふらふらと歩かせる。御代は光を宿さない視線を虚空に投げ出したままコチラに近付き、突然糸が切れたように脱力した。
「けどよ、その女を俺の召鬼でなくす訳にはいかねーんだ。ソレやっちまったら、今度は魎か玲寺の召鬼になっちまうからな。だから悪いがしばらくはそのままで辛抱してくれ。体の自由は戻しとくからよ」
 なん、だと……?
 崩れ落ちる御代の体を抱きかかえ、久里子は信じられないといった様子で陣迂を見た。
 今、何と言った? 魎か玲寺の召鬼……? 魎か、“玲寺”の……?
 玲寺が、魔人……?
「ああそうか。アンタは知らないんだったな」
 陣迂はコチラを見ながら軽く口の端を吊り上げ、呆れたような、そしてどこか哀れみを込めた線を向けてきた。
「あの野郎の体にある龍閃の死肉、もう随分経ってるからな。完全に着床しちまったよ」
 完全に、着床……? 龍閃の死肉が、完全に? だから魔人に……? そんな事が……。そんな馬鹿げた事が。
「量にもよるんだろうけどな。ま、一応はコッチ側の仲間入りって訳だ。俺は大嫌いだけどよ。ああいう陰険なタイプは」
 陣迂はコチラの心を読んだかのように付け加える。
「で、そのお嬢ちゃんの体には三つの召鬼化媒体が入ってる。玲寺の血、魎の血、それから俺の血だ。まぁ、俺のは魎の野郎が勝手に取りやがったんだけどな」
 苛立たしげに言いながら陣迂は御代を一瞥した。そして何か払い去るように頭を軽く振る。少し煤けた長い黒髪が宙に舞った。
 召鬼化媒体……。肉や髪だけではなく、血までも……。
 いや……召鬼化は自分の体の一部を相手に埋め込んで行う物。だから血という媒体は肉と並んで強力な力を帯びているのかも知れない。
「そんで結局、俺のヤツが一番強かったって訳だ」
 魔人としての精神力が。
 二百年前に多くの力を喪失してしまった魎よりも、龍閃の死肉によって魔人に成り立ての玲寺よりも、冬摩と全く同じ血を宿す陣迂の精神力が勝っていた。だから御代は陣迂の召鬼になった。
「ま、何のための『実験』だか知らねーけどよ。何かは狙いがあるんだろーな。とりあえず分かった事実は一つ。魎の支配力は俺より弱い。アレだけ偉そうにしててこの様だ」
 へっ、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら陣迂は言う。
 いや、一つだけではない。もう一つだ。もう一つ分かった事がある。
 それは召鬼化の力がせめぎ合っている時は、誰の波動も表に出てこないという事。つまり誰の召鬼になるのか確定した時点で初めて、主特有の気配を放つようになるのだ。
 御代は二日近く、何の反応も示さずにただ眠り続けていた。つまり、三人の支配力がそれだけ拮抗しているという事なのか? 冬摩が美柚梨や自分を召鬼にした時は、一瞬で魎の支配を塗り替えられた。なら冬摩の支配力は圧倒的? それとも召鬼化媒体が三つもあった事が問題?
(いや……)
 待て待て。どうかしている。敵の言葉を真に受けるなど。
 そもそも玲寺が魔人になったという所からしておかしい。御代はただ本当に眠らされていただけではないのか? そして陣迂が別の術で操って連れてきて……。
 だが、召鬼の気配は御代が館から出る時すでに……。それに陣迂が魎を嫌っている姿は自分も見ている。もし本当に、魎が冬摩と陣迂の戦いに横やりを入れたとすれば、彼が激怒する気持ちも分かる。言葉に真実味がある。
 だがしかし……。
「で? 言い訳タイムはそのくらいでいい?」
 自分の思考を遮るようにして、麻緒が乱暴な口調で言った。
「細かい事はどーでもいいんだよ。ヤル事さっさとヤローよ。さっきから血圧上がりっパなんだけど」
 片眉を上げながら挑発的に吐き捨て、麻緒は肩の力を抜いたままその場で軽く跳び始める。もう準備運動は終わったという意思表示だろう。
「左手もねークセに血の気の多いガキだな、オイ。どーせ玲寺にやられたんだろ? 一旦出直してこいよ。兄者にソレ『復元』して貰ってきな。その頃にはコッチの用事も終わらせといてやるからよ」
 だが陣迂は取り合わない。余裕の笑みさえ浮かべて腕を組む。
「そんなの必要ないし、もう待てない。ハンデって事でいいよ。別に負けて死んでも文句言わないし」
「十年ちょっとしか生きてないような坊主が言っていい台詞じゃねーな」
「長生きすれば良いってモンでもないよ」
「確かに、な」
 陣迂は面白そうに小さく笑い、溜息混じりに腕を解いた。そして重心を低くして構え、右腕をかざすように前に出す。
「しゃーねぇ。じゃあ軽くストレスでも発散するかね。お互いによ」
「ストレス、だぁ?」
 好戦的な笑みを浮かべた陣迂に、麻緒は怒気を孕んだ声を漏らした。
「くだらねー事――」
 両目に殺意の光が灯り、両脚を深くたわめて、
「ヌカしてんじゃねーぞコラァ!」
 裂帛の叫声と共に真っ正面から陣迂に突進した。
「いいねぇ」
 抉り取るようにして放たれた麻緒の右の爪撃を、陣迂は微笑しながら身を沈めてやり過ごす。そして間髪入れず下から右腕を伸ばし、麻緒の首を掴み上げた。
「なら俺も左腕は使わねーよ」
 麻緒の体を軽々と地面に叩き付ける。
「――ッは」
 芝生が大きく陥没し、麻緒の全身が埋め込まれた。
 始まってしまった。二人の戦いが。こうなったらもう後は麻緒に任せるしかない。悔しいが同じ保持者でも自分と麻緒とでは力に差があり過ぎる。冬摩の召鬼となった力を加味してもだ。
 ソレが才能の差なのか、それとも元々自分が戦いに不向きだからなのかは知らないが、とにかく今はこの激しい戦いにあの二人が巻き込まれないよう――
「え、ちょ、ちょっーと!」
「麻緒君!」
 隣りに居るはずの美柚梨と夏那美に目を向けようとした時、二人の声がほぼ同時に届く。そして顔を向けきった時、夏那美はすでに美柚梨の背中を抜け出して麻緒の方に走り出していた。
「え……」
 あまりに一瞬の事に反応が遅れる。
「ま……待……!」
 一呼吸遅れて御代を美柚梨に預けた後、ようやく足が地面を蹴った。変にまとわりつく粘着質な空気を掻き分けて、久里子は必死に体を前に出す。
「麻緒君!」
 夏那美の二度目の呼び声。麻緒の右手が陣迂の右腕を掴もうと持ち上げられ――しかし陣迂は先に身を引いて――
「夏那……! 危なぃ……!」
 前に大きく手を伸ばし――彼女の背中が視界の中で大きくなり――届かず――麻緒が気付いて――少し後ろを向いて――
「麻緒君!」
 夏那美は手を伸ばし――陣迂は驚いたようにソチラを見て――麻緒は足の力だけで体を起こし――
「麻……」
「邪魔なんだよ!」
 麻緒の左腕が横薙ぎに払われた。ソレは夏那美の鼻先へと吸い込まれていき――
 鈍い音が響いた。
「カナちゃん!」
 渾身の力を持って振るわれた麻緒の左腕。肘から先は無いが、それでも兇悪な破壊力を……。ソレが……召鬼でも魔人でもない、夏那美に……。
「あ……」
 卒倒しそうな程の悪寒が脳天へと突き抜ける中、久里子の視界は確かに捕らえていた。
 半透明の黒い盾が、夏那美の目の前に割り込んでいたのを。
「『獄閻』……!」
 思わず喜声を上げてしまう。麻緒に蹴られてどこに行ったのかと思っていたら、あんな所で……!
 しかし次の瞬間、夏那美の体が宙に舞った。
「え……」
 色も厚みも薄くなった『金剛盾』は甲高い音と共に叩き割られ、吸収しきれなかった力が夏那美を襲う。空高く跳ね上げられ、夏那美は重力に引かれて――
「っとー、アブネー」
 美柚梨が落下地点で受け止めた。
「か、カナちゃん!」
 慌てて走り寄り、久里子は夏那美の顔を覗き込む。
「な、何とかセーフっぽいよ。ちょっとだけ、切れちゃったみたいだけど……」
 右眼の下から頬に掛けて、浅く紅い筋が引かれていた。だがそれ以外に目立った外傷は無い。どうやら『獄閻』が限界まで頑張ってくれたようだ。自分も調子が悪いというのに、よく……。
「とにかく、こっから離れんで」
 ショックで気を失った夏那美を抱え、御代を抱いている美柚梨と一緒に戦域から離れようとした時、
「オイ坊主」
 低い声と同時に爆音が轟いた。
 突然発生した突風が芝生を巻き上げ、茂みを突き崩し、ログハウスを引き裂いて周囲を蹂躙する。
「な……!?」
 ソレに背中を向け、久里子は三人を庇うように抱きかかえた。
「気が変わった。ブッ殺すつもりでやってやるよ」
 そして狂風の中、久里子は三人を抱いたまま肩越しに後ろを見る。大地に突き立てていた拳を引き抜き、陣迂はゆっくりと立ち上がりながら麻緒を見下ろしていた。
 怒りと、憎しみを込めた視線で。
「へっ、そーこなくっちゃね」
 陣迂の言葉に、麻緒は喜々として構える。
「付いて来い」
 ソレだけ短く言い残すと、陣迂は分厚く立ちこめる砂煙の中に身を沈めた。
「メンドくせー……」
 舌打ちし、麻緒もソレに続く。
(なんなんや……)
 二人の気配が急激に遠ざかって行くのを感じながら久里子は眉を顰める。
 今の陣迂の反応。突然訪れた感情の変化。好戦的ではあったが比較的や穏やなモノから、底冷えするような憤怒の塊へと。
 そうなったキッカケは明らかに――
(アイツ……)
 腕の中で気を失っている夏那美を見下ろしながら、久里子はどこか苦しげな息を吐いた。
(まさか、な……)
 頭に浮かんだ考えを軽く笑い飛ばそうとして、久里子はまたすぐ真剣な顔つきへと戻った。
 ビル内で見せた魎への苛立ち。御代を人質として連れて来た玲寺に対する怒り。そしてさっき麻緒に向けられた純粋な憤り。
 アイツは、魎の駒などではない。何か事情があって、やむなく従っているだけだ。だから気に入らない事には反発しようとする。だからあんなにも感情を剥き出しにする。
 冬摩と同じように。
 陣迂は冬摩の弟。
 何か決定的な証拠がある訳ではないが、何故か間違いないと確信できる。
 もしあの時『獄閻』が夏那美を守っていなければ、自分は麻緒を許せなかったかも知れない。そして麻緒の無慈悲な力を当てにした自分自身を、一生呪い続けたかも知れない。
 麻緒は味方、陣迂は敵。
 ついさっきまでそう割り切っていたが、今は……少し――
「ねぇ、クリっちぃ……。何かアタシ、良く分からなくなってきたよぉ……」
 御代を抱えなおしながら、美柚梨が不安げに小さく呟く。
「兄貴、大丈夫だよね。絶対大丈夫だよね……」
 今にも泣き出しそうなか細く弱々しい声。
 無理もない。今まで気丈にふるまい続けていただけも大したものなのだ。
 ココに来れば玖音に会えるかも知れないという期待を、美柚梨は少なからず抱いていたはず。だがソレはあっけなく崩れ去った。そして普段の麻緒からは想像も出来ないような凶暴さと冷徹さを目の当たりにした。
 もう、さすがに限界だ。
「クリっちぃ……」
 ならば今、自分が取るべき行動は――
「……戻ろか」
 僅かな間を空け、久里子はぎこちない笑みを浮かべながら返す。
 麻緒と陣迂……どちらが勝つかは分からない。だが少なくともコレは魎の思惑通りではないはず。なら少なくとも一つは裏をかけた事になる。この調子で少しずつコチラのペースに巻き込んでいって、最後に麻緒と魎を……。
(けど……)
 麻緒を魎に対する最大の武器と考えていいのか、少し分からなくなってきた。
 もし、本当に魎に勝つ事が出来れば、麻緒の価値観はそのまま加速して、もう二度と……。
「よっしゃぁ! ほんなら行くで! ミーちゃん!」
 無理やり大声を出して美柚梨の背中を叩き、久里子は先に立って走り出した。そして途中で『獄閻』を回収し、土御門財閥の館へと向かう。
 御代を連れ戻し、魎が居ないと分かった以上、いつまでもこんな所に頼りない戦力で居座る必要は無い。それに館に戻れば多分冬摩が居るはずだ。彼が居れば使役神を具現化してもらって他の三人を守って貰えるし、作戦も色々と立てやすい。
 魎は最後には必ず、冬摩の所に現れるだろうから……。





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