冬摩のハッピー・バースディ

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「そう言えば、冬摩さんの誕生日っていつなんですか?」
 朝霧高校からの帰り道。
 陽が紅く染まり、日中の暑さからようやく解放される時間帯。
 冬摩は隣で並んで歩いていた朋華に、突然そんな事を聞かれた。
「誕生日? さぁ、なぁ……もう忘れちまったよ」
 背中に掛かるまで伸びた長い黒髪をいじりながら、冬摩は不敵につり上がった視線を宙に浮かせた。
 千年間、戦いに明け暮れ、龍閃への復讐だけを糧に生きてきた冬摩だ。自分の生まれた日の事など、忘れてしまっていても無理はない。
「そう、なんですか……」
 ショートに切りそろえた栗色の柔らかそうな髪の毛を揺らし、朋華は残念そうに俯いた。
「で、俺の誕生日なんかがどうかしたのか?」
 例え僅かではあっても、自分のせいで朋華に悲しい顔をされるのは望ましくない。出来るならば原因を取り除いてやりたかった。
「あ、いえ。ほら、冬摩さんの誕生日、一緒にお祝いとか出来たらいいなーって思って」
「お祝い? 俺の誕生日とやらを祝ってお前は嬉しいのか?」
「え? そ、そりゃぁ、まぁ……」 
 そこまで言って朋華は口ごもり、頬を少し紅く染めて、はにかんだような笑みを浮かべる。
「す、好きな人の、誕生日をお祝いするんですから、う、嬉しいです、けど……」
 最後の方は消え入りそうな程の小声になりながらも、朋華は絞り出すようにして言い終えた。
「そうか。だったら是非祝って貰わないとな」
 愛する女性が嬉しいと思う事なのであれば、何としてでも実現させてやりたい。
 どうしてそんなに息苦しく喋っているのか、いまいち理解しかねる冬摩だったが、取りあえず悲しそうな顔ではなくなった事に安堵する。
「何とかして思い出してみる。少し時間をくれ」
 力強い冬摩の言葉に、朋華は晴れやかな笑みを返したのだった。

 朝霧高校から歩いて二十分ほどの場所にあるマンション。白いタイルで外壁を固めた、オートロック式の建物の五階に冬摩の部屋はあった。
 久里子が用意してくれた十二畳ほどの広いワンルーム。そこはパイプベッドやテレビ、冷蔵庫に電子レンジ、ミニコンポや観葉植物などが置かれ、生活感溢れる空間になっていた。
 全て朋華によるコーディネートだ。冬摩からしてみれば不要な物ばかりだが、この部屋に朋華を招く事も少なくないので、彼女の好みに異論はなかった。
(思い出すっつってもなぁ……)
 学ランを脱ぎ捨て、白いカッターシャツ姿のまま、冬摩はベッドに寝そべって天井を見つめていた。そして溜息と共に目を瞑り、自分が生まれたであろう千年以上も前の事に思いを馳せる。
 人間と魔人の間に生まれ、猛る破壊衝動を押さえ込んで過ごした日々。かつての恋人、未琴との出会い。互いの愛を育んだ輝かしい時間。
 ――そして父親、龍閃の暴走による全ての喪失。
 最後の出来事があまりに鮮烈すぎて、それ以前の事は殆どの部分が色褪せてしまっている。いつまでもこうしていても、生まれた日の事など思い出せそうにない。そもそも、冬摩が生まれた時代の暦の数え方は現代のような太陽暦ではなく、太陰太陽暦の一つ、宣明暦が用いられていたため、例え思い出せたとしても今で言う何月何日に相当するのかは分からない。
(まぁ、取りあえずアイツに聞いてみるか……)
 とは言え、全く思い出せないのでは話にならない。暦の換算法は、その道に明るい者に聞けば何とかなるだろう。
 そう短絡的に考えて、冬摩は上半身だけをベッドの上に起こした。
 両手で複雑な印を組み、最後に力強く右手を前に突き出して叫ぶ。
「使役神鬼『死神』召来!」
 次の瞬間、局地的な突風が円柱状に吹き荒れ、渦の中心から巫女服を纏った女性が姿を現した。扇子で口元を僅かに覆いながら、長く艶やかな黒髪を見せつけるように優雅に梳く。薄く開いた切れ長の目でコチラを見下ろしながら、十鬼神の一人『死神』は扇子を下ろして妖艶な笑みを浮かべた。
「冬摩……一人の時に妾を喚び出すとは。ついに契りを結ぶ気になったか?」
 式神も含めた使役神の中でも、人型の具現体を持つ『死神』は珍しい存在だ。
 かつて冬摩は龍閃との戦いで瀕死の重傷を負った。当時、『死神』を宿していた女性を庇ったためだ。理由はその女性に未琴の面影があった事。しかし彼女は『死神』の能力の一つ、『復元』で自らの命と引き替えに冬摩を癒した。そのおかげで龍閃に致命的な打撃を負わせる事が出来た。
 以来、『死神』にとって冬摩は特別な存在となったのだ。
 今は色々あって、冬摩の使役神鬼となっている。『死神』にしてみれば理想的な環境だろう。
「聞きたい事がある。俺が生まれた日を知ってるか?」
 『死神』の問い掛けには答えず、冬摩は単刀直入に聞いた。
 十鬼神は魔人達が、退魔師の操る十二神将に対抗するために生み出した物。退魔師達との争いが一時的に終結した後で生まれた冬摩よりも前に創られているはずだ。
「仁科朋華の喜ぶ顔が見たい、か……」
 独り言のように『死神』は呟いた。
 使役神は主の記憶を保有する事が出来る。先程の朋華との会話も全て『死神』には筒抜けだ。
「そーゆーこった。アイツの幸せは俺の幸せでもある。で、知ってるのか?」
 何も飾らない冬摩の言葉に、『死神』は一瞬だけ温かい視線を送るが、すぐに瞳の奥が妖しい輝きを放つ。何か、打算を計算している顔だ。
「そうじゃのぅ……。まぁ、教えてやっても良いが、タダという訳にはなぁ……」
 そして意味有りげに、口の端をつり上げて見せた。
「なんだよ。何が条件だ」
 『死神』の考えそうな事は大体想像付くが、一応聞いてみる。
「一晩、妾の物になれ」
「嫌だ」
 即答した冬摩に、『死神』は渋面を返した。
「別にこの先ずっととは言っておらんじゃろう。たった一晩でいいんじゃ。一晩だけ、妾にお主の躰を預けるだけで全ては丸く収まる」
「一晩だけとかそう言う問題じゃねーんだよ。俺は好きでもない女を抱く趣味はない」
「全く……変なところで頭の固いヤツじゃのぅ。いつもの直情短絡思考はどうした」
「うっせーな、朋華は特別なんだよ」
 あくまでも朋華に操を立てる冬摩に、『死神』は深く溜息をつき、
「なら、誕生日は自分で思い出すんじゃな」
 呆れたような顔で、意地悪く眉を上げて見せた。
「チッ、そーするよ」
 舌打ちをしてパチン、と指を鳴らす。『死神』は白い燐光を残し、空気に熔け込むようにして消えた。
(さて、どーする……)
 ベッドの上であぐらを掻き、イライラと足を動かしながら冬摩は次なる作戦を思案した。
(俺が持ってる使役神であと人型の奴と言えば……)
 冬摩は龍閃との戦いに打ち勝つことで、彼が保持していた七匹の使役神を取り込んだ。
 すなわち、式神『白虎』『騰蛇』『大裳』、神鬼『羅刹』『餓鬼王』『獄閻』『天冥』。それに元々保持していた『鬼蜘蛛』と、さっき具現化させた『死神』が加わる。
 計九匹の使役神が、冬摩の中で眠っていた。
 それらの具現体を一人一人頭の中で描いていく。
(人型、人型……)
 『鬼蜘蛛』『白虎』『騰蛇』『天冥』は猛獣の具現体だ。『餓鬼王』『大裳』は一応人型ではあるが、喋ったりする事は出来ない。『獄閻』は一つ目のお化け。
(『羅刹』、か……)
 『死神』以外で、何とか会話できそうな使役神は『羅刹』だけだった。勿論、やや難有りなのだが。
 だが試してみない事には分からない。
 冬摩は立ち上がって印を組み、両手を床に押し当てた。
「使役神鬼『羅刹』召来!」
 ヴン、という羽虫が耳元で飛ぶような異音と共に、目の前の空間に歪みが生じる。連続性を断たれた風景の隙間から、這い出るようにして一人の少年が現れた。
 少し長目に伸ばした、真珠のような光沢を放つ白い髪。磨き上げられた陶磁器のように白く、すべらかな肌。鮮血を思わせる緋色の双眸。真一文字に結ばれた真紅の唇。
 まだあどけなさを残す少年は、黄色いヨットパーカーと七分丈のショートパンツに身を包み、一切の感情を感じさせない顔でコチラを見つめていた。
「『羅刹』、お前に聞きたいことがある。俺が生まれた日はいつだ」
 冬摩は『羅刹』が完全に具現化したのを確認して、『死神』の時と全く同じ質問をぶつけた。
「…………」
 しかし『羅刹』は何も答えない。まばたき一つすることなく、タダじっと冬摩の顔を見つめている。
「オイ、聞いてんのか? 聞こえてたら返事しろよ」
 苛立ちを隠そうともせず、冬摩は低い声で凄んだ。だが『羅刹』は何も感じないのか、相変わらず無表情のままピクリともせずに立ちつくしている。
「オイ!」
 『羅刹』の肩に手を掛け、激しく揺り動かそうとしたその時、初めて『羅刹』に反応らしい反応があった。
「あ」
 彼の視線は冬摩を通り過ぎ、後ろにある壁に向けられる。
「何だよ」
 つられて冬摩が後ろを向いた時には、『羅刹』はすでに次の行動に移っていた。
「うぉ!」
 一瞬、疾風がどこからか舞い込んだのかとさえ思った。冬摩の長い髪の毛が、重力に逆らって高く舞い上がる。
 『羅刹』は神速の動きで壁に急迫すると、そこにいた茶色い物体を素手で捕まえた。そして自分の功績を披露するかのように、ソレを冬摩に見せつける。
「虫だ。捕まえた。僕の物だ」
 『羅刹』が自慢げに差し出したのはゴキブリだった。体長五センチほどの油にまみれたゴキブリを、『羅刹』は大事そうに握っている。
「お前なぁ……」
 冬摩は頭を抱えて、顔を軽く左右に振った。
 無口で無類の虫マニア。ソレが『羅刹』の性格を端的に現した言葉だった。
「もぅいいよ。ソレ持って帰んな」
「僕の物だ。宝物だ」
 まともな会話は無理だとは思っていたが、やはり無理だった。
 冬摩が指を鳴らすと、『羅刹』は黒い燐光を残して消え去った。
(クソッ……! どうすりゃいいんだよ!)
 思わずこのマンションが建っている土地を、新地(さらち)に戻したくなる。甚大な破壊衝動を、朋華の顔を思い浮かべる事で何とか押さえ込んだが、紅月の日が近ければどうなっていたか分からない。
(あと……あとは……あと知ってそうな奴は……)
 打開策を探して思案するが、なかなか良い案は思い浮かばない。
 『死神』なら知っている。しかし聞き出すには一夜限りではあるが、彼女と一緒に寝なければならない。それだけはダメだ。
 ならば、『死神』から強引にでも聞き出す方法――
(待てよ……)
 一つ、妙案が思い浮かんだ。
 成功するかは分からないが……。

 土御門財閥。それは陰陽道の権威、安倍清明の子孫である土御門家が作り上げた超法規的組織。千年の昔より、莫大な資産と豊潤な人材を用いて、冬摩を始めとする退魔師を全面的に補助する役割を担っている。
 その土御門財閥によって建てられた巨大な洋館。そこに至るまでの森林地帯には強力な結界が張られ、特定のルートを取らない限りたどり着くことは出来ない。
「まー、よー来たわ。ゆっくりして行き」
 実質的に洋館の支配権を握っている嶋比良久里子は、やってきた冬摩を特徴的な喋りで招き入れた。
 腰辺りまで伸びた長い黒髪には軽くウェイブが掛かり、掻き上げた時に僅かに覗いたうなじは健康的な肌色。通った鼻筋と形の良い唇。盲目であるため少し大きめのサングラスをしているが、ピンクのコットンシャツの下から大きく押し上げる豊満なバストがソレを補って余りある魅力を醸し出していた。
 彼女も退魔師。そして使役神は式神『天空』。能力は『千里眼』。
 冬摩がわざわざ古巣に帰って来たのも、久里子の『天空』が目的だった。
「ほんで? 何の用なん?」
 冗談じみた大きさを持つ大ホール。ちょっとしたグラウンド程もあるこの空間には冬摩と久里子の二人しかいない。
 ホール中央に配置された、五十以上もの椅子を従える縦長のテーブル。純白のクロスが掛けられたそこで向かい合わせになり、二人は座っていた。
「ああ、出来るかどうかは分かんねーけどよ。ちょっとお前の『天空』で見て貰いたいモンがあるんだ」
「ウチの式神で?」
 目の前に置かれたハーブティーに口を付けながら、久里子は高い声を返した。
「俺が持ってる神鬼、『死神』の記憶なんだけどよ」
 『天空』の能力『千里眼』は相手の本質を見抜く力を持つ。
 誰が使役神の保持者であるかは、ある程度近寄らないと判別できない。しかし千里眼を使えば何百キロと離れた場所にいる保持者の存在、そして使役神の種類までも情報として取り込める。
 その能力を至近距離で上手く使えば、『死神』の記憶も情報として引き出せるのではないかと考えたのだ。
「『死神』の記憶? ウチの『天空』で? そら、ちょっと難しいんちゃうかなぁー……」
 久里子は言いながら視線を上げて、思索に耽る。
「式神とか神鬼の記憶は基本的に一方通行やからなぁ。向こうが『コレ教えたろ』って思わん限り引き出すんは無理やで。まぁずっと一緒におって、お互いに分かり合ってきたら自然と流れ込んでくる場合もあるんやけどなー。一応、使役神の記憶を無理矢理引きずり出すようなえげつない能力持っとる奴とかもおるらしいけど、ホンマかどうかはウチも知らん」
 使役神は保持者を適格かどうか判断するために、まず必要最低限の情報を与える。自分の能力、その活かし方、具現化する方法。そして少し前であれば、龍閃を倒さなければならないという使命感。
 それ以上の情報は使役神の気分次第で与えられることが多い。
「まぁトモちゃんは『死神』に気に入られてたんか知らんけど、突っ込んだとこまでよー知っとったけどな」
「な、なに!?」
 久里子の言葉に思わずドモってしまう。
 そう言えば朋華は未琴の事も、最初からある程度知っているふしがあった。全て『死神』の記憶による物だったのだ。
「突っ込んだところって、どのくらいだ!」
 椅子を蹴って立ち上がり、冬摩は身を乗り出して久里子に詰め寄った。
「へ? まぁ、これは本人の感覚だけが頼りなんやけど……トモちゃんはだいたい全部ゆーとったな……」
 と、言うことは『死神』が知っている事は朋華も知っている事になる。
「ウチになんとかして貰うより、トモちゃんに聞いた方が早いんちゃう?」
「けどよ。その朋華本人が最初に聞いてきたんだぞ」
 朋華がわざと知らないフリをしているとはさすがに考えにくい。だとすれば結論は一つ。
 『死神』も冬摩の誕生日を知らないのだ。
(あのアマぁ……)
 底知れない怒りがフツフツと沸き上がってくる。『死神』にはキツイ折檻が必要のようだ。逆に喜ぶかも知れないが。
「トモちゃんの方から聞いてきた? 冬摩、アンタさっきからエライ必死になってるみたいやけど何知りたいんや?」
「俺の誕生日だよ!」
 叫びながら目の前のテーブルをかち割り、冬摩は激憤に染まった瞳で久里子を睨み付けた。
「誕生日? アンタの? そんなモン何でまた急に……」
 そんな冬摩の行動を見慣れているのか、久里子は全く動じた様子も無く、ポケットから携帯を取り出して誰かに連絡を取った。そのすぐ直後、白いスーツを着た使用人が数名入って来て、手際良く後片づけをし始める。
「朋華に喜んで欲しいからに決まってんだろーが!」
 冬摩の一方的な叫びに、久里子は困ったように頬を掻きながら聞き返した。
「……あー、サッパリ話しが見えんのやけど……」
「だから――!」
 冬摩は勢いに任せ、殆ど八つ当たり気味に事情を説明した。
 全てを聞き終え、久里子は呆れたような視線を向けてくる。
「なーんや、そーゆー事かい。アホクサ。よーするにトモちゃんとイチャイチャしたいだけなんやろ?」
「わ、悪いかよ!」
「いーや、なーんも悪い事あらへん。相手の事を好きやーって気持ちを、そんだけ力一杯押し出す奴はそーおらん。ホンマ、直情バカのアンタらしいわ。それやったら最初から言ってくれたらええのに」
 褒められているのか、けなされているのか。イマイチよく分からなかったが、取りあえず、続く久里子の言葉を催促した。
「……何か良い案でもあんのかよ」
「あるでー、大ありや」
 ニヒヒッ、と下品な笑みを浮かべて、久里子は話し始めた。

 朝の通学路。
 いつも通り冬摩の部屋まで向かえに来てくれた朋華と一緒に、冬摩は朝霧高校へと向かっていた。
 夏休みが近いせいか、普段は眠そうな顔で通学している他の生徒達も、どこか生気に溢れているように見える。
「あの、さ……」
 朋華と並んで歩きながら、珍しく冬摩の方から話を切り出した。
「はい?」
「昨日の、誕生日の話なんだけどよ……」
 その言葉を聞いた瞬間、朋華の大きな瞳が期待の色に染まる。
「あ、もう思い出したんですか?」
「お、おぅ」
 朋華の顔が傍目に見てもハッキリ分かるくらい明るく輝いた。
 栗色のショートの髪を揺らし、冬摩の顔を下から覗き込む。
「で、いつなんですか?」
「は、八月六日だ」
「本当ですか!?」
 周りに人がいるというのに、朋華は声を大きくして叫んだ。すぐに自分の失態に気付き、口を押さえて顔を紅くする。
「そ、その日がどうかしたのか?」
 冬摩は精一杯の平静を装いながら、朋華に聞いた。
 冬摩の誕生日が八月六日というのは勿論嘘だ。本当かも知れないが裏は取れていない。ただ久里子に、その日が誕生日だと伝えれば朋華が喜ぶと言われただけ。
 ――朋華が喜ぶ。
 嘘を付く事への罪悪感はあったが、その言葉を引き合いに出されてしまってはどうしようもない。愛する人を喜ばせるために必要な嘘であれば、過剰にならない範囲で付くべきだろう。
 だが、喜ぶとは言われたが、その理由までは聞かされなかった。
 言ってみてのお楽しみ、と言うことで適当にあしらわれてしまったのだ。もし朋華が喜ばなかったら、今夜辺り襲撃を掛けるつもりだったがその必要はなくなったらしい。
 朋華は冬摩の前に立ち、満面の笑顔で言った。
「だって、その次の日が私の誕生日なんですよ」
「次の日って……八月七日が?」
「はいっ」
 久里子は少し前まで朋華の世話役的な事をしていた。当然、朋華の誕生日も知っていたのだろう。
「そ、そうなのか。偶然だな」
「特別な日が続くなんて、何だか素敵ですね」
 エヘヘ、と照れ笑いを浮かべる朋華。その顔を見ただけで、コレまでの鬱憤が嘘のように晴れていく。『死神』への折檻は少し先延ばしになりそうだ。
 もうすぐ夏休み。
 期待に胸を膨らませながら、冬摩と朋華は学校へと向かった。

 お互いに、どうやって相手を祝おうかと考えながら。




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