人形は啼く、主のそばでいつまでも
私はメルム=シフォニー。天才にして可憐な美少女。そして最高のドールマスター。
今まで苦労などしたことはないし、これからも絶対にしない。
私は一人で自分の道を歩み続け、誰にも邪魔されることなくドールの研究に没頭し続けるのだ。教会だの王宮だのジャイロダイン派閥だの私には関係ない。そんな下らない争いに関わる時間があれば、研究かバイトかゲームをしている。私はこのスタイルを一生貫き通し、心身共に満ち足りた生活を送るのだ。
そう、確信していた。
――昨日までは。
レヴァーナ=ジャイロダイン。脳味噌も肉体も電波なバカ男が私の所に現れてからというもの、順風満帆だった生活が果てしなく凶悪な乱気流に巻き込まれてしまった。私と契約だぁ? 寝言は息の根が止まってから言え!
教会にジャイロダイン派閥……。実に鬱陶しい奴等だ。どうやら痛い目を見て貰うしかないようだな。レヴァーナ、手始めにお前と契約してやめろう。両方への当てつけの意味も込めてな。……何? 断る? ほぅ、ソレはどういう意味だ?
アカデミー時代の後輩と話をして、私は自分がどれだけ最低の人間なのか分かった……。どうだ? レヴァーナ。幻滅しただろう? なら今すぐに私の前から消えるんだ。お前のためにもな。……は? 共感した? お前は本当に電波だな。
抗争が始まった。ジェグの奴、性懲りもなく仕掛けて来やがって。だが収穫はあった。私はハウェッツを、最高のドールを使いこなすことができた。もう大丈夫と思っていた。なのに……。
三年前と同じように裏切られ、そして今度は住む場所も失った……。押し寄せる絶望感。だが、私はもう以前の私ではない。あの時のように一人ではない。大切で掛け替えのない存在が近くにいる。だからハウェッツ、今さらそんな神妙な顔付きで裏切った理由なんか話さなくても良いぞ?
炎上し、崩れ落ちる孤児院。ジェグの操る醜いドール。そして――ヴァイグルの異常な力。何なんだアイツは。それに王宮が教会に……。もう訳が分からない。中でも一番分からないのが……レヴァーナ! お前の頭の中だ! ルッシェまで巻き込んでいったい何を考えているんだ! 私がそんなことをすると本気で考えているのか!
アホだ。いや、今更改めて確認するまでもないことだったが、やはりアイツはアホだった。……まぁいい。ラミスの力を借りるというのは、私も少しだけ考えていたことだ……。悔しいがな。それにしてもあの女、昔は随分と無茶をしたものだ。……気持ちは、分からないでもないがな。同じ――ドールマスターとして。
レヴァーナ……お前は本当にバカだ。そうやって無理して一人で突っ走って……格好いいと思っているのか。私のことよりも自分のことを心配しろ。それからもっと分かり易くしていてくれ……。ふざけているのか真面目なのか、よく分からないお前といるとコッチの頭までおかしくなってしまいそうだ。本当に、私はどうしてしまったんだ……。どうして、こんなにも……。
分からない。本当に分からないことだらけだ……。ジェグは私に何をさせたいんだ。リヒエルはいったい何を考えてるんだ? それから、私はレヴァーナをどう思ってるんだ……? 分からない……。けど、一つだけハッキリしていることがある。ラミス! やはりお前は私の敵だ!
あのバカがいなくなってほんの数時間……。なのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられる? なぜ気持ちが際限なく沈んでいくんだ。……ああ、分かってるさ。もう認めるよ。私にとってアイツがどれだけ大切な存在か、今ようやく分かった。だから謝らなければならない。どうしてもアイツに一言謝らなければならないんだ。そのために私のこの命、お前に預けだぞ。ラミス。
リヒエル……本当に胸の悪くなる奴だ。そんな子供じみた理由で……。だがおかげでレヴァーナには会えた。そして……ちゃんと謝ることができた。あのバカが今まで何を考えて行動してきたのかも聞くことができた。そのことに関しては良かった。けど……ジェグ。やっぱり私には分からないよ。お前の言葉の意味が。こんな薄情な奴をどうして……。
ようやく分かったよ、ジェグ。お前が私に言った、あの訳の分からない言葉の意味が……。お前はそこまでしてミリアムのことを……。もういい。お前はよく頑張った。だから後は私に任せてそこで大人してしてろ。リヒエル……お前はだけは絶対に許さない。レヴァーナ、ルッシェ、私に――力を貸してくれ。
強い……。コレがリヒエルの実力……。だが絶対に負けるわけにはいかない。ジェグとの約束を果たすために! ミリアムを救うために……! だからみんな、後は任せた。さぁミリアム、早くこんな所から出よう。……そんな悲しいことを言うな。お前には私がいるじゃないか。世界で、たった一人の姉が。
終った。長かった戦いに、ようやく決着が付いた……。自分の満足いく形で。――あの戦いから二ヶ月。いい風の吹く墓地でみんなと会った。みんないい顔をしていた。誰も後悔なんかしていない様子だった。そして去り際、レヴァーナの口から――