ロスト・チルドレン -screaming the deadly ambition-

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  Nightmare.8【未来 -endless nightmare-】  

Inner Space #9.
Governmental Organism.
School Area "Healing Room".
PM 01:55

―第9インナー・スペース
 政府組織
 スクール・エリア『ヒーリング・ルーム』
 午後1時55分―
 
View point in リスリィ=アークロッド

 どうして止めなかったんだろう。
 私はどうしてあの時、ミゼルジュさんを止めなかったんだろう。
 分かっていたのに。何をしようとしているのかは分かっていたのに。
 銃口がアディクさんじゃなく、ミゼルジュさん自身に向けられていた事はなんとなく分かっていたのに。
 だって泣いていたから。誰か助けてって、言ってるのが見えた気がしたから。
 止めちゃいけないと思った……? 止める権利がなかった……?
 違う。そんなの言い訳だ。
 止める勇気が無かっただけだ。止める自信が無かっただけだ。
 本当はミゼルジュさんがどうしたいのか。本当にソレを止めて良いのか。
 自分の心に確信が持てなかった。だからあの時、動けなかった。何も出来なかった。
 せっかく、少しは変わってきたと思ったのに……。アディクさんのおかげで、少しずつ自信が付いてきたと思っていたのに……。
 けどソレは所詮、まやかしの自信だった。アディクさんが側に居て初めて持てる、まやかしの自信だった。
 アディクさんに付いていけば大丈夫だと思っていた。レコード物質の回収も、アディクさんが居てくれたから成功した。地下施設でも、アディクさんに言われた通りにしていたから生き延びられた。背中をずっと追い掛けていたから迷わずに済んだ。ソレ以外、何も考える必要はなかった。
 アディクさんは正しい。アディクさんの判断は間違っていない。だから――
 今回も、アディクさんなら……きっと何とかしてくれるって、思ったんだ。
 ミゼルジュさんが考えてる事も全部分かってて、ソレをどうすれば解決できるかも全部分かってて、私なんかじゃとても考えつかない方法で何とかしてくれると思ってたんだ。
「馬鹿だ……。私、本当に馬鹿だ……」
 そんな、人の力ばっかり頼りにして……。今なんか、人のせいにしようとして……。
 最低だ……。本当に最低の人間だ……。こんな最低の人間……。
「何で、生きてるんだろう……」
 いっぱい人が死んだ。私よりずっと強い人が沢山死んだ。私よりずっと生きる価値のある人が沢山死んだ。私よりずっと周りから必要とされている人が沢山沢山死んだ。
 なのに、どうして私は……?

『人には向き不向きってのがある。お前はバックアップが向いている。俺は戦闘が向いている』

 私が、戦ってないからだ……。物理的にも、精神的にも。
 ずっと誰かの影に隠れて、コソコソしてる……。

『誰も特別な力なんか持っていない。自分の力とは少しだけ方向性が違うだけだ。ソレが『特別』に“見える気がする”だけだ』

 じゃあ、大丈夫なのかな……。私なんかが大それた事考えちゃって、大丈夫なのかな……。今度は、私が他の人を……。アディクさんを――
「……うん」
 そうだ。そうしないと釣り合いがとれない。このままじゃ一生掛かっても本当の自信なんか持てない。 
 このままじゃ駄目なんだ。もっと根本の所から変わらないと。自分から変わっていかないと。じゃないと、また、こんな……。
「おっ取り込み中ワリーなー」
 突然、室内に響いた声に私は顔を上げる。
「半裸の死体膝枕して語り合ってるトコ、マコトに申し訳ないんだがー。終わったぜ」
 ヒーリング・ルームの出入り口付近に、ボロボロのインプレート・ウェアを着た男の人が立っていた。
「終わっ、た……?」
「我らがアミーナ姫様が完成させたって事だよ」
 完成……アミーナさんが……。
「いやー、ケッサクだったぜケッサク。もー大ウケ。1番最初にユティスのダンナの力見た時も笑い転げたけどな、今回のはソレ以上ってアンバイだ」
 軽くたわめた膝をバシバシと叩きながら、彼は上機嫌で言う。
「コレでロスト・チルドレンになるかもー、なんてケッサクな心配せずにインサート・マター使い放題って事だよなー。おっと、お体への気配りは忘れずに、だけどよ」
 完成……そうか。もう、出来たんだ……。
「なーん体くらい居たかなー。50? 100? ソイツらが一気にバタバタバタバターッ! だ。ロスト・チルドレン、恐るるに足らずってね」
「じゃあ……」
「ん?」
「じゃあ、攻められるんですね? 今度はコッチから」
「へ?」
 アミーナさんが完成させてくれたのなら。バイオチップを外から制御出来るようになったのなら。私達の方から、テロに――
「お、おぅ……。そうだな。ただなぁ、その機械ってのが、元々研究所の連中が作ってたヤツをベースにしてるから、やたらデカくてなぁ。ポータブルってワケにはいかねぇんだよ」
「バイオチップを制御出来るんなら、暴走してたロスト・チルドレンをコントロールする事も可能なはずですよね」
「ま、まぁな……。今、ソレやってるトコだよ」
「急ぎましょう。アディクさんはもう1人で行ってるはずですから」
 だから、こんな所でいつまでも落ち込んでる場合じゃないんだ。いくらアディクさんが強いっていっても、1人じゃ……。
「アディク? アイツが? なーんでアイツがテロの秘密基地の場所知ってんだよ」
「絶対に分かってます。あの人はそういう人ですから」
「根拠は?」
「勘です」
「か……」
 即答した私に彼は少し目を大きくした後、弾かれたように大声で笑い始めた。まるで一生分の笑いを今ココで使い果たしてるんじゃないかと思うくらいに。
 確かに可笑しいだろう。自分でも変な事を口走ってると思う。勘で相手の事が分かるなんて。自分の事すらよく分かっていないのに、そんな曖昧な物で他人の事が分かるはずない。
 そんな事が出来ていれば、きっと私は捨てられなかった。パパとママの考えていた事が分かれば、手遅れになる前に何とかできた。ソレが出来なかったから、私はココに居る。そして今になっても2人が何を考えていたかなんて、ハッキリとは分からない。
 けど、アディクさんの事はなんとなく……。
「ま、まーまー、女の勘は当たるって昔っからの相場だからねー。ナルホドナルホドー」
 一通り笑った後、彼は余韻に体を震わせながら私の方を見てくる。
「アミーナって女も、殆ど勘で完成させたって言ってたからなぁ。あの機械。いやー、女って恐いねー。ケッサクだわ、コリャ。お手上げ」
 そして両腕を持ち上げ、面白そうに口を曲げながら言った。
「あの女からテロの本拠地らしき場所は聞いてる。ま、あの女がテロに居た時と今とじゃあ勝手が違ってるだろーから、そこにアディクが居るかどうかは分からないけどよ。どーだい? 女の勘的には?」
「居ます。そこにアディクさんは居ます。必ず」
 迷わず言い切った私に、彼はまた子供のようにはしゃぎながら笑う。
「よーし、オーケーオーケー。じゃあついでにもう1つ、女の勘で判断して貰おうかな」
 どこか得意げに言って彼は私の近くにしゃがみ込み、ミゼルジュさんの髪を撫でながら視線をコチラに向ける。
「ブッ倒れたロスト・チルドレンを使えるようにするにはまだ時間が掛かる。あの女の腕次第で、1時間後にも、1日後にも、1ヶ月後にも、1年後にもなる。そこで、だ。どうする? アンタの勘的には」
「どうする、って……」
「今から2人で行くってのは。アディクんトコに」
「2人……」
 私と、この人の2人で……。
 今から……今すぐに……。アディクさんの、居る所に……。
「行きます」

Outer World.
Main Plant in Underground.
Fifth Basement. Aisle.
PM 02:31

―アウター・ワールド
 メイン地下施設
 地下5階 通路
 午後2時31分―
 
View point in アディク=フォスティン

 後ろから飛んでくる氷のヤリを避けながら、俺は前転して通路の曲がり角に入り込む。直後、コンマ1秒前まで脚があった位置を、氷柱が覆い尽くした。俺は口笛を吹きながら、たった今できた金属通路の裂け目に超小型爆弾マイクロマインをセットする。そしてシルバー・スケールの細長い通路をひた走った。
 やれやれ、向こうも必死だな。たかがドブネズミ1匹に大層な歓迎ぶりだ。
 まさかこんな奥にまで入り込まれるとは思ってなかったんだろう。カーカスの試運転状況を、どっか安全なモニタールームで観戦。ソレが終わったら派手にドラッグ・パーティー。で、セックスしてシャワー浴びて寝る。多分こんな予定だったんだろう。
 まぁそんなつまらないことしてないで、もっと俺と遊ぼうぜ。奥の奥にまで入り込んで、サイコーにコアなエクスタシー感じさせてやるからよ。
「ッハハ」
 楽しい。楽しいねぇ。
 難しいことなんか何も考えず、ただ気の向くままに暴れるってのも結構イイモンだ。
 カーカス。お前はミッションの間中、ずっとこんな気分だったのか? 下らない悩みなんか全部放り捨てて、目に入った奴を殺すことだけ考えてたのか? それとも俺の方睨み付けながら、ずっとジェラシーしてたのかぁ?
 けど良かったなぁ。最後の最後で答えが見付かって。今は俺がお前にジェラシーだよ。
 でもきっともうすぐだ。もうすぐ俺の方も答えが見付かる。そんな気がするんだ。単なる勘だけどな。けど俺の勘は良く当たるんだぜぇ? リスリィと2人で行ったミッションじゃ、その勘でロスト・チルドレンが居るの当てたからよ。
 だからもうすぐだ。もうすぐ見付かる。そしたらすぐに固定するから。そしたらアッチでお前と答えをぶつけ合うってのも悪くないかもなぁ。
「ッハハ!」
 情けない悲鳴を上げながら逃げていた研究員の背中を後ろから貫く。そしてすぐに構成を解放し、一瞬で火だるまを完成させた。
 と、視界の隅に3桁の数字が2つ表示される。268と186。
 ロスト・チルドレン。さすがにメインベースなだけあって、どんどん湧いて来やがる。ココはロスト・チルドレンのショールームか?
 俺は数字の方に顔を向け、
「おっとぉ」
 反射的に身を低くして何かの塊をやりすごした。そして背中で歪な音がし、割れた金属片が後ろから飛んでくる。
 知った顔だった。今、目の前でアブナい笑みを張り付かせているのは、以前に見たことがある奴等だった。
 1つ前のミッション。武装運搬車輌の中で乗り合わせた奴ら。チーム・アルファとチーム・ベータのメンバーだった2人。カーカスと違って、もう完全にロスト・チルドレン化してやがる。
 すごいなぁ、リスリィ。お前の言った通りだよ。ちゃんと俺達以外にも生き残りがいたじゃないか。お前の勘も大した物だ。俺の負けだよ。
「ねぇー。あそぼー」
 けど――
「そんなに暇じゃないんでな」
 言いながら俺は空間を跳び渡り、2人のバックを取る。そして両腕に展開させた層状の炎を一気に解き放った。
 真っ赤な舌でなめ取られ、身を焼かれていくロスト・チルドレン達。しかし何事もなかったかのように俺の方に振り返り、にまっ、とイヤらしく微笑む。
 さすがにこの辺りのK値になると、こんなチンケな技じゃ効かないか。やれやれ。
「ふふっ、ふふふふっ」
 左の奴が声を漏らしたと思った瞬間、目の前が白く爆ぜる。そして異常な量の光と熱が俺の全身を包み込み――
 ――ッリィッ!
 ヒビが大きくなった。
「っはは」
 俺が見ていたのは2つの首。両手に持ち、高さを変えながら眺めている。
 自分でも何をしたのかよく分からない。気が付くと2人は死んでいて、俺の左目は見えなくなっていた。腕にぼたぼたと落ちる血の量からして、かなり深く抉られたようだ。
 今あるのは結果だけ。間のことはすっぽりと抜け落ちている。
 だが取り合えず勝つには勝てたようだ。
「まぁ、負けないさ。まともに喋れるウチは……」
 ロスト・チルドレンのサイキック・フォースは確かに強力だ。だがソレを扱う土台がグロスなんじゃあ、トレジャー・スクラップだ。本当の意味では活かしきれない。
 けど俺はちがう。まだ人間とロスト・チルドレンの中間にいる。だからケイカクセイを持って力を扱える。イヤちがうなコウリツテキに……。コウカ的な……。
 クソ……だんだんまともに考えられなくなってきた。かなりキテるな。もっと逃げることをユウセンさせるか。
 俺は2つのグロいオブジェを投げ捨て、適当にマイクロマインをセットして通路を奥へと走った。
 さぁて、アイツら以外にもまだ“生き残り”はいるのかなぁ? もしアイツらだけだったらリスリィ、お前のおネガいは届かなかったってことになるなぁ。ミンナ死んじまったんだもんなぁ。
 けど、そうしたらお前はきっと、また別のおネガいをするんだろうなぁ。何かしらキボウを見つけようとするんだよなぁ。
 羨ましいよ、その性格。俺にはどれだけ器用に宙返りしても、そこまで辿り着けそうにない。そんなラッカン的にはなれない。お前のソレは持って生まれた才能だな。俺にもお前みたいな考え方がちょっとでもできればって、今何となく思った。
「っはは」
 おいおい、さっきからジェラシーだの羨ましいだの、いつから俺はそんなにヒクツな奴になったんだ? 俺はもっと自分だけを見てて、他の奴のことなんかどーでもいいがモットーの男だっただろ? それなのに――
「っははは」
 おっと、今まで通りの俺じゃ駄目なんだったな。ソレじゃ答えが出ないんだったな。
 だったらもっと加速させるか。行き着くところまで行くか。
 ああ羨ましいよ、妬ましいよ、ジェラシーだよ。
 答え見つけてすぐに死ねたミゼルジュが羨ましいよ。カーカスが妬ましいよ。イツも前向きなリスリィにジェラシーだよ。
 俺達を何とかして助けようとしてくれたヴェインはソンケーするよ。別に放っておけばいいのに、わざわざロスト・チルドレン止めに来たアミーナはケーアイするよ。いつもニコニコして、嬉しそうにはしゃいでるユティスにはどこまでも頭が下がるよ。
 ユティス……。俺も、ああいう風になるのかな。ああいう風になれるのかな。
 素直で、真っ直ぐで、幸せそうで楽しそうで。親を、大切にできる――
「あれ……?」
 両手に重みを感じ、俺は脚を止めた。
 いつの間にか、また手から頭が生えていた。ロスト・チルドレン……か? もうよく分からないな。そう言えば左目が見えるようになってる。いつからだ? 代わりに指の数が2、3本へってる。いつの間にだ?
 なんだか時間の感覚がアイマイだ。いや、俺の存在自体、怪しくなってきている。
 だんだんロスト・チルドレンに近付いてきている。
『次だ』
 知らない男の声がして、俺は顔を上げた。
「――ッ!」
 腹に熱が走り、俺の体は大きく後ろに跳ね飛ばされる。そして硬い床で1度バウンドし、背中から倒れ込んだ。見えたのは白い天井だった。ライトが沢山付いていて、目がくらむほどに明るく光っている。
 ドコだココ。俺はココで何をしているんだ?
『殺すなよ。素晴らしい素体だ』
 ああそうだ。確かアレから2階分ほど下に降りて、通路がずっと真っ直ぐ伸びいて、突き当たった所の部屋に入ったら――
「っぁッ!」
 目の前で赤い液体が飛び散る。ソレが自分の物だと分かった時、視界が急に開けた。ぼんやりとしていた頭があっと言う間にクリアになり、自分の置かれているポジションを勝手にハアクする。
 そうだ。もう1本道しかなくて。階段もエレベーターもなくて。1つしかない部屋に入ったら、ロスト・チルドレンが団体さんが出迎えてくれて。
「お前がココのボスか」
 高い位置にある横長の強化ガラス。その向こうからコチラを見下ろしている男を睨み付け、俺は寝転がったまま言った。
『行け』
 しかしソイツは何も返さず、単調な言葉で指示を出す。
 やたらとダダっぴろいキューブ型の空間。まるで牢獄のように閉じたスペース。俺の足元からロスト・チルドレンが3体、滑るような動きで近付いて来ていた。
 いや、本当に滑っているのか。よく見ると足の裏が少しだけ床から離れている。
「っはは」
 可笑しいなぁ。滑ってるみたいだと思ったら、本当に滑っていたんだ。エアー・スケーティングってヤツか。なるほどなぁ。こりゃ可笑しい。最高だ。
「っはははははは」
 1匹目の顔が俺の目の前に来て、
「ほら笑えよ」
 俺は前に……いや、真上に手を伸ばしながら言った。
「お前らもさ、もっと楽しそうな顔しろよ」
 大の字で横になった姿勢から腕を突き出し、手をひらひらとさせながら俺は呟く。集まってきたロスト・チルドレン達は、そんな俺の仕草を不思議そうな表情で見つめ――
「一緒に遊ぼうぜ」
 にまっ、と微笑んだ。
 そして俺の指と指の間から氷のヤリが生える。
「そうこないとなぁ」
 左の奴の喉と右の奴の胸を貫き、氷は更に太さを増した。
「コレがもぅ、サイゴだもんなぁ」
 そのまま2匹を体の内側から引き裂――水蒸気が視界をおおう。俺の体を、空間全てを包み隠す。
 溶かしやがったか……。
『あっははははー』
 俺の物ではない笑い声。ソレがエコーがかって何度も何度も聞こえ――いや、エコーじゃない。3匹が……ココに居る殆どのロスト・チルドレンが笑っているんだ。さしずめ悪趣味なレクイエムの大コーラスってトコか。
「ッハハハ……」
 立ち上がろうとして左脚に生じた痛みでうずくまり、俺は同じように笑いを漏らした。そして足を貫いていた杭のような物を抜き取り、俺は両脚で立ち直す。
 楽しいねぇ……。楽しすぎて死んでしまいそうだ。
『そのまま大人しく寝ているんだ。この数相手にこの視界では勝ち目が無い』
 あー、何だか雑音が聞こえるなぁ。せっかく人が良い気分になってるってのに……。
「ッハハ……」
 腹に穴が開いたような感覚。体の全ての力が抜け落ち、ヒザが落ち、体の上半分が落ち――四つん這いになって支えた。そしてまたゆっくりと身を起こす。
『お前は素晴らしい才能を秘めている。私がソレを引き出してやる。だからこんなつまらない場所で潰すな』
 あー、ウゼェ……。何だよ。誰か何とかしろよ、このクソッタレなノイズ。
「ハ……」
 いきなり全身のバランスを持って行かれた。今まで感じたことのない感覚に、俺は這いつくばり――が、右ウデから手応えが返ってこずに、ほっぺたから床に叩き付けられた。
『片腕ではさすがにもう無理だろう。お前は利口な選択が出来る男だ』
 ウルセェ……。
『私はお前にかつて無い期待をしている』
 ウルセェ。
『お前ならば第2のユティス=リーマルシャウトとなれる』
「ウッセーんだよ!」
 ――ッギ――ィッ!
 叫び声と共に辺りのモヤが一気に吹っ飛ぶ。そして力は空間をねじ曲げ、声の所にブチ当たった。鈍く大きな音。耳の奥でずっと溜まっている大きな音。ロスト・チルドレンからの悦びの声。上の方からの驚きと恐がる声。
 金属の欠片、ガラスの欠片、空気の欠片。色んな物が空から降ってくる。
「――かっ」
 そしてカラダから重みがキえた。
 なんのハンノウもできず、オレは背中から床に転がル。
『右腕の復元能力リザレクションに、空間歪曲ディストーションを攻撃に応用。強化金属ガラスをあっさりと、か……』
 ヤバい……。消えル。オレがきえる。オレが……なくなる……。
『ところで、まだ私の声は聞こえているか?』
 イヤだ。まだオワらない。おわりたくない……。
 コタエ……こたえを見つけなイと……。
『ほぅ、まだ人間らしい動きをするか』
「クソの……ゲロブタやろう……」
『大した物だ。喋れるのか。だがそのくらいにしておけ。もう抵抗するな。異常個体に成りたくなければな』
「ハナから……ススムつもりは……」
 オレは首のあたりのボタンを、決められたじゅんで押し――
「ない……」
 力をぬいた。
 もうダメだ。もうウゴかない。だが、コレで――
『爆発は起こらんよ。いつまで待ってもな』
 ウザいコトバがふってくる。
『お前がココに来るまでに仕掛けていたマイクロマインは全て解除させてもらった。極めて単純で単調な作業だったよ』
 なん、だと……?
『順調に攻め込んでいた? 違うな。お前は単におびき寄せられただけだよ。上の方であまり派手に暴れられると、今後の研究活動に支障が出るんでね』
 は……。
「はははっ……」
 下らない。おわりか。こんなクダらないサイゴでおしまいか。
 ブザマだ。サイテーのサイゴだ。
 ケッキョクおれだけか。オレだけ、コタエを見つけられないまま……。
 サイコーにサイテーだ。何だったんだ、オレは……。オレのキボウは、どうすれば……。
《ゼロ・プログラムを起動しました。この建物は後20分で爆発します。内部に残っている方は至急避難してください。繰り返します……》
 カラダが大きくゆれた。ガクガクガクガクと、心地よいゆれに包まれて――まるでユリカゴにでも入れられているようで……。
『誰だ!』 
 上からあわてふためく声がふってくる。あせる声がきこえてくる。
 いいねぇ。イイかんじだ。そうそう。もっと楽しまないとなぁ。まだおわるには早いよなぁ。サイゴなんだからなぁ。
『クソ! 止めに行くぞ!』
 まぁそうツマラナイこと言うなよ。ゆっくりしようぜ。
 なぁ? お前らもそうおもうだろ? もっとアソビたいよなぁ。アイツらといっしょに、もっともっとあそびたいよなぁ。だったら――
『な……!?』
 そうそう。そうこないと。なかなかいいノリだぜ、お前ら。サイコーだよ。
『何をしている! ちゃんと制御しろ!』
『む、無理です! 言う事を聞きません! 指示を受け付けません!』
『フザケルナ!』
 っははは。ムリムリ。ハナからアイツらにはお前らのコトバなんかきこえてないんだよ。ただタノシイことをしてあそんでくれてたから、アソビあいてを探してくれたから、“しずかにしてた”だけだ。
 けどオトナはオトナ、コドモはコドモ。
 やっぱ、気が合うものどうしの方が、そりゃタノシイわなぁ。
『貴様ら……! もぃいい消せ! アイツら全員消し飛ばせ!』
 ほらエンリョするなよ。もっといっぱいジャレてこいよ。いっぱいいっぱい“はしゃいでこいよ”。なぁ?
『た、助けて……! 助けてくれ!』
『逃げるな! 私を守れ! 早く消してこい!』
『死にたくない……! 死にた――』
 っはははは。何いってんだよ。アソビはアブナイからたのしいんだろ? お前らもそうおもうよなぁ? だったらシッカリつかまえてないとなぁ。じゃないとアソんでくれなくなるぞ?
『――ァ!』
『……ッ! ああああああぁぁぁ!』
『――ぁ、な……』
 そうそう。そのちょうし。ホント、サイコーだよお前ら。もうサイコーのキブンだ。コレでおわるんなら、わるくない……。セイフもテロも、ツブして……サイゴにこんなキモチになれるんなら――
『コイツ、ら……! どけ……! 私を逃がせ! お前らが先に死ね!』
 そうか……なんだ。コレが“こたえ”か……。クダらない。
『お前らが……! な……!?』
 こんなものがオレの“こたえ”だなんて、みとめたくない。
『こんな、事で……』
 だがまぁ、みとめるしかないか。クダらないし、クヤしいが。
 そう言えばこういうのがスキなヤツがいたな。ダレだったか。
『こん、な……』
 たしか、アタマがイツもハッピーバースデーの……。 
「アディクさん!」
 そうそう。ちょうどこんな声をした――
「逃げますよ!」
 カラダがおこされる。そしてよく知ったカオが目の前にあらわれて、
「っはは……」
 思わずワラいがもれた。
 またか。またコイツか。
 本当に、どこまでもオレに付きまとう女だ。よわいくせに。足デまといにしかならないクセに。なにかと人のセワをやきたがる。
 まさかこのオレが、こんなヤツに2回もカタをかりることになるとはな。
 カッコワリィ。ブザマだ。ナサケねぇ。サイテーだ。
 だいたいお前、どうやってココまで来たんだ? どうしてココが分かったんだ? このユレはやっぱりお前のシワザなのか?
 いや……もうそんなことはどうでもいいか。
「はなせよ……」
 オレはつぶやき、カラダの力を抜く。
「ゃっ!」
 小さくヒメイを上げ、リスリィはオレの重みに引きずられてたおれ込んだ。
「立って! 立って下さい! アディクさん!」
 立つ? 立ってどうする。逃げるのか? バカ言うなよ。
 やっと見つけられたんだ。オレのこたえを。
 オレの“いばしょ”ってヤツを。
「1人で行けよ……」
 手足をなげだしてねころび、オレはキモチのいいゆれにカラダを任せた。
 ああ、きこえる。カラダにシミわたってくる。アイツらのこえが。タノしそうにアソブこえが。いいなぁ。もう少し休んだら、オレもいくからなぁ。
「駄目です! そんなの絶対に駄目です!」
 オレにおおいかぶさるようにして、リスリィが大声でさけんでくる。
「決めたんです! もう決めたんです! 私がアディクさんを支えるって! 今度は私の番だって!」
 そしてカオになまあたたかいシズクが。
 このバカはホントウにバカだな。お前1人の力でどうにかできるワケないだろ。今だってホラ、もち上げられないじゃないか。ハナからできないことを言うな、バカ。
「アディクさん言ってくれたじゃないですか! 私にはバックアップが向いてるって! 支えるのが合ってるって! 言ってくれたじゃないですか!」
 言ったか? そんなこと? わすれたよ。もう……どうでも……。
「嫌! 捨てられるのはもう嫌! アディクさん! お願いだから……!」
 支えるのが、ね……。
「パパも私を捨てた! ママにも捨てられた! けど貴方に会えた! だから……! だからまだアリガトウって言えてた! けどもう無理! もう捨てられたくない!」
 オレがお前を……。コンドは、お前がオレを……?
「お願い立って! もう時間が……!」
 一方テキに寄りかかるのではなく、ジブンの力だけに寄りかかるのでもなく、互いに支え合って――
「アディクさん!」
 そうか……お前だったんだな……。
「お願い……!」
 オレの“こたえ”をもっていたのは、お前だったんだな……。お前がサイショから……。
「逃げて……! お願い!」
「リスリィ……」
 だったらお前は――
「サイゴにお前に会えて、よかった」
 生きろ。
「――!」
 また、なまあたたかいカンショク。
 リスリィの口からオレの口をハナし、サイゴの笑みをうかべる。
「じゃあな」
 ――ィ――ギ……ィィィィッ!
 きえた。
 りすりぃがきえた。
 そしておれも もうすぐきえる。
 まぁいいさ。あいつが“こてい”してくれるんなら、それが1ばん いい。
 あいつの びょうきが おれをころすのが さきか。ここが くずれおちるのが さきか。はりあうのも わるくない。
 おれは からだを おこす。
 またせたね。さぁ いっしょに あそぼう。おれも なかまに いれてくれよ。
 いっしょだよ。これからは ずっといっしょだ。ずっとずっといっしょだ。
 ぼくたちは なかま。ここがぼくたちの いばしょ。あんしん できる ばしょ。
 みんな いるから。ひとりぼっちじゃ ないから。
 みんながいれば きっとなんでもできるよ。なんにも こわくないよ。
 だっていっしょだもん。たのしいもん。たのしいから こわくなんか――
「やぁ。また会ったね」
 こえ……だれ?
「こんなところで何をやってるの?」
 きみは――
「ここはアブないだろ?」
 かーかす……。シんだんじゃ……。
「アソブんなら、そとに行こうよ」
 そうか……すろと・チルドレンだから、か……。
「ほら、早く。みんなそうしたがってる」
 死にかけたとしても、カラダがまだノコっていれは……そしてニンゲンセイがまだノコっていれば、それをギセイにして再生する。Kチを下げて、キズをいやして、よみがえる。大切な物を捨てでも生きたいと思うキモチちが、そうさせる。だからカーカスも……。
 あの時のアレはまだ死んでなかったのか? ヒョウメンだけ黒こげで中はまだ生ヤケだったのか? 相変わらずしぶといヤツだ。ダテにスロットを5コも持っていないな。
「カーカス」
 ――ッ!?
 突然自分の口から飛び出した鮮明な言葉に、俺は死地を垣間見たような悪寒を覚えた。
 何だ……? やけに頭がスッキリしている。思考が効率的な筋道を辿って、論理的に結論を求めていく。
 俺はもう限界だったはずだ。ロスト・チルドレン化が進み、人間性の殆どを放棄したはず。そしてリスリィをこの施設から出すため、僅かに残っていた物を全て捧げた。バイオチップに全意識を売り渡した。
 あとはカーカスやコイツらと同じようになるのを待つだけだったはず。
 なのにどうして……。
「リスリィ、か……」
 呟き、頷く。
 考えられる原因と言えばそのくらいしかない。
 この土壇場で都合良く元に戻れる理由なんて、そのくらいしか可能性が残されていない。
「っはは」
 やれやれ。とんだブレイク・スルーをしてしまったものだ。ココに来てとはな。
「早く行こう。もうもたないよ?」
 カーカスの言葉に俺は思索を中断する。そしてやかましく鳴り響くアラーム音の裏で仕事をしているアナウンスに傾注した。
《あと5分45秒。内部に残っている方は至急避難してください。繰り返します……》
 十分だ。そのくらい時間があれば十分間に合う。
 俺は視線を上げ、強化金属ガラスの覗き窓があった辺りを見る。
 割れ散り、ねじ曲がり、そして真紅に染まったディスプレイ。体のパーツが皮膚や血管でつり下げられ、綺麗にショウアップされている。その下の壁にも人を十数人も費やしたアートが大きく描かれ、俺の目を楽しませてくれた。
「サイコーだな、お前ら」
 自然と俺の周りを取り囲んできたロスト・チルドレン達に、俺は口の端に笑みを浮かべながら言う。
「あそぼー」
「ねぇ、もっとあそぼー」
「あそぼーあそほー」
 そして口々に誘いの言葉を返して来るロスト・チルドレン達。
 いいねぇ。実に心地良い。やはりココが俺の居場所だ。はっきりと実感できる。
 本当は答えが見付かったらすぐに固定する予定だったんだが、こうまで言われたんじゃあしょうがないな。少しだけ先送りだ。
「じゃあ出るぞ。近くの誰かに触れろ。全員繋がれ」
 俺の言葉に従い、ロスト・チルドレン達は隣りに居る奴と手を取り合う。
「カーカス、お前はこっちだ」
 呼ばれ、小走りに寄って来るカーカス。彼の首に腕を回して体を密着させ、俺は目を瞑る。
 お前とは本当に付き合い長いよな。他の誰よりも長い。だからお前が俺に対してどんな感情を抱いているのかくらい、すぐに分かったさ。
 たまたまだよ、たまたま。
 本当にたまたま、お前が先だっただけだ。偶然お前が先に顔を上げただけなんだよ。
 俺だってお前の事が羨ましかったさ。俺はいつも1人で暗く悩んでた。1人じゃ解決するはずもないのに、1人で何とかしようとしてた。お前みたいに外に発散できたらどんなに楽かと思っていた。
 なのにお前は逆にソレを羨ましがった。俺が1人で苦悩している姿を見て、お前は俺が1人で何でも出来るんだと勘違いした。自信に満ちているんだと誤解した。
 違う。そうじゃない。そんなご立派な物じゃない。
 ただ単に恐かっただけだ。不安に怯えているのを、他の奴等に見透かされるのが嫌だっただけなんだ。だから無表情と無感動と無関心の殻で自分を覆って、本心を必死に隠していたんだ。ま、そういう意味では、お前は俺の作戦にまんまと嵌ってくれた訳だが。 
 笑えるよなぁ。お互いに同じ事考えてたのに、最後はこんなにも違うんだもんなぁ。
 ほんの少しの差で、こんなにも別になるんだなぁ。
 お前は、元に戻るのか? 一度死にかけて、沢山捨てて、蘇って。そこまで行ってしまった奴を、元通り呼び戻せるのか? こればっかりは、やってみないと分からないな。
「ただ、お前はしばらくこのままの方がいいかもな」
「なーに?」
 幼い声で言ってくるカーカスに俺は軽く首を振り、
「独り言だよ」
 くすんだブロンドを撫でてやりながら眼を開いた。そして逆の腕を近くに居た別のロスト・チルドレンの首に回す。
「いいか、跳ぶぞ」
 俺の言葉にカーカスと他のロスト・チルドレン達は頷き、視線の先を細くして集中する。
「全員で跳ぶんだ。足りなさそうな奴の分は、他の奴がカバーしてやれ」
 また全員頷く。さっきよりも大きく。
 俺にはもうサイキック・フォースは使えない。途中で引き返してしまったから。
 だがな――
「行くぞ!」
 お前らと、心は1つだ。

 全身が軽くなり、意識が白み始める。

 ――なんてな。

 まるで羊水にでも浸っているかのような浮遊感、抱擁感、そして安心感。

 ――我ながら頭痛のするジョークだ。

 やがて全てが純白に染め上げられ――

 ――そうだろう? リスリィ。

Outer World.
Armed Transporter Vehicle
PM 04:46

―アウター・ワールド
 武装運搬車輌内
 午後4時46分―
 
View point in ミゼルジュ=レイ

「このまま真っ直ぐでいいんだな?」
「ええ……」
 車のうんてんせきに座っているヴェインが、ワタシの方をチラチラと見ながら話し掛けてくる。まだ信じられないんだろう。ムリもない。だってワタシにもよく分からないんだから。
 こめかみに手を当てる。まだしっかりと残っている、じゅうでうち抜いたアト。両方のこめかみにある。つまり、タマはかんつうしたということ。
 でも、ワタシは生きている。
「やっとロスト・チルドレンが収まったと思ったらいきなりどっか走り出すし。戻ったらお前は死んでるし。なのに動き出すし。世の中訳の分からない事だらけってヤツだねぇー、っと」
 言いながらヴェインはあくせるをふみ込んで、さらにカソクする。
 それはきっと、他のみんなもマスターによばれたから。
 コッチにおいでって。いっしょにアソぼうって。言ってくれたから。
だからワタシたちは行かなければならない。マスターがだれなのか知らないけど、とにかくその人のところへ行かなければならない。
「ただまぁ1つだけはっきりしてる事は、だ。お前は今、ソイツの仲間入りを果たしたって事だよな?」
 言いながらヴェインはウシロのシートに目を向ける。
「そうよ」
 アミーナさんのヒザ枕でねむっているユティスを見ながら、ワタシはみじかく返した。
 つかれたんだろう。ムリもない。だってずっと1人でアミーナさんを守りつづけていたんだから。
「あのよ。もう気付いてるかも知らねーけどよ。ディレクターは、お前で調べてたんだよ。どのラインが限界なのか。どこまでが人間で、どっから先がロスト・チルドレンか……」
「ええ」
 知ってる。もうゼンブ分かった。
 アイツがワタシに与えていたのはビヤクだけじゃない。そこにバイオチップもまぜていたんだ。だからときどきカラダがネツっぽかったり、ハキケがひどかったりした。
 バイオチップへのキョゼツ反応のせいで。ヴェインがワタシにくれたクスリは、バイオチップを内ガワからセイギョする小さなキカイ。だからアレをのんだあとは、ズイブンらくになった。
 そう。ディレクターは人に任せるだけじゃなく、自分でもジッケンしていたんだ。ネッシンなことだ。さぞかし楽しいおアソビだったでしょうね。グラバッグになったら、どんなカオでコロシテくれてたのかしら。
 でも、そんなことはもう別にいい。ワタシはディレクターのことを恨んだりはしていない。だって彼はワタシに安心をくれたから。必要としてくれたから。
 そして今、ワタシにかえるばしょを作ってくれたから。
 ワタシの、いばしょを――
「不思議ですよね」
 ウシロからアミーナさんが言ってくる。
「あの子達、どうしてあんなに大人しかったのかしら」
「あの子達、って……?」
 目だけそちらに向けてヴェインがきき返した。
「インナー・スペースに運ばれてきた、ロスト・チルドレン達」
「お、大人しかったぁ? アレがですか?」
「ええ。だって普通あの数で、しかもあのK値で来られたら、インナー・スペースごと吹き飛ばされていてもおかしくありませんから」
「は、はぁ……」
 ぶっとんだアミーナさんのコトバに、ヴェインはとまどいの色を浮かべる。
「この子と2人で長く居るようになって、私よく思うんです。ひょっとしたら、ロスト・チルドレンっていうのはただの赤ちゃんなんじゃないかって。赤ちゃんみたいに、はしゃいで、我が儘を言って、泣いたり怒ったり暴れたりして。でも、コチラが優しく接してあげれば、向こうもソレに応えてくれる。人間性を無くすという事は、何も悪い事だけじゃない。今まで自分を染め上げてきた物を真っ白に戻して、1からやり直すって事でもあると思うんです。だからこの子達は、凄く純粋なんですよ」
「でもあんな凶暴で、どえらい力持った奴等ですよ……?」
「ソレは私達が先に痛い事をしてしまったから。赤ちゃんだって、ぶたれればやり返そうとするのは当たり前。自分の家に誰か知らない人が入って来たら、追い払おうとするのは当たり前。ただその時の抵抗力が普通とはちょっと違うだけ」
「“ちょっと”、ねぇ……」
 呆れたようなカオになり、ヴェインはタメイキを付きながらぼやく。
「それに赤ちゃんは色々と敏感ですから。相手の顔を見ればどんな人なのか、きっとすぐに分かるんですよ。だから貴方は生き残れたんですよ」
「そりゃあ、どうも……」
 目をほそくして投げヤリに返すヴェイン。ワタシはそんな彼のヨコガオをぬすみ見て……。
 ……分からないな。ワタシにはコイツのことはさっぱりだ。ソレは多分、まだワタシがかんぜんなロスト・チルドレンになり切れていないというショウコ。
 まぁフツウに考えたり、しゃべれたりできるジテンで、ちょっとちがうけど。
「けどちゃんと最初から言う事を聞かせる方法はあるんでしょ? テロのロスト・チルドレンはみんなそうだって聞きますけどね。でないと自滅一直線ですからね。ウチみたいに」
「ええ、そうですね。私がまだ身を置いていた時は、みんな確かに大人しかったですよ。けど、どちらが本当なんでしょうね」
「本当?」
「一応、言う事はある程度聞くテロのロスト・チルドレンと、最初からやりたい放題やる政府のロスト・チルドレン。まぁ、赤ちゃんにも聞き分けの良い子と悪い子は居ますけどね」
 ふふふ、と楽しそうにワラいながら、アミーナさんは言う。
「ねぇ、貴女はどう思う? ミゼルジュさん」
 そしてワタシのすわっているシートをかるく叩きながら聞いてきた。
「ロスト・チルドレンって、何だと思う?」
 つまり、ワタシが何者かってこと?
 そんなのイキナリ言われても分かるわけないでしょ。ワタシはワタシよ。ソレ以外の何者でもないわ。
 ただ、1つだけ言わせてもらうとすれば――
「ふつうの赤ちゃんじゃないわ」
 そう。ワタシは――ワタシ達は――
「まいごの赤ちゃんよ」
 だからこんなにもひかれる。はやく行きたいとキモチがあせる。
 どうしようもないくらい。ムネが苦しくなるくらい。
「迷子の、ね……。そうね。確かにそうだわ。貴女の言う通りよ」 
 そしてアミーナさんはカンシンしたように言って、
「お、アレかぁ? ……って、おいおい。随分とまた大所帯だな――ってオイ! ミゼルジュ!」
 ワタシは車をとび出した。
 もうマテない。ジッとなんかしてられない。
 だって、あそこがワタシのかえる所だから――

Outer World.
Land after Discarded Laboratory in Underground.
PM 05:11

―アウター・ワールド
 地下旧研究所跡地
 午後5時11分―
 
View point in アディク=フォスティン

 こういうのは極めて苦手だ。頭痛で1週間ほど寝込みそうなくらい苦手だ。股間を撃ち抜かれて悶絶している方がましなくらい苦手だ。
 俗に言う『感動の再会』ってヤツだろ? おいおい勘弁してくれ。別れてからまだ1時間も経ってないんだぞ。
「……良かった……良かっ、た……です……」
 すぐ下でしている嗚咽混じりの声を聞きながら、俺は深く深く溜息を付いて半眼になった。
「アディク、さん……本当に、良かった……」
 ああくそ、人の胸の中で好き放題泣きやがって。いつもなら突き飛ばして、鼻先に辛辣な言葉を浴びせて、銃口突き付けながら『次にやったら殺すぞ』って吐き捨てるんだが……。
「……そろそろ帰りたいんだが」
 今はこのくらいしか言えない。命の恩人……いや、精神の恩人ってのは想像以上に厄介なモノだ。しかも“答え”まで教えてくれて……。
 クソ……我ながら情けない。無様だ。やっぱり固定しておくべきだったか。
「あっ、ご、ゴメンナサイっ。でも……私、嬉しくて……」
 1度は離れるが、リスリィはまたすぐにノーブル・ブルーの瞳を潤ませて、俺の胸に顔を埋めてくる。
 キリがないな……。おいカーカス、人の手を握ってばかりいないで何か言えよ。他の奴等もヘラヘラしてないで、この雰囲気をブチ壊す努力をしろ。生意気に空気読んでるんじゃないぞ。子供のくせに。
「良かった……本当に、帰ってきてくれて……良かった……」
 はいはい、そうだな。良かった良かった。
「良かった……良かったです……」
 全く全く。全部のお前のおかげだよ。
 お前の飼ってるウィルスが俺の中のバイオチップをどうにかしてくれたおかげで、何とかなったんだよ。はいはい、感謝してますよ。
 にしても普通の奴に感染すると、どんなグロい結果になるんだろうな。アウター・ワールド由来のウィルスは怖ろしいね。体の中で安定してたバイオチップまで壊すんだからな。
 バイオチップは元々医療用に開発された技術。侵入してきたウィルスに反応しても何の不思議もない。むしろソレが本来の役割だ。ま、その2つが喧嘩して結局どっちが勝ったのかは定かじゃないが。
 共倒れが理想だが、そう都合よくは行かないだろう。どちらかが優勢になったはずなんだ。別にどちらでも良い気はするが……一応調べてみないとな。
「あの、アディクさん……」
 ようやく満足出来たのか、リスリィは1歩下がってコチラを見上げる。
「これから、どうしますか?」
 そして見てる方が恥ずかしくなるくらい、期待に満ち満ちた表情で続けた。
 ああ頭痛がする……。
「お前はどうしたいんだ」
「アディクさんを支えたいです」
 ……即答かよ。
「具体的には?」
「え……? えーっと……。とっ、とにかく何でお手伝いしますっ。させて下さいっ」
 コイツ……何も考えてないな……。どこまでも脳天気な奴だ。ま、ソレがこの女の良いところでもあるんだろうけどな。
 ……クソ、柄にもなく人の良い部分を上げてしまった。根底からペースを狂わせてくれるな、コイツは。
「俺はコイツらと一緒にインナー・スペースを立て直す」
 周りを取り囲む、カーカスを始めとしたロスト・チルドレン達を見回しながら、俺はきっぱりと断言した。ついさっきインナー・スペースの方から来た奴等も混じったから、100近い人数になってしまったが。
「この人、達……?」
「そうだ」
 コイツらの居る所が俺の居場所。コイツらと居る事が俺の存在意義。そしてコイツらと支え合うのが俺の答――
「あぁ! カーカスさん!」
 今気付いたのか……。
「心配したんですよ! 今までどこに行ってたんですか!?」
 浮かばれない。浮かばれないなぁ……。いやまだ死んでないけど。
 取り合えず、だ。まずはコイツを元に戻す方法を考えないとな。そして出来れば、もう完全なロスト・チルドレンに成りきってしまった他の奴等も――
「マスターッ!」
 突然、背中に衝撃を受けて俺は大きく前につんのめった。胸の前に回されているのは、女の物らしき白く細い腕。そして乾いた風に煽られて、首筋辺りから靡き漏れているのはウォーター・ブルーのロングヘアー。
 まさ、か……。
「ミゼルジュさん!?」
 コチラを振り向いて叫んだリスリィに、俺は目を大きくした。
 掴んでいる手を離して後ろを向く。
「ミゼルジュ……」
 そこには男物のジャケットシャツを羽織ったミゼルジュの姿。生気に目を輝かせ、今まで以上に溌剌とした表情を投げかけてくる。
 どうして……確かに、死んだはずなのに。自分で、自分の頭を撃ち抜いて……。
「マスター! ワタシもアソぶ!」
 一瞬、目眩にも似た茫漠感が全身を襲った。
 ……ああ、そうか。分かった。分かったよ、ミゼルジュ。
 今の言葉で全て分かった。
 つまり、お前も俺の王国に仲間入りって事だな。
 ああいいさ。人手は多い方が良い。沢山居た方がきっと楽しくなる。
 それに世話の焼き甲斐もあるってものだ。ま、この点に関して言うなら、俺はリスリィの足元どころか、シューズ裏にも及ばないが。
「リスリィさん、良かったわ。無事で。貴女が居なくなってたから、どこに行ったのかと思ってたけど……」
 近くに乗り付けた武装運搬車輌から、ユティスを引き連れたアミーナが降りてくる。外に出ても平気なのは、きっとあの最強様がフィールドでも張ってるんだろうな。
 アイツも最初はイラつくだけの野郎だったが、今は――
「あ、アミーナさん……あの、コレはどういう……」
「理由はまたゆっくり話してあげるわ。と言っても、私の方もまだ仮説の段階なんだけど」
 仮説、ね……。俺の方はもう確信に近いがな。
「あと、私の方も色々と教えて欲しい事があるんだけど……取り合えず、ココってどういう場所なの?」
 言いながらアミーナは首筋のブロンドを掻き上げ、俺達の方を遠目に見てくる。
 まぁそうだろうな。いきなりこんな光景を見せつけられれば、ロスト・チルドレンのサンクチュアリかと思うよな。無理もない。
「え? アミーナさんが教えてくれたんじゃないんですか?」
 が、リスリィは意外そうな顔をして聞き返す。
「私が? 何を?」
「ココがテロリストの本拠地だって……」
 アミーナが? 確かにこの女は昔テロに所属していた。主要拠点を知っていたとしてもおかしくはないが……さっきの反応だと、どうやらそうではないらしい。
 じゃあどうしてリスリィはこの場所が分かったんだ? それにどうやって最深部まで入り込めたんだ? どちらも1人で? いや、その可能性もリスリィのリアクションからして無いな。
「私は……知らないわ。こんな場所。私は、自分が居た研究室以外の施設は知らされていなかったから」
「え……でも、私を連れてきてくれた人はアミーナさんに聞いたって……」
「ソレって誰?」
「えっと、顔は覚えてますけど名前までは……。あ、でもオッドカードのメンバーですから、リストデータを見れば分かると思いますけど」
「そう……じゃあ、戻ったら調べてみましょう」
 少し緊張した顔付きになり、アミーナは浅く頷く。
 多分、ソイツのトレースはもう出来ないな。顔を変えているか、リストデータから自分を抹消しているか知らないが、間違いなく追えないようになっているはずだ。ただの勘だが。
 しかしまぁ、今そんな事は大きな問題じゃない。
「帰るぞ」
 俺は短く言い、ミゼルジュとカーカスを両脇に抱いて歩き出した。
 政府は無くなった。テロも潰した。
 そして俺は生きている。答えを見付けて、未来に希望を見出す事が出来た。
 今はこの事実さえあればいい。コイツらが居ればソレで十分だ。
 自分の事は自分しか理解できないと思っていた。他人の考えている事は分からないと思っていた。
 確かに、大勢に俺の事が分かる訳じゃないさ。沢山の奴等が何を思っているかなんて分からない。
 けど、ごく一部の奴等になら、ごく一部の奴等の事なら、理解し合える。
 気のせいかも知れないけど、今はそう思える。思える気がする。
 ソレでいい。今はソレで十分だ。
 15歳にして、また最初からやり直しだ。
 なに、このくらいのブランク、すぐに取り戻してみせるさ。自信はたっぷりある。
 なぜなら最高の先生がすぐ近くに居るからな。
「リスリィ」
 俺は彼女に声を掛ける。
「は、はぃっ」
 そして焦ってコチラを振り向き、
「しっかりこき使ってやるからな。ちゃんと役に立てよ」
「は……はいっ!」
 明るく、やる気に溢れた声で元気良く返して来た。
 やれやれ、コイツのウィルスはこんな物まで感染させるのか? 本当にタチが悪いな。
 まぁ、コイツに世話を焼かれるのなら、ソレも悪くはないさ。
 頭痛は……もうしないしな。


Inner Space #6.
Laboratory.

―第6インナー・スペース
 研究室―

View point in ? ? ?

 暗い暗い。どこまでも暗い部屋。
 もうココでどのくらいこうしているんだろう。どのくらいの時間が経ったんだろう。
 私にはあまり意味の無い事だが、知的好奇心を満たせない時間が長く続くというのは好ましい環境ではない。脳細胞の劣化と、感性の退行に繋がる。
 ソレは世界にとって甚大な損失だ。致命的な打撃だ。
 私のような優秀な科学者は2人と居ない。
 だからもっと生きた情報を。誰か、私を愉しませてくれ。
 もう与えられたデータの解析は全て終わった。だがこんな死体をどれだけほじくり返しても、得られる成果は微々たる物でしかない。
 誰か、私に……。
「よぉ、オッサン。元気にしてたか?」
 暗い部屋に一条の光が射し込んだ。
 ソレはまるで天からの救いのように見えた。
「相変わらずグロいなぁ。アンタ見てシーチキンが食いたいって言うケッサクな奴が居るけど、俺には理解無理だね」
 何をしに来た。面白いデータでも持ってきてくれたのか。
「あー? なにー? もっとデカいフォントで打てよ。読めねーだろ」
 全く、注文の多い奴だ……。
 何をしに来たんだと聞いたんだ。
「あー、そーそー。アンタにとって理想的な結果になったから教えに来てやったんだよ、ダンナ。俺ってイイヤツだろー? 慈善事業家だろー?」
 修正個所が多すぎて指摘する気も起きないな。
「ったく、ジョーダンだよ。せっかく人がケッサクな事言ってんだからもっと笑えよ」
 声帯器官は生憎と全滅でね。
「ンなモン見りゃ分かる」
 で、何をしに来たんだ。
「第9インナー・スペースのトップ連中が全員死んだ。そこを攻めてたテロが全滅した」
 ――ッ!
「どーした? あまりのショックでフリーズしたか? 生体コンピューターってワリに、結構ショボいな」
 政府のトップが死に、テロが全滅……。
 私を追放した奴らと、裏切った奴等が、全員……。
「おーぃ、大丈夫かー? ったく、再起動ボタンどれだよ」
 大丈夫だ。ちゃんと聞いてる。
「おわぁ! ビックリした! イキナリ蛍光色のフォントなんかにすんなよ!」
 ああすまない。少し取り乱してしまったようだ。なにせ、私にとっては言葉で言い表せないくらいの大異変だからな。お前がもたらした情報は間違いなく私のシナプスを倍加させ、軸索構成を複雑化させた。そして大脳新皮質を広げ、A10神経を過刺激したんだ。
「ワケ分かんねー事言うなよ。ケッサクなくらい混乱するだろーが。俺アタマ悪ぃんだからよ」
 自分の欠点を自覚できている者は、そうでない者の数千倍は勝る。
 気にするな。お前は非情に優秀だ。
「……皮肉だろ。誤字ってんぞ」
 おっと失礼。
「まぁいいさ。取り合えず、これから忙しくなりそうだぜ。まさに“食事時”だからよ」
 大歓迎だ。脳内の電気信号は、一過的な物よりも連続的な物の方が良い。
「ああそうかい。そりゃ良かった。頼りにしてるぜ」
 任せろ。
「ジュレオン=リーマルシャウト様」


















 Nightmare was vanished...only one-time.
 Would you like to touch the next morning? or drown in a dream?
 Haha, you don't have the right of choice.
 Sleep in dark...bye.
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