傷痕の思い出と鬼ごっこ、してくれますか?

【鬼ごっこ編 ―承―】

◆北条千冬の『この中に犯人が……』◆
 朝七時。
 いつもならまだベッドの中でグッスリ眠っている時間。
 千冬は眠い目を擦りながら、桜空高校の校門をくぐった。姫乃には後でメールを入れておこう。宿題がどうしても終わらなくて、部屋じゃ絶対に寝てしまうので学校でやることにしたとでも言っておけば何とか誤魔化せるだろう。
(さて、と……)
 パンッ、と両頬を軽く叩き、千冬は気持ちを引き締めた。
 多分、彼はもう学校に来ているはずだ。そしてあの場所にいるはず。
 千冬は校舎には向かわず、体育館の脇にある格技場へと歩を進めた。まるでプレハブ小屋のような質素な造りの建物。中からは気合いの入った声がいくつか聞こえてくる。
 ガラス扉を横に引いて開け、千冬は格技場に足を踏み入れた。
 中は二十畳ほどの板敷きの間が広がっており、袴姿の剣道部員達が竹刀を振っている。その中の一人がコチラに気付き、荒くなった呼吸を整えながら近付いてきた。
「入部、希望者ですか……?」
 千冬は首を横に振って否定した後、目的の人物を探して視線を室内に這わせる。
「あの人と話したいことがあるんです。ちょっと、呼んで貰っていいですか?」
 すぐに見つけると、部員の一人を指さして言った。
「はぁ……」
 彼は曖昧に返事するとその人物の所に行って事情を話す。そしてどこか後ろめたそうな表情で千冬のところに来たのは、同じクラスの根暗な剣道部員だった。
 目元を覆い隠すまでに長く伸びた黒髪、その下で半分だけ見開かれた眠そうな双眸。頬は少し痩け、袴から出ている手足も骨が浮き出ている。背筋を伸ばせば高いかもしれない身長も過度の猫背が台無しにし、風邪を引いたかのようなしゃがれた声が見た目の年齢を加速させていた。
「……何」
 彼は恨めしそうな目つきでコチラを見ながら、低い声で短い言葉を口にする。
「昨日アタシが聞いたこと、覚えてる?」
「昨日?」
 言われて彼は僅かに視線を上げ、何か思い返すような仕草をした後、
「……ああ。鮎平さんの、ことね……」
 自信のなさそうな声で言った。
「そう。ヒメのこと。あなたはあの時、確か『生徒会長に聞いた』って、言ってたわよね」
「……うん」
「ソレ本当なの?」
 頷いた彼の言葉に被せるようにして、千冬は強い語調で言い放つ。
「どうして……?」
「嘘なんでしょ? だって生徒会長がそんなこと言うはずないもの。あの人はそういうの嫌いだから」

『人の暗い過去を詮索したり吹聴したりする趣味はないんでね』

 最初に姫乃の服装についてどう思うか聞いて回った時、生徒会長は確かにそう言っていた。だから姫乃の噂のことを彼女の口から聞いたはずがないんだ。
「なんで……嘘って決めつけるんだよ」
「どうして嘘なんかついたの? 嘘を付く必要があったの? じゃあその理由は何」
 不満げな目を向けてくる根暗剣道部員を真っ正面から見据え、千冬は早口で攻め立てる。
「だ、だからオレは生徒会長に……」
「そのセリフ、本人の目の前でも自信を持って言えるのね?」
 叱りつけるような千冬の声に、剣道部員は気弱に目を逸らした。

“多少強引でも、押し続けて倒れない男はいない。妄想と決めつけは世界を制す”

 母の残した言葉だ。
 ……死んでないけど。
「本当は、誰に聞いたの?」
 そしてついに折れたのか、剣道部員は下唇を噛み締めて悔しそうに鼻から息を吐いた。
「覚えてない……。正直、聞いた内容もあやふやなんだ」
「じゃあどうして嘘を付いたの。覚えてないならそう言えばいいのに」
 彼は何も答えない。朝練に励む他の剣道部員たちの声が、後ろからはっきりと聞こえてくる。
「……お前には関係ないだろ」
 そして数十秒の間が空いた後、剣道部員は吐き捨てるように言った。そして千冬に背を向け、朝練へと戻ってしまう。周りから何を話していたのかと聞かれるが無言のまま語らず、いつもの彼からは想像もできないほどの大声を出して竹刀を振り始めた。
(怪しい……)
 自分から容疑者ですと手を上げたようなものだ。
 だがもし彼が犯人だとすると、小学二年生の時に姫乃をナイフで……。いくら何でもソレは……。
 ……いや。十にも満たない子達の集団犯行だと分析した学者もいた。一人では無理でも、何人も仲間を集めれば十分可能なのかもしれない。
 それに善悪の判断もまだ自分ではできないような年だ。その幼さ故に、残酷な犯罪を遊び感覚でやってしまったということだって考えられる。虫を殺して遊んでいたのが、だんだんエスカレートして……。
(とにかく、注意はしておかないとね……)
 鋭い視線を根暗剣道部員の背中に向け、千冬は格技場を後にした。

 早起きは三文の得とは良く言ったものだ。
 八時過ぎ。外はすでに土砂降りだった。もしいつも通りの時間に登校していれば、制服はびしょ濡れだろう。この台風の接近を思わせるような横殴りの雨は、傘くらいでは太刀打ちできそうにない。
「珍しく早起きしてこんな大雨を降らせたかと思ったら、さっそく居眠りか。君の行動は理解できんな」
 教室のちょうど真ん中あたりにある自分の席に座り、生徒会長は走らせているペンを休めずに言ってきた。
「ソッチも超会長なだけあって、朝は自然と目が覚めちゃうクチ? 年は取りたくないわよねー」
 机に突っ伏した状態から目線だけを上げ、千冬は生徒会長の方を見ながらイヤミな口調で返す。
「朝、まだ誰も来ていない教室で静かに瞑想。静寂の中での精神修養は健康体を保つための秘訣でもある。もう小学校一年生のころから続けてきた習慣だ」
「……そのころからババアだったってワケ」
「将来の夢は仙人になることだった」
「……もう諦めたの?」
「カスミでは腹の足しにならないことを中学生の時に悟った」
「……それまでは?」
「努力とは素晴らしい物だ。その先には必ず何かしらの実りが存在する。その時まで私は、強く念ずれば叶わぬ物はないと信じて疑わなかった」
「……初めての挫折だったってワケね」
「そういうことだ」
 前々からずっと普通ではないと思っていたが、予想以上に道を踏み外していた。
 もっとも、昴に比べればまだ妙な力を使わない分、可愛い部類に属するのだが……。
「……超会長ってさ、誰かから怨みとか買った覚え、ある?」
「何だ、藪から棒に」
 窓に叩き付けられる大粒の雨をぼーっと見ながら、千冬はさっき会話した根暗な剣道部員のこと思い出した。
 例えばこういうのはどうだろう。
 あの剣道部員は、日頃からやれ生徒会則だやれ校内秩序だと口うるさく喚いている生徒会長に何かしらの怨みを持っていた。ソレをいつか晴らしてやろうと毎日のように考えていた。だから生徒会長のことは常に頭の中にあった。そして姫乃の噂を誰から聞いたかと質問された時、咄嗟に生徒会長のことが頭に浮かんで口にしてしまった。
 姫乃に関する噂話は少なくとも聞いて気持ちのいい物ではない。どちらかというと悪評に近い。
 体中に一生消えない傷があるらしい。
 常に真面目で不正を絶対に許さない生徒会長が、もしそんな話を言いふらしているとなったらどうだろう。当然、生徒会長の評価は落ちる。ソレは表面だって出てこなくとも、水面下ではまことしやかに広まり、誇張され、確実に浸透していく。
 あの根暗剣道部員はソレ狙った? 仕返しのために?
「いや、別に……。ちょっと聞いてみたかっただけ」
「君が私に抱く怨みも相当なモンだな」
「そりゃどーも……」
 ……まぁ、仮にそうだったとしても何か犯人に繋がることが分かるワケではないのだが。むしろ個人的な怨恨だとなって筋が通ってしまえば、根暗剣道部員が容疑者から外れることになる……。
「そういう雑事にはなるべく手を焼かないように努力しているつもりではいるのだが、世の中には逆恨みという言葉があるからな。コチラが良かれと思ってしたことでも、相手にとっては余計なお世話というのはよくあることだ。だからその手の電話や手紙にはもう慣れた。ま、そんな下らない物に心を乱される私ではないがな」
 後ろに回した両手をボリュームのある黒髪の下に入れ、ばぁっさぁっと宙に泳がせながら生徒会長は強気に言った。
「……その中で一番酷いのは、誰?」
 千冬は興味本位で聞いてみる。
「無言電話、差出人不明の手紙が多いが、ここ最近鬱陶しいのは雇われ清掃員の年輩女性だな」
「雇われって……掃除のオバチャン?」
「ああ」
 意外だ。
 生徒でもないはずのオバチャンがどうして……。それにあの人はいつも愛想よくニコニコして挨拶してくれるし、気さくで優しい人だと思っていたのに。
 ……まぁ、話は異常に長いが。
「あの噂好きの独り身女性にも困ったものだ。きっとやることがないんだろうな。どこからかネタを仕入れてきてはあちこちに言いふらしている。好評よりも悪評の方が圧倒的に多い。私はああいう影でコソコソと誰かの悪口を言う人間が大嫌いだ」
 顔をしかめ、厳しい顔付きになって生徒会長は言った。そうとう気嫌いしているのだろう。正義感の強い彼女とはウマが合わないのはしょうがないのかもしれない。
 ……まぁ、自分は結構あの手のゴシップネタというのは好きだが。
 でも噂好きの掃除のオバチャン、か……。今まであの人の良さそうな顔が真っ先に浮かんだし、学校の関係者って言うには微妙だったから無意識に外してたけど……ひょっとして一番怪しいんじゃないのか?
 姫乃の噂はオバチャンが広めた?
「で、超会長は何言われたの?」
「言われた、と言うよりは書き込まれた、だな」
「書き込まれた? ネット?」
「あぁ。私が作ったこの学校のホームページ、君も知っているだろう」
 知ってる。この前の全校生徒会で、ホームページアドレスの垂れ幕をみんなに見せて大々的に宣伝していたから。
「そこの掲示板にな、私の個人情報が公開されていた」
「個人情報って?」
「……だから個人情報だ」
 コチラをチラ見しながら、生徒会長は気まずそうに返す。
 言いにくいことなんだろう。きっとスリーサイズとか勝負パンツの柄とか生理周期とか、ソッチ系のネタなんだ。
「どうしてオバチャンが書き込んだって分かったの?」
「クセだよ。入力の際のクセが出てた。あの人は句点を無駄に多用するんだ。そんなみっともないことをするのは、あの人くらいのものだ」
「句点って……マルのことよね」
「当たり前だ」
(アタシといっしょじゃん……)
「……ソレってさ、いつ頃書き込まれてたの?」
「二週間くらい前だったか」
(二週間前、か……)
「……も、もしかしてテディベア集めるのが趣味とかっていう……?」
「き、君は見ていたのか!? 速攻で削除したと思っていたのに!」
 ばさぁっ! と黒髪を翻してコチラを凝視し、顔を真っ赤にした生徒会長はザーマス眼鏡の奥にうっすらと涙を浮かべて大声を上げた。
「ま、まぁね……」
(だってソレ、書いたのアタシだもん……)
 ハハハ、と苦笑いを浮かべながら千冬は曖昧に返す。
 まぁ別に悪意があったワケではないのだ。生徒会長がぬいぐるみのコレクターだという話を掃除のオバチャンから聞き、いつもツンツンしてるのになんだ自分と同じようなことしてんじゃん、とつい嬉しくなって書き込んでしまったのだ。
 あの時は正直言って本気にはしていなかったのだが、今の生徒会長の反応を見る限り真実なのだろう。いい加減な噂ばかりバラまいていると思っていたが、あのオバチャンの情報は結構あたっているのかも……。
「クッ……私としたことが君に弱みを握られてしまうとはな……」
 生徒会長は鼻に皺を寄せて舌打ちし、大きく息を吐いて前を向いた。
「弱みって、そんな大袈裟な……」
「大袈裟でも何でもない。私にとっては最悪の朝となってしまった。まるで尋問でも受けている気分だったよ。君は校内で犯人探しでもしているのか」
「……まぁ、そんなところよ」
 実に当を得た生徒会長の言葉に、千冬は苦笑しながら席を立った。

 まぁ、あのまま教室に生徒会長と二人きりで居座り続けるのが気まずかったというのもある。だがソレだけではない。ちょっと確認したいことができたのだ。
 時刻は八時半過ぎ。登校してくる生徒もちらほら見え始めたが、授業開始までにはまだ時間がある。
「失礼しまーす」
 千冬は職員室の扉をノックして横にスライドさせ、中へと入った。
 十数個の事務机が整然と並べられ、一つ一つがパーティションで区分けされた室内は冷房が良く効いており、むしむしジメジメした外とは別世界だ。
 きっとハンサム先生が気を利かせてエアコンを入れておいたのだろう。あの人はいつも早い。一番に職員室入りしていることは結構有名だ。
「おっ、北条か。どした、珍しい。早いじゃないか。そーか、ソレでこの雨か……。なるほどなぁ……。オマケにボクのPCまで、トホホ……」
 自分の顔を見るなり失礼な発言をぶつけてきたのは、仮担任のハンサム先生。
 同じことを担任の御堂筋が言おうものなら社会的に抹殺しているところだが、ハンサム先生なので許す。やはり顔は大事だ。
「あの、スイマセン。情報教育室の鍵、貸して欲しいんですけど……」
 職員室内にいるのはハンサム先生とその他数名、そしてなぜか校長先生。
 校長室でじっとしていればいいのに、またフラフラして……。
 千冬は校長を横目に見ながらハンサム先生に近付いた。すぐに彼がいつも吸ってるタバコの匂いが漂ってくる。もう服どころか体にまで染みついているのかもしれない。
「なぁ、北条。お前、PCに詳しいか?」
「へ? いや、別に……普通というか、まぁそれなりというか……」
「コレ、分かるか……?」
 切れ長の目をハの字に曲げ、ハンサム先生は深い溜息をつきながらノート型のPCをコチラに向けた。
 モニターには色んなアプリケーションやら、ファイルやら、定期考査の情報が詰め込まれているらしいフォルダが綺麗に整列している。一見、何の異常もないごくごく普通のデスクトップ画面。
 が、右下の方で可愛い青虫の形をしたアイコンがモソモソとうごめいており、大平原の映し出された壁紙を食べている。もうすでに右端の四分の一くらいは真っ黒になってしまっていた。
「あーあーあー、ウィルスですねー。コレ」
「そうなんだよー。どーやっても消えなくてなー。まぁバックアップは取ってたから大事にはならないんだが……」
「どーせ妖しいサイト巡ってたんでしょー?」
「失敬な。先生も男だ。当然だろう」
 開き直んなよオイ。
「ま、冗談は置いといて、だな。どーもこの手のウィルスが流行ってるみたいでなー。他の先生達も悲鳴を上げてるんだ。タチの悪い愉快犯だよ、まったく……」
「誰かに怨み買ってるんじゃないんですかー?」
「失敬な。ボクは性悪説支持者だ。当然だろう」
 意味が分からん。
「で、北条。もしお前がコレを何とかできたら大手柄だ。明日の三者面談、手加減してやってもいいぞ?」
「バレたらきっと叩かれますよ。色んな所から」
「むぅ、ソレはいかん。じゃあ力一杯追及してやるから何とかしろ」
 だから意味分かんねーよ。
「無理です。アタシはそういう専門知識ないですから。どーもご愁傷様でした。それじゃ鍵、借りていきますねー」
「くそぅ、お前は容疑者第一号だ」
 湿気を含んでクセの付いた髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、ハンサム先生は再びウィルスとの格闘に戻る。
(愉快犯、ねぇ……)
 まさかな、と思いつつ、千冬は窓際に備え付けられたキーボックスから鍵を取り出し、ソレを持って職員室を出た。

 教室二つ分くらいの広さを持つ情報教育室。四十台のデスクトップ型PCが教室の机の配置と同じように並べられ、ソレら全てがLANケーブルで三台のプリンターへと繋げられている。ネット環境はまぁそこそこだ。遅くもなく、早くもなく……。

タイトル:やっほーぃ。 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/17 07:17
 今日。。。四階の廊下掃除してたら百円見つけちゃったー。。。。 ラッキー。。。。。。! あそこは結構狙い目かも。。。。!》

「コレ、か……」
 千冬は出入り口に一番近い席に腰掛け、桜空高校のホームページの掲示板を見ながら呆れ声で呟いた。
 白から青へのグラデーションが鮮やかな背景の上には、二重の線で四角く囲われた書き込みがずらりと表示されている。過去ログを順番に見ていき、最初に行きあたったのが昨日の日付で書き込まれた物だった。確かに、生徒会長の言ったとおりマルをやたらめったら使いまくっている。
 ……まぁ、人のことは言えないが。
 とはいえあの年でさすがにコレはイタイと思う。犯罪のにおいが漂ってきていた。
(ま、気持ちだけは永遠の十代って感じだからねー……)
 生徒を捕まえては噂話を楽しそうに喋るオバチャンの顔を思い浮かべながら、千冬は苦笑した。
(ソレはともかくとして……)
 ココに来たのはそんなことを確認するタメじゃない。
 この掲示板に姫乃の噂が書き込まれていないかを調べるためだ。
 日頃滅多に利用しないし、他の人の書いた内容なんてあまり見ないから、どんな流れになっているか全然把握してない。多分、今回のことがなかったら、この先ずっとそうだっただろう。
 しかし、犯人に繋がる手掛かりがココにあるかもしれないとなれば話は全く別だ。
 例え何気ない文章でも、書き込んだ人の中の誰かが犯人かもしれないと疑ってかかれば、別の物が見えてくるかもしれない……。
 千冬は一字一句見逃すまいと目に力を込め、マウスのホイールを回して画面をスクロールさせていった。

タイトル:勉強が……。 投稿者:レックス 投稿日:2008/07/16 15:12
 ヤバい……。そろそろ天王山突入だってのに勉強が手に付かない……。》
 《タイトル:Re:勉強が……。 投稿者:彩音 投稿日:2008/07/16 18:23
  三年生の方ですか? お疲れさまです。まぁ、焦らず地道にやっていきましょうよ。》
 《タイトル:Re:勉強が……。 投稿者:レックス 投稿日:2008/07/17 02:15
  ありがとう……。頑張ってみる。》

タイトル:マナーを守りなさい! 投稿者:生徒会長 投稿日:2008/07/16 18:11
 もう一度言います。個人を誹謗中傷するような書き込みはやめましょう。ネットマナー
 をきちんと守って使用してください。》

タイトル:助けてください……。 投稿者:さすらいの剣士 投稿日:2008/07/03 22:16
 同じクラスに好きな人がいます。でも告白どころかまともに声も掛けられません。
 どうすればいいのでしょうか。》
 《タイトル:Re:助けてください……。 投稿者:イェーイ! 投稿日:2008/07/04 01:54
  ユーの好きなのはどんな人!? どんナタイプ!? 男!? オンナ!? トゥルー
  ・ハートで語り合えば、ノー・プロブレン!》
 《タイトル:有り難うございます。 投稿者:さすらいの剣士 投稿日:2008/07/04 02:30
  イェーイ!さん、どうも早速のレスありがとうございます。僕が好きなのは女の人で
  す。性格は結構キツめですが、僕にない物を沢山持っているので凄く惹かれます。と
  ころでトゥルー・ハートとは具体的どのような物なんでしょうか》
 《タイトル:Re:助けてください……。 投稿者:ののの 投稿日:2008/07/05 19:22
  初めまして、かな? さすらいの剣士さん。あなたのような純粋な男性がこの学校に
  いると知ってちょっと驚きです(^^;)。恋愛に失敗は付き物です。キツい返事を
  されるかもしれませんが、青春の一つだと思って頑張ってみては? ドサクサに紛れ
  てお近づきになるキッカケを作ってしまうのも手ですよ?(笑)》
 《タイトル:そうですね。 投稿者:さすらいの剣士 投稿日:2008/07/05 21:11
  初めまして、のののさん。はい、頑張ってみようと思います。まずは手紙から、なん
  とか……》
 《タイトル:やっぱり……。 投稿者:さすらいの剣士 投稿日:2008/07/10 01:05
  やっぱりだめです。どうしても肝心なところで勇気が出ません。僕はどうすればいい
  のでしょうか?》
 《タイトル:死ねよ。 投稿者:死ねよ 投稿日:2008/07/12 16:30
  【削除】》
 《タイトル:消えろ。 投稿者:消えろ 投稿日:2008/07/16 03:11
  【削除】》

(ま、ネットの世界ってこんなモンよね……)
 管理する生徒会長も大変だ。

タイトル:情報募集中! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/07 07:19
 『犬パズル』シリーズの三作品目を探しています。。。。。型番はPIK-668U。。。。。定価千
  円の商品ですが、五千円まで出します。。。。。。》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:セバスチャン 投稿日:2008/07/09 10:25
  ナニソレ? キイタコトナイヨ?》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:揚羽 投稿日:2008/07/10 12:25
  ソレってもう非売品ですよね? ネットオークションで見つからなかったら諦めるし
  かないのでは?》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/11 07:25
  分かってるわよ。。。。! でも諦められないから『情報募集!』ってしてあるで
  しょ。。。。。。。!》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:たま 投稿日:2008/07/12 19:25
  見たことはあるがそんなに良いパズルではなかったと記憶している。別にプレミアが
  付いている訳でもないし、そこまでこだわる理由は如何に?》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/13 07:03
  集めてたの。。。。。! 他は全部あるのに。。。。ソレだけ一ピースなくなっちゃった
  の。。。。。!》
 《タイトル:Re:情報募集中! 投稿者:ルパン五世 投稿日:2008/07/16 22:22
  あきらめなー(*つ∀`)=3 フウー》

(あー、分かる。分かるなー。同じコレクターとして)
 全部揃っている時は何とも思わず、押入の奥とかにしまってあるだけなのだが、一つでも欠けると途端に不安になってきて、何としてでも探し出さねばという無駄な使命感に体を突き動かされてしまうのだ。
 ……まぁ、手に入ったら手に入ったで途端に興味がなくなってしまうのだが。

タイトル:猛獣目撃! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/16 07:01
 大スクープ。。。! この街に猛獣が潜んでいます。。。。。! 昨日の夜。。凄い声で
 鳴くのを聞きました。。。。! 恐かったぁ。。。。》
 《タイトル:Re:猛獣目撃! 投稿者:回答紳士 投稿日:2008/07/16 12:01
  はいはい……。乙カレー。》

タイトル:スクープ3! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/13 07:55
 校長先生がパソコンを触り始めたらしい。。。。! いつまでも続くのか。。。。!?》

タイトル:スクープ2! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/10 07:26
 【削除】》

タイトル:スクープ! 投稿者:通りすがりのオバチャン 投稿日:2008/07/06 07:11
 【削除】》

(なにコレ、殆どオバチャンの書き込みじゃない……)
 ネットをできるだけでも驚きなのに、ここまで積極的に……。
 ……まぁ、生徒会長の逆鱗に触れるような書き込みが多いようだけど。
  
タイトル:マナーを守りましょう。 投稿者:生徒会長 投稿日:2008/07/04 18:36
 個人を誹謗中傷するような書き込みはやめましょう。ネットマナーきちんと守って使用
 してください。》

タイトル:無題 投稿者:ナナシ 投稿日:2008/07/04 18:15
 【削除】》

(あ、コレアタシの書き込みだ……)
 でも凄い。書き込んでから二十分で見つけて削除してる。
 テディベアのことはよっぽど知られたくなかったらしい。
「あっと……」
 苦笑しながら次のページに飛ぼうとした時、予鈴が室内に鳴り響いた。
 しょうがない、続きは次の休み時間……いや、十分くらいじゃPCを立ち上げた時点で鐘がなる直前だ。昼休み……は、姫乃と一緒にお弁当を食べないと。さすがにコレまですっぽかしてしまうと怪しまれる。
(放課後か……)
「――って」
 携帯。
 そうだ。世の中には便利な物があるじゃないか。なんだなんだ、そうじゃないか。どうしてすぐに思いつかなかったんだ。わざわざココの鍵を借りに行くことなどなかった。とんだ無駄足だ。
 授業中、机の下でこっそり掲示板にアクセスすれば午前中には見終わる。
「あーぁ、やーれやれ……」
 うーん、と伸びをしながら席を立ち、千冬はPCの電源を落とした。そして情報教育室の出入り口を開けて――
「わっ」
 すぐそばで声がした。とても良く知った声が。
「ヒ、メ……?」
 聞き間違えるはずがない。そして見間違えるはずもない。
 こんな蒸し暑い日に冬用の制服を着て、首元をマフラーで覆っているような女子生徒を。
「何で……こんなトコに……」
 姫乃との意外な場所での出会いに、千冬は少し目を大きくしながら呟いた。
 姫乃は朝いつも教室で一限目の予習をしているし、情報教育室は廊下を突き当たった場所にあるから偶然通りかかるということはありえない。
 じゃあ、どうして……?
「あ、やっぱりココにいたんだね。見つかって良かった。もう始まるよ? 授業」
 姫乃はズレかかった眼鏡の位置を直しながら、にっこりと微笑んで言ってくる。
「千冬ちゃん、予鈴鳴ってるのに来ないから先生に聞いたの」
 あ、ああ……そういうことか。それでわざわざ呼びに来てくれたのか。
「宿題は? 終わった? 手伝わなくて大丈夫?」
「へ? あ、あーあー、宿題ね。だーいじょーぶ大丈夫、平気へっちゃらヘのカッパ! バッチリよ!」
 千冬は元気よく言って、グッ! と親指を立てて見せる。
(そーいや、そーゆー設定だったっけ……。ま、本当はもう昨日のウチにやってあるんだけどね……)
「そう、よかった。まだだったら手伝おっかと思って」
 優しく微笑んで姫乃は千冬に背を向け、教室へと戻る廊下を歩き始めて――
 ――違和感。
「あれ……? ヒメ……」
「ん? 何?」
「雨、降ってなかった?」
 自分でも何を言っているのかと思う。すぐ横にある窓ガラスには、今も大粒の雨が叩き付けているというのに。
「え? どうして? 凄く降ってるよ?」
「でも、全然濡れてなくない?」
 軽くウェィブがかった姫乃の黒髪、袖の長い冬用の制服、風が吹けば確実に靡くマフラー。
 ソレらのどれもがビックリするくらいいつも通りで、とてもこの豪雨の中を登校してきたようには見えなかった。
「あ、今日はいつもより大き目の傘さしてきたから。それに教室でよく拭いたし。夏風邪って一度引いちゃうと治りにくいから」
「そぅ……」
 そんなものなのだろうか。自分が考えすぎているだけなんだろうか。まぁ実際にこの雨の中を来たワケじゃないから何とも言えないし、今から検証してみようとも思わないが……。
「ほら、行こっ。授業始まるよ?」
「あ、うん……」
 何か釈然としないものを抱えつつも、千冬は姫乃に連れられるようにして廊下を歩いた。

 結局、姫乃の噂話に関係するような書き込みは見つからなかった。ただ、生徒会長が独断と偏見で削除してしまった記事がいくつもあったから、もしかしたらその中に含まれていたのかもしれないが……。
 だがソレは言ってもしかたがない。取り合えず、現時点で姫乃の噂話はネット上になかったという結果を受け入れよう。
(まーた、手掛かりらしい手掛かりなし、か……) 
 昼休み後。古典の授業をぼーっと聞きながら、千冬はこれまでに分かっていることを頭の中で整理していた。
 犯人はこの学校内にいる。姫乃の噂はみんな知っている。しかし噂の発生源はループしてしまった。原因は根暗剣道部員が嘘を付いていたから。だがその理由までは不明。
 今のところ怪しいのは、その根暗剣道部員と、色んな噂を手当たり次第バラまきまくっている掃除のオバチャンと……。
(校長、か……)
 昨日、『どうしても許せない人がいる』と探りを入れた時、妙な反応をした。
 ――まるで、自分のことを言われているように。
 もう一度ゆっくり話を聞きたい。危険な賭けかもしれないが、校長が一番怪しい。年齢的にも性別的にも。
(けど……)
 あの放浪癖持ちの校長がどこにいるかなんて誰にも分からない。極度の機械オンチらしいから、携帯も持ってないだろうし。
 ……まぁ、持っていたところで自分が呼び出せるような人ではないのだが。
(だいたい、会いたいって思った時には会えないものなのよねー)
 世の中そう言う風にできているのだ。
(ま、明日になれば……)
 昴がこの学校の中に入ってこられる。ソッチの手はずは完璧だ。多分、何らかの手掛かりは得られるだろう。自分がこうして走り回っているよりは、もっと直接的で重要な手掛かりが。
(その後で、また考えるか……)
 食欲が満たされ、さらに睡眠不足という過酷な条件の中、調査に進展らしい進展が見えないという虚しい事実がまぶたを急激に重くしていく。
(ネム……)
 視界が揺れる。体がなんだか軽くなったような気がする。
(おやすみなさい……) 
 ソレに抵抗するどころか自ら進んで身を任せ、千冬は心地よいまどろみの世界へと旅立っていった。

(あれ……?)
 次に目が覚めた時、辺りはざわめきに包まれていた。
(終わった……?)
 体にわだかまった気怠さと、頭を覆っている白いモヤを振り払うように、顔を動かして教室内を見回す。
 先生不在の教卓、開放感に溢れた表情の生徒達、耳元でうるさく鳴り響く雨音。
(まだ、降ってんだ……)
 千冬は面倒臭そうに机から体を起こし、大きなあくびをしながら力一杯のびをした。そして殆ど条件反射的に隣の席を見る。
 そこでは姫乃が可愛い笑顔をコチラに向けて――
「あらら……」
 いなかった。姫乃は席は空っぽだった。
 お手洗いにでも行っているのだろうか。
(じゃアタシも……)
 次の授業が始まる前に行っておこうと席を立ち――
「ん……?」
 姫乃の席を通り越してさらに向こう。教室の後ろ側の出入り口。二階へと上がる階段の前。
 ソコに姫乃がいた。誰かと喋ってる。それも妙に真剣な顔付きで。
(珍しい……)
 明るい栗色の髪の毛をぼりぼりと掻きながら、千冬は姫乃と喋っている相手を見た。
 あずき色のジャージ姿がとってもチャーミングな小柄の女性。左手にモップ、右手にシュポを持ち、難しい顔をしている。髪の毛を黒く染めているせいか、背筋がシャキッと伸びきっているせいか、実際の年齢よりもずっと若く見えるこの女性は我が校の美の番人。
 そして別名『歩く広告宣伝重装甲車』。
(オバチャン……)
 姫乃と掃除のオバチャンの組合せ。そんなの今まで見たことない。
 ……まぁ、殆どの人との組合せを見たことがないのも事実だが。
(何、話してんだろ……)
 姫乃はやけに切羽詰まっていて、オバチャンの方は珍しく悩ましげにシワを深くしている。何やら軽く声を掛けづらい雰囲気だ。
(あ、終わった)
 どうしようかと思いあぐねていると、姫乃がオバチャンに一礼してコチラに戻って来た。
「ヒメー」
 おーぃ、と両手を振る自分に気付いたのか姫乃はハッとした表情になり、どこかぎこちない笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「珍しいじゃん、ヒメがオバチャンとなんて。何話してたの? 結構真面目な話?」
 座ったまま椅子を引きずって姫乃の机に近付き、千冬は元気な声で聞いた。一限分たっぷり寝たせいか頭がスッキリしている。
「あ、ううん。ちょっと、ね……」
 しかし姫乃は曖昧に返しただけだった。そしてカバンに教科書を詰めて、マフラーを巻き直す。まるで帰り支度でもしているかのようだ。
「アレ? 早退? どっか具合でも悪いの?」
「え? いや、もう放課後だけど……」
「へ……?」 
 間の抜けた千冬の声が、下校で賑わう生徒達の声にかき消された。

 まさか二限ブッチ抜きで爆睡してしまうとは。誰か起こしてくれてもいいのに……。
 確か六限目はハンサム先生の授業だったはず。あの人は優しいから、きっと気を利かせてくれたんだろう。
 ……まぁ、明日への伏線かもしれないが。
 風呂上がり。いつものように下着姿でベッドに寝そべりながら、千冬は枕元に置いてある携帯を取り上げた。そして慣れた手つきで操作し、耳に軽く押し当てる。
 相手は昴。明日の打ち合わせをまだしていなかった。
 土曜日は『洋風屋』も定休日だから、寝坊しないように言っておかないと。

『私、ね。やっぱり東雲さんにちゃんと謝ることにする。あの時、悪かったのは私の方だと思うから』

 姫乃と一緒に相合い傘をしながらの帰り道。思ったより大きくないけどまぁコレはコレでいっか、なんて考えていると、突然姫乃がそんなことを口にした。

『ほら、それにまだカードも返して貰ってないし……。だから千冬ちゃんお願いっ。日曜日、一緒に付いてきて貰っていい?』 

 何か引っかかりはあったが、姫乃からお願いされるのは別に嫌な気分ではなかった。むしろ嬉しかった。自分を頼ってくれることが。『洋風屋』に行くこと自体は一人でもできるのに、一緒に行ってくれと頼んでくれたことがとにかく嬉しかった。
 『持たれつ』の関係から、『持ちつ持たれつ』の関係に一歩踏み出させたような気がした。

『それからさ……例の、私をずっと見てた人、どうなった?』

 姫乃をストーキングしていた方の犯人。自分が昴と間違えしてしまった犯人。
 ソレよりも重大なことが降りかかってきたから保留にしていたが、コチラの事情を知らない姫乃には関係ない。心配するのは当然のことだ。誰だって四六時中監視されているような状況からは、少しでも早く抜け出したい。
 だから姫乃は不安や不満をそのままぶつけてくれれば良いんだ。素直なままでいてくれる方が助かる。
 そう、知らないままでいい。いや、知ってはならないんだ。姫乃は何も知らないまま、自分を頼って、そしていつの間にか事件が解決している。
 それが一番いいんだ。
 コレ以上、姫乃を傷付けるようなまね……。
『はぃ……もしもし……なの、です……』
 十回以上もコール音が流れた後、ようやく昴の声が聞こえてきた。
「あ、スー? アタシ。今大丈夫? まだバイト中?」
『や……大丈夫、なのです……』
 声的にはちっとも大丈夫ではない。しゃがれて掠れて、三途の川で水遊びしている骨川筋右衛門のような声だ。
「チャージは完了したみたいね。どう? バッチリ?」
『擬似おっぱいは……やっぱりキツかったのです……』
「結局何で代用したの?」
『せ、瀬戸物の……ちゃ……碗……。二つ……逆さま、に、して……』
 呆れを通り越して尊敬してしまう。
『完璧な……曲線美、だったのです……』
 その声は弱々しくも、偉業を成し遂げた後の充実感で満ちあふれているように聞こえた。
「じゃー、明日。頑張って来てね。校門の前で朝の八時四十分に待ち合わせましょう。服はフォーマルな感じでヨロシク。おっけーぃ?」
『おっぱーぃ……』
 そして千冬は電話を切った。二つ折りにして小さくたたみ、枕元の充電器に置く。
(勝負……!)
 確かな決意を胸に、千冬は防刃ジャケットのアイロンかけを始めたのだった。

 三者面談。
 ソレは一つの通過儀礼。コレを無事やり過ごすことができれば、その後の長期休暇を楽しく満喫することが許される。
 が、千冬にとってはドリーム・ストーリー。
 何しろあまりの成績の悪さに、定期考査の後だけではなく、前にも決行されてしまったのだから。
 しかし、そんな不名誉なこと親には言えない。
 父親に言えばきっと、

『まぁこういうこともあるさ。効率が悪かろうが努力を怠らなければ、いつかきっと報われれる日が来る。保証はできないが。俺も昔はなわとびに手こずったものだ。だがやってできないことはなかった。だからお前もきっと大丈夫だ。保証はできないが。面談は柚木に行って貰うが、このくらいじゃアイツも暴走はしないだろ。保証はできないが』

 とか言って本人にその気はないんだろうが、バンダナのほつれ糸でチクチクとつつき回すかのように、痛くも痒くもないが何か無性に気になってしょうがないぞ、あーもー! 的な責め方をするに決まっているのだ。
 いや、父親の方はまだいい。ビニール袋テキトーに切り取って、「はい、『無色透明のバンダナ』ー」とかって渡せば、狂気乱舞して三者面談などどうでもよくなるに違いないのだ。
 丸め込むのはたやすい。
 問題は母親の方だ。

『ちょーっと千冬! ソレどういうこと!? お母さん全然聞いてないわよ! ああー、どうしましょう。何がいけなかったのかしら。育て方が悪かったのかしら。一人暮らしなんかさせるんじゃなかった……。一人暮らしかぁ……懐かしいわぁ。そぅ、大学に入ってすぐ、私も親に頼んだものよねぇ……。どうしてって? そりゃあ決まってるわよ。勿論、好きな人と愛を育むタ・メ。一度捕まえた獲物は絶対に離さない! 徹底的に私漬けにして『ああ柚木、ぼかぁもうキミなしじゃバンダナの世話もできない』『本当? 一弥さん。嬉しいわ、私もよ。もうあなたなしじゃアッチの世界に旅立てない!』『柚木!』『一弥さん!』ガバッ! ってな状態になったらコッチのものー! うへへへへ、うはは、えへらえへら、げへへへへへ……。だから私はその夢実現のために実力行使に出たの! まず作戦第一として北条クンの大切な――(中略)――そして地球崩壊の前夜に二人の愛は最高潮! 熱くなった体を互いに寄せ合ってヤヴァイくらいのベアアァァァハッッッグ! 天国のおばあちゃん! 見てる!? 柚木は大人になりました! オケラよりもアメンボよりミツバチよりも幸せでッッす! 今ソッチに行きますから。ああ、何だか空気が綺麗なピンク色……。頭の中はナイトメアと紙一重。でもコレがいいの。コレが幸せの裏返しってヤツなのね……。とっても素敵――なワケねーだろ! 勝手に裏返してんじゃねー! コラ千冬! まずはスクワット三千回! さっさと親指だけでつま先立ちになりやがれオラァ!』

 とワケの分からない説教を半日くらい垂れ流されるに決まっているのだ。
 絶対にイヤだ。
 そこで名案。
「じゃあ行くわよ。お・に・い・ちゃんっ」
「おっぱぃなのです……」
 昨日とはうって変わっての快晴。
 校門の前で待ち合わせた昴に、千冬はアニメ声で上機嫌に言った。
 今日一日、昴は自分の兄という設定だ。三者面談は父兄参観の親戚のようなもの。親の代わりに兄が出てきても何の問題もないはず。
 千冬は勝手にそう解釈した。そして実行した。ハンサム先生に許可を貰った。
(問題なし)
 ということになった。
「スーは……っと、お兄ちゃんは適当に話合わせてくれてればいいから。それより犯人の手掛かり探しの方に集中して。何か感じたら面談中でもソッチに行って。いい?」
「おっぱぃなのです……」
 昴は校舎の方をぼーっと見ながら、目の下クマ無法地帯の状態で力なく返す。 
 どうやら三日三晩、本当に不眠不休で茶碗を見続けたようだが……大丈夫だろうか。まぁ服装の方は白いカッターシャツに青のジャケット、黒のスラックスというソレなりに見れる格好なので問題ないのだが……。
「ち、千冬! 大変なのです!」
「どうしたの!?」
 突然、昴がコチラを見ながら上げた大声に、千冬は全身を緊張させた。
 まさかもう犯人に繋がる手掛かりが……!?
「服が透けてるのです! こんな力はかつてな――」
 体調良好、充填完璧。心配はなさそうだ。
「目が! 目がああああぁぁぁ! 僕のパイズアイがああああぁぁぁぁぁぁ!」
(待ってなさいよ、犯人!)
 地面をのたうち回る昴を引きずって、千冬は校舎へと向かった。

 さすがに中は静まりかえっていた。
 今日いるのはまぁハンサム先生と部活の練習で出てきている学生くらいだから当然だろう。
(あらら……)
 もう一人いた。
 廊下が綺麗になっている。昨日、帰る時は雨のせいでドロドロだったのに。掃除のオバチャンは土曜日も出勤日らしい。ご苦労なことだ。
 ……まぁ、家にいてもやることがないだけかもしれないが。
 千冬は校内用スリッパに履き替え、昴に来客用のスリッパを出して自分の教室へと向かう。
「しつれーしまーす」
 扉の前でやる気なく言い、千冬は「どーぞ」という返事を聞いて中に入った。
 机はほとんどが後ろに下げられており、唯一残された二つだけが教卓の前で向かい合わせになっている。その片方の机の前にハンサム先生が腰掛け、コチラに軽く手を上げていた。
「休日出勤ご苦労さん。えっと……そちらがお兄さん?」
「はい、そうでーす」
 声色を変えて明るく言い、千冬はハンサム先生の前に座る。
「これはどーもどーも。えーっと、担任の御堂筋先生が今病気でして。一時的に私が代わっております。今日はどうぞヨロシクお願いします」
 ハンサム先生は立ち上がって昴に挨拶すると、自分の隣りにもう一つ置いてある椅子をすすめた。
「いえいえコチラこそ。いつも妹のおっぱいがお世話になっております」
「は……?」
「お兄ちゃん今すごく疲れてるんです。ですからたまに頭の可哀想なこと垂れ流しますけど気にしないでください」
 千冬は昴の目元に人差し指と中指を持って行きながら笑顔で言う。
「そ、そうか……。まぁお疲れなのはよく分かるが……」
 ハンサム先生は戸惑いつつも受け入れてくれると、椅子に座り直した。ソレに合わせて、昴も自分の隣りに腰掛ける。
「えーっと、今日は妹さんの成績のことでですね、ちょっと聞いていただきたいことがあるんですけど……って、どうしてコチラを向かれないんですか?」
「あなた、意外と毛深いのです」
「は?」
「せーんせい! ホントにもーし訳ゴザァーセン。タクのクソ兄貴ったら幻覚まで見えるみたいで、ノホホホホ」
 昴の首をゴキン! と二百七十度回転させて無理矢理ハンサム先生の方に向けさせた。
「……家で休んでいた方がいいのでは?」
「ささっ、先生。バカは放っておいて、とっとと面談進めちゃいましょー」
 あっはっは、と乾いた笑みを浮かべる千冬と、さらに九十度首を回してまたそっぽを向いてしまった昴を何度か見比べた後、ハンサム先生はコホンと咳払いしてプリントを一枚コチラに差し出す。
「えーっ、コレは千冬さんが高校一年生の時からの成績です。見て頂いて分かります通り、落ちる一方です。彼女自身、授業態度が非常に悪いというワケではなく――とはいえ少し悪いのですが、宿題もそこそこやってきてはいるので――とはいえ内容はいい加減だったりしますが、とにかく今のところこんなに落ちる要素が見あたらないんです。お兄さんの方で何か思い当たることとかはございませんか?」
「あるのです」
 昴は即答した。
「最近、ちょっと運動不足気味なのです」
「ほほぅ。ソレが大きく関係していると?」
「高校一年生の時からの成績と比べると右のおっぱいが0.5ミリたれ――」
「サァーセン、っとにもー。タクのクズ兄貴ったら電波まで受信するみたで、ノホホホホホホ!」
 昴の体をボコォ! と地下に埋めこんで、圏外に叩き出す。
「……だ、大丈夫ですか?」
「あっ、壊した机のことなら後で兄がなんとかいたしますので、お気になさらず」
 ほほほっ、と固い笑みを浮かべながら、千冬はハンサム先生に先に進むよう言った。
「そういえば北条、お前一人暮らししてるんだったな。ちゃんと食ってるか? 食生活の乱れは勉強にも影響するぞ」
「まぁ、朝は抜きがちですけど……お昼はちゃんと自分でお弁当作って食べてますし、夜だって自炊してますよ?」
「朝こそ重要なんじゃないか。茶碗一杯の白飯が寝ぼけた頭を活性化させるんだ」
「そうは言っても食欲が――」
「茶碗が二つあれば三十パイは軽くいけるのです」
 横から声。
「お、お兄さんの方は随分と食欲旺盛なんですね……」
「頭の中は無限の広が――」
「あもー! ヤーですわ! ホントいつもいつも無駄に元気で。もーちょっと食費のことも考えてねー、お・に・い・ちゃんっ」
 昴の腹にドコォ! ボクゥ! ビチャ……グシュ……と拳を叩き込んで、胃袋を再起不能にする。
 うふふっ、と口元に手を当てて微笑み、千冬は目で話を促した。
「なぁ、北条」
 ハンサム先生は溜息をつきながら、ワックスでセットした髪の毛を何気なくいじり、
「お前、やれば絶対にできるはずなのにどうしてやらない?」
 切れ長の目をいつもより大きく開きながら零した。
「なに言ってんですか、先生……」
 千冬は、フ……と鼻を小さく鳴らし、掛けていもない眼鏡の位置を直す仕草をしながらキザっぽく続ける。
「ソコが大きな分かれ目なんじゃないですか。やればできるのは誰だって同じなんですよ。でもやらないからできない。やろうと思ってもやる気が起きない。ま、この辺りが普通と劣等生との差ですな。分かります?」
「何イバっとんだ、お前は」
 芝居がかった様子で言う千冬に、ハンサム先生は呆れ顔になってアゴ下で手を組んだ。
「しかしまぁ、お前の場合はそういうのはとはちょっと違う気がするがな。何というか……やらないとと思ってるけどできないんじゃなくて、このままやらないでいた方がいいとか思ってないか?」
「はぇ?」
 これまで誰にも言われたことのない指摘に、千冬は素っ頓狂な声で返す。
 やらないままの方がいい? 成績が悪いままの状況に甘んじている?
 そんなバカな。いくらなんでもソレはない。成績は良いに越したことはない。悪いことへのメリットなど考えられない。
「お前、鮎平と随分仲がいいじゃないか。アイツは常にトップクラス。定期考査でも五位以下になったことがない。まぁ、なんだ。先生も上手く言えないんだが、アイツに寄り掛かっていれば、そのうち何とかなるとか考えてないか?」
 確かに、自分は姫乃に頼りすぎているかもしれない。
「寄り掛かることが当たり前になりすぎてないか?」
 でもソレは二人で一緒にいる時間を少しでも長く持ちたいから。
「確かにそうしてるのは楽なことは楽なんだが、この先ずっとってワケにもいかないだろ。そろそろ自立を考えた方がいいんじゃないのか? 来年は受験生だし」
 自立? 自分はそんな風に見られていたのか? 姫乃に助けて貰っている自覚はあったが、依存しきっているつもりはなかった。
 姫乃のストーカーを何とかするのだって、姫乃の体を傷付けた犯人を捕まえるのだって、コチラが姫乃のためにしていることだ。姫乃の方から寄り掛かってきているはずだ。
 それに、友達の少ない姫乃とずっと一緒にいてあげていること自体――

『ありがとう、千冬ちゃん。大好き』

 自分は今、何を考えていた? 何を恩着せがましいこと言ってるんだ?
 いてあげる? 違う。ソレは違うぞ。いるあげるとか、いてもらうとか。自分と姫乃の関係はそういう下らない感情なんか及ばない場所にあるはずなのに。
 どうして、こんな気持ちに……。
「なぁ、北条。少し距離を置いてみるっていうのも手だと思うぞ。四六時中一緒にいることだけが親友の定義じゃないだろ? 試す価値はあるんじゃないか? ひょっとしたら自分のことだけじゃなくて、鮎平の別の面も見えるかもしれないぞ」
 離れる? 姫乃と離れる?
 なぜ。どうして。何のために。ソレこそなんのメリットもない。だって今まで自分は、ずっと姫乃と一緒に……!
「――!」
 ダン! と机を叩く音がして、千冬はそのあまりに大きさに目を見開いた。
 無意識に出た力はそんなにも強――
「ど、どうかしましたか……? 二人とも……立ち上がって……」
 違う。
 自分だけじゃない。
「スー?」
 隣で昴が、今まで見たことのないくらい強ばった表情で立ちつくしていた。その視線の先は廊下の方に向けられていて――
「いやがった!」
 奇声に近い声を上げて飛び出した。
「ちょ……! スー!」
「危ない! 待ってろ!」
 短くそう叫ぶと、昴は教室の扉を乱暴に開けて出て行ってしまう。
 いた? 危ない? ソレって……まさか……!
「おぃ北条! お前何のつもり何だ!」
 ハンサム先生の声には何も返さず、千冬は転げるような勢いで昴の後を追った。

 階段を二段飛ばしで駆け上がり、殆ど呼吸を止めたまま一階から三階まで一気に上り詰める。そして廊下に出て――
「はぉっ!」
 青いジャケットに顔から突っ込んだ。
「ちょ、ちょっとスー……!」
「またかクソッ!」
 戸惑いの表情を浮かべて立ちつくしていた昴だったが、大きく舌打ちして顔をしかめると、誰もいない廊下をまた走り始めた。
「あーもー! なんなのよ! ちゃんと説明しなさい!」
 そんな余裕などないことは分かっているのだが、叫ばずにはいられない。
 千冬はワケの分からないまま――いや、一つだけ分かっている重大なことを頭の中で繰り返しながら昴の背中を追い掛ける。しかし差はどんどん広がっていくばかりだった。
 三日間寝ていないというのに、どこからこんな体力が……!
 グランドに面した廊下を走り抜け、端まで行ったところで左に折れる。
 一体どこまで行くつもりなんだ。その先にある教室と言えば一つしか――  
「……っ!」
 物を叩き付けるような破壊音。
 その発生源で昴は止まっていた。
 廊下を左に曲がり、そのまま突き当たりまで行った場所にある教室の前で。肩で荒く呼吸しながら、壊さんばかり勢いで開け放った生徒会室の前で。
「す、スー……まさか、この人が……?」
 千冬はようやく昴に追いつき、呼吸を整えながら室内に目を向けた。
 自分達の教室の半分くらいの部屋。長机が正方形を描くように配置され、その一番奥に、
「な、何だお前は。部外者か。……って、北条。誰だコイツは。君の知り合いか」
 生徒会長が座っていた。
 机の上には山積みのプリントとファイル。そしてその横には生徒会長のカバン。
 昴の視線は生徒会長自身ではなく、カバンの方に向けられていて……。
「スー……?」
 千冬が心配そうに見守る中、昴は鼻に皺を寄せてカバンと生徒会長を睨み付けた後、
「ちょっとスー! だから待ちなさいってば!」
 来た廊下をまた猛スピードで引き返していった。
「あーもー! っとにぃ!」
 昴に一体何が見えているのかさっぱり分からない千冬は、もどかしくて苛立たしくてしょうがないが、今はとにかく昴に付いて行くしかない。
 ――その先に犯人がいるのだと信じて。
(お願いだから逃がさないでよ!)
 まさか本人がいるとは思わなかった。何か手掛かりのような物でも見つかればソレで十分だと思っていた。例え何もなくても、今日この場所にいる人達は容疑者から外れると分かっただけで一歩前進だとすら考えていた。
 しかし、外れるどころか限定される。この少ない人数の中に犯人がいる。
(ヒメを……ヒメの体を……!)
 あんな風にしたヤツが。
 千冬が廊下を右に曲がった時、昴の背中が階段の方に消えるのが見えた。ソレに続いて千冬も踊り場に飛び込むが、昴の姿はどこにもない。
 上に行ったのか、下に行ったのか。
(どっち!?)
「スー……!」
 気が付くと声を上げていた。もう足が痙攣するように震えて、呼吸するだけでやっとなのに、それでも昴の名前を大声で叫んだ。
 静かな校内に自分の叫び声が虚しく響き渡る。だが返事はない。取り合えず戻ってみようかと、言うことを聞かない足を引きずって階段を下りかけた時――
「コッチ、なのです……」
 上の方から声がした。
 落ち着いて――落ち込んだ声が。 
 四階。ソコにはもう生徒達の教室はない。あるのは美術室、音楽室、視聴覚室、そして倉庫くらいのものだ。
 千冬はゆっくりと階段を上って行き、昴の声がした方に向かった。もう足が動かないというのもある。だが、それ以上に何となく分かってしまったのだ。
 ――逃がしてしまったのだと。
 階段を上りきり、昴を探すがどこにもいない。
「スー……? どこ……?」
「コッチ、なのです……」
 さっきと同じ声が左手の方から聞こえた。倉庫のある方だ。他の部屋は全部右手のに方にあるから、コチラへはあまり来たことがない。
 左に少し進んですぐ。真っ直ぐ伸びる廊下をもう一度左に曲がったところ。狭くなった通路の見えにくい位置に、黒い筒状の大きな灰皿が置かれていた。どうやら校内に唯一ある喫煙スペースらしい。
 その更に奥には短い階段と扉。多分、屋上に繋がっているのだろう。 
「ココで、見えなくなったのです……」
 昴は階段に力なく座り込み、溜息を付きながら目の前の灰皿を見つめていた。
「見えなくなったって……どういうこと……?」
「目の疲れが、ちょっと治ってしまったのです……元々うっすらとしか見えなかったですから……」
「じゃあ犯人は、この近くにいるってこと?」
 辺りを見回しながら聞く千冬に昴は首を横に振り、
「分からないのです……」
 うなだれたまま言う。
「分からないって……でも見えたんでしょ? 犯人が」
「どうやら僕の目は、犯人だけじゃなく犯人の所持品にも反応するようなのです……」
「所持品?」
 聞き返す千冬に昴は小さく頷いて続ける。
「さっき会った女の子。あの子のカバンから、犯人の『匂い』が見えたのです……」
 生徒会長の? じゃあ生徒会長が犯人? でも所持品って……。
「あの子の体からは見えなかったのです……。だから犯人の『匂い』がついた何かを持っているのかもしれないのです」
「さっきから『匂い』って何? 分かるようにちゃんと最初から説明して。スーには何が見えたの?」
 犯人を見つけられなかったことと、コチラの理解を無視した昴の説明に苛立ちながら、千冬は声に剣呑なモノを混ぜて聞いた。
「まぁ、紫色の筋のようなも物なのです。かなりボヤけてはいるのですが……教室の中から見えたのです。犯人の跡だと思ったのです」
「ソレをたどって三階に行ったのね。で、生徒会室に向かった。けど『匂い』は生徒会長じゃなくてカバンの中からした。だから生徒会長は犯人じゃないと思った」
「そうなのです……」
「その後、またココまで来たわよね。コレってどういうこと」
「途中で二回、『匂い』が二つに分かれていたのです。最初は二階の廊下で、次は三階の廊下で」
 二回、分かれて……。
 と、いうことは犯人、あるいは犯人の所持品を持った人が生徒会長を含めて最低三人いるということ……?
「それでスーは二つ目の候補であるココにきた。けど『匂い』はこの灰皿の辺りで途切れた。そこから先は『力』が弱まって跡を追えなくなった。そうなのね?」
 頭の中で整理しながら言葉を並べる千冬に、昴はゆっくりと頷いた。
「じゃあ犯人はこの近くか、それか二階のどこかにいるってことよね……」
 普段ならまだしも、この人の少ない休日。しらみつぶしに探し回ったとしても、犯人に出会える可能性は高い。それに――
「先生と生徒会長は取り合えず除外、か……」
 昴の『力』で直接見ても『匂い』を感じ取れなかったのだから。
「ソレも、ちょっと自信ないのです。僕の目は、もしかしたら所持品だけに反応するのかもしれないのです……。人に反応するのを、確認したワケではないので……」
「は……?」
 じゃあ何か? 最悪、この学校には犯人の所持品だけがあって、犯人自身はいないと……?
「もぅ! ハッキリしないわね!」
「ご、ごめんなさいなのです……」
 ……いや、昴を責めるのは筋違いというモノだ。元々、犯人については何も分かってなかった。それがココまで情報を得られただけでも収穫なんだ。
 犯人の所持品でも良いではないか。立派な手掛かりだ。そこからまた犯人自身の情報が得られるかもしれない。
「ああ、アタシの方もゴメンね。怒鳴っちゃったりして。捕まえられると思ってたから、つい……」
 昴の隣りに腰を下ろし、千冬は視線を中空に投げ出して考えを巡らせた。
「ちょっと、整理しましょう」
 今まで分かったことを。客観的に。私情を交えず。
「まず、犯人の所持品を持った人は最低三人いる。その中に犯人が含まれている可能性もある。一人は生徒会長である。他の二人のうち、一人は二階に行った。もう一人はココに来た。ま、タバコを吸いに来たのか、屋上に用があったのかは知らないけど。もし屋上に行ったんなら今もいる可能性があるわね。鍵は……掛かってるか」
 千冬は扉のノブが回らないのを確認して嘆息した。屋上に出て、また外から鍵を掛けた? 何のために?
「ま、鍵はアタシが何とかするわ。だからスーはココで見張ってて。逃げられるかもしれないから」
 屋上の鍵を自由に扱える人……? 先生の中の誰か、か……。生徒会長も持っていたようないないような……。
「今のところ考えられるのはそのくらいね……」
 千冬は他に可能性がないか、色んなケースを頭の中で巡らし、
「ああ、あともう一つ。もしスーが本当に犯人の所持品しか見えないんならの話だけど、この灰皿にソレを捨てて倉庫のどこかに行ってしまったか……」
 ありえない話ではないがイマイチ現実味に欠ける。一応灰皿の中を覗いてみるが、タバコの吸い殻以外何も見えない。ちょっと見ただけでは分からないくらい小さな物なのか……?
「今、アタシ達がするべきは屋上を確認することと、校内にいる人をできるだけ見つけ出すこと。あとは生徒会長の荷物チェックね」
 最後のヤツが一番直接的な手掛かりなのだが、最も難しい。まずどう説明してカバンの中身をチェックするのか。この際、力ずくで強引に行ってもいいのだが、ソレをやったところでどれが犯人の所持品なのか分からない。 
 やはり、コレだけは昴の力に頼るしかないのか。また二、三日後の話になる。その時まで生徒会長が、カバンの中に入れたままにしてくれればいいのだが……。

 屋上の鍵を手に入れるのは意外と簡単だった。
 職員室の中がもぬけの空だったから。
 屋上は生徒立ち入り禁止な上に、千冬は三者面談を途中で抜けてきた後だ。鍵を貸してくれるよう真っ正面から説得に掛かれば、いくら時間があっても足りない。今はちょっとでも無駄なことをしたくない。犯人の候補を逃さないためにも。
「そ、倉庫の方はどう? 誰か……出てきた?」
 息を整えながら、千冬は全く変わらない姿勢で階段に座っている昴に話し掛けた。
 四階から一階までを全力で往復したせいで目の前が白い。日頃の運動不足がモロに出ている。
「いや……誰も」
「そぅ」
 首を横に振る昴の横を通り過ぎ、千冬はプラスチックのネームプレートが付けられた屋上の鍵をドアノブに差し込んだ。
 なら、まだいるはずだ。犯人か、犯人の所持品を持った人物が。 
 鍵を半回転させる。ガチャンという開錠の音と共にドアノブを回し、千冬は扉を押し開いた。
 予想通り、フェンスで囲われた屋上が広がっていた。長年風雨に晒され続け、錆びて老朽化したそのフェンスにもたれ掛かりながら眼下の風景を見下ろす人物が一人。
「校長、先生……」
 千冬の声に驚いたのか、校長は小さく体を震わせてコチラを振り向いた。
「北条さん、どうして君が……」
 額のシワをさらに深くして目を大きく見開き、校長は驚きの表情で小さく呟いた。
「ココは生徒立ち入り禁止のはずだが」
「生徒の手本になるべき先生が、その禁止を自ら破るのはどうかと思いますが」
 声に確信を混ぜ、千冬は堂々とした足取りで校長に近付いていく。
 怪しいと思っていた。ゆっくり話をしたいと思っていた。
 丁度いい。絶好の機会だ。決定的な証拠を聞き出してやる。
「こんなところで何を? わざわざ外から鍵を掛けてまで」
「……考え事だよ。開いてたモンでね。まぁ、また閉めたのは、誰にも邪魔されたくなかったから、かな……」
 強気に言う千冬とは対照的に、校長はどこか頼りなげな口調でぼそぼそと喋った。たださえ小柄な体が、一層小さくなったように見える。
「悩みの事ですか? 進学率の? 家庭の事情? それとも、何か後ろめたいことでも?」
 校長の顔をじっと見ながら、千冬は探りを入れるように言った。
「……まぁ、そんなところだな」
 千冬の言葉に苦笑して軽く頷き、校長はまた背を向けてフェンスに体を預ける。その隣に行き、千冬もフェンスに両腕を乗せて視線を横に向けた。
「先生も色々と大変ですね。校長先生とかでもやっぱり、人には言えないこととかってあるんですか? 昔、実は結構なワルだったとか。あははっ、そんなワケないか」
 冗談めいた風に言いながら、千冬は校長の顔色を窺う。
「なかなか突っ込んで聞いてくるな。この前のことといい、北条さんには人を見る目があるらしい」
 この前?

『どうしても、許せない人がいるんです……。人を傷付つけて、ソレを遠くから面白そうに眺めている人が』

 最初に探ったアレか?
「自分でも悪いことをしているという自覚はあるんだが、なかなかな……。でも君のおかげでやはりダメなんだと思い直せたよ。なんとかできそうだ」
 『なんとかできそう』? 何の話をしてるんだ……? 姫乃の体を傷付けたことを言っているというよりは、随分と最近のことのような……。
「踏ん切りが付いたんですか? それはよかったです。やっぱり誰かを傷付けるようなことしちゃダメですよ」
 思いきって言ってみる。さぁ、どんな反応をする。
「そうだな。君の言うとおりだ。昔からちゃんとしていれば、もっと早くなんとかできたんだが」
 昔からちゃんと……ソレは小さい女の子を傷付けてはいけないと自制できていればということか? そうすれば、もっと早く過ちに気付けた?
「あの、さっきから何の話をしてるのか、もし差し支えなければ教えていただきたいんですけど」
 もうこうなったら直球だ。ナイフや女の子といったキーワードが出れば、校長が犯人である可能性は激的に増す。もし、出れば――
「いや、ソレはちょっと勘弁してくれ」
(でしょうねぇ……)
 そんなに都合良く事が運ぶワケがない。自分が校長の立場なら絶対にしない。どうして殆ど面識のない人間にそこまで話す必要がある? それ以前に、何も言わないで突っぱねてもいいくらいなんだ。
「さぁそろそろ戻ろう。君の言うとおり、こんな所を他の生徒や先生に見られたら示しが付かない。鍵は持ってるんだろう?」
「え? あ、はい……」
 そういえば、校長はここの鍵が開いていたと言っていた。一体誰が?
 千冬は考えながらフェンスに乗せていた腕を下ろし、離れようとして、
「あ」
 下の方から聞こえてきた異音に小さく声を上げた。そしてその箇所を見て――
「あーーーー! なんでぇ!?」
 破れていた。夏用の制服がヘソ出しスタイルに早変わりしていた。
「出っぱりに引っかかったか。危ないなぁ……。まぁ、服でよかったよ」
「よくないですよぉ! ちっともよくない! って、アーッ! 汚い!」 
 服を引き裂いたフェンスを蹴りつけながら、千冬は喉の奥から叫ぶ。
 古くなったフェンスはペンキが完全に剥がれ落ち、中の金属を剥き出しにしていた。そして錆が棘のようになって固まり、ささくれ立った表面をコチラに向けている。どうやらココに制服が引っかかってしまったらしい。腕も茶色の錆で汚れてしまった。
「おやおや、私も服も汚れてしまったな。妻に怒られそうだ」
 ははは、と朗らかに笑いながら、校長は千冬の横を通り過ぎて屋上の出入り口へと向かった。

 昨日は散々な一日だった。
 校長からは生殺しみたいな話しか聞けなかったし、服はおシャカになるし、生徒会長はもう帰ってるし、他の容疑者を探して校舎中探し回ったけど誰にも会えなかったし。
 いや、会えたことは会えたのだ。
 ハンサム先生に。
 もちろん説教された。夕方まで。昴は隣で静かにしていたが、いつの間にか眠っていた。
 目を開けたままで。
 ……まぁ、三日間寝てないからしょうがないと言えばしょうがないのだが。
「千冬ちゃん大丈夫? なんか疲れてない?」
 隣を歩いている姫乃が、少し上目遣いでコチラを見ながら心配そうな声で言ってきた。
 ああ、今はただひたすら姫乃に癒される。どんなに落ち込んだ時でも、この子の顔を見れば元気万倍だ。
「だいじょーぶ、大丈夫よ。全然へーき」
 千冬は満面を笑みを浮かべながら爽やかに返す。
 そーだ、破れた夏服は姫乃に繕って貰おう。それがいい。これでまた姫乃と一緒にいられる理由ができた。どーせなら今着ている袖なしTシャツもどこかに引っかけてしまおうか。
「やっぱり、三者面談はキツいこと言われた?」
「へ?」
 姫乃の言葉に、千冬は甲高い声で返す。
 どうして姫乃がそのことを知って……。試験前に三者面談なんて恥ずかしいから、土曜は家族と過ごすとかって適当なこと言ってあるのに。
「でもゴメンネ、千冬ちゃん。無理に付き合わせちゃって」
「え? あ、ああ! 何言ってんのよ! アタシとヒメの仲じゃない! 気にすることなんかないって!」
 きっとどこからか情報が漏れたんだ。掃除のオバチャンあたりが言いふらしたのかもしれない。そっか、金曜の放課後に話していたのはそのことか……。
「スーがヒメにヤバいことしないか、ちゃんと見張ってないとねー」
「東雲さんはそんなことする人じゃないよ。いい人だと思うから」
 姫乃は優しく微笑みながら柔らかい声で返す。
(いい人、ねぇ……)
 まぁ間違いではないのだが、アタリというわけでもない……。『変な人』が正解だ。
 とはいえここ数日の自分の努力は無駄ではなかったようだ。姫乃には、昴の良い面を強調して伝えてある。最悪な出会い方をしてどうなることかと思っていたが、何かとなりそうだ。
 今から『洋風屋』に言って、姫乃が昴に謝って、昴は当然ソレを許してカードを返して、それで二人きりとかにしてあげれば……。
(ホント、自虐的だなぁ……)
 千冬は胸中で苦笑しながら髪の毛を手で梳いた。
 でもしょうがない。コレでいいんだ。あとは犯人さえ見つかってくれれば最高――
「ところで犯人探しは順調?」
「いやー、ソレがどーにも行き詰まっちゃった感じでさー」
 ――なんだ、が……?
「え……?」
「東雲さんと一緒にしてる、私の傷を作った犯人探し。上手くいってる?」
 え……?





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