貴方に捧げる死神の謳声 第零部 ―復讐の業怨―

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五『迷いと非情と疑念』


◆牙燕の語り ―荒神冬摩―◆
 膝の高さまで伸びた深い草むらを駆けながら、冬摩は胸中で舌打ちした。湿地帯なせいか、足下がぬかるんで思うように走れない。
 肩越しに後ろを振り返り見る。そこには千は下らないだろう騎馬兵が、自分達を追って雄叫びを上げていた。もうかなり走ってきたはずなのに、一向に距離は広がらない。それどころか少しずつ詰まってきているようにも見える。
(武田の騎馬隊か……さすがに、はえーじゃねーか!)
 黒の内着に朱色の紋服を羽織り、紅の袴という派手な格好で冬摩は騎馬の大群から逃げていた。
 山城――現在の京都府――から徐々に領地を広げ、武田の支配する一国、信濃――現在の長野県――に隣接としたかと思った矢先、宣戦布告も無しにいきなり攻め込まれたのだ。
「おぅおぅおぅ! 冬摩さんよ! いつまでこうやって負け犬の真似事やってりゃいいんだよ! ぶちのめしちまった方がはえーんじゃねーのか!?」
 冬摩の隣を、同じく派手な装束に身を包んで走っている大男、牙燕が不満の声を大きく上げる。
「うるせー! いいから黙って走れ! 森かどっか狭いトコ逃げこみゃコッチのモンなんだよ!」
 牙燕の大声を更に上回る叫声で怒鳴り返しながら、冬摩は走る足に力を込め直した。
 今居るのは周りには何もない広大な湿地帯。騎馬隊の機動力を最大限に発揮できる場所だ。だがいくら後先考えない冬摩でも、敵にとって都合の良い場所で戦うほど馬鹿ではない。
 あえてだ。
 敵を自分達におびき寄せるために、あえて取った行動だ。
 今回の自分達の目的は騎馬隊を倒す事ではない。出来るだけ引き付け、本陣から離してしまう事だ。つまりは陽動作戦。この派手な衣装もそのための物だ。
 本陣がある程度手薄になれば、後は魎達が上手くやってくれる。
「じゃあちょっくら教えてくれよ! その森かどっかってなぁ、この見渡す限りの大平原のどこにあるってんだよ!」
 確かに牙燕の言うとおり、視界の中は一面の原っぱ。身を隠せそうな場所はどこにもない。
「さっきからガタガタうっせーぞ! ちったぁテメーで考えやがれ!」
 冬摩は牙燕を睨み付けながら声を荒げた。
 全く、どうして自分がこんな鬱陶しい奴と一緒に行動しなければならないのだ。

『騎馬隊の機動力に対抗でき、尚かつ有事の時にはソレを打開する力を持っている。つまり、力と速さを兼ね備えた優秀な戦士。細かい事など一切考えず、思いきり体を動かしても良いのだよ。冬摩君、牙燕君、やってくれるね』

 騙された。
 魎の話術に乗せられた。
 牙燕は『優秀な戦士』に、自分は『細かい事など一切考えず』という甘言に惑わされた。
 要するに繊細な行動が出来ない者を、体よく厄介払いしただけなのだ。
「あーもー! オレっちは限界だぜ! 何で魔人が人間相手にコソ泥みてーなズブになんなきゃなんねーんだよ!」
 隣を走っていた牙燕が自棄気味の声を出して急停止する。
「何やってんだテメー!」
 もしこの作戦が上手く行けば、龍閃の居場所が分かるかも知れないのだ。
 怨行術だか『業滅結界』だか知らないが、あれから四百年近く経っているというのにまるで成果を上げられていない物の完成など待っていられない。すでに三体もの使役神鬼を奪われた。これ以上長引けば龍閃に力を与えるだけだ。
 しかし、幸いな事に龍閃はまだ法具を取り外せていない。それだけの力が戻っていない。叩くなら今しかないのだ。
「冬摩! ココはこの牙燕様に任せて先に行け! 何とか食い止めて見せる!」
「都合良く主旨変えてんじゃねー! ブッ殺すぞ!」 
 親指を立て、歯を輝かせて奇跡の笑みを浮かべる牙燕に、冬摩は殺意を剥き出しにして叫んだ。
「やぁやぁ我こそは山城が国主、水鏡の家臣、青天鳳凰丸(せいてんほうおうまる)牙燕なるぞ! いざ尋常に勝負勝負!」
 腰を深く落とし、自分で決めた長ったらしい姓を声高に叫ぶ牙燕の姿が視界の中で急速に小さくなっていく。同時に、騎馬隊から上がる雄叫びが更に大きい物になった。
(あークソ! もぅどーなってもしらねーぞ!)
 騎馬隊に呑み込まれていく牙燕を後ろ目に見る冬摩。
 と、頬を何かが掠めた。続けて液体のような物が、冬摩の走りに取り残されて後ろに引かれていく。
 頬に手を当て、その正体を確かめる。手の平には一筋の紅い線が引かれていた。
 足が止まる。顔を後ろに向けて下を見る。ソコには一本の矢が刺さっていた。
「……ノ、ガキ……」
 無意識に口が呟く。
 牙燕を越えてコチラに迫り来る騎馬隊。馬に乗った鎧武者達が刀や槍を手に烈声を上げ、冬摩の方へとなだれ込んできていた。
「ブッ殺す……」
 また、口から言葉が自然に出る。思考が変色し、見る見る元の色からかけ離れていった。
「ブッ殺すぞコラアアァァァァァ!」
 自分の血を見、周囲を埋め尽くす敵意を感じ、この作戦自体への不満を爆発させて冬摩は咆吼する。
「オラアアアァァァ!」
 そして目の前まで来ていた馬の胴体に右腕を埋め込んだ。
 何の抵抗もなく、易々と肩まで呑み込まれる。そのまま強引に真横へと引き抜き、更に振り上げた拳で体勢を崩して落ちてきた兵士の体を貫いた。
「俺に喧嘩売るなんざ千年はえーんだよ!」
 歯を剥き出し、殺意の塊を解放して冬摩は跳ぶ。馬に乗っている兵の頭上まで一気に跳躍し、脳天目掛けて拳を振り下ろした。
 頭部を失って絶命する兵を後目に、次の標的へと目線を這わす。不意に後ろからの斬撃を感じ取り、冬摩は左腕で体を庇った。
 鋭い痛み。
 背後から斬りかかってきた兵の刀を骨で受け止め、生じた『痛み』からの力を右腕に乗せて冬摩は裏拳を放つ。『鬼蜘蛛』の力で攻撃範囲の拡大された拳撃は、一気に五人の兵の命を呑み込んだ。
「おぅおぅ冬摩さんよ! やっぱアンタも乗り気じゃねーか!」
 前から喜々とした牙燕の声が聞こえる。
「うるせー! 気にいらねー奴はブッ殺すんだよ!」
 叫びながら冬摩は両手で複雑な印を組む。そして地面に手を押し当て、大声で叫んだ。
「使役神鬼『鬼蜘蛛』召来!」
「っしゃあぁぁぁぁ! オレっちも行くぜ! 使役神鬼『紅蓮』召来!」
 二人の喚び声に応え、鰐の頭部を持った巨大な蜘蛛と、般若面と真紅の狩衣を身に着け、両手に巨大な熊手のように鋭い鉤爪を持った矮躯が現出した。
「死ねオラアアァァァ!」
「この青天鳳凰丸牙燕様の力! とくと味わえ!」
 そして、二対千の激烈な死闘が始まった。

 山城にある冬摩達の居城、土御門城。
 深い掘に囲われた四重塔の外壁には霊符が張られ、少しくらいの飛び道具であれば簡単にはじき返すだけの結界力を持っている。
 土御門の姓を葛城と草壁に分けて解消し、長年に渡って続いて来た保持者としての血筋を事実上放棄して以来、使役神鬼を持たない陰陽師達は現保持者達の後方支援に専念し始めた。
 ソレは土御門の最後の当主の意向であり、魎からの願い出でもあった。
 つまり、龍閃討伐という大きな目標を掲げ、ソレを成し遂げるために退魔師全員が一丸となる事への誓いであり、そして力を持たない者を前線に出さない事によって被害を最小限に抑えるための計らいでもあった。
「……で、冬摩君。何か申し開きはあるかね?」
 土御門城の天守。二十畳ほどの畳の間。他からは一段高くなった上座に、長い黒髪を全て後ろで固めた黒衣の男が座っていた。
 姓を水鏡、名を魎。
 土御門に属する数千人の守護部隊と、僅か十数人の保持者を率いる、いわば大名だ。
「……別に」
 魎からの問い掛けに、冬摩は目を合わせぬまま投げやりに言った。着ている派手な着物はボロボロになり、僅かに胴の部分を覆い隠すだけになってしまっている。
「そうか、では牙燕君。君の方はどうかね」
 やる気なさそうに薄く開いた眼で牙燕の方を見ながら、魎は広い額を撫で上げた。
「お……同じく」
 立ったり座ったりを繰り返しながら、牙燕は涙目になって言う。冬摩や他に集まっている数人の保持者のようにちゃんと座れないのは、尻が異常に腫れ上がっているせいだ。
 つい先程、紫蓬と一緒に地下牢へ行った牙燕の、この世の物とは思えない絶叫が今でも耳にこびり付いている。
「よろしい。では神楽さん、今回の作戦の結果を報告して下さい」
「え、あ、はい」
 魎の右前に座っていた長い黒髪を持った巫女装束の女性が立ち上がり、手に持った巻物を解いて内容を読み上げた。
「あ、えーっ。今回の目的は龍閃の召鬼となった武田信玄の記憶を、真田儀紅さんの保持する十鬼神『月詠』で読み取る事により、龍閃の居場所を特定しようというものです。そのための具体的な作戦として、まず荒神冬摩さんと青天ナントカ牙燕さんが武田の騎馬隊を陽動して本陣を手薄にします」
 さらっと牙燕の姓が省略されるが、それに文句を言えないほどに今の牙燕には余裕がない。紫蓬の尻叩きは、下手な合戦などよりもよほど傷が深いらしい。
「その上で水鏡魎さんがさらに側近達を別の場所におびき出し、紫蓬さんの十鬼神『虹孔雀』で丸裸になった武田信玄の意識を奪い取ります。最後に真田儀紅さんの『月詠』で記憶を読み取る、というのが当初の予定でした」
 言いながら神楽は巻物を伸ばして、先を読み上げる。
「しかしどういう訳か、最初の陽動作戦の時点で荒神さんとナントカさんが暴走。武田の騎馬隊に真っ正面から立ち向かい、千以上いた騎馬隊を半減させて敗走させるという大技をやってのけました。しかしそのせいで本陣へと兵が舞い戻り、その後に予定していた隠密行動は全てなくなってしまいました。以上です」
 どこか淡々と読み終え、神楽は巻物を丸め直して畳に正座した。
「あー、ま。と、言うわけだ。せっかく都合良く向こうから攻めてきてくれたというのに……。どうなるか、わかってるな? 今まではお前ら二人には向いてない地味な作業だから回さないでおいてやったが……」
「魎、なんでそのまま信玄のヤローの記憶読まなかったんだよ」
 静かに怒りながら言う魎の言葉を途中で遮り、冬摩は不機嫌そうに聞き返す。
 確かに自分は陽動作戦に失敗した。だがある程度は引き付けられたはずだ。『月詠』を行使できる時間も少しはあったはず。ならば龍閃の居場所だって……。
「それがーねー、スッゲー残念ながらそう上手く行かないんだーよー。龍閃に気付かれちゃえば、召鬼化スッゲー解かれちゃうでーしょー。そうなればもー、記憶を読んでもしょーがなーいー。おまけに召鬼じゃなくなっても、敵意だけはスッゲー残ってるから反抗的だーしー。気付かれないようにコッソリやるにはスッゲー細心の注意払わないと駄目なんだーよー」
 黒い海とも呼べるほどの長い髪を持った十二単衣姿の女性、『月詠』に膝枕をして貰いながら、自分の正面で寝そべっている男、真田儀紅が魎の代わりに答えた。
 何を考えているのかは知らないが、自分の使役神鬼を具現化させ続けている男だ。直衣に烏帽子という昔ながらの貴族衣装を身に纏い、魎以上の倦怠感と紫蓬以上の低身長を併せ持つ子供、それが真田儀紅だ。
 もっとも、身長に関してはまだ七歳だからしょうがないのだが。
「気付かれる前に読みゃいいだけの話じゃねーか」
「あーやだやだー。スッゲーやーだー。コレだから野蛮人ーはー。龍閃の召鬼って見つけるのスッゲー大変なんだーよー。嶋比良殿の『千里眼』だって万能じゃないんだかーらー。強引に行くよーりー、次の機会を待つ方がスッゲーお利口さんってモンだーよー」
 この戦国の時代になり、龍閃の召鬼を見つけだすのは大分簡単にはなった。それは龍閃の手駒となって動けるだけの力を持つ者が、数多く居るからだ。しかしだからといって龍閃も無闇やたらに自分の召鬼を生み出しているわけではない。自分の下部を生み出せばそれだけ戦力が増えるが、逆に足も付きやすくなる。
 だから司令塔を召鬼とする事で、その下に居る人間を操る。つまり、召鬼となり得るのは大名か、ソレに準ずる位の者だ。
 その数は決して多くない。常に必要最低限の召鬼を操り、コチラを攪乱し、そして隙をついて自ら保持者を殺す。一人殺すか、一定期間が過ぎたらまた別の者を召鬼にする。誰が召鬼かを悟らせないために。
「スッゲー深追いしたーらー、ソレが龍閃の罠だったって事もあったしーねー」
 単純ではあるが、効果は絶大だった。そのせいで、すでに三人の保持者が殺され、龍閃に『白虎』、『羅刹』、『大裳』の三体の使役神鬼を奪われてしまった。
 今の龍閃は冷静だ、そして極めて狡猾だ。自分の力を過信せず、傲(おご)らず、警戒心を抱いて行動している。確実に力を付けていくために。
「キミもさー、ちょっとは頭使わなきゃスッゲー駄目だよー」
「るっせーな! ブッ殺すぞ! このクソガキ!」
「わーん、スッゲー恐いよー『月詠』ー」
 拳を握り締めて激昂する冬摩に、儀紅は甘えた声を出しながら『月詠』に抱きついた。五歳で覚醒した天才児、葛城の血を受け継いだ真田家の初代当主らしいが、コレでは先が思いやられる。
「あー、まぁ、そう言うわけだ、冬摩。幸い、嶋比良殿の話だと武田信玄はまだ召鬼のままらしい。コチラの作戦に気付かなかったのか、それとも気付いていてあえてそのままにしているのか、それは分からんがもう一度作戦を練り直す。そして今度こそ成功させる。お前と牙燕抜きでな」
「けっ……」
 なだめるような口調で言う魎に、冬摩は反抗的な目を向けて舌打ちした。
「冬摩、言わなくても分かってるとは思うが。もし、お前がおかしな事をしたら……」
「っかってるよ!」
 確認するように言ってくる魎に、冬摩は顔をしかめてそっぽを向いた。

『神楽さんを――殺す』

 四百年も前に掛けられた戒めは、未だに冬摩を縛り続けている。
 今、魎の前に座っている神楽は勿論、神楽真尋ではない。その子孫に当たる女性だ。だが、顔は真尋と瓜二つだった。そして、未琴とも――
「呪針かなんか知んねーけど、龍閃に見つからないように埋めてくりゃいいだけだろ!」
 冬摩の言葉に魎は満足げに頷く。
「あー、ほら。牙燕。お前もだ」
「お、オレっちは……!」
「牙燕」
 何か言おうとする牙燕の言葉を、横手から飛んできた紫蓬の声が遮った。それだけで牙燕は青ざめ、体を震わせながら冬摩に付いて天守を後にした。

 呪針、と一口に言っても、張る結界の規模によって大きさは全く違ってくる。
 最初、炎将が陰陽寮の周りに張った『破結界』。ソレに使われていた呪針は、刀程度の大きさだった。そして自分を石牢に縛り付けた『烈結界』。あの呪針は短刀程度の楔だった。
 そして、今回の国全土を覆い尽くすという『業滅結界』に使われる呪針は――
「あー、かったりー……」
 大木をそのまま引き抜いたような大きさを誇る巨大な呪針を、冬摩は背中に一本、そして牙燕は両肩に二本抱えて、人気のない田んぼのあぜ道を歩いていた。
 二人が一歩踏み出すたびに、履いた草履の形に地面が沈む。
 もっとも、三本の呪針は魎が怨行術で大木を加工して作り上げたのだから、大木の大きさを持っているのは当然なのだが。
「なんでぃなんでぃ! もーへばっちまったのかぃ! だらしのねぇ!」
 天守では紫蓬に睨みを利かされて完全に萎えていた牙燕が、外に出てからは油を戻されたガマガエルのように生き生きとしている。頭の後ろから伸びている紫色の髪の毛も、心なしか張っているように見えた。
「……ついてくんなよ」
 暑苦しい大男の発する威勢のいい声を背中で聞きながら、冬摩はげんなりとした表情を浮かべた。
「しょーがねーだろ。一人で居ちゃあ、龍閃のヤロウに襲われた時に、あっと言う間におっちんじまうんだからよ」
「お前がな」
 冷たく返して、冬摩は溜息をついた。
 これまで、龍閃は保持者が一人になったところを狙ってきている。辺りに誰も居ない事を周到に調べ、前のような囮ではない事を確認して。
 一人で孤立して居る事。ソレは確実な死を意味する。
 だが冬摩はとってはまさに願ったりだ。しかし魎がソレを許さない。そして魎に断りなく単独行動する事は神楽の死を意味する。
「にしてもやけに寂れたトコだな、おぃ。何でわざわざこんなド田舎まで来なきゃなんねーんだ?」
「……知るか」
 コチラが会話を拒絶しているにも関わらず、懲りずに話し掛けてくる牙燕に冬摩は短く返した。
 理由は知っている。魎の話だと、この呪針は人気のない場所の方が効果があるらしい。詳しい話は聞いていないが、人の集まる所では気が乱れて、例え成長しきった呪針でも上手く機能しないらしいのだ。
 だがそんな事をわざわざ説明してやる義理はない。面倒臭いだけだ。
「しっかしアレだな、おぃ。こういう空気のうまいトコ来ると、オチビちゃん二人肩に乗せて出歩いてた時の事思い出すぜ」
 昔を思い出すように言いながら、牙燕は隣で二本の呪針を担ぎ直す。
「なぁおい。冬摩さんよ。もぅアレからどのくらい経った。龍閃のヤロウを本格的に追い始めてよ」
「……知るか」
 四百年だ。
 自分が生まれ、未琴と出会い、龍閃に裏切られ、未琴を失い、そして復讐を誓ってから四百年が経った。
「なんかよぉ、懐かしくねぇか? この辺りは昔っから全然変わってねぇ。『にぃちゃ、畑と田んぼってどう違うの?』ってチビに聞かれて、『そりゃおめぇ呼び名が違うだろ』って答えてた時と全く変わってねぇ」
「……お前馬鹿だろ」
 今、冬摩達が居るのは若狭――現在の福井県の西部――だ。ココはすでに水鏡の領地。田園風景の溢れる自然豊かな土地だ。反面、人の出入りは少なく、開発からは取り残された。だから、昔とあまり変わっていないのだろう。
「人間ってのはよ、デカくなるのおせぇおせぇと思ってたら最初だけなのな。一端、デカくなっちまったらすぐにヨボヨボになってよ、気が付いたら……おっちんでるんだもんな」
 人間の寿命はせいぜい四、五十年だ。何千年もある魔人の一生に比べれば微々たる時間に過ぎない。だがソレでも牙燕が、葛城と草壁の初代当主の幼少時代を長く感じたというのなら、彼にとってその時間が掛け替えのない物だったという事なのだろう。
 大切な思い出ほど、色褪せないまま心に残り続ける物だ。冬摩にとっての未琴と過ごした時間と同じように。
「ホント、チビの時は可愛かったぜぇ。アイツらのお気に入りはお馬さんでよ。オチビちゃん二人背中に乗せて、一日中駆け回ってた時もあったなぁ」
 冬摩も、あった。未琴を背負っていくつも山を越えた事が。
「二人とも確か、十歳くらいで覚醒したんだっけか。まぁ、その頃にゃあ恥じらいだの何だのってややこしいモンも色々あったけどよ、やっぱ三人で居ると不思議と楽しかったわな。別に何か特別な事してるわけでもねーのによ」
 それはきっと牙燕が二人の事を大切に思っていたから。大切な相手と過ごす時間は、それだけで幸せを感じさせくれる。それだけで十分特別になりうる。
「アイツらが二十になって嫁さん貰って、子供作って、使役神受け渡して、三十になって……結局アイツらと一緒に龍閃と戦うこたぁなかったなぁ」
 龍閃はあの囮作戦以降、殆ど姿を現さなくなった。自分の召鬼を生み出し、ソレを使ってコチラを威嚇するかのように間断的に攻撃を仕掛けてきた。
「チビがデカくなってチビ作って。そのチビがまたデカくなってチビ作って。色んな奴が居たよなぁ。男も女も居たけどよ、アイツらなーんかオレっちに懐いてくれるんだよ。何でだと思う? 未だに良く分かんねーんだけどよ」
「……知るか」
 それは恐らく、子供が牙燕の優しさを見抜くからなのだろう。
 厳つい外見からは想像も出来ない、相手を思い遣れる優しい心を。
 優しさ。思い遣り。
 昔の自分にはあった。いや、今も少しはある。だが、未琴の死を受け入れてからソレが確実に薄れていくのが分かる。龍閃への復讐を最優先にしてから、別の物に取って代わられていくのが分かる。
 特に戦いになると、すぐに相手を殺す事が頭を埋め尽くす。以前は誰かの命を奪うのは必要最低限にしようと思っていた。それは未琴が生きていた時、自分に教えてくれた事。命の重さを説く事で、自分の本能を戒めてくれていた。
 だが、歯止めが利かなくなって来ている。未琴がもう居ない事を自覚してから、止める者が居ないという事を知ってから、どんどん人の命を軽視していっている。そしてソレを、悪い事だとは思わなくなり始めている。
 未琴が居たからこそ満たされていた心の隙間を、今は本能が乗っ取り返している。
 血と殺戮を求める、魔人としての本能が。
「色んな奴が居た、ホント……。オレっちが、殺しちまった奴も、居た」
 言いづらそうに、牙燕は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「何だよ、ソレ」
 自分が知らないのか、それとも覚えていないだけなのか。
 冬摩は呪針を背負い直して牙燕に声を掛けた。
「おっ、ソコに食いつくか。アンタらしい」
 苦笑し、牙燕は少し寂しげな顔付きになって口を開く。
「百年くらい前になんのかなぁ。何代目かの葛城の人間がよ、龍閃の召鬼になっちまったんだ。アンタはその時、居なかったんだっけか」
 聞いた事がある。確か次の世代に使役神を受け渡した直後の者が狙われたらしい。保持者のままでは精神を乗っ取れず、召鬼化出来ないと踏んだのだろう。
 その時はまだ本格的な戦乱の世に入る前だったが、呪針を埋め込む領地を広げるため、冬摩は魎や紫蓬と一緒に西の方の国を攻めていた。
「アンタらが居ない事もあって結構手こずってなぁ……」
 相手は保持者ではないとは言え、普通の陰陽師などよりは遙かに高い資質を秘めた人間だ。加えて昨日までは仲間だったという事もあり、戦いが辛い物だったという事は聞いている。そして結局、龍閃の居場所を聞き出す事なく殺してしまったとも。
「ま、最後は何とかなったんだけどよ。オレっちが止めさしてな」
 陰陽師達は相手が人間という事で戦いにくかっただろう。しかし、牙燕にとっては血の繋がった兄弟の子孫だ。遠い血縁に当たる。ならば――
「そん時よ、お前、どうだった……」
 少し躊躇いがちに冬摩は聞いた。
「どうだったって?」
「迷ったか? 殺すのを。龍閃の召鬼になった奴は最後は殺すしかない。けど、殺りたくないって、思ったか?」
 冬摩の問い掛けに牙燕は少し驚いたように目を丸くし、
「あったりめぇだろ! この世界のどこにテメェの仲間喜んで殺す奴が居るってんだよ!」
 空色の目を紅くして怒鳴り声を上げた。
「そうか……」
 ココに居る。例え仲間であれ、必要なら殺す事を躊躇わない奴が。
 やはり自分と牙燕は違う。どちらも人間と魔人両方の血を引いているのに、本質的な部分が全く違う。
 牙燕は誰に教えられたわけでもなく、生まれた時から優しさを持っていた。しかし自分は違う。未琴に与えられて初めて抱けた。
 自分と牙燕の違い。二人の決定的な違い。それは自分が龍閃の血を濃く受け継ぎ、牙燕は紫蓬の血を濃く受け継いでいるという事。
 ならば龍閃の破壊衝動は、他の魔人とは一線を画するというのか。かつては人間との和平を申し出る穏やかな心も有していたというのに。
「何だよ。アンタなら迷わねぇってか?」
「ああ。殺すしかないならな」
「そりゃあ嘘だぜ」
 冬摩の言葉に被せるようにして牙燕は即答した。
「アンタは迷う。絶対にな」
「言ってろ」
 冬摩は溜息をつき、呆れたように顔を逸らす。
 大男、総身に知恵が回りかね。頭の足りない馬鹿の戯れ言だ。
「じゃあ聞くがな。未琴さんが龍閃の召鬼になったらどうすんだよ」
 牙燕の言葉に、冬摩の中で冷たい物が走った。熱を通り越し、痛みを感じる程に凍り付いた怒りが。
「テメーなんかが未琴の名前を口にすんじゃねぇ」
 凄絶な視線で牙燕を下から睨み付け、冬摩は低い声で言った。
「そうやってムキになるって事は、間違いなく迷う証拠だぜ」
「ブッ殺されてーのか、テメー……」
 低い声に殺意を乗せ、凄みながら冬摩は足を止める。そして背負っていた呪針を投げ捨てるように放り出した。巨木が田んぼの中に吸い込まれ、派手な音を立てて呑み込まれていく。
「そうだな。オレっちもアンタとは一度ドツキあってみたかったんだ」
 牙燕も担いでいた二本の呪針を後ろに放り投げ、重りが取れて軽くなった肩をほぐすように大きく回す。
「アンタとは長いこと一緒にいるのにろくに話した事もねぇ。ここは一つ腰据えて、拳と拳でゆっくり語り合うっても良いかもな」
「クタバレ!」
 腰を深く落として構えた牙燕に向かって、冬摩は地面を強く蹴って真っ正面から突っ込んだ。

◆先への布石 ―水鏡魎―◆
「やってますね……」
 土御門城の天守で嶋比良からの報告を聞きながら、魎は満足げに頷いた。
「い、良いんですか? 呪針が粉々に……」
「あー、いいんだいいんだ。それより今回は冬摩の鬱憤を晴らすのが目的だからな。あの二人を一緒にすれば、いずれもめると思ってたんだ。近頃龍閃も現れず、すっきりした戦いもできずで、いつ爆発するか冷や冷やしてた」
 神楽の入れてくれたお茶を啜りながら、魎はくつろいだ様子でのんびりと言う。
「で、勝負の方はどうだ? 出来れば現在進行形で説明して貰えると有り難いんだが」
「はぁ……。あ、荒神さんの右が青天鳳凰丸さんの左脇下に突き刺さりましたね。運が良くて肋骨三本ってところですか」
「あー、牙燕は下の名で呼び捨てて良いぞ」
「はぁ……」
 魎の冷たい言葉に、嶋比良は曖昧に返した。
 冬摩と牙燕。力なら間違いなく冬摩の方が上だろう。しかし、気持ちの強さでは牙燕の方が勝る。
 牙燕の気持ちには余計な物が全く混じらない。悩み始めればとにかく悩み続け、頭がそれだけで埋め尽くされて戦う事を全くしなくなるが、一度拳を交えだせばもう迷いはない。自分の力が尽きるか、相手が降参するまでひたすら戦い続ける。
 だが冬摩は違う。悩む気持ちと戦いへと衝動が常に混在している。常に中途半端な気構えでいる。二つを併せ持っているのは人間らしさの現れであり、冬摩の強みにもなりうるが、それは両立できた時だ。
 悩める力を戦いへと転化し、戦いでの強さを持って悩みを克服する。
 ソレはいわば理想型だが、今の冬摩ではまだほど遠い。
 どちらにも振り回されている今の状態では、気持ちで牙燕に負ける。そう、気持ちで――
「あ、荒神さんが牙燕の左腕を砕きましたね。痛そー……」
 気持ちで――
「さらに首を折りに掛かりましたよ。でも牙燕もまだ抵抗してますね」
 気持ちで。
「あーあ。ついに意識なくなっちゃいましたね。うつぶせで倒れたまま、もうビクともしませんよ」
 気持ちで……。
「荒神さんしつこく追撃かけますねー。目が完全に据わっちゃってますよ」
 気持ち……。
「もー、滅多打ちですね。牙燕の方はされるがまま状態。巨石の下のガマガエル。あー、体が全部地面に隠れちゃいましたよ」
 気……。
「あのー……水鏡さん。そろそろ何とかしないと本当に死んじゃいますよ?」
「……あれだけ暑苦しい奴にはもうこの先会えないだろうなぁ」
 まるで故人を惜しむような遠い目を明後日の方向に向け、魎は湯飲みを神楽に渡した。そして肘置きに左腕を乗せ、分厚い座布団の下に置いていた扇子を広げて扇ぐ。
「ねーねーねーねー、呪針は本当にスッゲーいいーのー?」
 『月詠』の膝の上に寝そべって頭を撫でて貰いながら、儀紅は足をバタつかせて聞いてきた。
「呪針、スッゲー壊れちゃったんでしょー?」
「あー、別にいいんだ。また作ればいいしな」
 それに、あの呪針は元々壊されるために用意したのだから。
「ふーんー。それにしてもスッゲー進まないーねー『業滅結界』。せっかく埋めても、龍閃にスッゲー壊されちゃーうー」
 手に持った烏帽子をもてあそびながら、儀紅は愛嬌のある大きな目でコチラを見つめて言ってきた。
 龍閃を束縛し、力を抑え込むための怨行術『業滅結界』。しかし、ソレを完成させための巨大な呪針はことごとく龍閃に壊されてしまっている。
 埋めては壊され、壊されては新たに埋める。この四百年、ソレの繰り返しだ。
 だが今はそれでいい。そう、今はまだ。
「もー三人も殺されちゃってんるでーしょー? 保持者ー。このままでいいーのー? スッゲーヤバくない?」
「あー、一応、呪針を埋めるのと同時に、龍閃を直接叩く事も視野に入れている。龍閃の法具はまだ外されていないようだからな。そのためにもお前には頑張って召鬼の記憶を読んで貰わないとな」
「ふーんー」
 魎の答えに、儀紅はどこか納得の行かない声を上げて首を傾げた。
「あー、何だ。他に何か案でも?」
「スッゲーあるよー」
「ほう、聞こうか」
 七歳児とは言え、先祖返りで魔人の血を宿す真田家初代当主だ。何か妙案でも思いついたのだろうか。
「呪針を敵国にもスッゲー埋める」
 だが答えは期待はずれだった。
「あー、残念ながらソレは出来ん。自国領以外にも呪針を埋めるとなると、敵からの目を警戒しなければならない。つまり単独行動が要求される上に、他から見つからないようにあの大きな呪針を運ばなければならない。ソレはほぼ不可能だな」
「でーもー、一人でも龍閃に立ち向かえるスッゲー人だったら別に問題ないよーねー。それに、呪針は運ぼうとすればスッゲー大きいかも知れないけーどー、現地で作ればスッゲー問題ないわけだーしー」
 儀紅は可愛らしく微笑みながら、じっと魎を見つめる。
「あー、私が一人で行けと?」
 魎の言葉に儀紅はコクコクと笑顔のまま首を縦に振った。
「あー、残念ながらソレも意味がないな。私の目が届く自国内ですら呪針を壊されるんだ。常に監視する事の難しい敵国では龍閃はもっと壊しやすいだろう。それに壊されたかどうかすら把握できないようでは、いつ『業滅結界』が完成したのかも分からない。埋めた意味がないというものだ」
 もっとも、ソレは建前に過ぎないのだが。
「そっかー。でも龍閃はどうして呪針の位置がスッゲー分かっちゃうんだろーねー」
 相変わらず笑みを絶やさないまま、儀紅は聞いてくる。
「あー、それが分かっていれば、とうの昔に対処している」
「そーだよねー。スッゲー水鏡っちにも分からない事くらいあるよーねー」
 まるでコチラの内面を読み取ろうとしているかのように、儀紅は試すような言葉を投げかけてきた。
 コイツ……まさか『月詠』で……? いや、そんなはずはない。『月詠』の『精神干渉』で記憶や考えを読み取るには体に宿していなければならない。今の具現化させている状態では不可能だ。
「魎」
 座ったまま腕組みし、瞑目していた紫蓬が顔を上げて声を掛けて来た。
「やはりワシらも召鬼を使って対抗すべきぞ。先の陽動も冬摩や牙燕ではなく、召鬼に任せておけば失敗はなかった」
「あー、紫蓬。何度も言うようだがソレは駄目だ。人間を利用して駒として使っているようでは龍閃のやってる事と変わらん。結局、命を弄んで殺しているだけだ」
「ならば最前線の兵ではなく、龍閃のように指揮官を――」
「同じ事だよ、紫蓬。龍閃の狙いはあくまでも私達だ。兵を使って攪乱し、私達を狙ってきている。だが、他の大名が私達の召鬼だと分かれば龍閃はソチラも攻撃する。人間達をより一層巻き込む事になる」
 かつては人間と魔人、両方が協力して龍閃を討つという図式が確立していたが、龍閃が表にあまり姿を出さなくなり、派手な戦いが見られなくなってからというもの、その絵は徐々に崩れ、人々の記憶からも薄れていった。
 力を持った人間達が次々と現れ始めた戦乱の世。彼らは自分達の支配領地を巡って人間同士で争い始めた。そして、龍閃はその状況を利用した。大名を召鬼化する事で。
 だからこそ魎は建国し、人間との国取りに参加した。龍閃がより自分達を狙いやすいように。そうする事で他の人間達への被害を最小限に食い止めるために。
「だがいずれ人間達は殺し合う。ソレが少し早まるだけの事ではないか」
「人間達が自分の意思で争い合う分には問題ない。だがソコに私達が介入するとなるとまた別だ。私達の狙いはあくまでも龍閃。そうだろう?」
「……では、今こうして自国の領地を広げているのは介入ではないというのか」
「そうは言ってないさ。無闇に介入するのではなく、必要最低限で済ませようと言ってるだけだ」
「要不要の線引きどうするつもりぞ」
「無論、私が決める」
 そこまで言って互いに言葉を収め、相手の目をしばらく見据えていたが、やがて根負けしたかのように紫蓬が息を吐いた。
「相変わらず口だけは達者だな」
「一応、城主だからな」
 扇子で得意げに顔を扇ぎながら、魎は悪戯っぽく微笑する。
「では城主殿、次はどうするつもりぞ。今度はコチラから武田信玄公を攻めるのか」
 少し緩んだ布状の羽衣を巻き付け直し、紫蓬はいつものように落ち着いた口調で聞いた。
「あー、嶋比良殿。他に龍閃の召鬼になっていそうな奴は?」
「いや、今のところ……」
 残念そうに答える嶋比良に魎は顎に扇子を当てて何度か頷き、
「あー、では。紫蓬の言う通り、武田を叩く。ただし私達だけが動くと龍閃に悟られる可能性がある。だから隠れ蓑を作る」
「隠れ蓑ー? スッゲースッゲー! なーにー、そーれー!?」
 『月詠』の膝の上ではしゃぎながら、儀紅が興味津々といった様子で聞き返した。
「織田にも武田を攻めて貰う。そして私達は織田の兵になりすまし、信玄の記憶を読み取る機会を窺う。これならばもし失敗しても、私達が動いた事は恐らく悟られない」
「織田にー? でも織田は武田とスッゲー交戦してないーよー?」
「あー、分かってる。そこでコレだ」
 言いながら魎は、自分の後ろにある五芒星の描かれた屏風を横に寄せる。奥からは朱色を基調にした武者鎧が三体出てきた。武田軍が使用している鎧だ。
「この前、土産代わりにかすめ取ってきた」
「い、いつの間に……。よくあの状況でそんな余裕が……」
 嶋比良が引きつった顔で呟いた。
「はぁ、すごーい。私こんなに近くで見たの初めてです。格好いいですね」
 前にいた神楽が鎧に近付き、物珍しそうに胴の辺りを撫でる。そんな彼女を満足げに見ながら、魎は口を開いた。
「まず先行部隊がコレを着て織田に攻める。信長のあの気性の荒さだ。武田に攻められたと思って必ず反撃してくる。ソレに混じって私達が武田の領地に入り、信玄に近づく。で、記憶を読んで龍閃の居場所を突き止めるという作戦だ」
「はーい。先生、スッゲーしつもーん」
 『月詠』の膝の上で、儀紅が元気良く手を上げた。
「はい、儀紅君」
「鎧は三つしかないみたいですーがー。三人でスッゲー織田の領地に行くんですーかー?」
「その通り」
「でーもー、たった三人の武田兵が攻めて来てーもー、すぐにスッゲーおかしいと疑うと思いまーす」
「それなら問題ないよ、儀紅君」
 小さく鼻を鳴らして魎は広い額を撫で上げ、口の端をつり上げる。
「あの筋肉馬鹿が持つ『紅蓮』の『分身』と『幻影』があるじゃないか」
 牙燕が百人程に『分身』し、その『影』から『幻影』を生み出せば五百から千の部隊が出来るはずだ。顔は頬当で隠せば大丈夫だろう。
「あ、でも……今は運が良くて半死半生ですよ?」
 横から嶋比良の鋭い言葉が飛んでくる。
「あー、なら『六合』が……」
「有明殿は他の方達と西に遠征中です」
 さらに駄目押しの一言が突き刺さった。
「あ、あー、まぁ、一日あれば動けるようにはなるだろ。他に質問は」
 適当な返事をして魎は話を進ませた。
「行くのは牙燕一人か。『分身』を多く出せば、個々の力はそれだけ弱まる。ヌシがその事を知らぬ訳ではあるまい」
 普段とは違う雰囲気を纏い、紫蓬は声を低くして言った。
 コレは戸惑いか? 怒りか? それとも……。
「紫蓬、牙燕が心配か?」
「……馬鹿な事を言うな。ワシが心配しているのは作戦の方ぞ」
 顔色は変わらない。だが、内面に僅かな乱れが垣間見えたような気がした。
「あー、ソレも問題ない。牙燕と一緒に冬摩と神楽さんを付ける」
「わ、私ですか!?」
 武田の武者鎧をうっとりとした表情で眺めていた神楽が、突然の魎の提案に大きな声を出して目を剥く。
「あー、冬摩は放っておくと歯止めが利かなくなる。前の陽動作戦の時のように、ひたすら暴れ回るに決まってる。だが、神楽さんが一緒にいればアイツは必ず貴女を守ろうとする。貴女の身の安全を最優先で動くようになる。あー、つまり貴女には冬摩の鎮静剤になっていただきたい訳だ」
「私が、鎮静剤……ソレは、どうしてなんですか?」
「あー、まぁ、話せば長くなるので、いつかまた酒でも呑み交わした時にでも。あ、それとくれぐれも冬摩にはこの事を喋ってはいけませんよ?」
「はぁ……そうですか……わかり、ました」
 一応承諾の声を出すが、まだどこか気乗りしない表情のまま神楽は項垂れた。無理もない。今の神楽は自分が未琴と瓜二つなどとは知らない上に、彼女が前線に出るのはコレが初めてなのだから。
「あー、心配しなくても大丈夫ですよ。冬摩がちゃんと守ってくれますから」
「魎、ならば最初から冬摩をワシ達と共に行動させれば良いだけの話ぞ。もしくはこの城にて待機」
 紫蓬の言葉に魎は額を押さえながら溜息をついた後、薄く目を開いて自信に満ちた口調で言った。
「あー、では聞くが、冬摩に『機会を窺う』などという器用な真似が出来ると思うか?」
 魎の質問に、その場に居た全員が即座に首を横に振った
「あー、もう一つ聞くが、冬摩が自分だけ戦からのけ者にされて大人しくしていると思うか?」
 更に大きく首が振られる。
 そんな様子を見て、魎は満足げに頷いた。
「あー、まぁそう言う訳だ。冬摩には今回の作戦の全容は説明しない。ただ単に三人でこの鎧を着て織田に攻め込んでくれと伝えておく。そちらの方が上手く行く」
 それだけ言って魎は見張り窓の外に目を向ける。今、冬摩と牙燕が居る方向に。 
 冬摩は神楽の命を引き合いに出せば言う事を聞くだう。だが何度もソレを使っていてはいずれ効果が薄れてくる。必ず言う事を聞かせたい時の切り札として持っている方が良い。
 それに、冬摩を戦いに出すのは別の意味合いもある。
(準備が整うには、まだまだ時間が掛かりそうだな……)
 す、と目を細め、魎は思慮深げな視線で窓の外を見続けた。

◆非情と強さ ―荒神冬摩―◆
 地面に体を沈めた牙燕を見下ろしながら、冬摩は肩で荒く息をしていた。
「ち……」
 そして舌打ちし、その場に腰を下ろす。
 思ったより手こずった。力だけかと思っていたが予想以上に速い。そしてなにより、拳一発一発が妙に重い。力だけではなく、別の何かが乗っている。今の自分には無い、何かが。
「へ……へへ、やっぱ、アンタ、強いなぁ……」
 顔を地面に埋めたまま、牙燕は籠もった声で呻いた。
「けっ、まだ喋れんのか」
 牙燕の体がうつ伏せから仰向けになっていく様を面倒臭そうに見ながら、冬摩は苛立たしげに息を吐く。
「アンタが……途中で手加減、してくれたからな。そうでなきゃ、マジで死んでるぜ……」
「手加減? 馬鹿言うな。お前殺っちまったら、また魎に何か言われるに決まってんだよ」
 そして神楽を殺されるかも知れない。
 だから生かしておいた。断じて牙燕のためなどではない。殺してもいいとなれば躊躇などしなかった。
「どうでぃ、久しぶりに思いきり体動かした気分は……。ちったぁ、すっきりしたか」
「あぁん?」
 田んぼのあぜ道にあぐらをかいて座り込み、冬摩は満身創痍となった牙燕に侮蔑の視線を落とす。
「この期に及んで負け惜しみかよ。無様通り越して哀れだな」
 思いきり体を動かした気分はだと? では何か? 自分に喧嘩を売ってきたのはわざとだというのか? 鬱憤の解消に付き合ってやったとでも言うつもりか?
「まったくだ……。何でオレっちがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ。体中の骨やら筋肉がボロボロでイテー事この上ねーぜ……。ま、母君の尻叩きに比べたら屁みたいなモンだけどよ」
「……お前馬鹿だろ」
 満面の笑みを浮かべて不満を漏らす牙燕に、冬摩は長い髪を纏めている龍の髭を解いた。そして頭を軽く振り、冷たい風に髪を晒す。
「くっそー……。尻叩きの傷さえなけりゃ、もっとマシな戦い方出来たんだけどよー」
「……おい、お前何で『紅蓮』の力、使わなかったんだよ」
 何故か嬉しそうに笑いながら言う牙燕に、冬摩は戦っている間中ずっと腑に落ちなかった事を聞いた。
 牙燕の使役神鬼『紅蓮』。その能力は『分身』と『幻影』。だが、牙燕は一度たりともその能力を使わなかった。太陽は高く昇っていて濃い『影』もある。使えなかったわけではない。使わなかったのだ。
「へへっ……別に大した理由なんかねーよ。アンタとはそういうの無しでバチバチぶつかり合ってみたかったんだ」
「……お前、やっぱ馬鹿だろ」
 自分の周りにはこういう理解に苦しむ行動をする奴が必ず一人は居る。
 そう。かつては未琴も、その一人だった。
「……よぉ、気に障っちまったらワリィんだけどよ。未琴さんを……その、龍閃のヤロウに殺されてからずっと、アンタさっきみたいな顔してんのかい?」
「さっきみたいな顔だぁ?」
 眉をつり上げ、冬摩は威圧的な視線を牙燕に向けた。
「どーしていいのか良く分かんなくてよ。不安がってる迷子みたいな顔だよ」
「あぁ? 何だそりゃ」
 それは自分が迷いを抱えているとでも言いたいのか? 馬鹿馬鹿しい。
 未琴の死を受け入れてから、自分に迷いなどいう物はなくなった。
 気にいらない物はブッ潰す。気にいらない奴はブッ殺す。邪魔者は全て排除する。
 もうこの四百年、その思いは一度も曲がった事がない。そう、一度たりとも曲げてはいけない。龍閃を殺すまでは。
「おんなじ顔してんだよ、ちょっと前のオレっちとよ。龍閃の召鬼にされたアイツを、殺す事が本当に正しい事なのかどうか、迷ってたあの時とな」
 牙燕は自分の手で殺した。葛城の子孫を。自分の大切な肉親を。
 その時の顔とさっきまでの自分の顔が同じ? 冗談じゃない。今の自分はそんなに弱くない。完全に吹っ切ったはずだ。未琴の事を。
 未琴は自分の中で永遠に生かし続ける。だからもう迷いなどない。
「いつまでもくだんねー事言ってんじゃねーよ。俺は帰るからな」
 もう一度龍の髭で長い黒髪を縛り直し、冬摩は全身を襲う痛みに耐えながら立ち上がった。
「龍閃は全然現れない、なんたらって結界はちーとも出来あがらねー。その上、魎の言うこたきかなきゃなんねー、仲間は確実にやられちまうわで、アンタの顔にゃ不満がてんこ盛りだったぜ」
 帰り道を歩き始めた冬摩の背中に、先程より大きく張り上げた牙燕の声が届いた。
「暴れたいんなら暴れりゃいいじゃねーか! 迷ってねーなら自分の好きなようにしろよ! ソッチの方がアンタらしいぜ!」
 自分、らしい……。

『冬摩、そうやって暴れてる方がアンタらしいわ』 

 母親も、似たような事を言っていた。
 だがそうなのか? 本当にソレで良いのか? 未琴も、そんな事を望んでくれるか?

『私は、何があってもお前を信じる』

 未琴はその答えを教えてくれるような女ではなかった。

『冬摩、お前は自分が正しいと思った事をしてくれ』 

 いつも自分に考えるように仕向けていた。悩んで、自分なりの答えを出すように。
 そしてその答えはもう出たはずだ。未琴の墓の前で誓ったはずだ。なのにどうして今更。
 迷いがあるからか? まだどこかでコレで良いのだと確信できていないからか? だから魎に従っている? 神楽を人質に取られているからというのは自分を納得させるための言い訳に過ぎないのか?
「知ったふうな口利いてんじゃねーよ。テメェごときが俺に指図すんじゃねぇ」
 答えが欲しい。教えて欲しい。自分は本当にこのままで良いのかどうか。
 誰なら答えてくれる? 誰なら教えてくれる?
 神楽か?
 神楽は未琴とは違い、全てを話してくれた。自分が納得できるまで全てを。
 だが、真尋はもう居ない。今居るのは彼女の子孫だ。アイツも、教えてくれるのか?
「牙燕……」
 まるで夢遊病者のようにおぼつかない足取りで歩きながら、冬摩は牙燕に背を向けたまま呟いた。
「……お前はあの時、どうやって決めたんだ?」
「あぁ!? 何だって!? 良く聞こえねーよ!」
 その声に冬摩は自嘲めいたを浮かべ、土御門城へと続く道を駆け始めた。

 山をいくつか越えて尾張――現在の愛知県――に入り、桶狭間を通ってたどり着いた清洲城。ここが現在の織田信長の居城のはずだ。
 幅の広い外堀が城の周りを囲み、朱色の欄干を持った大きな橋が渡されている。その奥には冬摩の身長の倍はある重厚な門扉。黒光りする屋根瓦を頭に乗せた煉瓦造りの外壁の内側に、中堀、内堀と続き、その中心で五重に連ねられた城が構えていた。
 ココを攻めるのが次の作戦らしい。そして言われた事はただ一つ。
『全力で落としてこい』
 ただそれだけ。単純かつ明快。何も難しい事を考える必要はない。
 動きにくい鎧を着せられたり、足手まといを二人も付けられたりしたが、そんな物は些細な事だ。何も気にする必要はない。戦いになれば自分一人だけだ。神楽のおもりは牙燕に任せておけばいい。
(全員ブッ殺す)
 そして迷いなど無いという事を証明する。周りに、そして自分自身に。
 織田を落とせば一気に領地が広がる。領地が広がれば呪針を埋める場所も増える。『業滅結界』を作りやすくなる。そして、龍閃を弱らせる事ができる。
 力を抑えられた龍閃など恐れる事はない。今みたいに固まる事なく、全員が散らばって探し出せばいい。召鬼の記憶を覗くなどという面倒臭い事をする必要もなくなる。
 そう、今の行動は最終的に龍閃を殺す事に繋がる。
 だがもし、そう都合良く事が運ばなかったとしても構わない。
 思う存分解放できるのだ。魔人としての本能を。今日が紅月ではない事が悔やまれる。
「行くぜ」
 短く言って、冬摩は茂みから城の方へと駆けだした。後ろから牙燕と神楽の止める声が聞こえるが関係ない。もう暴れる事しか頭にない。
 二日前。牙燕と一戦を交えた後。あの時の自分はどこかおかしかった。筋肉馬鹿の毒気にあてられて頭が変になっていた。おかげで昨日は一日中、胸の中で鬱屈が渦巻いていた。
 だが今の自分には不安も迷いもない。戸惑いも躊躇いも何もない。
 心を埋め尽くすのは純然たる殺戮衝動と戦闘昂揚。
 コレが自分らしい自分だ。コレが自分の信じる姿だ。
 自然と足が速くなる。もう待てない。もう我慢できない。
「何だ貴様! 止まれ!」
 もう聞こえない。もう見えない。
「敵襲! 敵襲!」
 もう遅い。もう始まってしまった。
 頭の中で狂葬曲が鳴り響いてしまった!
「オラァ!」
 外掘に掛けられた長い橋を二歩で渡りきり、冬摩は見張りの兵の首を鉤状に曲げた右手で跳ね飛ばす。
「妖魔だ! 武田の妖魔が攻め……!」
 その男の言葉は最後まで続かなかった。冬摩は彼の左胸に肘まで埋め込み、取り出した心臓を握りつぶす。手に伝わる生暖かく柔らかい感触。ソレが更に魔人の本能を刺激する。
 方々で甲高く鳴り響く警鐘の音。ソレをまるで自分をたたえる賛美歌のように聞きながら、冬摩は鉄枠に樫の木の板をはめて作られた分厚い門扉を蹴り破った。
「ッ!」
 一歩踏み込んだ時、破音と共に左の太腿を鋭痛が駆け抜ける。続けて右腕、脇腹、左胸と全身から連続的に鮮血が噴出した。
 音のした方に顔を向けると、物見やぐらの上で何人もの兵がコチラに鉄の筒を向けていた。
「鉄砲か!」
 確か種子島に漂着した南蛮が持っていた異国の兵器だ。見るのは初めてだが、思ったより威力はない。むしろ心地良いくらいだ。
 鉄砲で穿たれた傷口は、動きを鈍らせる事なく、ただ単に『痛み』だけをもたらしてくれる。自分に力を与えてくれる。
「死ねオラァ!」
 『痛み』が生じる事で右手に蓄積された力の塊を、冬摩は咆吼と共に物見やぐらに打ち出した。不可視の衝撃はやぐらの根元に着弾し、派手な爆音と熱波を巻き上げて邪魔な尖塔を粉砕する。
 悲鳴を上げて落下してくる鉄砲兵達。冬摩は地面を蹴って高く飛び、彼らが下に落ちきる前にその体を二つに引き裂いた。
「ククッ……」
 自然と口の端から笑いが零れる。冬摩は橋を渡る事なく跳躍だけで中堀を飛び越えた。
「クハハッ……」
 喉を低く震わせ、冬摩は愉悦に浸る。そして両腕にべっとりと付いた、さっきの鉄砲兵の血を舌で舐め取った。
 美味い。
 だが足りない。もっとだ。もっとよこせ!
「コッチだ! 城に入れるな!」
「人を集めろ!」
 城内に待機していた兵が内堀の橋を渡って、刀や槍を得物に冬摩の方へとなだれ込んでくる。百は下らないだろう。
 やり過ごすのは簡単だ。中堀を越えた時と同じように、内堀も渡ってしまえばいい。
 だが、そんな事はしない。そんな勿体ない事はしない。せっかく暴れられるのに、ようやく自分に迷いなど無いという事を証明できるのに……!
 冬摩は両手で複雑な印を組み、地面に強く押し当てる。
「使役神鬼『鬼蜘蛛』召来!」
 織田の兵達を一瞬怯ませる程の爆風を上げ、鰐の頭を持った巨大な黒い蜘蛛が現出した。
 しかし『鬼蜘蛛』は動かない。冬摩が雄叫びと共に兵のただ中に突っ込んでも微動だにしない。
(お前は邪魔なんだよ!)
 これから始まる鮮血の宴に悪鬼の如く顔を歪ませ、冬摩は両腕を凶悪な顎のように開いて疾駆した。
 回復力の増強も、攻撃範囲の拡大も要らない。
 傷は傷のまま残す。一人一人この手で殺す。
 ソレが戦いだ。ソレが殺し合いだ。
「お前ら全員……!」
 一段手前にいた槍兵が両腕の射程範囲に入った。突き出された槍を素手でつかみ取り、細枝のように易々とへし折る。 
「クタバレ!」
 左腕の下顎と右腕の上顎で槍兵の体を噛み潰し、臓腑を両手で咀嚼した後に解放した。続けて裏拳を返し、近くに居た刀兵の顔面を吹き飛ばす。さらに一歩踏み込んで奥の兵の腹を、二歩踏み込んで別の兵の両腕を、三歩踏み込んで両側に立っていた兵の胸を。
「消えろオラァ!」
 群がる兵を加速度的に葬り去りながら、冬摩は全身に返り血を浴びて哄笑を上げた。
 腹部に生じる熱い塊。見ると自分の腹から槍が生えていた。後ろから貫かれたのだろう。いくら強大な力を誇っているとは言え、やはり多対一。無闇に飛び込めば当然死角は出来る。
 だが――
「足んねぇよ……」
 口の中に広がる自分の血を味わいながら、冬摩は幽鬼のようにゆっくりと後ろを向いた。
「俺を殺すにはよ……」
 紅く染まった唇を不気味につり上げ――
「こんなモンじゃ足んねぇんだよ!」
 裂帛の獣吼と共に、自分を突き刺した兵の顔を掴み上げる。そして圧倒的な膂力を持って中空へと持ち上げ、近くにいた兵の頭上に叩き落とした。鎧を付けて重さを増したその体を顔で受け、何人かが首の骨を折られて絶命する。
「どうしたぁ! もっと来いオラァ!」
 殺戮への喜声を上げ、冬摩は腹に刺さった槍を乱暴に引き抜いた。生じた『痛み』を右腕に乗せ、体を回転させて後ろの兵の鼻先に肘を叩き込む。不自然に凹んでいく兵の顔を横目に見ながら、冬摩は大きく跳んで自分を囲んでいる大量の兵から体を逃した。
 そして包囲を抜けた場所に着地し、すぐに地面を蹴ってまた兵の塊へと身を躍らせる。
 四方八方から刀撃を受け、体に矢を突き立てられ、槍で手足を貫かれながらも冬摩の拳撃は衰えを見せなかった。それどころか傷を負えば負うほど、『痛み』から来る力が右腕だけではなく全身を活性化させているようにすら感じる。
 そして頭の中で確信が増大していく。
 間違いない。コレでいい。コレこそが自分のあるべき姿。コレこそが正しいと信じるべき事。余計な事など何も考えず、ただ戦いだけに没頭する。目の前にある殺劇だけに集中する。
 ソコでは迷いも不安も、戸惑いも躊躇いもない。
 コレでいい。コレで間違いないんだ。
「ふん……」
 鼻を小さく鳴らし、冬摩は累々と積み上げられた死体の山を見下ろす。
 百以上居た兵はこれで全員殺した。だが城内にはまだ残っているはずだ。これで全部ではない。何をしている。敵がココに居るというのに、他の兵は何を呑気に構えているのだ。
「あぁ?」
 辺りを見回す。そしてその異様な光景に冬摩は眉を顰めた。
 いつの間にか自分と同じ鎧を着た兵の大群が城中に散乱している。ざっと見ただけでも五百は居るか。
 どういう事だ。あれだけ沢山の兵が居れば、ココに来る前に気付いてもおかしくない。この鎧を付けていたのは間違いなく三人だけだったはずだ。自分と神楽と……。
「牙燕……そうか」
 『分身』か。『紅蓮』の『分身』で多く見せているのか。
 くだらない。実につまらない事をする。おかげで織田の兵の殆どは、牙燕の方に行ってしまっている。あんな小物より遙かに強い敵がここに居るというのに。
「おぃおぃ冬摩さんよぉ! あんま無茶すんじゃねぇよ! 一人で突っ走ったら危ねーだろーがよ!」
 その『分身』の一人が横に立ち、荒っぽい語調で苦言を呈した。
「俺に指図すんなって言っただろうが」
 低い声で言い、冬摩は牙燕の頭に手を伸ばす。しかし指先が顔に触れた途端、牙燕の姿は空気に熔け込むようにして消えてしまった。
(『幻影』か……)
 鬱陶しそうに舌打ちして、冬摩は内堀の方に顔を向ける。
「おぃ! 『鬼蜘蛛』戻してちったぁ休んでろよ! 死んじまうぞ!」
 また別の『分身』だか『幻影』だかの声を背中で聞きながら、冬摩は地面を蹴った。内堀を飛び越え、高くそびえ立つ城を見上げる。
 死ぬ? 馬鹿な事を言うな。誰向かって物を言っているつもりだ。こんなモノ所詮かすり傷でしかない。人の心配をする暇があるなら自分の――
「ぅひゃう!」
 邪魔な鎧を剥ぎ取るようにして脱ぎ捨てた冬摩の耳に、高い女の声が届いた。
 女。この戦場に居る女は一人だけだ。そう――
「神楽……」
 無意識に冬摩は声のした方に顔を向けていた。
 見ると、数で押され始めた牙燕の『分身』群の中で、小柄な鎧が一つフラフラと彷徨うように後ろへと駆け出している。手から『真空刃』を打ち出して応戦してはいるが、全くと言って良いほど敵には当たらない。それどこか牙燕の『幻影』を次々と消し飛ばしている。
 牙燕の『分身』は数を増せば増すほど個々の力は弱くなる。あの馬鹿の力は今、人間と同等かそれ以下になっているのかも知れない。
「ち……」
 小さく舌打ちして、冬摩は彼女から視線を逸らした。
 関係ない。アレは未琴ではない。同じ顔と同じ声をしているというだけで全くの別人だ。アイツが死のうとどうなろうと自分には関係ない。魎の采配が悪かっただけの事だ。
 もう迷わないと決めた。決めたんだ。自分が正しいと信じた事をやると。龍閃を追いつめ、殺す事だけに専念すると。
「砲兵、打て!」
 冬摩の思考を中断するかのように、織田の兵の大声が響く。直後、全身を鋭い痛みが襲った。反射的に顔を庇った腕を貫き、鉛の弾が喉元に突き刺さる。
 見上げると城の壁に開けられた小さな砲座口から、何十本もの鉄の筒が飛び出していた。筒は一度引っ込んだかと思うと、またすぐに飛び出して鉛弾が段幕のように注がれる。物見やぐらから受けた弾数とは桁が違う。
 確か鉄砲は連発できないのが欠点のはずなのに、弾は休む事なく次々と飛んでる。何故だ。
「うざっ……」
 冬摩は顔を庇った腕の下から鉄の筒が出ている場所を睨み付け、『鬼蜘蛛』を体に戻した。
「ってぇんだよ!」
 そして右腕を大きく振るい、弧月状に展開した力の塊を城壁に向かって打ち出す。
 耳をつんざく爆音。大気の悲鳴にすら聞こえる破砕音。そして怒号と叫声。
 城の一角は無惨に崩れ落ち、何列にもなって鉄砲を構えていた兵の姿を晒した。
 鉄砲を打つ者、打ち終えた鉄砲を後ろに回す者、弾を込める者、込め終えた鉄砲を撃ち手に渡す者。
 全員が完璧な連携を取る事で、間断のない射出を可能にしていたのだ。
(あのガキ共……)
 織田の戦術に冬摩は顔をしかめる。
 連携。それは魎が最も重視する物。そして、今の自分には全く必要のない物。
 一人でいい。強い力を持っていさえすれば一人で十分だ。
「この屑野郎共が!」
 吼えて冬摩は城の方へと跳んだ。しかし飛距離が足りず、砲兵の居る一階部分ではなく、城の礎となっている石垣へと落下する。
 さすがに血を流しすぎた。さっきの砲撃はかなりきいた。足が思うように動かなくなりつつある。
「けっ!」
 しかし冬摩は自分を鼓舞するかのように大きく目を見開くと、もう一度跳躍しようと脚をたわめる。
「ぁひあ!」
 そこにまた神楽の絶叫が届いた。
 一瞬の隙。跳ぼうとした冬摩の頭上に、鉛弾の豪雨が浴びせられる。
 堪らずいったん身を引き、冬摩は後ろに跳んで距離を取った。そして内堀の中へと飛び込み、水の中へと身を隠す。
 深く潜って対岸まで泳ぎ切り、掘底を強く蹴って一気に地上へと飛び出した。
 視界に映ったのは牙燕の『分身』に守られながら、無様に逃げまどう神楽の姿。
「打てぇ!」
 織田の兵の声と共に、鉛弾が神楽の居る辺りに注がれる。
 頭を抱えてうずくまる神楽。ソレを庇う牙燕。しかし、大量の弾は牙燕の『分身』の一つを貫通し――
「何やってんだお前」
 冬摩の左腕へと埋め込まれた。
「へ……?」
 間の抜けた声を出して顔を上げる神楽。
 驚愕と戸惑いの表情。決して未琴が見せた事のない。
「とっとと立てよ。引くぞ」
 やはり違う。この女は未琴ではない。全くの別人だ。
 ソレは分かってる。なのに、何故だ。どうして体が勝手に動く。どうしてこの女を守ろうとする。
「牙燕! 逃げるぞ!」
 どうしてそんな事をする必要がある? 自分はまだ戦える。指が一本でも動くうちは戦い続けられる。なのに何故だ。
「こ、荒神さんすいません! 有り難うございます!」
 この女か。
「ンな事言ってる暇あったらとっとと走れよ!」
 この女が戦えないからか。
「わ、分かりました!」
 この女が戦えないから、自分は今無様に敵に背を向けているのか。 
 何故。どうして。何のために。
「逃がすな! 一人だけ捕らえてあとは皆殺しにしろ!」
 どこからか聞こえた指揮官の声に、中堀の外を囲うようにして兵が自分達を包囲する。
「邪魔なんだよ!」
 神楽の方に飛んできた矢を左腕で叩き落とし、冬摩は中堀に掛けられた橋を渡った。
 自分は何をしている。橋など使ったら連中の思うつぼだ。よく見てみろ。橋の向こうの兵が一番分厚い。手早く逃げるなら、攻めてきた時と同じように跳んで渡ればいい。
「きゃぅあ!」
 この女か。
 この女の退路を確保するためか。
「どけオラァ! ブッ殺すぞ!」
 神楽の前に立ち、彼女を矢から庇うようにして走りながら、冬摩は力の塊を前に打ち出した。爆ぜ散り、血肉へと化していく何人かの兵を後目に、冬摩は橋を渡りきったところで足を止める。
「使役神鬼『鬼蜘蛛』召来!」
 そして『鬼蜘蛛』を喚び出して後ろを向いた。
「神楽! 来い!」
 冬摩は叫びながら両腕を広げる。
「ぇう、は、はい……!」
 一瞬、何を言われたのか分からないような顔をした後、神楽は冬摩の腕の中に身を投げ出した。
「しっかり掴まってろ! 飛ぶぞ!」
 神楽を抱きかかえ、冬摩は『鬼蜘蛛』の背中に足を掛ける。同時に『鬼蜘蛛』は深く身を沈ませ、冬摩の跳躍に合わせて体を大きく持ち上げた。
 自分の脚の力に『鬼蜘蛛』からの反動が加わり、高く飛び上がった冬摩は織田の兵の包囲を越え、外堀に掛けられた橋に降り立つ。
 そして冬摩は神楽を抱いたまま、山の方へと疾駆した。

 尾張を抜け、美濃――現在の岐阜県――の山奥まで来たところで、冬摩は走るのを止めた。肩で荒く息をしながら、適当な草むらに神楽を下ろして自分も隣りに座る。
「あ、あの……どうも有り難うございました」
 正座し、地面に頭を付けて礼を言う神楽に、冬摩は不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そして髪を縛っていた龍の髭を解き、神楽の方に投げて渡す。
「あの……?」
 目の前に落ちてきた龍の髭を拾い上げ、神楽はよく分からないといった様子で首を傾げた。
「腕、縛っとけよ。血ぃ出てんぞ」
 目を合わせないまま冬摩はぶっきらぼうに言う。
「え? あ、ホントだ……」
 鎧の合わせ目から滲んでいた血を見て、神楽が意外そうに声を上げた。恐らく逃げる事に夢中で気付かなかったのだろう。
 神楽は鎧を外すと内着の布を寄せて傷口をふさぎ、冬摩から受けとった龍の髭で止血した。
「でも……荒神さんの傷……ってゆーか、致命傷っていうか……。なんだかもの凄いんですけど、大丈夫なんですか……? 私のかすり傷なんかよりよっぽど大変な気が……」
「俺のもかすり傷だよ」
 今、自分が負っている主な傷は槍で貫かれた腹と、刀で斬りかかられて骨の露出した左腕と、十本くらいの矢が刺さった背中と、鉄砲で体中に開けられた無数の穴くらいだ。
 あと少し出血多量気味なのと、目眩と吐き気がするほどの激痛があるが大した事はない。
 魔人の生命力と『鬼蜘蛛』の回復力があれば一日で完治する。
「はー……やっぱり魔人さんって凄いんですねー。そんなになったら普通死んじゃいますよね……」
「お前ら人間共と一緒にするな」
 乱暴に後ろ頭を掻きながら、冬摩は吐き捨てるように言った。
「でも、本当に強いんですね、荒神さんって。たった一人で突っ込んであんなに沢山やっちゃうなんて。紅月の日とかだったらもっと調子いいんですか?」
 ――違和感。
 神楽の口から平然と飛び出した言葉に、冬摩は内臓に手を這わされたような異物感を感じる。
「お前、俺が戦ってるとこ見たか……?」
「え?」
 神楽の方を横目に見ながら、冬摩は掠れた声で聞いた。
「俺が殺してるとこ見たか……?」
「はぁ……そりゃ勿論」
「どう、思った」
 絞り出すような声で言って、冬摩は神楽の方に顔を向ける。
「えと……凄く強いって言うか、頼もしいって言うか、頑張れーって言うか……」
 何を聞かれているのかよく把握できない様子で、神楽はコチラの様子を窺いながら言葉を選んだ。
「そうか……」
 短く返して冬摩はまた顔を逸らす。
 神楽は正しい。この戦乱の世、一人でも多くの敵を殺せる力を持った者が求められる。逆にソレが出来なければ自分の命が危険に晒される。
 だから神楽の言う事に間違いはない。そして自分がやった事にも間違いはない。正しい事をしたのだと言い切れる。
 なのに、何故――
 何故、自分はこんなにも苛立っている?

『冬摩。命とはそんなに軽い物ではないぞ』

 神楽は未琴とは違う。だから違う事を言うのは当たり前だ。未琴なら絶対に口にしなかったような事を喋るのも当然の事だ。
 なのに何故――
「あの……私なんか変な事、言いました?」
「別に……」
 遠慮がちに言ってくる神楽に、冬摩は小声で返した。
「すいません……。私が荒神さんみたいに強くないから怒ってるんですよね。ホント、足手まといにしかならないで……」
「誰もンな事言ってねーだろ。元はと言えばお前を行かせた魎が悪いんだろーがよ」
「でもそれは水鏡さんが別のお考え……」
 そこまで言って神楽は、何故か慌てた様子で口を塞いだ。
「魎の別の考え? 何だそりゃ?」
「ああいや別に! な、何でもないです! と、とにかく今日はどうも有り難うございました! 荒神さんの戦い方を見て勉強して、私も一日でも早くお役に立てるように頑張ります!」
 自分の戦い方? では魎はそのために神楽を一緒に行かせたのか?
(くだらねぇ……)
 その下らない知恵のおかげで、また変な事を考えてしまった。
(有り難うございます、ね……)
 あぐらをかいた膝に頬杖を付き、冬摩は半眼になって溜息をつく。
 
『冬摩! 有り難う!』

 ソレは未琴の礼とは全く異質な物。
 今は人を多く殺した者が褒められる時代だ。より沢山の死体を積み上げた者が。
 だから少なくとも今の行動は正しい。誰にも咎められる事はない。そして咎める者も居ない。
 今のままで良いはずだ。乱世の時代が終わったとしても、龍閃を殺すまではずっと。
 綺麗事などを言っている時ではない。もっと強くならなければならない。そして身に付けなければならない。
 一人になっても戦い続けられる力を。一人で戦い抜ける圧倒的な力を。
 その力があれば、未琴は死なずにすんだ。大切な者を奪われずにすんだ。
 もっとだ。まだ足りない。もっと強くなるにはどうすればいい。

『だがまだだ。お前はもっと強くなる』

 神楽真尋の見ている前で龍閃の召鬼を激情に任せて殺した後、朝方に都に戻った時に魎が言っていた。

『非情になれ、冬摩』

 ソレがより強くなるために必要な事。一切の迷いを断ち切り、躊躇い無く敵を葬り去るために。今の自分は、まだ非情に徹し切れていない。誰かを殺す事に対して罪悪感を感じている。殺してしまった後で、本当に良かったのかと確認する自分が居る。
 それでは駄目だ。
 気にいらない物をブッ壊し、気にいらない奴をブッ殺すためには。
「あ、もう行くんですか? 荒神さん」
 何も言わずに腰を上げた冬摩を見て、神楽も慌てて立ち上がる。
「神楽、お前は戻ってろ」
 それだけ言い残すと冬摩は今来た道を引き返して行った。
 もう一度、織田の軍と戦うために。何も考えずに人を殺すために。非情になりきるために。

 次に意識を取り戻した時、冬摩の視界に映ったのは太い梁の渡された天井だった。
「あーあー、起きたー起きたー。スッゲー魔人。魔人スッゲー」
 すぐ隣で甲高い子供の声がする。特徴的な喋りで、声の主が誰だかはすぐに分かった。
「……おいチビ。何がどうなった」
「えーっとねー。スッゲー筋肉がキミ担いで運んできてくれたんだーよー」
 冬摩は体を起こして周りを見回す。
 六畳ほどの落ち着いた部屋の真ん中に布団が敷かれ、自分はソコで横になっていた。白い壁と五芒星の描かれた襖で部屋は仕切られている。
 この部屋に見覚えはないが、襖の模様からして間違いない。
 ココは土御門城のどこかだ。
「ボロボロのグチャグチャになるまでスッゲー戦ってたキミを、スッゲー筋肉がさらって来たんだってーさー」
 『月詠』の膝の上でくつろぎながら、儀紅は要領を得ない喋りで説明する。
(牙燕のヤロウか……)
 微かに覚えている。
 清洲城の天守まで攻め込み、信長と対峙したところで限界が来た。体が全く言う事を聞かなくなった。だが、逃げようなどとは思わなかった。
 強くなるためには限界を超えなければならない。こんな所で死ぬようでは龍閃には勝てない。
 自分にそう言い聞かせ、気持ちを奮い立たせた。
 殆ど意地になっていた。龍閃に一太刀も浴びせぬまま死んでしまっては絶対に後悔すると分かっていたのに、引く事を許さなかった。甘える事を認めなかった。
 自分を含めた、あらゆる物に対して非情になるために。
 だが自分の意思とは関係なく、体は床に倒れ込んだ。そしてソコから先の記憶はない。
「ちゃんと後でスッゲーお礼言っといた方が良いんじゃないーのー? スッゲー筋肉もスッゲーヤバかったしーさー。アイツは多分、まだ寝てるーよー。キミより回復遅いーねー」
「けっ……別に頼んでねーよ」
 ふてくされたように言って、冬摩は儀紅から目を逸らす。
「でもスッゲーねー。まさか織田の軍勢あそこまでスッゲーボコボコするなんて思わなかったーよー。まーおかげで、織田が武田にスッゲー攻められなくなっちゃったんだけーどー」
「何だよ、ソレ」
「キミが暴れたのは水鏡っちの作戦の一部だって事ーさー」
 聞き返す冬摩に、儀紅は得意げな顔で言った。
 作戦の一部? 織田を攻め落とす事が全てではなかったのか?
「本当ーはー、ヤラれてキレた織田が武田にスッゲー仕返しして、ソレに混じって信玄のオヤジの記憶をナントカしよーって筋書きだったんだーよー」
「……俺は聞いてねぇぞ」
「言ってないからーねー」
 不機嫌そうに言う冬摩に、儀紅は悪びれた様子もなく明るい声で返す。
「そっちの方が余計な事スッゲー考えずに戦えるからって事なんだろーねー。でもスッゲー腹立たなーいー?」
 まるでコチラを挑発するかのような口調で儀紅は言ってくる。
 魎が隠し事をするのはいつもの事だ。何も今回が初めてというわけではない。気が付いたら魎の手中で踊らされている。そんな事はこの四百年、何度も経験してきた。
「……別に」
「じゃー、そんなスッゲーお人好しなキミにスッゲー忠告ーだー」
 儀紅は『月詠』の膝からおり、真剣な表情になって冬摩に顔を寄せる。そして口の端を不敵につり上げた。もう七歳児としての子供じみた雰囲気は微塵もない。
 先祖返りで魔人の血を宿し、絶大な力を秘めた真田家初代当主としての顔付きになっていた。
「水鏡魎には気を許さない方が良い」
 儀紅は玲瓏な輝きを双眸に宿して続ける。
「多分、アイツは裏で龍閃と繋がってる」





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