アシェリー様のお通りだ!

BACK | NEXT | INDEX

第四章

 高速鳥ムーアのおかげで、その日の夜には地龍のいる街にたどり着くことが出来た。ムーアには帰省本能が備わっているらしく、ゼドに言われたとおり腹の下を三回軽く叩いてやると、来た道を引き返していった。
「でも大丈夫か? そろそろ戦争が始まるってもっぱらの噂だぜ」
 鉱物資源が豊富に取れることで有名なこの街は、至る所で採掘作業が行われている。そんな埃っぽい街で一晩明かした次の日の早朝。
 地龍のいる龍房にレンタルを申し込みに行ったアシェリーが、龍主から最初に聞いた言葉がソレだった。
 高さ十メールはある龍房の中には、地龍が首を床に寝かせて休んでいる。
 その巨躯と琥珀色の分厚い鱗に覆われた獰猛そうな外見とは裏腹に、穏やかな気性と人語を解す聡明さから人間と上手く共存している種族だ。
 腹の中に人間を入れ、鋭い牙で地下の土を食らって進む。人間の足となる代わりに、甚大な食欲を満たすだけの餌を貰っている。それが地龍と人間との間に交わされた一種の契約だった。
「戦争? ゼイレスグがかい? どこと」
「まぁ、戦争って言うよりは内戦かな。ほら、またアッドノートの連中が騒ぎ始めたらしくてよ。今度は残党狩りみたいなその場しのぎじゃなくて、本格的にやるつもりらしいぜ」
 日頃の重労働で鍛え上げられた太い腕を軽く上げておどけて見せながら、龍主は龍房に背中を預ける。立方体の枠組みに、魔導素材の棒を数本横に通しただけの龍房の中から、地龍のあくびらしき怪音が響いた。
「そうかい。なら行く理由が一つ増えただけだね。アリガトさん、教えてくれて。それじゃこの子をレンタル出来るかい?」
「あんた若いのに勇気あるねー。内戦でも止めるつもりかい?」
 がっはっは、と豪快に笑いながら、龍主は冗談めかす。アシェリーにしてみれば、まんざら冗談などではないのだが。
「さ、お客さんだぜ。朝一で悪いけど働いてくれるか」
 龍房を開け、中にいた地龍の鼻先を撫でてやりながら、龍主はしゃがれた声を掛けた。
 地龍はまだ眠いのか動きが鈍い。それでも口を大きく開けて餌をねだった。
 龍主は自分の身長と同じくらいはある巨大なシャベルを取り出すと、龍房の外に積んであった鉱物を地龍の口の中に放り込んでいく。ある程度入れられたところで地龍は口を閉じ、ガリゴリと破砕して嚥下した。
 そんな地龍の『食事』を五回ほど繰り返した後、ようやく重い腰が上がった。
 四本の足でしっかりと地面を捕らえ、長い首を高く上げて金色の双眸でコチラを見下ろしてくる。それだけで人間には決して出すことの出来ない、威厳と風格が滲み出ていた。
「準備できたぜ。お代は五万バルス……と言いたいところだが、アンタの勇気に免じて四万バルスにまけといてやるよ」
「それでも四万かい。相変わらず高いねぇ」
 石渡り船のチケットが六千バルスであったことを考えると、やはり地龍のレンタル料は高い。勿論、その金額に見合うだけの価値はあるのだが。
「旅中の絶対の安全保障。素早い移動。お客様の要望に合わせて世界中のどこへでも。これだけのサービスが揃ってりゃ妥当なところだろーよ。ま、ちょっと乗り心地と見晴らしは悪いけどな」
 地龍の腹の中は強固なシェルターのような物だ。例え城一つ吹き飛ばす魔導兵器を持ってきても、地龍の鱗には傷一つ付けられない。そして道を選ぶことなく、目的地まで地下を通って最短距離で進む。
 これだけの条件が揃えば生物兵器としては申し分ないが、地龍自体が争いを嫌うため、未だにその方面での研究は成功した事例がない。
「わかったよ。ほら」
「はいよ、確かに四万バルス。毎度ありー」
 アシェリーの渡した紙幣を数え終え、龍主は手揉みしながら腰を低くして地龍の前足を二、三度ノックした。それに応えて地龍は長い首を垂らし、餌を貰う時のように口を大きく開ける。
「毎回思うんだけどよ。コイツホントは俺達食うつもりじゃねーだろーな」
 肩の上でガルシアが怯えた声を上げた。
「ホントに肝の小さい子だねぇ。ちったぁエフィナを見習ったらどうなんだい」
 地龍の胃袋は三つある。
 一つは鉱物を消化するため。もう一つは土を消化するため。最後の一つは食事中に誤って呑み込んでしまった、生きた物を一時的に保存しておくためだ。そこには消化液の分泌はない。
 アシェリー達は最後の胃袋に呑み込まれ、目的地に着いたところで吐き出される。
「くっそー、あの嬢ちゃん恐い物とかねーのかよ。体に似合わず図太い神経しやがって」
 怯えるどころか、むしろ喜々として地龍の口の中に入っていくエフィナを恨めしそうに見ながら、ガルシアは嘆息したのだった。


 地龍の胃袋の中は思ったより快適だった。
 柔らかい産毛の生えそろったその場所は、絨毯の上にいるようだったし、所々に開いた穴からは、冷たい風と淡い光が差し込んでくる。
 どういう仕組みになっているのかは知らないが、一時的に保管される物のことを考えて作られた場所のようだった。
「これなら丸一日もあればゼイレスグに着くね」
 途中、石渡り船が壊れたり、アッドノートの獣人に捕まったり、予定外のドレイニング・ポイントを閉じたりと、色々回り道をしてきたが、日程的には殆ど当初の予定通りだ。
 胃袋の中で大の字になって寝そべりながら、アシェリーは大きく息を吐いた。
「アシェリー、分かってんだろーな。ゼイレスグのドレイニング・ポイントを閉じるのはちょっと間ぁ開けろよ」
 アシェリーの腹の上でくつろいでいるガルシアが、真剣な顔つきで提言する。
 本来ならばゼイレスグのドレイニング・ポイントに喰わせるはずだったエネルギー。ソレをすでに使ってしまった。このまま殆ど間を空けることなく次のドレイニング・ポイントに接触するのは、命を投げ出す行為に他ならない。
「そうするつもりではいるけど……着いてみないと分からないねぇ」
 そんなことはアシェリーにもよく分かっている。だがもしゼイレスグの喰われ方が深刻なモノであれば、自分がどんな行動に出るのかもよく分かっている。
「お前、ホントバカだろ」
「ああそうだよ。二十六年間連れ添った体なんだ。そんなことアタシが一番良く知ってるよ」
 頭より先に体が動く。後先は深く考えない。細かいことなんて気にしない。今がよければソレでよし。困ってる奴は放っておけない。弱い者イジメは許せない。
 自分を表す言葉くらい、いくらでも浮かんでくる。
「確かにアタシはバカだけどね。そんな自分が好きなのさ」
 言いながら照れ笑いを浮かべる。
 割に合わないことをしているのは十分理解している。だが論理的に考えて無理だと分かったとしても、実際やってみないと分からない。今までだってずっとそうして来た。ソレが出来なくなれば、自分は自分でなくなる。
 自分らしさを失わないこと。ソレが今のアシェリーの誇りだ。
「ケーッ! 自画自賛かよ! どこまでもめでたい奴だぜ。パルアに殺されそうになったのが昨日の今日だってのに、よく言えるな、そんなこと」
 パルアには睡眠薬をかがせ、さっきの街の宿でぐっすり眠って貰っている。彼女がゼイレスグの王家騎士団であることを考えると、目的地は同じだろうが少しは時間稼ぎが出来るはずだ。
「大丈夫だよ。あれはパルアに近づくための演技さ。ああでもしないと洋館から出られそうになかったからねぇ」
「ホントかよ。お前なら『これであの子の気が晴れるんなら』とか言って大人しく殺されかねねーからよ」
「おやま。心配してくれたのかい? アンタも可愛いとこあるじゃないか」
 腹の上にいるガルシアに顔だけ向けて、頭を撫でてやる。
「バ……! そんなんじゃねーよ! お前に死なれると俺の責任問題になるんだよ! 何度も言わせるな!」
「照れちゃって、まー。でも大丈夫さ。どうやらアタシには神様が味方してくれてるみたいだからね」
「神様? 何だよ、ソレ」
「アタシがピンチになるとね。どーも普段以上の力を発揮できるみたいなのさー。便利だろー?」
 古代魚と戦った時と、洋館でパルアがナイフを向けてきた時。
 まるで自分が全能になったかのような感覚。異様に研ぎ澄まされた神経。そうなったキッカケはどちらもアシェリーが危機に瀕した時だ。そう言えば思い出してみると、以前にも似たようなことが何度かあったかもしれない。感覚の研ぎ澄まされ方は比べ物にならないが。
「やっぱり日頃の行いが良いせいかねー」
「ったく、相変わらず脳天気な奴だな。そんな不安定な力に頼るようになっちゃお終いだぜ」
「ま、世の中なるようになるってことさねー」
 明るく言ってカラカラと陽気に笑う。
 アシェリー自身、出来ればこの得体の知れない力を使いこなせればと思う。同時に自分が何者なのかと不安になることもある。
 それはコレまで何度も繰り返し考えてきたこと。自分だけに備わった特殊な力。その正体が何なのか。だが答えが出ることはない。
(ま、他の連中だってディヴァイドが何なのか分からずに使って生活してるんだ。結局、便利なモノが便利な内は深く考えなくても良いってことだね)
 突発的に本来以上の力を発揮できる能力。それはディヴァイドを使えない自分に与えられた才能なのかもしれない。
 だが生きるための才能だとすれば気になる部分もある。
 古代魚に喰われかけ、リュアルの放った魔弾に追い込まれた時はまさに絶体絶命だった。その状況を脱するために、いつも以上の力が発揮できた。ソレは分かる。まだ辛うじて理解できる。
 だがパルアの時はそれ程深刻ではなかった。エネルギーを喰われた直後とはいえ、少なくともアシェリーにとってみれば、逆上したパルアのナイフをかわすことなど造作もないことだった。勿論、妙な力のおかげで随分と楽になったのは確かなのだが。
「パルア……か」
 自分の気持ち以外に、何か外的要因が関係しているのかもしれない。
 古代魚はいつもと気性が違っていたとはいえ普通の生物だ。一方、パルアは特別なディヴァイド。この辺りの違いが絡んでいる可能性もある。
「なんだよ。まーだアイツのこと気にしてんのかよ」
 何気なく呟いた言葉にガルシアが反応し、不機嫌そうな視線を向けてくる。
「別に大したことじゃないよ。わざわざ眠ってる幽霊呼び起こすなんてまどろっこしいやり方してないで、あの子も自分のディヴァイド使えばいいのにって思ってただけさ」
 これ以上深く考えてもしょうがない。それにあまり考えたくもない。
 ガルシアは聞いても答えてくれないだろうし、機嫌が悪い今ならなおさらだ。こう言う時は変に話をこじらせて不機嫌を加速させるよりも、適当に話を濁して終わらせてしまうに限る。いつまでもヘソを曲げた黒猫にまとわりつかれていると、コッチまで気が滅入ってくるというものだ。
「……ま、アイツにもアイツなりの事情があるんだろ」
 どうやらその作戦は成功したようだ。ガルシアの方から、もう話は終わりだと言わんばかりに丸くなって目を瞑ってしまう。
(やれやれ。この子も多感な時期なのかねぇ)
 今は少しでも休養して、喰われたエネルギーを取り戻すのが先だ。
 隣で胃袋の産毛の数えているエフィナに微笑ましそうな視線を送り、アシェリーは静かに瞳を閉じた。


 ゼイレスグ――それは世界の中心国。国と同じ名前を持つ首都ゼイレスグは、最も肥沃かつ平野部の多い領土を占める最大規模の軍事国家だ。
 王家騎士団と呼ばれる厳しい選考を突破した軍人達を集め、彼らは役割に応じて『満月』『双月』『深月』『天月』『閻月』の五つに大別されている。
 アシェリーはかつて、隠密行動や諜報活動、そして戦いの事後処理を担当する『深月』に所属していた。
「まさかこんな形で古巣に戻ってくるとはねぇ……」
 活気に満ちあふれた商業区。レンガの敷き詰められた洒落た大通りを挟んで、種々様々な店が並んでいる。かつてアシェリーがいた頃とは数も種類も比べ物にならない。それだけゼイレスグが、あらゆる物の交流の中心になっているということなのだろう。
 武器屋、薬草専門店、果物屋、占いの館、マッサージ店、魔具店。踊り子小屋なんていうのもある。程度の差こそあれ、どの店も客足が途絶えることはなく、皆平和な日常を楽しんでいるように見えた。
 それら露店が一望できる宿屋の二階。そこでアシェリーは頭を悩ませていた。
「アレが……ドレイニング・ポイント……」
 窓際に置かれた白いソファーベッドに腰掛け、アシェリーは天を仰いだ。燦々と照り輝く紅い太陽。その隣には青白い光を放つ恒星。コチラは夜も昼も殆ど位置を変えない。四六時中、仄明るい燐光を放ち続けていた。
 そして丁度それら二つに挟まれるようにして、螺旋に歪んだ空気の塊が見える。
「あんな高い場所。どーやって行けってのさ……」
 ゼイレスグで感じたドレイニング・ポイント。それは遙か上空にあった。コレまでのように手を伸ばせば届く距離にはない。
「ま、ちょーどいいじゃねーか。しばらくはココに腰落ち着けて、ゆっくり考えるんだな」
 悲嘆にくれるアシェリーとは滑稽なほど対照的に、ガルシアは上機嫌な顔をして窓辺で日向ぼっこをしている。出窓に置いたクッションに身を沈ませ、頭の後ろで組んだ両手を枕代わりにくつろいでいた。
 何度見ても猫にあるまじき格好だ。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろ。アンタも何か知恵出しなよ」
「お前の体が元に戻ったら一緒に考えてやるよ」
 ガルシアがなぜ機嫌がいいのかは分かる。ドレイニング・ポイントを閉じようにも、ソコに行けないのではどうしようもない。アシェリーも無茶のしようがない。ならば空っぽになりかけたエネルギーを満たすには良い機会だ。そう考えているのだろう。
 確かにガルシアの考えはその通りだ。前回から殆ど間の空かない今の状態で、ドレイニング・ポイントを閉じようとすれば大事になる可能性が高い。
「アタシの体が戻ってからじゃ遅いんだよ。戻ったらすぐに行けるように今の内に何とかしないと」
 これまではずっとそうしてきた。一日でも早く星喰いの驚異から人々を救うために。だが今回はソレが出来ない。歯がゆい思いで胸がいっぱいになる。今のところ救いと言えば、星喰いの被害がそれ程大きくないことだけだ。
 これまでの街や村とは桁違いに多い人口のおかげで、一人当たりの被害が少なく済んでいるのだろう。喰われていると言っても、指が数本無くなっていたり、耳が半分になっている程度だった。
 それでも見ている分には、心が痛んで仕方ないのだが。
「落ち着けよ、アシェリー。喰われてる奴はそんなに多くないんだ。今は休息する時なんだよ。それが天のお告げだ」
「そんなこと言ってもねぇ」
 そんな気もしなくもないが、どこか納得がいかない。
「……あしぇりー」
 気が付けばエフィナがアシェリーのそばまで来て、心配そうな瞳で見上げていた。彼女が自分の意思を伝えようとしているのは珍しい。
「……分かったよ。はいはいアタシの負け。アンタらの言うことが正しいよ」
 さすがにエフィナにまでこんな顔を向けられたら折れるしかない。
(コレまで、ずっと旅しっぱなしだったモンねぇ……)
 ソファーベッドに深く腰掛け直し、アシェリーは過去の思い出に浸る。
 脳裏に浮かぶのは今までに閉じてきたドレイニング・ポイント。五年前ガルシアと出会い、その翌年にエフィナと出会って、それから今に至るまで殆ど休み無く全国を旅してきた。ドレイニング・ポイントを閉じるのはアシェリーの役目だが、疲労が溜まるのは何も自分だけではない。
 ずっと肩に乗っているガルシアはともかく、エフィナはこんな小さな体でよく付いてこられたと思う。
(アタシだけじゃなく、この子達のことも考えてちょっとくらい羽根伸ばしてもバチ当たらないかもね)
 ドレイニング・ポイントはコレで最後などではない。また沢山あるだろうし、これからも生まれ続ける。中長期的な計画を立てるのは苦手だったが、取りあえず今くらいは休んでも良いかもしれない。そう思えてきた。
「じゃあ、久しぶりのゼイレスグでも観光して回りますか」
「おっ、いいじゃねーか。美味い店でも探そーぜ」
 ガルシアが尻尾を振ってアシェリーの肩に飛び乗る。そしてエフィナがにっこりと可愛らしい笑みを浮かべたと思った直後、部屋の扉が乱暴に開けられた。
「アシェリー=シーザーだな! 貴様に戦争発起人の容疑が掛かっている! 一緒に来て貰おうか!」
 続いて怒声と共に雪崩れ込んで来たのは、全身鎧に身を包んだ兵士達。鎧の胸の辺りには大鷲を象った小さなプレートが貼り付けられている。
 大鷲はゼイレスグの国鳥。つまり、彼らは王家騎士団員だということだ。
「望むと望まざるに関わらず、厄介事は向こうからやって来てくれるモンなんだねぇ……」
 半眼になって数名の兵士達を睨み付けながら、アシェリーは自嘲気味に笑う。
 この国をすぐに出るつもりなら、ドンパチをやらかして逃げるのも手だ。しかし、まだここのドレイニング・ポイントを閉じていない以上しばらく居座らなければならない。今、問題を起こすのは得策ではなかった。
「分かったよ。全く身に覚えのない容疑だけど大人しくしてあげるから乱暴に扱うんじゃないよ」
 両手を上げ、素直に無抵抗となってアシェリー達は連行された。


 後ろに両手を縛り上げられ、アシェリー達が通されたのはゼイレスグ城の謁見の間だった。
 出入り口から玉座まで、真っ直ぐに伸びた紅い絨毯の上に座らされ、アシェリーは落ち着いた様子で辺りを見回す。
 床はすべて大理石製。ガイラ素材の魔導柱が六芒星の形に並んで高い天井を支え、縦横三メートル以上ある巨大な窓ガラスからは陽光が差し込んでいた。アシェリーのいる位置から少し前に進んだ場所は他よりも一段高くなっており、豪勢な造りの玉座が二つ置かれている。
(ここは相変わらずだねぇ)
 アシェリーが王家騎士団『深月』に配属され、ゼイレスグ王から訓辞を貰った場所もココだった。以前の面影を全く残さない城下の街並みと違い、この謁見の間はアシェリーがいた頃と全く変わっていなかった。
(あの時はココに来れたことを誇りに思ったモンだよ。支給された制服を着た時なんか最高に嬉しかったねぇ)
 だが今は状況が全く違う。
 全身鎧を身につけた屈強な兵士に両脇を固められ、アシェリー達は犯罪者としてこの場所に招かれたのだ。
「おい、くれぐれも暴れたりするんじゃねーぞ。冤罪なのは間違いない。何のつもりかは知らねーけど、アイツらはお前を逆上させて言葉尻捕まえる気だ」
「分かってるさ。暴れるんなら最初からそうしてるよ」
 一緒に連れてこられたガルシアに小声で答えた後、エフィナの方に視線を向ける。純白の長衣で覆われた小さな体を更に小さくして、身動き一つせずに座ったまま俯いていた。
(昔のこと思い出さなきゃ良いけど)
 エフィナはかつて魔女として吊し上げられ、沢山の非難の声を浴びている。この状況がその忌まわしい記憶を想起させないことを祈るばかりだった。
「アシェリー=シーザー。一度追放した者を、このような形で呼び戻すことになるとはな。世の中何があるか分からんものだ」
 後ろから聞こえた低い声に、アシェリーは首だけ動かして声の主を見た。
「ゼイレスグ王……」
 王族だけが身につけることを許される、雄々しい鷲が刺繍された漆黒のマントを翻らせ、ゼイレスグ王はアシェリーの隣を通り過ぎる。そして玉座に深く腰掛けた。
 座していながらも見る者を圧倒する威圧感と、筋肉質な体が醸し出す貫禄。たった一代でゼイレスグを最強軍事国家にまで育て上げた十四代目ゼイレスグ王は、支配者としての格を見事に体現していた。
「かつて『深月』に所属し、討伐中に仲間を裏切った者が今、戦争の火付け人としてワシの前に跪く。こんなことならあの時に斬り捨てておくべきだった」
「アタシは何も知らない。完全な言いがかりだよ。どっからのガセネタだい」
 言い終えたアシェリーの鼻先に、鋭い光を放つ剣が突きつけられる。
「貴様! 王に対してその口の利き方は何だ!」
「よい。良い死に土産になる」
 声を荒げる衛兵に、ゼイレスグ王は穏やかな口調で下がるように言った。
「ガセネタなどではない。今から二日程前、オビス島でお前がアッドノートの獣人と反逆を企てていたという目撃情報がある」
「だから誰なんだい! そんな下らないこと吹き込んだのは!」
 確かに二日前、オビス島でゼドたち獣人と飲み明かしたのは事実だ。しかし反逆など画策した覚えはない。事実をねじ曲げてゼイレスグ王に伝えた者がいる。こういう姑息な戦法がアシェリーは一番気にくわなかった。
「落ち着けよアシェリー。相手の思うツボだぞ」
 諭すようなガルシアの声で、アシェリーは辛うじて理性を取り戻す。
(まさかパルア……?)
 可能性としては一番高い。動機も十分だ。遠隔通信の魔導器を持っていれば、ゼイレスグにいなくても報告は可能だ。だが何か引っかかる。確信はないがパルアらしくない。いくら自分の手で直接アシェリーを殺すのが嫌だとしても、親の仇討ちを完全に他人任せにするだろうか。
「お前に掛けられた容疑はまだある」
 ゼイレスグ王はアシェリーの質問に答えることなく続けた。
「魔女の血を引く娘、エフィナ=クリスティアを擁護した罪。王家騎士団『深月』所属、パルア=ルーグの両親を惨殺した罪」
「――な」
 全身から血の気が引いて行くのが分かった。あまりの怒りに声が出ない。
 視界の隅で、エフィナが体を震わせているのが見えた。
 そしてパルアが犯人ではないことが確信に変わる。パルアはエフィナが以前にどんな処遇を受けていたか知らない。魔女だと罵られていたことを知っているのはエフィナがいた村の人間とガルシア、そしてアシェリーだけだ。
「そして最も重い罪は、この星を喰おうとしていることだ」
「――!」
 怒りを遙かに越える衝撃がアシェリーの脳天に走り抜けた。同時に、その場に居合わせた兵士達に、動揺の波が潮騒のように広がっていく。
(今……星を喰うって……)
 星喰い。そのことを知っているのは亜邪界から来たガルシアの話を聞いているアシェリーとエフィナだけだと思っていた。ガルシア自身がそう言っていた。
 だがゼイレスグ王は確かに言った。『星を喰う』と。こんな言葉は、星の代謝の仕組みを知らない者には到底思いつかない。
「聞け! 皆の者! 今、各地で大規模発生している原因不明の奇病は全てこのアシェリー=シーザーが星のエネルギーを喰らっているせいだ! そのしわ寄せによって我らの体は枯れ、朽ち果てようとしている! 今ここで諸悪の根元であるアシェリー=シーザーを殺せば、世界には平穏が訪れる!」
 大衆に演説をするような口調で、ゼイレスグ王は高々と叫んだ。
「違う! 逆だ! アタシはこの星を救おうと……!」
「バカ! 挑発に乗るな!」
 ガルシアが叫ぶが、全ては後の祭りだった。
「やはり、お前は星という大規模な物に対して何かしら干渉できる力を持っているんだな?」
 先程とはうって変わり、静かに確認するようなゼイレスグ王の声。
「ようやく信じていただけましたか? ゼイレスグ王」
 その言葉を待っていたかのように、玉座の後ろにある紅い帳の奥から一人の男が現れた。
 背中まで真っ直ぐ伸びた滝のような黒髪。鮮血を思わせる紅い双眸。彫りが深く、顔のパーツの一つ一つがハッキリと際だっている。
 体に張り付くような薄手のチェインメイルの上に纏った漆黒の長衣を翻らせ、長身痩躯の男は一歩前に出た。
「お前は……!」
 彼の顔には覚えがあった。いや、そんな生易しいモノではない。三年前、網膜に灼き付けて二度と忘れまいと誓った男の顔。
 ――自分を襲い、パルアの両親を殺した男だ。
「何でこんな所に!」
 立ち上がり、彼に跳びかかろうとしたアシェリーの体を両側から衛兵が押さえつけた。
「久しぶりだな、アシェリー=シーザー。戦争の噂を流せば必ずゼイレスグに来ると思っていたよ」
 男は勝ち誇ったような顔つきで冷笑を浮かべる。
「レグリッド、どうやら貴様の勝ちらしい。先程のコイツの反応、少なくとも何も知らないわけではなさそうだ」
 ゼイレスグ王は汚い物でも見るかのような侮蔑に満ちた視線をアシェリーに向けた。そして黒衣の男――レグリッド=ジャベリオンに向き直る。
「で、コイツを殺せば疫病は無くなるのだな?」
「その通りで御座います」
 レグリッドは胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
「違う! その男がパルアの親を殺したクズ野郎だ! 騙されるなゼイレスグ王!」
「やめとけよ、アシェリー。今更ンなこと言っても言い訳にしか聞こえねーよ」
 隣でガルシアが冷めた声を紡ぐ。
「まったく。さっきからうるさい女と猫だ」
 玉座の肘置きに付いた腕に頬を預け、ゼイレスグ王は無慈悲な視線を向けてくる。すでに心中は決着し、確固たる考えが定着したという顔つきだ。
「アタシを殺したところで何にも変わらないよ!」
「それならそれで別にかまわん。可能性の一つが消えただけのこと。また別の原因を探させるだけだ。このレグリッドにな」
 隣で忠臣の如く控えているレグリッドに、一瞬だけ視線を向ける。
「死刑は一週間後。街の大広場で行う。アシェリー=シーザーの死刑理由は奇病の蔓延。エフィナ=クリスティアの死刑理由は災いをもたらす魔女。ソコの黒猫は魔女の使い魔という位置付けで良かろう」
 ゼイレスグ王の言葉に、巨大な氷で体を圧迫されたような恐怖がアシェリーを襲った。
「エ、エフィナは関係ないだろ! アタシ一人殺せば済む話じゃないか! ガルシアも単なる飼い猫さ! 使い魔なんて大したモンじゃないよ!」
 声を振るわせ、アシェリーは必死になって弁明する。
 だがソレを嘲笑うかのように、ゼイレスグ王は鼻を小さく鳴らして続けた。
「本当に魔女なのか、使い魔なのかは今関係ない。貴様が奇病をまき散らせているかどうかも、この際どうでもよい。重要なのは、この病によって国が混乱しつつあるということ。そして、その原因を貴様が持っている可能性が高いと言うことだ。ようは生け贄よ。国民が現状を納得できるだけの理由を与えるためのな。貴様には戦争の仕掛け人としての容疑も掛かっている。元王家騎士団に所属し、価値観の違いから脱団した。動機は十分だ。貴様ほど今の混乱を沈める生け贄に打って付けの人物はおらんと思わんか? そこに魔女の死も加われば更に盤石という物。そうだろう?」
 ククク、と喉を鳴らして低く笑いながら、ゼイレスグ王は目を細めた。
 これだ。この考え方だ。大きな結果を得るためならば、小さな犠牲には何の呵責も示さない。アシェリーの最も嫌う考え。だから王家騎士団を辞めた。
「ふざけんじゃないよ! そんな下らない理由でこの子達を殺させるもんか!」
 膝に力を込め立ち上がろうとするが、上からの押さえつけをはねのけることができない。
(クソ! 力が……!)
 ドレイニング・ポイントを閉じてからまだ二日目だ。殆ど限界まで枯渇したエネルギーが戻るまでには、まだ時間が掛かる。
「ゼイレスグ王。お言葉ですが、今この場で処刑を実行するわけには参りませんか?」
 突然のレグリッドからの進言に、ゼイレスグ王は不愉快な顔つきになって彼を見返した。
「ワシの決定に何か不服でもあるのか」
「いえ……。ただこの女は星を喰うほどの力を持っております。時間を与えれば何をするか分かりません」
「貴様、先程のワシの話を聞いてなかったのか? 人を集め、公開死刑にしなければ意味がない。こんな貴重な生け贄を無駄にするな。それより、この女を殺しても奇病が止まらなかった時のことを考えておけ。責任が取れぬ場合、貴様が次の生け贄候補だということも忘れるな」
 冷徹な口調で言い捨て、ゼイレスグ王は玉座から腰を上げる。
「聞け! この者達の公開死刑は一週間後の正午! ソレまでにこのことをできるだけ広めておけ! 以上だ!」
 大きく腕を振りかざし、相手を威圧するように言い放った後、ゼイレスグ王は紅い絨毯を通ってアシェリーの隣を通り過ぎた。鋭い眼光で睨み付けるアシェリーに一瞥くれ、堂々とした足取りで謁見の間を後にする。
「ふん……運がよかったな。アシェリー=シーザー」
「汚いよアンタ! アタシを殺したいんなら男らしく真っ正面から来たらどうだい! 裏でコソコソ根回ししてんじゃないよ!」
 鬼気迫るアシェリーの剣幕を涼やかな顔で受け流し、レグリッドはゆっくりとアシェリーの元に歩み寄る。そして彼の前に、アシェリーを守る形で衛兵が立ちふさがった。
「レグリッド様。変な気は起こされぬ方が身のためかと」
「……分かっている。ならばせめて牢に繋ぐ時にこの鎖を使え。この女の力を奪い取る物だ」
「し、しかし」
「ゼイレスグ王に許可を取ってからでもかまわん。その鎖に関しては王も知っているはずだ」
「わ、分かりました」
 不承不承と言った様子で衛兵はレグリッドから碧の燐光を放つ鎖を受け取った。
「レグ、リッド! アンタの名前、忘れないよ!」
 床に押さえつけられた体勢から顔だけを上げて、アシェリーは憎悪に満ちた視線を叩き付ける。
 しかしレグリッドは無表情のまま踵を返すと、謁見の間を去って行った。


 僅かな光の恩恵すら受けられない暗い地下牢。そこは最硬度を誇るガイラ素材のみで作られている。空気の流れる隙間も殆どなく、重く淀んだ湿気が粘着質に体にまとわりついた。
 この個室と外界を繋ぐのは、出入り口に備え付けられた申し訳程度の覗き穴のみ。体の小さなガルシアがようやく通れるかどうかといった大きさしかない。それ以外は漆黒の楼閣と化している。
「アシェリー。生きてるかー?」
 闇の中、すぐ側にいるだろうガルシアが軽い調子で声を掛けてきた。
 この地下牢に閉じこめられて三日。食べる物は愚か、水分すらろくに取っていない。しかもレグリッドが衛兵に渡した鎖のせいで、エネルギーは回復するどころか徐々に吸い取られていく。
「……アタシは大丈夫さ。それよりエフィナの方が心配だよ」
 自分と同じく、鎖で壁に繋がれているエフィナの方に顔を向ける。暗すぎて姿は確認できないが、気配だけは感じ取れた。
「エフィナ。辛いかい?」
「……ぅぅん」
 力無い声が返ってくる。強がっているのは明かだ。
「いい子だ。諦めるんじゃないよ。アタシが絶対に何とかしてあげるからね」
「……ん」
 何か考えがあるわけではない。しかし必ず打開する。これまでもそうして来たように。
(こんなトコでくたばってたまるか。アタシには、まだやらなきゃならないことがあるんだ)
 ドレイニング・ポイントを閉じること。そしてパルアの両親の仇、レグリッドを倒すこと。
(いや、殺す。チャンスがあれば……確実に、殺す)
 殺す――それはアシェリーの中で禁忌と呼ぶべき重大な行為。できれば避けたい。しかし、どういう理由かは知らないが自分にこれだけの殺意を持っている相手であれば仕方がない。
(躊躇うな。絶対に躊躇うんじゃないよ! アタシの体! ちゃんと動いとくれよ!)
 自分に言い聞かせるように何度も何度も呪文のように胸中で唱え続ける。
 頭で命令を下しても、いざその時になって体が思うように動いてくれるかどうか。正直、アシェリーには自信がなかった。
 七年前、残党狩りの時に初めて人を殺した嫌な感触がまだ手の平に残っている。
 両親の仇を討つと勇んで王家騎士団に入団したのに、分かったことと言えば非情に徹しきれない自分の弱さだけだった。
 結局戦いの中では殺すか殺されるか。相手に情けを掛ければ、しっぺ返しが来る。そんなことは入団する前から分かっていたつもりだった。
 ――頭の中では。
 だが、その時になると体は思うように動かなかった。ココが自分のいるべき場所でないことを直感した。そして脱団した。
 それからガルシアと出会い、全国を回ってドレイニング・ポイントを閉じ続けた。
 何でも良かった。誰かのためになっていると納得のいく行為であれば。誰かの命を生き長らえさせていると、他人が見てそう感じる行動であれば何でも。ソレがたまたまドレイニング・ポイントを閉じることだった。それだけのことだ。
 そしてアシェリーは没頭した。まるで自分の弱さからから目をそらすように、逃げるように、言い訳するように、自分のしていることは正しいのだと言い聞かせるように、『人助け』を続けた。命とは重いモノだと自分に説き続けた。
 ドレイニング・ポイントを減らそうと考えつつも、心のどこかでは無くならないように祈っていたのかもしれない。だからこんなイタチゴッコのようなことを飽きもせずに続けられるのだろう。
 この旅が終わってしまったら自分の存在理由が無くなる。
 自分が何者なのか、どうして選ばれたのか。わざと考えないようにしてきた。もしそれに答えが出てしまったら、今までのように何も考えずに旅をすることが出来なくなってしまいそうだったから……。
(それだけじゃない)
 ガルシアの言葉はどこまで本当なのか、エフィナはいったい何者なのか。本当ならもっと気に掛けるべきことでさえ深く考えなかった。考えようとしなかった。疑心暗鬼に捕らわれ、『今』が壊れてしまうのが恐かったから。
 自分は星に必要とされている。星もきっと自分を必要としてくれている。あまりに一方的な、『持ちつ持たれつ』の関係を頭に思い描くことで、アシェリーは自分の行動に自信が持てた。自分は間違っていないのだと思い込む拠り所が出来た。そしてかつて無い達成感を味わい続けることが出来た。だが――
(所詮は自己満足、か……)
 『今』、誰かのために何かをしている気分でいられればソレでいい。『今』、自分はきっと役に立っていると感じられれば満足だ。その相手が星であればなおのこと。
 しかし、『今』はソレが出来ていない。
(やばいねぇ……)
 知らず知らず後ろ暗い思いが根付き、全身を蔦のように覆って底なしの闇に埋没させていく。そんな危うい錯覚にすら捕らわれそうになった。
「おい、アシェリー。お前、今変なこと考えてたろ」
 まるで心の中を見透かしたようにガルシアが声を掛けてきた。
 思わずハッとして俯いていた顔を上げる。
「そんな神妙な顔はお前にゃ似合わねーよ。何とかするんだろ? で、具体的にどうするつもりなんだよ」
 猫ゆえに夜目が効くのだろうか。どうやら沈んでいた顔を見られたようだ。
「さぁねぇ。今考えてるところさ。あのレグリッドとか言うバカをぶっ飛ばすためにね」
 ゼイレスグとアッドノートの戦争の噂を流したのはレグリッドだった。アシェリーがそのことを聞けば、必ず止めるためにゼイレスグに来ると踏んだのだ。そして彼の思惑通り、アシェリーはゼイレスグにやって来た。
(どこ探してもいないと思ったら、まさかゼイレスグにかくまわれてたなんてねぇ。どーりで見つからないわけだよ。弱っちいクセに、変なコネだけは持ってやがって)
 レグリッドの力は少なくともアシェリーよりは下だ。いや、衛兵すら倒せないのかもしれない。だからこんな回りくどいやり方でアシェリーを殺そうとする。
 ここから抜け出し、一対一になれば恐らくは楽勝だろう。
(この鎖さえ解けりゃ、やりようはいくらでもあるんだけどねぇ……!)
 悔しさで顔を歪め、アシェリーは後ろ手に固定している鎖をガチャガチャと鳴らした。
 この三日間、何度も引っ張ったり床に叩き付けてみたりしたがビクともしない。どういう原理になっているのかは知らないが、この鎖のおかげで力は弱り続けていた。
「結局、なーんも考えてないわけだな。お前は」
 無駄と分かりつつも鎖の束縛に抗うアシェリーを見て、クック、とガルシアは面白そうに笑う。
「あーもー、なんなんだい! 人がイライラしてるって時に! それじゃアンタ何か良い考えでもあるってのかい!?」
「まーな。ちっと時間掛かったけど、抜け出せそうだぜっ……と」
 ガルシアのいる位置から、ボキ、ゴキといった怪音が立て続けに響いた。ガルシアもアシェリーやエフィナと同じく鎖で繋がれている。アシェリー以外の二人の鎖は単なる鉄製のモノだが、それでも猫の力で何とかできるほど柔な造りではない。
「……何、やってんだい?」
「関節をちょっと……な。よっと、ほぃっ」
 更に何度か異音が木霊した後、アシェリーの肩にいつもの重量が掛かった。
「いやー、久しぶりだったから外す感覚忘れてたぜ。結構痛いよな」
 耳元でガルシアの声がする。どうやら関節を外して鎖から無事抜け出し、アシェリーの肩に乗っかったようだ。
「……妙な特技持ってんだねぇ、アンタ」
「この体にまだ慣れてなかった時、勝手に外れたことが何回かあってよ。ソレ思い出しただけだ」
「ふぅん。亜邪界人ってのは変なモンなんだねぇ」
 よく分からないが、取りあえずガルシアの体は自由になった。ガルシアなら何とか覗き窓から外に出られるはずだ。
「アシェリー……俺よ、今までお前に黙ってたこと、結構あるんだ」
 さっきのまで軽い口調から一転し、ガルシアはどこか気詰まりな様子で喋り掛けてきた。
「知ってるさ。誰だって話したくないことの一つや二つ抱えてるモンだよ。ソレがどうしたってんだい」
「お前がこんな目に遭ってる一番の原因は俺にある。悪かったな」
「なんだい改まって。気持ち悪いねぇ。それじゃ何かい? アンタは星の救い手としてアタシを選んだこと、後悔してるってのかい?」
「まさか」
 ガルシアの顔は見えない。しかし、笑っているような気配は伝わってくる。
「とにかくよ、こっから出られたら全部話してやるよ。いや、話させてくれ。レグリッドのことも含めてな」
「やっぱり知り合いだったんだねぇ」
 レグリッドに初めて会った時、『殺せ』と連呼していたガルシア。そして星喰いのことを知っていたゼイレスグ王。
 レグリッドがガルシアと同じく亜邪界の住人で、ゼイレスグ王に星の仕組みを話していたとすれば納得行く。恐らく、レグリッドはその情報を元にゼイレスグ王に取り入ったのだ。
「ま、そーゆーこった。じゃあな。そろそろ行くわ」
「ああ、頑張っといで」
 肩から質量が消えた。続いてタタタ、と軽いモノが床を走る音がして、覗き窓が外側に開く。そこから一瞬差し込む光が、まるで天使の放つ救いの後光のように見えた。
(上手くやるんだよ。ガルシア……)




空メールでも送れますが、一言添えていただけると大変嬉しいです。

BACK | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2006 All rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system