人形は啼く、主のそばでいつまでも

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  Level.2 『お前にアタシの何が分かる』  

『あなたは病気になりました。コマンドを選んでください』
 ○薬を飲む。
 ○寝て治す。

⇒○気合いと根性で健康なフリをする。

 あークソ。実に腹立たしい。
 私は水晶モニターの前に座り込み、震える手でコントローラーを握りながらゲームをプレイしていた。ボスキャラがどうしても倒せなくて、レベル上げという地味な作業をしているのだが、単調すぎる行動は思考回路を停止させる。刺激がない。このままでは自分が病気だということを思い出してしまいそうだ。
「だーから、寝てろっつってんだろ。素直によー」
 水晶モニターの上で羽を休めているハウェッツが呆れた様子で言ってくる。
「病は気から、だ。病人が病人の格好をしていてはますます酷くなる。私は元気だと自分に言い聞かせることで気を高め、内側から刺激して治すのが私流の治癒法だ」
「で? ちゃんと治りつつあんのか?」
「お前が私の代わりにレベル上げをしてくれたら、きっとすぐに治る」
「……データの書き換えはやめたのかよ」
「時には凡人と同じことをしてみるのも一興というものだ」
 ゲホゲホと咳き込みながら、私はいつもより生地の分厚い白衣の胸元を引き寄せた。
 寒い……。昨日雨にうたれすぎた……。
「ったく。あんな日に公園でイジケて風邪ひいてりゃ世話ねーぜ」
「……付けてきていたのか」
 コントローラーを置き、私は溜息混じりに言いながら立ち上がる。
 ま、別にそれほど驚きではないが。
「あの二人、絶対ヤバいぞ。お前をハメるつもりだ。無視しとけよ」
「裏切り者に言われたらオシマイだな」
 のそのそと歩いて家のドアの横にあるキッチンスペースに行き、私は小型の冷蔵庫の前にしゃがみ込んだ。バイト先で壊れていたのを持ち帰り、自分で修理した物だ。ドールの創生以外にも機械修理の才能まである私はやはり天才だと思う。
「だから何で俺の話が出てくんだよ。せっかく心配してやってんのによー」
「ならばあの時出てこい。そうすればアイツらに私の力を思い知らせてられたのに」
「本当かよ」
「……イヤ、ウソだ」
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを一口含み、私は視線を宙に投げ出しながら否定した。
「またあの時みたいに裏切られてはたまったモノではないからな」
 そう。だからハウェッツの力は使わない。
 ああいう状況下では。
「ったく、さっきから裏切り者裏切り者って。だーからあん時はしょーがなかったって何回も言ってんだろー?」
「はいはい。どうせ悪いのは全部私ですよ」
「またそうやってすぐにイジケる」
 私の肩にとまり、ハウェッツはくちばしを突き出して飲み物を催促する。私はペットボトルを高く上げてソコからミネラルウォーターを細く垂らしてやると、ハウェッツはくちばしを真上に向けて器用に飲み干していった。

『芸を持った喋る角オウムを手に入れた。どうしますか?』
 ○自然に帰す
 ○大切に可愛がる。

⇒○サーカス団に売り飛ばす。

「くだらねーこと考えてねーで寝てろよ」
「イヤミなくらい鋭い勘は邪魔だな。残念ながら不合格」
 そんな会話をしながら私がベッドに足を向けた時、
『メルム=シフォニー! 今日こそキミのハート貰い受けに来た!』
 拡声器で強化されたバカ声が家の壁を振動させた。
 ……いかん、頭痛が激しくなってきた。
「あのヤロー。懲りもせずに……。お前はとっとと寝てろ。俺が追っ払ってやってからよ」
「……ああ、そうだな」
 黒いドアの方に飛び立っていくハウェッツの長い尾羽根を横目に見ながら、私はベッドの方に歩み寄り、

『我々教会は貴女と契約に参りました』

「待て」
 目を薄く見開いて、ドアのロックを外そうとしているハウェッツを止める。
「何だよ」
「私が出る」
 言いながら私は、下ろしていた長い紫色の髪を頭の上でお団子に纏め、白衣のポケットからモノクルを取り出して左目に付ける。そして差し出した腕にハウェッツをとまらせ、ドアのアンロックボタンに手を掛けた。
「けどよ……」
「いいから見てろ」
 いつの間にか、咳も頭痛も収まっていた。
「む! 出てきたな、ミス・メルム! 見ろ! 今日は一人だ! 誰も使わず、何も使わず、身一つで来た! キミに最大級の誠意を見せるために!」
 が、別の発生源から目眩が襲ってきた。
「……で、お前のその格好は何だ」
「だから身一つだ!」
「……ほぅ、ふんどし一枚で来るのがお前の誠意か?」
「俺が本気だということを伝えるためだ!」
「だからそういう誤解を招くようなことを……」
 私はガンホルダーから銃を一挺抜き放って両手で構え、
「大声で言うなー!」
 レヴァーナの足元目掛けて打ち込んだ。
 しっかりと固定した銃は全く火線をブレさせることなく白光と共に弾丸を射出し、正確に電波男の足元に突き刺さった。
「危ないじゃないか」
 が、レヴァーナは全く動じることなく、両腕を組んで仁王立ちの体勢のまま堂々と言い切る。
 ……もう、銃にもビビらなくなってしまったのか。電波恐るべし。
「気が済んだようだな。では交渉に……」
「契約、してやろうか?」
 す、と目を細め、私は銃を指先で回して弄びながら、からかうように言う。
「ふ……相変わらず頑固な困ったちゃんめ。まぁいい。それでこそ落とし甲斐があるというものだ」
「契約、してやろうか?」
 聞こえなかったようなのでもう一度言ってやる。
「だがすぐに分かる。キミは俺のために力を振るい、共にラミス=ジャイロダインという牙城を突き崩すことが生まれてきた意味であることを」
「だから契約してやろうかと言っとるのに」
「ああ! なんという神の試練! だが俺の偉大なるゴーイングマイウェイを築き上げるにはどうしても優秀なドールマスターの力が必要なのだ!」
「おい……」
「さぁ! ミス・メルム! 手と手を取り合い、努力と友情と愛の庇護の元、思う存分力を見せつけてやろうではないか!」
 銃声が轟いた。
「……痛いじゃないか」
 こめかみから血を細く流しながら、レヴァーナは呻くように言う。
「目は覚めたか? なら付いてこい。契約するぞ」
 投げやりに言いながら、私はきびすを返して家の中に戻った。

 まぁ別にレヴァーナのしつこさに根負けしたとかいうのではない。
 早い話が当てつけだ。
 昨日の奴等の話がどこまで本当なのか。そんなことはこの際どうでもいい。戯れ言にせよ真実にせよとにかく気に入らない。ソレだけだ。教会と契約するなど絶対に有り得ない。だからアイツらの敵になる。
 かといってジャイロダイン派閥と契約する気もない。ドールを道具としか見ていないアイツらと組む気などサラサラない。そういう意味では、ドールを人間と同じように扱っていこうという思想を持つ教会の方が辛うじてマシかも知れない。
 幼い頃、私は教会から受け入れを拒否されたらしいが、やはり関係者だったのだろう。昨日のチビデブに言われるまでもなく、考え方の似通りから全くの無関係とはどうしても思えなかった。
 ま、今となってはどうでも良いことだが。
「それで? いったいどういう風の吹き回しかな?」
 タオルケットを羽織って部屋のフローリングの上に直接あぐらをかき、レヴァーナはコップに注がれた水道水を一気飲みして言う。
 一人暮らし用の狭い部屋だ。ソファーやテーブルなどといった贅沢なモノはない。
 まぁ、あったとしてもコイツに使わせる気などサラサラないが。
「お前、自分の立場が分かっているのか?」
「俺の名前はレヴァーナ=ジャイロダイン。身長百八十、体重六十五、趣味は盆栽で、ライフワークは甲殻アリの観察日記を――」
「私に説明義務などないということだ」
 レヴァーナの言葉を遮り、私はベッドの上で足を組み替えながら威圧的な口調で言い切る。
 レヴァーナは腕組みして首を九十度曲げ、両目をぐるぐると回しながら思索を巡らせた後、ぽんっと膝を打って得心したように顔を上げた。
「ツンデレの伏線か!」
「違う!」
 勢いよく立ち上がり、私は肩を怒らせて声を張り上げる。そして血走った目でレヴァーナを睨み付けた。
「契約するのかしないのか!」
「よし、してやろう」
「『して下さい』だ!」
「して下さああああぁぁぁぁい!」
「立たんでいい! 脱がんでいい! 威張らんでいい!」
 ぜぃぜぃ、と荒く息をしながら、私は疲れた表情で半裸のレヴァーナから目を逸らす。
「ハウェッツ」
「へいへい」
 そしてハウェッツに命令して、再びレヴァーナにタオルケットを掛けさせた。
「じゃあ、契約するからな」
 私は顔を少し上気させながら背伸びをし、レヴァーナの頭に手を伸ばす。指先が辛うじて頭皮に触れたところで亜空文字を展開させた。
「またアレか。お手柔らかにな」
「心配するな。今回は痛くない」
 これまでとは違い、白く縁取られた緑色の文字が私の手首を中心にしていくつもの同心円を描く。それらは指を伝ってレヴァーナの頭に移ると、水平方向に向きを揃えて彼の頭部を覆った。
 円環は徐々に内径を狭めていき、やがてレヴァーナの顔に吸い込まれるようにして姿を消す。全ての輪が呑み込まれたのを確認して私は両手を放した。
「契約完了だ」
「ほぅ」  
 何かに感心したようにレヴァーナは頷き、
「で? 何がどう変わったんだ?」
 自分の顔をペタペタと触りながら不思議そうに聞いてくる。
「……お前、そんなことも知らずに私と契約するつもりだったのか?」
「母がしてるのを横で見たことくらいはあるがな。あの時はもっと色んな道具を使っていた気がするが」
「ソイツらは自分だけじゃ亜空文字を生み出せないのさ。ま、私くらいの天才になると遊び感覚で出せるようになる。それにラミスがやっているのは組織契約。私が今やったのは個人契約。効力が及ぶ規模が全然違うから、契約の仕方も違ってくる」
「ほぅ、ナルホド。で? どう変わったんだ?」
 どうやら本気で知らないらしい。
 コイツ本当にラミスの息子なんだろうな。
「契約者にはドールの力を行使できない。あと、個人契約の場合は契約者の感情もドールのエネルギーとして使うことができるようになる」
 呆れた顔で、私はぶっきらぼうに言った。 
「あー、つまり、だ……」
 レヴァーナは首を真後ろに折り曲げて何かを考え、
「心と心で通じ合ったわけだな!」
「恥ずかしい表現をするな!」
 勢いよく首を戻して顔を近づけてきたレヴァーナの鼻面に、私は鉄拳をめり込ませる。
「……力は行使できんのではなかったのか」
「『ドールの力は』、だ」
 ぼたぼたと鼻血を垂れ流しながら不満げに言うレヴァーナから離れ、私はベッドに座り直した。
「まぁいい。取り合えずこれでキミは俺のパートナー。そのドールマスターとしての力、遠慮なく存分に使わせて貰うぞ!」
「イヤだ」
 昂奮気味にまくし立てるレヴァーナに、私は冷めた声を返す。
「私は確かに『契約してやる』とは言ったが、『お前に力を貸してやる』とは言ってない。だからラミスとやり合うつもりもないし、お前と馴れ合うつもりもない」
「……は?」

『トラップで仲間が石化した。コマンドを選んでください』
 ○術か道具で解除する。
 ○見捨てる。

⇒○叩き壊してトドメを刺す。

「そ、そんなことが許されるのか!?」
 ……ち。復活しやがったか。
「当たり前だ」
「け、けど母が契約したドールマスター達は……!?」
「アレは契約金が発生してるんだろ。それと研究資金の援助も約束しているはずだ。だからソイツらはラミスの言うことを素直に聞くさ。自分のためにな」
 そう、ドールマスターなんてのはみんな自分のことしか考えない偏屈で身勝手な奴ばっかりだ。
 私みたいにな。
「なら俺達も契約金を……!」
「いらん。そんなモノ。何でも金で解決できると思っているような奴は大嫌いだ。大体その金、自分で稼いだモノなのか? どーせラミスに貰ったお小遣いなんじゃないのか? 苦労知らずのお坊っちゃま」
 皮肉たっぷりに言ってやった私の言葉に、レヴァーナの表情が一変した。
 顔の彫りが激的に深くなり、スポットライトでも浴びたかのように濃い陰影が刻まれる。頬がこけ、アゴは床に届くほどに落ち、朽ちた枯れ木のように全身がやせ細っていった。そしてヒビの入った『ガーン』という文字をいくつも背負いながら、レヴァーナはヨロヨロと後ずさる。
 あまりの激変ぶりに私の方も無意識に後ずさってしまった。
「ち……」
 生気の枯渇しきったレヴァーナは大量の空気と共に吃音を漏らし、
「ちがわーーーーーい!」
 大量のホコリを巻き上げて部屋から出ていってしまった。
「何なんだ……アイツは……」
「触れちゃいけないモン壊しちまったんじゃねーの?」
 レヴァーナの出ていったあとを呆然と見る私の隣で、ハウェッツが冷静に意見を述べた。
 触れちゃいけないモノ、ねぇ……。
 アイツがそんな大層なモノ持っているとは思えないがな。
「まぁ何でもいいさ」
 うるさいのがいなくなったのは事実。
 ゲームのレベル上げの続きでもしようかと、私はベッドから立ち上がった。
「でもよ、何でアイツなんだ?」
 一足先に水晶モニターの上まで行ったハウェッツは、どこか楽しそうに長い尾羽根を振りながら聞いてくる。
「別に。単に手近にいたからさ」
「ドールに対して自分と近い考え方を持ち、ジャイロダイン派閥に所属しながらもラミスと敵対しようとしているから、か?」

『『感情を持ったドールの創出と、彼らによる世界作り』。ドールを我々人間と同じグレードで考えた崇高な内容の発表だった。神の知恵と言っても良い』

「くだらないことを言うな。気まぐれだ」
 まったく。変なところで勘の良いこの角オウムは……。他のドール達のようにカタコトの言葉しか喋れないようにしてやろうか。
「ま、何にせよお前が誰かと契約するトコ見られて良かったよ。このまま埋もれさせるには惜しい才能だからなぁ、天才様? アイツに感謝だ」
「誰がするか」
「俺がするだけさ。気にすんな」
「ふん、口の減らないバカ鳥だ。言っておくが私は契約しただけだ。次に教会の奴が来た時、突き返す理由を作っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。私はもう、表で力を使うつもりはない」
 ましてや――

 物好きだな、お前も。私などに同情したところで何の得もないぞ。

『いや、俺は純粋に素晴らしい研究成果だと思っただけだ』

 私にそんなことを言うのはお前くらいのものだ。

『まぁ、天才とは往々にして世には認められない物なのだよ』

 一応、礼は言っておく。……アリガトウ。

『何となく、放っておけなかったからな』 

 ――感謝するなど。
「ま、今はソレでいいさ。いきなり何でもかんでもいっぺんにってのは疲れるからな」
「……いい加減にしないと本当に焼き鳥にするぞ」
「へいへい、自重自重っと」
 水晶モニターの前に座ってコントローラーを握った私の肩にとまり直し、ハウェッツは機嫌良さそうに言う。
 まったく実に不愉快だ。コチラの気持ちを無視した幸せの押し売りってのは、いつ見ても虫酸が走る。
「ところでよ、メルム」
「何だ」
 コントローラーを操作しながら私は面倒臭い声で返す。
「お前、風邪治ったじゃねーのか?」
 言われて喉の具合や、頭痛の程度を確かめる。
 確かに、いつの間にか風邪の症状は殆ど消えていた。正確にはそんなモノを気に掛けている暇がなかったというか……。
「あの坊ちゃんの刺激も大したモンだな」
「ふん……」
 くだらない思考を頭から追い出し、私はゲームのレベル上げを再開した。
 不思議と、それほど苦ではなくなっていた。

=================報告書====================
■メルム=シフォニーについて■
 レヴァーナ=ジャイロダインが接触。個人契約を交わす。
 Bプランを始動。
 レヴァーナ=ジャイロダインを介してメルム=シフォニーを操れるよう準備を整える。

■教会側の動向■
 戦闘装備のドールマスターを中央広場にて数人発見。接触には至らず。その他、街中の至るところに同装備のドールマスターを散見。いずれも戦闘行為は行わず。
 メルム=シフォニー宅の周辺で無装備のドールマスターを一名発見。
 ドールマスターランク一位、ジェグ=ドロイト。
 教会側もメルム=シフォニーを確保するために行動を開始したものと思われる。レヴァーナ=ジャイロダインが大きく行動を起こしたことが最大の原因であると考えるのが妥当。
 危険度A+と判断。
 本体は早急に交戦に備えることを提案。
 依然、『終わりの聖黒女』は確認できず。

■本体側の動向■
 教会側に寝返り始める者が何人か発生。
 内部で誰かが手引きしている可能性もある。原因の早期解明が必要。

 王宮側の末端への交渉が終了。交戦時、鎧兵五百名の指揮権を本体が持つ。引き続き中層部への交渉を開始。ソレに伴い多額の要求金がリヒエル=リヒターより発生。

■王宮側の動向■
 武装したドールマスターの取り締まりを強化。

 以上
========================================

 使い古したペンライト一本。コンセントのタコ足を一つ。ハウェッツの羽根を五枚。
「いってええええぇぇぇ!」
 小型の録音再生機を一つ。ハウェッツの角の削りカスを少々。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
 あとは隠し味にアタシの前髪を一本入れて準備オッケー。
 仕上げは亜空文字をちょちょいっとねっ。
「うーん、やっぱり今度は女の子よねー」
 アタシは上機嫌で調合釜を覗き込みながら、両足で軽快なステップを踏む。
「そこの適当魔女! 縄ほどきやがれ!」
「あーゴメンゴメン。忘れてたわ。でも固結びにしてあるからまた後でねっ」
「テーメー!」
 天井から干し鳥ヨロシクぶら下がって叫いているハウェッツを後目に、アタシは色の変わっていくドールの母胎を見つめる。そして白から僅かに灰色がかった時を見計らって、中にいるドールを取り出した。
「ワーォ! 鳥型だぁ! よかったねーハウェッツ。カワイイ妹ができて。やっぱアンタの角が効いてるのかしら?」
「……テメーがトリ頭だってことが証明されたんじゃねーのか?」
「アタシの前髪が入ったからー? ウマいねー。じゃあご褒美にその尾羽根を……」
「ぎゃー! ヤメロー! これ以上、俺の大事なモン奪うんじゃねー!」
 ハウェッツはじたばたと足を動かして必死に抵抗するが無駄だ。アタシは今まで、狙った素材を逃したことは一度もない。
「フ、フ、フ……」
 悪魔的な冷笑を浮かべてアタシはハウェッツに手を伸ばし、尾羽根を掴もうとした時、来客を告げる鈴の音が鳴り響いた。
 一気に興醒めしていくのがはっきりと分かる。

『扉を開けるとソコには――』
 ○電波男。
 ○社会のゴミ。

⇒○羞恥心が致命的に欠如したサル。

 ……またあの男か。
 私は露骨に不機嫌な顔になり、大股でドアの方に向かった。そして勢いよく開け放つ。
「だからお前と馴れ合うつもりは……!」
 そこまで叫んだところで私の言葉は止まった。いや、言葉だけではない。まるで時間さえも止まったかのような錯覚。今、自分のいる場所だけが切り取られ、別の次元に送られてしまったようにも思えてくる。
「ハーイ、お久しぶりね。メルム=シフォニーさん。三年ぶり、かしら?」
 白いタイトなフォーマルドレスを着こなした気の強そうな女が、片手を軽く上げて立っていた。
 シャギーカットにしたショートブロンド、伏せれば影が落ちそうな長い睫毛、自信に満ちた光を宿す碧眼、不敵につり上がった真紅の唇。
 触れただけで切り刻まれそうな鋭い雰囲気を纏わせた熟年の女は、まるでコチラの反応を窺うかのように腕組みしたまま斜に構えている。
「ラミス……ジャイロダイン……」
 私は苦々しい口調で絞り出すようにその女の名前を言い、大きく舌打ちした。
「何の、用だ……。堕ちるところまで堕ちた私を笑いに来たのか」
「そうして欲しいのかしら?」
 髪をキザっぽく掻き上げながら、ラミスは小さく鼻を鳴らす。
 この女の一挙手一投足が私の神経を逆撫でする。心の奥底で黒い感情が鎌首をもたげ始めた。
 しかし――

『五年前、貴女の人生を狂わせたのは我々教会です』

『教会は嬢ちゃんが生まれた時から気に掛けてたってことさ』

 あんな言葉信じたわけではない。全部嘘に決まっている。
 あの時、私の人生を滅茶苦茶にしたのは今目の前にいるラミス=ジャイロダインだ。ドールを道具としてしか見ていないコイツが私の発表を異端視し、ドールの世界から私を遠ざけるためにやったんだ。
「あの時のこと、まだ怒ってるのね」
「当たり前だ」
 気が付くと、私は両手に銃を構えていた。
「濡れ衣だって言っても信じてくれないのよね」
「わざわざそんなことを言いに来たのか」
 そしてラミスの眉間に狙いを定める。
 ――殺せ。この機会を逃すな。あの時果たせなかった恨みをブチまけろ。
 私の中で急速に大きくなっていく暗い殺意が理性を呑み込み、常識を駆逐していく。
「やめといた方がいいわよ。今は王宮の鎧兵も大分殺気立ってるみたいだから。いくら郊外だからって、銃声なんかしたらすぐに駆けつけてくるわ」
 関係ない。もう自分を抑えられない。
 この女を、憎たらしい笑いを浮かべているこの女を、殺す……!
「よせ!」
 後ろからハウェッツの声。
 視界が黄色く染め上げられ――トリガーに掛けた指に力を込め――眼前で巨大な気配を感じ――トリガーを引き絞り――
「な――」
 突然両腕に痛みが走ったかと思うと重力が倍加し、視界が急激に上昇していく。
 体ごと両腕を掴み上げられたのだと頭が理解したのは、私を片手で吊し上げている大男の顔を見た後だった。
 オールバックにした蒼い髪。目元を覆うミラーシェイド。拘束服のようなレザーコート。
「下ろしてあげなさい、ヴァイグル。腕が折れてしまうわ」
 ラミスの言葉に応じ、ヴァイグルと呼ばれた大男は私の体をゆっくりと地面に戻した。
「お前……」
 少し前、雨の日の公園でチビデブと一緒にいた奴だ。
 どういうことだ。確か、チビデブは教会の関係者だって……。
「メルムさん、冷静な話し合いは無理みたいだからコチラから一方的に言わせて貰うわね」
 ヴァイグルの大きな体の向こう側からラミスの声が聞こえてくる。
「近い内に教会と私達ジャイロダイン派閥の全面抗争が始まるわ。これまでの小競り合いとは違ってもっと派手なやつよ」
 全面、抗争……?
「その時、ぜひ貴女の力を私のために使って欲しいの。優秀なドールマスターとしての貴女の力をね。良い機会だと思わない? 貴女を今の状態におとしめた教会に復讐する」
 復讐? 教会への? 私をこんな風にした、教会への……。
「教会は貴女が考えているような平和的な組織なんかじゃないわ。極端な思考を持った極めて危険な存在よ。彼らはドールを人間と同じように扱ってるんじゃない。人間以上だと考えているわ。そして究極のドールを生み出し、ソイツに人間を支配させようとしている。アイツらは神を自分達の手で創り出すんだって言ってるのよ」
 教会の連中が私を……この前チビデブが言っていたのと同じこと……。ラミスとヴァイグル、大男とチビデブ……。大男はヴァイグルで……。
「自分達で創った物に支配されるなんて絶対に間違ってるわ。そうでしょう? 貴女だってお友達がいきなり王様になったらショックでしょう?」
 そうか、そういうことか……。
 ラミス、ヴァイグル、チビデブ。コイツらは全員グル。
 つまり――
「自作自演、というわけか」
 全員ジャイロダインの息が掛かった奴等なんだ。下手な芝居をうって自分達の責任を教会になすりつけ、向けるべき怒りの矛先が間違っていたと思い込ませる。あわよくば、勘違いして憎み続けていたジャイロダイン派閥への謝罪の念を惹起させようとした。そこにラミスが私を勧誘に来て――
 なるほど。それなら辻褄は合う。
 腐った女が考えそうな姑息で陳腐な策略だ。
「どう? メルムさん。私達と一緒に戦わない?」
「……そうだな。戦っても、いいかもな」
 私はヴァイグルの体の影から出て、薄ら笑いを浮かべながらラミスを見る。
「お前となら、な」
「そう、それじゃ――」
 私は口の端をつり上げ、右手に持った銃をラミスに向けた。しかしまばたき一つはない内に、ヴァイグルの手によって叩き落とされる。
「私は教会なんかに付くつもりはない。だが、ラミス=ジャイロダイン……絶対に貴様を殺す。私と同じように無様で惨めな醜態を晒させて、死んだ方がましだと絶望させて、殺してやる……」
 三年前のあの時以上の凄絶な憎悪を込めて、私は低い声で吐き捨てた。
「そう……。これ以上の話し合いは無駄みたいね。ヴァイグル、帰るわよ」
 ラミスは苦々しげな顔付きで言うと、フォーマルドレスの裾を翻して後ろを向く。そして肩越しに一度だけコチラを見た後、何も言わずに立ち去っていった。その背中を守るようにしてヴァイグルが続く。
「ク……」
 なぜか、私の口から笑みが零れた。
「ククク……」
 それはドンドン大きくなり、震えが全身に伝播していく。
「おい、メル……」
「あっはははははははははッ!」 
 気が付くと私は喉の奥から哄笑を上げていた。
 なんだ、この気持ちは。今まで堪えていたモノが堰を切って溢れ出し、麻薬のような快楽が脳髄を浸食する。一切の迷いがなくなり、自分は全能なのだという揺らぎのない確信が根を張った。
 ――コレが、吹っ切れたというヤツなのか。
「やはり、人生には目標が必要だ」
 それは明確であればあるほど、単純であればあるほど力が漲ってくる。
「喜べ、ハウェッツ。昔と同じくらいの情熱が蘇ったぞ」
「メルム……」
 方向性は真逆だがな。

=================報告書====================
■メルム=シフォニーについて■
 Bプラン、ファースト・フェイズ完了。
 セカンド・フェイズに移行。
 しかしハウェッツの真実体は確認できず。

■教会側の動向■
 街で待機している武装ドールマスターを二十一名確認。特に王宮周辺で多く見られた。
 本体側のドールマスターと接触するも、戦闘行為は確認できず。しかし一触即発であった。
 ジェグ=ドロイトの姿を本体近くで発見。無装備。メルム=シフォニー同様、ドールの真実体化に道具を必要としない可能性が高い。
 危険度Sと判断。
 いつ交戦が始まってもおかしくない状況。
 依然、『終わりの聖黒女』は確認できず。

■本体側の動向■
 教会側への寝返り者を二名確認。原因の早期解明が必要。
 教会側の動向に対抗し、ドールマスターを三十名配置。現在にらみ合いが続いている。

 王宮側、中層部への交渉が終了。交戦時、王宮側のドールマスター二百名の指揮権を本体が持つ。引き続き上層部への交渉を開始。ソレに伴い、さらに多額の要求金がリヒエル=リヒターより発生。

■王宮側の動向■
 鎧兵約五十名による警戒態勢を確認。

 以上
========================================

 夢を見た。
 アタシがまだ子供の頃の夢。
 迷いもなく、疑問もなく。ただ好奇心に身を任せ、ドールの研究に没頭していた頃の。
 あの時は全てが輝いていて、人間もドールも機械も、見るモノ知るモノ触れるモノ全てが美しかった。
 心も体も満ち足りていて、他には何も要らないと心の底から思っていた。だから気付かなかった。知ろうとしなかった。陽の当たるところだけを見つめていたから。見つめていたかったから。
 あの頃のアタシに決定的に欠如し、邪魔以外の何物でもなかった感情。
 今の私の大半を支配し、行動原理であり、物事を考える上での基礎にすらなっている感情。
 それは恐怖。
 実に些細なキッカケで今の幸せが崩れてしまうのだという恐怖を、あの時は知らなかった。恐い物知らずで、純粋な想いさえあれば何でもできると本気で考えていた。
 だが、今はソレを知っている。この身を切り裂くほどに熟知している。
 だから守った。自分の身を。自分の心を。他から傷付けられないように。他から入り込まれないように。
 一人、殻に閉じこもることで。
 ソレしか方法はないと思っていた。この荒んだ精神で、ソレ以外に自分を保つ方法はないと思い込んでいた。
 しかし、もう一つ方法があることを知った。
 ソレを教えてくれたのは、私を壊した女。
 簡単なことだった。実に単純で、実に明確な行為。
 ――相手を傷付ければいい。
 自分が傷付きたくないのであれば、相手を傷付けることだ。
 傷付けられる側にいて怯えているのではなく、傷付ける側に回って支配する。
 身を守ることで傷を最小限に抑えるのではなく、攻撃することで傷付けられる前に潰す。
 ソレだけのこと。
 だから、あのバカに力を貸してやろうと言った。
 アレでも一応ラミスの息子。ジャイロダイン派閥の中ではソレなりに権力を持っているはず。ならば組んだ方がラミスに近づきやすい。
 私の復讐も果たせるし、このバカの野望とやらも達成できる。まさに一石二鳥。そう思っていた。
 なのに――
「考え直しを要求するぅ!」
 一週間ぶりにやってきたレヴァーナは片足を上げて私の方をビシィ! と指さし、口から毒電波をまき散らせた。
「……何?」
「俺が母を超えたいという想いはもっと純粋なモノ! 今のキミがしているドンヨリ腐った肥満アザラシなんというメタボリックシンドローム、のような目つきでは成し得ぬわ!」
「なら消えろ」
 私一人でやるだけだ。戦闘に特化したドールの創出も済ませてある。レヴァーナの手引きでジャイロダイン派閥に潜り込み、内側から痛めつけてやろうかと思っていたが……。
 まぁいい。地道に外側から崩していくか。まずは街にいるジャイロダイン派閥側のドールマスター共を――
「ソレはできん!」
 スチールラックの前でドール達のメンテナンスを始めた私の方に、ずぃ! と顔を近づけ、レヴァーナは逆三角形の目で睨み付けながら大声で叫ぶ。
「あぁん?」
 私は暑苦しい顔を押しのけて露骨に不愉快な表情を向けた。
「あの時も言ったはすだ。ミス・メルム、キミを放っておけないと! そして今また強く思う! 現在のキミはあの時以上に放っておけないと!」
「あの時?」
 ……ああ、最初にアカデミーで会った時のことか。
「いいから消えろ。邪魔だ」
「よーし分かった! なら俺と勝負だ!」
 ……コイツの思考回路はどうなっているんだ。
「俺と勝負してキミが勝ったら出て行ってやろう! しかし、キミが負けた場合は考え方を矯正させて貰う!」
「イヤだ」
 どうして私がそんな茶番に付き合わなければならないんだ。
 クソ、契約などしなければ良かった。あんな物さえなければとっくにドールで追い出しているものを……。
「フ……俺に負けるのが恐いのかミス・メルム。戦わずして負けを認めるなど、典型的な負け犬の姿だな!」
「それで挑発してるつもりか?」
「愚かな。コレは激励だ!」
 ……一度、頭をかっさばいて脳味噌の色を見てみたいモノだ。
「ならばこうしよう! もしキミが勝ったら俺はキミの言うことを何でも聞く!」
「ほぅ……」
 その言葉に私は片眉を上げてドールから目を放し、レヴァーナの顔を見上げた。
 何でも聞く、か……。
「じゃあ、ドールの素材になれと言ったらなるんだな」
「当然!」
「なら、お前の館の屋上から飛び降りろと言ったら飛び降りるんだな」
「勿論!」
「では、ラミスを殺せと言ったら殺すんだな」
「おう!」
 即答、か……。
 コレは面白い。どこまで本気かは分からないが、私が本格的に行動を開始する前のいい余興になる。ま、後になってイヤだと言っても力ずくで聞かせてやるが。
「いいだろう。で? 勝負の種目は?」
 私はモノクルの位置を直しながら、白衣の胸元を整えた。
 どんなモノが来ても絶対に勝ってやるさ。私は天才で万能なんだからな。
「ずばり! 『エッグ・コロシアム』だ!」
「はぁ?」
 レヴァーナの上げた種目に、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
 『エッグ・コロシアム』とはゲームソフトの名前だ。ジャンルはRPG。
 プレイヤーキャラクターは自分の他に、卵の形をした三体の仲間を連れて歩くことができ、ストーリーの中で彼らを成長させていく。そしてこのゲームの面白いところは、三体の仲間のデータを抽出し、バトルコロシアムというストーリーは全く関係のない場所で他のプレイヤーの仲間と戦わせられるところにある。その勝負に勝てば、相手からアイテムやお金を貰える等の特典が付いてくるのだ。
 で、レヴァーナはこの『エッグ・コロシアム』での勝負を提案してきたのだが……。
「何だソレ。お前本気か?」
「おやおや意外だな。見たところキミはかなりのゲーマー。なのにこんなメジャーなゲームも知らないのか。もしかしてRPGは時間が掛かる上にアタリハズレが激しいからやらない主義とか」
「そういう問題じゃない……」
 今いる場所より一段低いところに置いてあるキューブ端末の方を見ながら言うレヴァーナに、私は疲れた声で返した。
 キューブ端末の周りには薄いプラケースに入れられたゲームソフトが山積みにされている。その中には『エッグ・コロシアム』も入っており、当然やったことはある。
 というか現在進行系で進めており、仲間のレベルはかなり高い。だから勝つ自信は十分にある。あるのだが……。
「もう一度だけ聞くぞ。お前に何でも言うことを聞かせる権利を賭けて勝負する種目は本当にソレでいいんだな」
「男に二言はない」
「わかった……」
 一気にテンションが急降下してしまったがまぁいい。今まで沢山のバカを見てきたが、目の前にいる真性バカと比べると、どいつもコイツも普通の常識人に思えてくる。
「じゃあさっさと始めるぞ。お前、ポータブルの端末は持ってきてるんだろうな」
「その辺に抜かりはない」
 言いながらドコから取り出したのか、手の平サイズの菱形ポータブルを自慢げに見せびらかす。三角形のモニターを持った最新バージョンだ。発売直後に在庫切れとなって入手困難だったはずだが……。
 『エッグ・コロシアム』で勝負を挑んでくるだけあって、コイツも相当のゲーマーらしい。
「勝負形式は? 勝ち抜きか? 総当たりか?」
「タッグマッチだ」
 キューブ端末の方に向かいながら聞いた私に、レヴァーナは自信ありげに答えた。
 タッグマッチは好きな時に仲間を出し入れできる形式だ。各キャラクターの特性を熟知し、相手との相性に合わせて戦略を変えていく必要がある。単純な力以上に、知力が求められる戦闘形式だ。
 なかなか面白いじゃないか。レベルも知力を兼ね備えた私にタッグマッチで挑んでくるなど。
 私は水晶モニターの前に座ってキューブ端末を立ち上げる。そしてレヴァーナから受け取ったポータブル端末をケーブルで繋ぎ、データを転送させた。画面に現れた白いバーがすぐに緑色に染め上げられ、転送の完了を知らせてくれる。
「お前が負けたら何でも私の言うことを聞く。いいな」
「俺が勝ったらキミは考え方を改める。いいな」
 お互いにもう一度確認し合い、私はキューブ端末にインストールされている『エッグ・コロシアム』を起動させた。二本の剣がクロスしたタイトル画面をスキップし、ストーリーモードではなくバトルモードを選んで私とレヴァーナのキャラクターを呼び出す。
 三人ともファイタータイプ、か……。お世辞にもバランスのいいパーティとは思えないな。レベルは私のキャラと殆ど同じくらいだ。それなりにはヤリ込んでいるらしい。
「ほら、お前のだ」
 私はキューブ端末から伸びた二本のコントローラーのうち一本をレヴァーナに手渡し、自分のコントローラを握り締めた。十個のボタンを操作してカーソルを移動させたり、選択を決定したりするかなり古いタイプのコントローラーだ。今はやりのレーザー認識タイプのコントローラーは残念ながら予算の都合で手が出せない。
「始めるぞ。いいな」
「いつでもこい」
 水晶モニターの画面が切り替わり、周りを炎の海に包まれた巨大な円盤が映し出される。その中央で二体のキャラクターが対峙していた。
 私の方は紫色の卵がとんがり帽子と杖を装備し、ローブを羽織ったマジックタイプのキャラクター。対してレヴァーナの方は、大きな白い卵に突起のような手足が生えただけのシンプルなデザインだ。
「お前、装備品は?」
「男は常に身一つで勝負」
 バカを通り越して哀れに思えてくる。 
「行くぞぅ!」
 掛け声と共にレヴァーナはコントローラーを固く握りしめた。しかし先制攻撃は素早さの高い私の方だ。
「俺の気合いが!?」
 気合いだけで何とかなったら王宮はいらない。
 とにかく速攻で決めてやる。バトルを楽しむつもりなど、ない――
 私はコントローラーを操作して、自分のキャラクターにコマンドを送った。
 直後、モニターの中で白い卵の足元に巨大な亀裂が走る。ソレは徐々に開いて鋭い牙を持った口へと変貌すると、アッという間にレヴァーナのキャラクターを呑み込んだ。
「他愛のない……」
 冷淡に言い放つ私の隣で、レヴァーナが声を上げながら体を震わせている。あまりのあっけなさに悔しがっているのかと横目で見てみると、
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 立て! 立つんだ! お前はこんなところでヤラれるヤツじゃない!」
 猛烈な勢いでボタンを連打していた。
「な……」
 そのあまりの気迫に不覚にも気圧されていると、モニターの中で異変が起こった。
 さっき呑み込まれて一撃死したはずの白い卵が、強引に口をこじ開けて這い上がってきている。
「そおおおおぉぉぉぉりゃ! もう少しいいいいいぃぃぃぃ!」
 さらに激しく連打を続けるレヴァーナ。まるでその気合いを分け与えられたかのように白い卵は口から勢いよく飛び出すと、空中で三回転して華麗にコロシアムへと舞い戻った。
「バカな……」
「今度は俺のターンだ!」
 かつて見たことのない光景に呆然とする私を無視して、レヴァーナは自分のコマンドを入力し終えた。
 クソ……余りのショックでキャラクターを入れ替えるのを忘れていた。
 確かに、ファイタータイプのキャラクターは攻撃時や防御時にボタンを連打することで、追加ボーナスを得ることができる。しかしソレはほんの少しパラメーターが上昇する程度で、一度死んだキャラクターが生き返るなど聞いたこともない。
「くらえ! 宇宙ストロングパンチ!」
 白い卵が弾丸のように私のキャラクターに突き刺さり、ダサ過ぎるネーミングの必殺技が炸裂した。モニターに表示された紫卵のバイタルゲージが緩やかに減っていく。
 普通、ファイタータイプの攻撃をマジックタイプのキャラクターが食らえば、ソレはもう致命傷だ。
 しかし、レヴァーナのキャラクターは何も装備していない。強力な武器を装備できるのが特徴のファイターを全く活かしきれていない。素手の攻撃を食らったところで、そんなに大きなダメージには……。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ! まだまだああああああぁぁぁぁ! 連打連打連打連打連打! 気合い気合い気合い気合いいいいぃぃぃぃぃ!」
 ダメージには……。
「落ちろおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
 ダメージ……。
「よぉぉぉし! 一人目撃破!」
 ウソだろオイ……。
 殻が割れ、中身をしみ出させる紫卵を唖然と見ながら、私はこれまでの常識が覆されていくのをハッキリと感じていた。
「次はナイトタイプか! 面白い!」
 先方のキャラクターがやられ、自動的にコロシアムに呼び出された銀色の卵を見てレヴァーナが叫ぶ。
 卵の銀色は甲冑の色。全身を覆い尽くすフルプレートを装備した卵は、鋭い剣と磨き上げられた盾を装備して悠然と構えていた。
 い、いかん。ゲームに集中しなければ。
 一撃死を逃れたとはいえ、相手が致命傷を負ったことには変わりない。現にレヴァーナのキャラのバイタルゲージは殆どない。技など何も使わずとも攻撃を当てれば倒せる。
 だが、私がコマンドを入力し終える前であれば控えのキャラクターと交代できる。ソレがタッグマッチ形式のルール。ならば、たとえ変えられてもいいように最大級の必殺技で倒す!
「今度こそ死ね!」
「よしこい!」
 私は素早い手つきでコマンドを入力し終えた。レヴァーナはキャラクターを変えてこない。なるほど、一人犠牲にしてコチラの技回数を消耗させるつもりか。作戦としては悪くない。
 モニターの中で私の銀卵が眩い光に包み込まれる。そして頭上に『ブラッド・エンド』と技名が表示されたかと思うと、一瞬にしてレヴァーナの白卵の背後に駆け抜けた。
 ワンテンポ遅れて白卵の殻が弾け跳び、中身を血のように噴出させる。そしてゆっくりと後ろに倒れていった。
 今度こそ終わっ――
「うおおおおおぉぉぉぉぉ! 立て! 立つんだ! お前の使命はまだ終わっていない!」
 地鳴りすら聞こえてきそうな程の壮絶な連打が、また私の隣で繰り広げられていた。
 寒気のようなモノを感じてモニターを見ると、
「な……!」
 信じられないことが起こっていた。
 完全になくなったはずのバイタルゲージが一ドット分だけ戻ると、上半分を飛散させた白卵が足を後ろに出して辛うじて踏ん張ったのだ。
 何なんだコレは。私の目はいつの間にか毒電波に犯されてしまったのか?
「俺のターン!」
 レヴァーナの叫声で私は我に変える。
「行けぇ! 爆弾ダイナマイトキック!」
 またもダサ過ぎるネーミングの技。
 白卵は半分になりながらも上空に飛び上がると、高い打点から蹴りを放ってきた。
「甘い!」
 私の銀卵は咄嗟に盾を前に出してガードの姿勢をとる。
 ナイトは攻撃だけではなく防御にも秀でた万能型。ファイターやマジシャンなどとは違う上級クラスの職業。瀕死のキャラクターの出した蹴りなどはじき返してくれる!
 モニターの中で白卵の足が盾に接触し、金属質な効果音が鳴り響いた。
 よし、無効化し――
「どおおおおぉぉぉりゃああああぁぁぁぁぁぁ! そんな盾ブチ壊せええぇぇぇぇぇ!」
 家中がミシミシと悲鳴を上げるほどの連打の嵐。
「な、な、な……」
 私の銀卵が押されている……! いや、ソレだけじゃない! 盾にヒビが……!
 澄みきった甲高い破砕音。
 最強クラスの盾は無惨に打ち砕かれ、その奥にあった銀の鎧をも突き崩し、無防備になった体に白卵の蹴りが突き刺さる。
 急激に減っていく銀卵のバイタルゲージ。
「耐えろ!」
 私の声に応えるようにして、ゲージは三分の一まで減ったところで止まった。
 が――
「まだ俺のターンは終わっていない!」
 コントローラーにもヒビが入るほどにひたすら連打し続けるレヴァーナ。そして攻撃を終えたはずの白卵が短い足を振り上げ、
「トドメええええぇぇぇ!」
 体の回転に乗せて高速の回し蹴りを繰り出す。ソレは穴の開いた鎧の隙間へと見事に入り込み、追加ダメージを与えた。動きを止めていたバイタルゲージが再び動き出し、今度は完全にゼロとなる。
「に、二回攻撃だと……」
 ありえない。そんなこと絶対にありえない……!
「お前! データを書き換えただろう!」
「今戦っている場所はキミのキューブ端末だがな」
「く……!」
 ポータブル端末から固定キューブ端末にキャラクターのデータを移した場合、そのキャラクターの性能は能力パラメーターを元に固定キューブ端末側のデータを用いて構築される。つまり、いくら自分のキューブ端末でデータの書き換えをしたとしても、私のキューブ端末でバトルを行っている以上意味がないのだ。
 ということは、レヴァーナは本当に連打だけでこの信じがたい現象を引き起こしている? ありえない……。
「さぁ! 最後は誰だ!」
 やはりキャラクターを交代させることはせず、レヴァーナは私の最後のキャラクターを迎える。
 モニターに現れた最後の卵は、
「ほぅ」
 白い、ファイタータイプのキャラクターだった。しかしレヴァーナのように全裸ではなく、頭にハチマキ、手にはナックルガード、体にはレザーアーマ、足にはピンブーツを装備している。
「ラストはファイター対ファイターと言う訳か。面白い! さぁこい!」
「言われなくても……!」
 アタシは最大の技で相手をうち倒すべく、コマンドを入力した。
 もうこの卵が最後なんだ! コイツがやられたらアタシの負けが決まる! 絶対に負けない!
「いっけええぇぇぇぇ!」
 ハチマキの上に『ミリオン・ナックル』と技名が表示され、卵の両手が紅い光を帯び始める。そして素早い動きでレヴァーナの白卵との間合いを詰めると、紅い拳の弾幕を放った。
「死ーね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇぇ!」
 アタシのハチマキ卵は残像を生み出すほどの速さで白卵に拳をめり込ませる。
「ぬうううぅぅぅぅう!」
 下半身だけになった白卵は無数の拳撃を避けることもせず、震える両足で体を支えて真っ正面から受け止めた。
 倒れろ! さっさと倒れろ! バイタルゲージはもうなくなってるだろ!
 アタシは両目を大きく見開いてモニターを睨み付けるように強く凝視する。
 そして――
「うぉ!」
 残った下半身をも粉々に砕かれた白卵は殻を宙に舞わせ、空気に溶け込むようにして消え去った。
「よぉし! まずは一人!」
「ふ……」
 キャラクターを一人失ったはずのレヴァーナは、なぜか満足げに鼻を鳴らすと、ガッツポーズをとっているアタシの方を見て微笑む。
「素晴らしい連打だったよ。ミス・メルム」
「へ?」
 言われてアタシは自分の手元に目を落とす。
 いつの間にか左手だけでコントローラーを持ち、ピンと伸ばした右の人差し指をボタンに当てていた。
「まさか神技と言われた幻の三十二連打を拝めるとは思わなかった」
「ふ、ふん! あ、アタシは天才だからな! 何でもでき――」
「だぁが!」
 レヴァーナの逆三角形の目がギラリと輝きを増す。
「俺の本気連打は更にその上を行く!」
 三日月型に曲げた口の端を耳のあたりまで持っていき、レヴァーナはコントローラーを床の上に置いた。そして両腕を高々と掲げ――
「真・奥義! ハイパーゴールドマッハアターック!」
 腕が消えた。
 いや、正確には消えたように見えた。
「おらぁぁぁあたたたたたたたたたたた!」
 空気の断層を生み出し、大地を大きく振るわせてレヴァーナの両手連打が発動する。
「見よ! コレが幻中の幻! 百烈連打だ!」
 こ、コイツ……本当に人間か……。
 何か言いようのない恐怖を感じ、私はレヴァーナから一歩離れる。そしてモニターの中を横目で見て――
「なにいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!?」
 水晶モニターをひっ掴んで額がぶつかるほどに顔を近づけた。
 さっき跡形もなく消え去ったはずの白卵が、どういう訳か再生してきている。周囲に飛び散った殻はまるで意思を持ったかのように一箇所に集まり、卵の形を成していった。
「し、信じられん……」
 あまりに非常識な事態に、アタシは戦慄で声を震わせる。
 てゆーか、コレは制作者ですら予想し得なかった現象なんじゃないのか……?
 そんなことを考えている間にもドンドン白卵は復元されていき、
「ふはぁーハハハハハハハ! フッ活っ!」
 完全に元に戻ってしまった。オマケにバイタルゲージまで全快しているばかりか、卵の大きさが二周りほどデカくなっている。
 何なんだ……一体。コレがレヴァーナの使うファイターのポテンシャルなのか……。
「さぁ! 俺のターン!」
 レヴァーナはコントローラーをヌンチャックのように振り回し、完全復活した白卵に上機嫌でコマンドを送った。
「超裏必殺! フライングスモウレスラー圧縮!」
 白卵が宙を舞う。そして私のハチマキ卵の真上で静止すると、両手両足を大きく広げて覆い被さって来た。
「遠慮なく潰れろ!」
「させるか!」
 アタシは叫んで両足を目の前まで上げ、コントローラーを固定する。そして空いた両手の人差し指で、ボタンを突き壊さんばかりに連打した。
 モニターの中ではアタシのハチマキ卵が、がっちりクロスさせた両腕を頭上に掲げて白卵のボディプレスを受け止める。
「ほぅ! 避けずに来たか! いい根性だ!」
「お前なんかに負けてたまるか!」
「いい目だ! 俺が知ってる中では一番良い顔付きになったぞ! ミス・メルム!」
「お前にアタシの何が分かる!」
「分からんさ! 殆どのことはな! だが!」
 レヴァーナは両腕が何十本にも見えるくらいの速さで連打しながら、アタシの方に顔を向けた。
「キミが負けず嫌いで意地っ張りで強情で、極めて純粋な心の持ち主だとはいうことは知っている!」
「寝言は生まれ変わって言え!」
 憎たらしいレヴァーナの顔を睨み返しながら、アタシは五本の指を全て投入して連打の速度を上げる。しかしモニターの中ではアタシのハチマキ卵が徐々に押され、潰されそうになっていた。
 もっとだ! もっと早く! もっと強い力を!
「どうしたメルム! キミの力はそんなものか! そんなことでは究極の連打をマスターできんぞ!」
「やかましい! 誰がそんなモノをマスターしたいか!」
「キミは天才なんだろう! 天才は万能で何でもできるんじゃなかったのか!」
「そうよ! アタシは天才! 大天才よ! だからアンタなんかに負けるはずない!」
 そうだ。アタシは超天才だ。ギルドのドールマスターランクが一位のヤツ相手でも勝てる自信がある! だからバカになんか負けるはずがない!
 だが――押し返せない。
 こんなに頑張ってるのに。こんなに本気になってるのに。他のこと全部頭から追い払って、コイツに勝つことだけに集中してるのに……!
「さぁ受け入れろメルム! コレが俺の愛だ!」
「キモいんじゃお前はー!」
「俺にそんなことを言ったのはキミで五百七十六人目だ!」
「とっとと自覚しろ!」 
 ハチマキ卵の体が地面に押しつけられ、
「どうだ! 上には上がいることを思い知ったか!」
「認めるか!」
 全身にヒビが入り、
「口で言っても分からないなら体で分からせるしかないな!」
「お前が言うと卑猥なのよ!」
 白卵と地面の間隙が殆どなくなり、
「フィニーーーーーーシュ!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁ!」
 ――潰された。
 僅かな間が空いた後、画面には『バトル・オーバー』の文字が表示される。
「終わった、な」
 逆立った髪の毛をキザっぽくかき上げながら、レヴァーナは気取った仕草で勝利宣言する。
「負けた……」
 アタシが……。このアタシがバカに負けた……。
「メルム、キミは意地っ張りだから口で言っても分からない。だから俺はこの対戦を通じてメッセージを送ったのだよ。受け取ってもらえたかな?」
 静かにコントローラーを置き、レヴァーナは柔和な微笑を浮かべながら諭すような口調で話し掛けてくる。
「メッセージ?」
「ああいや! 何も言わなくていい! 今のキミの顔を見ていれば伝わったことが十分に分かる!」
 何を言ってるんだ、コイツは。
「人を憎むなんて悲しいことだ。いいかいメルム。充実した人生を送る上で必要なことはたったの四つだ。すなわち――『愛、努力、友情、勝利』」
「どう見てもごり押しだろーが!」
「まったく……キミの意地っ張りは筋金入りだな」
「お前のバカ度合いがだろーが!」
 コントローラーを床に投げ付け、アタシは長い髪を振り乱して喚き散らす。お団子に纏めていたのに、いつの間にか解けてしまったらしい。
「ま、とにかくだ。勝負は俺の勝ち。約束は果たして貰うぞ」
「く……」
 白スーツの襟元を正しながら言うレヴァーナに、アタシは歯がみしながら呻き声を漏らす。
「――と、言いたいところだが、もう聞き入れてくれているようだな。結構結構」
「あん?」
 一人納得して頷くレヴァーナに、アタシは眉間に皺を寄せた。
「今から俺の母に陰湿なイヤガラセをしようなんて思わないだろ? ましてや俺に殺して欲しいだなんて」
「……っ」
 私はなぜかレヴァーナを顔を見ることができずに、慌てて視線を逸らした。
 ほんの数十分前、私は確かにそんなことを考えていた。どうやってラミスの契約したドールマスターを殺そうか、どうやってラミスを追い込んでいこうか、どうやって私と同じ苦しみを味あわせようか。
 心底本気でそんなことを考えていた。
 今だってその気持ちが全くないわけじゃない。むしろ半分以上は残っている。だが、理性で抑え込み、冷静になって常識的な判断ができるくらいにはなっていた。
 部屋の壁にあるスチールラックに視線を向ける。ソコにはミニチュアサイズの銃や剣を携えたドール達。今は小さい武器でも真実体になれば大きくなり、たちまち人殺しの道具に早変わりする。
「さっきまでのキミはイライラが溜まって溜まってしょうがないって顔してたからな。俺の力を使って母に近づくなんてことを言い出した時からおかしいと思ってたんだ。権力なんてキミか大嫌いなモノを頼るなんてな。どうだ? 一つのことに集中して思いきり体を動かした気分は。ちょっとはスッキリしただろう?」
「連打していただけではないか」
「言っておくが、ちょっとキツいくらいのスポーツ何かよりずっとエネルギーを使うぞ。全財産賭けてもいいがキミは明日間違いなく筋肉痛になる」
「そんなモンに賭けるな」
 ふてくされた声で言いながら、私は肩を軽く回してほぐす。
 ……確かに、筋肉痛は避けられなさそうだ。
「一つ聞かせてくれ。もし私が勝っていたら、お前は本当に何でも言うことを聞くつもりだったのか?」
 私が『ラミスを殺せ』と言ったとしても。
「ああ、勿論。話を聞くくらい、いくらでもしてやる」
「……は?」
 スーツの胸ポケットから取り出したクシで髪をセットし直しているレヴァーナに、私は呆れた顔を向けた。
「キミの話くらいいつでもドコでも何でも聞いてやるぞ。何なら今ココで胸の内を晒してみるか?」
 はっはっは、と悪びれた様子もなく笑うレヴァーナに、私は全身から力が抜けていくのを感じた。
 『言うことを聞く』というのは、本当に言葉通りの意味だったのか……。
 ……全く、コイツといるといつも調子を狂わされる。実に不愉快だ。
「さて、キミのヤサぐれた心を解きほぐしたところで、俺が母を超える手伝いでもして貰おうかな」
「……もう勝手にしろ」
 どうせイヤだと言ったところで、コイツはまたごり押しで私に言うことを聞かせるに違いないのだ。ソレが分かっていて労力を無駄に消費するのは愚か者のやることだ。
 私は天才だ。だから愚か者ではない。効率的な道を選択して歩んでいるだけ。
 そう、ただソレだけだ。それ以上の意味などない。
 ……ま、その効率的な道を歩むついでに私の力を少しくらい貸してやっても、そんなに疲れないだろう。このバカがどうしても必要だというのなら。
「なーにニヤケて嬉しそうにしてんだよ、お前は」
 ドコから沸いたのか、ハウェッツが私の肩にとまって茶化すように声を掛けてくる。
「だ、誰がニヤけてるか!」
「あれー? っかしーなー、俺には確かにそう見えたけどなー」
「どうやら剥製になりたいらしいな」
 わざとらしい悲鳴を上げ、私から逃げようとするハウェッツを捕まえようと手を伸ばした時、何の前触れもなく大きな揺れが部屋全体を襲った。
「何だ!?」
 レヴァーナが声を上げて窓の外を見る。
 ソコでは巨大な竜が街路樹をなぎ倒し、威嚇の咆吼を上げていた。そして竜の前に立っているのは、両手に直接剣が生えた女性。俊敏な動きで竜の爪をかわしながら、分厚い鱗に剣を突き立てている。
「あれは……ドール……」
 ドール同士が戦っている。
 ココから遠く離れた中心街の方でも、煙と炎が上がっていた。空には鳥型やコウモリ型のドールが舞っている。
「始まったか」
 いつになく真剣な表情で、レヴァーナは鋭い視線を紅い光景に向けていた。
「始まった?」
「教会とジャイロダイン派閥の抗争がだよ」

=================報告書====================
■メルム=シフォニーについて■
 Bプラン、セカンド・フェイズ終了。
 サード・フェイズに移行。

■教会側の動向■
 公に交戦を開始。ドールマスター指揮はジェグ=ドロイト。
 リヒエル=リヒターよりこれ以上教会に潜伏するのは危険との報告あり。本体側の判断を待たずして消失。逃亡したと思われる。
 『終わりの聖黒女』は確認できず。

■本体側の動向■
 教会からの攻撃を受ける。被害、約二パーセント。反撃行動を開始。
 王宮側、上層部への交渉が終了。王宮側の全兵士の指揮権を本体が持つ。
 教会鎮圧のための行動を要請中。

■王宮側の動向■
 コチラの要請に反応無し。 

 以上
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